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 火暮会の人間が慌ただしく走り回る中、龍介と萌市は完全に放置されていた。
後味は良くないが、自分たちから積極的に話しかける勇気もなく、調査装備を片づけた二人は火暮邸を後にした。
 火暮会の人間は厳次郎にかかりきりで、誰も龍介達を送ってくれようとはしない。
重い機材を持って電車に乗る羽目になったが、萌市は上機嫌だった。
「良かったですねぇ東摩氏、何事もなく帰ってこられて」
 龍介にも安堵する気持ちは確かにあった。
だが、何も得る物がないまま編集部に戻ったところで千鶴は絶対に良い顔をしないだろうし、
虎次郎が父親を案じているのは本心からだというのは良く解った。
できれば何とかしてやりたいと龍介は思いはじめていた。
「でも、依頼は解決できてない」
「僕は嫌ですよ、もうあんなところ絶対に行きませんッ」
 萌市は激しく頭を振った。
彼がこれほど感情を露わにするのを見るのは初めてで、龍介はとまどう。
確かにヤクザの家になど二度も三度も行きたくはないが、幽霊の尻尾さえ掴まずに編集部に戻ったところで、
伏頼千鶴はヤクザを凌ぐ恐ろしさで二人を許しはしないだろう。
その辺りは萌市も理解しているはずなのに、目前の恐怖が判断力を失わせているのだろうか。
龍介は彼を説得しなければならなかった。
「それじゃ、怨霊会のほうに行ってみないか」
「怨霊会だってヤクザですよね。僕は嫌です」
「でも、本当に霊媒師がガンマンの霊を喚びだしてて、厳次郎さんを襲わせているなら、
それは浅間も知らない方法でやってるってことだよな」
 萌市のプライドに触れる方向で攻めたのが成功したらしく、反応があった。
龍介は慎重に、餌にかかった獲物を釣りあげようと巧言を弄した。
「何も突入しようってんじゃない。外からこっそり、まずはその霊媒師が居るかどうかだけでも
確かめてみるってのはどうかな」
 自分でもクサいと思う説得だったが、萌市は考えを改めてくれたようだ。
一人で二回頷くと、怨霊会に行くのに同意してくれた。
「……科学とは、その現在たると過去たるとを問わず、可能なる事物の観察である。
可能性があるならその可能性を検証する。それが科学者の矜持です。
悪霊が何者かに喚びだされたのか否か、僕たちの手で明らかにしましょう!」
 高校生から科学者にランクアップしているが、龍介は口を挟まなかった。
萌市がせっかく出してくれたやる気を削ぐ必要などないのだ。
一人で怨霊会に行く勇気は、ない龍介だった。
 自分の説得術に酔いしれる龍介に、萌市が言った。
「ところで、東摩氏は怨霊会の住所を知っていますか?」
「……いや」
 愕然と立ち尽くした龍介は、自らのうかつさを呪い、空を見上げる。
いつのまにか暗くなっていた空は、龍介の意欲まで削ぐかのようだった。
 ここまでの報告がてら怨霊会の住所を訊く、という無難な提案は、龍介からおこなった。
時間を無為に過ごせば萌市は帰ろうとまた言い出す可能性が高かったし、
電話で千鶴に報告すればその場で叱責を受けかねない。
悪知恵に属するこの小細工は、とりあえず成功したようで、千鶴からは怨霊会の住所と共に
「絶対に何か掴んできなさい」という文面だけで、直接電話はかかってこなかった。
ただしこれはハードルを上げたことにもなるので、ますます手ぶらでは帰れなくなった。
 気合いを入れるためにも、怨霊会に行く前に腹ごしらえをしようという意見が一致して、
龍介と萌市は手近にあったハンバーガーショップに入ることにした。
 それほど大きいとはいえないハンバーガーを両手で持ち、何口もかけて萌市が一個を食べる間に、
三口で一個を平らげる龍介は二個とポテトを食べ終えている。
まだ数分はかかりそうな萌市に、もう一個追加しようかどうか龍介が迷っていると、スマホが鳴った。
メールではなく電話の着信で、そもそもこの番号を知っている人間はほとんどいないはずの龍介が、
誰からだろうと訝しみつつ画面を見ると、番号は表示されているものの相手の名前は出ていない。
千鶴かもしれない、とためらいつつも通話を押したところ、予想外の声がけたたましくスピーカーを鳴らした。
「あんた達、今どこにいるのよ」
「……深舟か……?」
 声よりも内容で誰だか判った龍介を、深舟さゆりは褒めたりはしなかった。
「どこにいるかって私は訊いてるのよッ!」
 店内の客が振り向きそうな大声に、思わず龍介はスマホを顔から離す。
一瞬、このまま通話を切ってしまおうかとも思ったが、一時逃れにしかならないのは明白だったので、
龍介は場所を伝えた。
「そこで待ってなさいよ、いい、わかったわね」
「待つっておい」
 通話の終了を示す画面を左目でむなしく眺めた龍介は、右目でようやくハンバーガーを食べ終えた萌市を見た。
「深舟からだったんだけど……何か聞いてるか?」
「いえ」
 これまでの経緯を千鶴に報告するのは萌市に行ってもらったので、
何か千鶴を怒らせるような文面だったのではないか、気になる龍介だったが、
丁寧にナプキンで口を拭う彼の返事は至ってシンプルだった。
どのみち萌市はまだポテトを食べ終わっておらず、もう少しこの店に居なければならない。
龍介は立ちあがり、追加のハンバーガーを注文しにレジに向かった。
 さゆりがハンバーガー店に来たのは、龍介が追加のハンバーガーを食べ終えてから五分後だった。
萌市がポテトを食べ終えてからだと二分後で、彼が律儀に自分と龍介の分のトレイを片づけ、
席に戻ってきたところでさゆりが入店してきたのだった。
 二人の席に一直線にやって来たさゆりは、萌市には目もくれずぎろりと龍介を睨んだ。
「どうして私があんた達のヘマを尻ぬぐいしなけりゃならないのよッ」
「ヘマなんてしてねェよ」
「あんた舐めてんの? 霊を退治どころか痕跡すら掴めずに尻尾を巻いて逃げてきて、何がヘマじゃないって言うのよ」
 その通りかもしれないが、さゆりに言われると格段に腹が立つ。
満腹で穏やかだった心境に、龍介は波が立つのを感じた。
「それでお前は何しに来たんだよ」
「だからあんた達の尻ぬぐいをしに来たって言ってるでしょ。ほら、さっさと行くわよ」
「行くって……まさかお前怨霊会に行くのか!?」
 龍介はさゆりを好いてはいないが、ヤクザの屋敷に同行させようなどとは思わない。
依頼人である火暮会ですら円満とはいかなかったのに、
うっかり見つかろうものならどんな因縁をつけられるかわからない。
それに、むしろさゆり自身が火種となって、不必要な大爆発を巻き起こす可能性があるのだ。
「でなかったら来ないわよ。全く、今日は早く帰れると思ったのに」
 さゆりは怖いとか危険だとか思わないのだろうか?
「でもなあ、一応女だしなあ、何かあったらどうすんだよ」
「心配要らないわ。あんた達なんか見捨ててさっさと逃げるから」
「……」
 そういう問題じゃない、と言おうとして龍介は止めた。
この小憎らしい女の身を案じているという不本意な状況に気がついたからだ。
夜に紛れて頭を振った龍介は、怨霊会の屋敷へと歩きはじめるのだった。
 道すがら、さゆりと萌市が会話している。
「悪霊なんてさっさと除霊しちゃいなさいよ」
「低級の霊なら力尽くで除霊も可能ですが、上級霊はその場で祓っただけではダメなんですよ。
何故そこに霊が現れたのか――その原因を探らないと根本的な除霊にはならないんです」
「ふーん……まあいいわ、さっさと怨霊会とやらに話を聞きに行きましょ」
 そもそも龍介達が居る時にガンマンの霊は現れなかった。
その辺りはきちんと報告してあるはずなのだが、聞いていないのか、それともわざと嫌みを言っているのか、
はっきりしなかったので龍介は二人の会話に口を挟まなかった。
「あッ、いえ、僕はまだ心の準備が――」
「そんなもの着いてからすればいいのよッ」
 それはその通りだ、と思う龍介は、やはり無言を保った。
 無言になった二人を従えるように、さゆりは颯爽と歩いていった。
ヤクザの事務所に霊を確かめに行くという、二重の意味で肝試しに向かっているのだが、
さゆりの歩調はどうしてもそういう雰囲気には見えない。
本当に怖がっていないのなら、大した度胸か物凄いアホかのどちらかだろう。
そう思いながらも、幾らかは励まされる気分がある龍介だった。
「怨霊会ってこの辺りよね」
 スマホで地図を見ながらさゆりが言う。
龍介が周りを見渡すと、火暮厳次郎の屋敷同様に長い塀があり、そこが怨霊会の屋敷だと思われた。
「で、どうやって忍びこむのよ」
「えっ……と……」
 龍介と萌市は顔を見合わせる。
するとすかさずさゆりの怒声が二人を襲った。
「どんくさいわね、そのくらい考えておきなさいよ」
「いやいや待て待て、忍びこむなんて出来るわけねぇだろ?」
「じゃあどうやって情報を集めるつもりだったのよ」
「それは……塀の上からちょっと覗けば見えるかなって……」
「ならさっさとしなさいよ」
 実のところ何も考えていなかった龍介は、あっという間にさゆりに仕切られて為す術がなかった。
「よ、よし、それじゃ俺が下になるから萌市」
「は、はい」
「待った」
 よれよれの即席コンビが肩車をしようとすると、さゆりに制止された。
「あんた達じゃどうも不安だわ。私が見るから、あんた台になりなさい」
「なッ――」
 人生で初めて台呼ばわりされ、龍介は絶句した。
「台ってなんだよ台ってッ!」
「足を開いて両手は壁につく。アメリカの犯罪者が警察官に取らされる格好よ、見たことあるでしょ?」
 悔しいことに、龍介はイメージできてしまった。
そのせいで一瞬呑みこんだ反論を、無理やり腹から射出する。
「そうじゃなくてッ! なんで俺なんだよ、浅間だっているだろ!?」
「台としてはあんたの方がマシだからよ」
 台としてはマシ!
この女は男の評価を台として有用かどうかで判定するのか。
危うく龍介は地団駄を踏みそうになった。
そんな子供じみた仕種をすれば、さらなる失笑を買うだけのことだ。
固めた拳に熱い血潮が満ちるのを感じた龍介は、それを振るうのはかろうじて抑制して言った。
「お前みたいな素人が見るより浅間の方が適してるだろ」
 今度はさゆりの顔色が変わる。
龍介としては技ありくらいは決めてやった気分だったが、思わぬ所から物言いがついた。
「あ、できれば体力仕事は遠慮したいので、僕も深舟氏の提案に賛成します」
「なッ、浅間……!」
「決まったわね、ほら、早く台になりなさいよ」
 これみよがしに軽くあごを突きだすさゆりに、本気の殺意が芽生えかけた龍介だった。
 仕方なく犯罪者のポーズ――全く不当な呼び方だが、他にどう説明しようもない――を龍介は取る。
この屈辱の時間が一秒でも早く終われよと、土塀に指を食いこませながら。
「もっと背中を落として足を広げなさいよ。乗れないでしょ」
 龍介はこれまで、自分が怒りっぽい人間だとは思っていなかった。
だがそれは誤りだったようで、暮綯學園に転校してきてから、もっと言うなら夕隙社でバイトを始めてから、
龍介は自分の人格が変貌したようにさえ感じている。
それは全て、この忌々しい女のせいだ。
こいつさえいなければ、学校生活もバイト生活もバラ色だったろうに。
 渦巻く情念を抑制し、龍介はより台らしくなるよう背中を落とした。
そこであることに気づき、注意を促す。
「靴は脱げよ」
「あら、忘れてたわ」
 危ういところだった。
指摘しておかなければ、さゆりは本当に土足で背中に乗ったかもしれない。
その程度は言われずとも配慮するのが常識だろう、と言いかけて龍介は慌てて止めた。
男の背中に乗るのを常識などには断じてしてはいけない。
「念のため言っておくけど、上見たら殺すわよ」
「誰が見るかッ!! だいたいこの格好じゃ上なんて見れねぇだろ」
「東摩君が人間ならね」
 こいつに一泡吹かせられるなら、俺は人間を辞めてもいいかもしれない。
そう思ったところで、龍介の背に衝撃が加わった。
バランス感覚に自信があるのか、さゆりは片足ずつなどとまどろっこしいことはせず、
いきなり全体重を龍介の背に乗せてきた。
背中の広い範囲に伝わる、奇妙なくすぐったさに仰け反りそうになる。
「ぐッ……お前乗るなら乗るって一言言えよ」
「男なんだから可愛い女の子の一人くらい背負ってみせなさいよ」
 誰が可愛いって!? という嫌みを龍介は口にしなかった。
背負うのではなく乗られるのでは力のかかり方が全然違って苦しいのと、
無理な姿勢がたたってそれどころではなかったのだ。
「くそッ、二度も踏み台にしやがって」
「何か言った?」
「言ってねぇよ! それよかさっさと見ろよ」
 腹から声を出す龍介に、軽く体重をかけることで応じたさゆりは怨霊会の屋敷を覗いた。
平屋の屋敷は大きく、しかも周りにはたくさんの木が植えられていて、ここからでは全域は見渡せない。
舌打ちしてさゆりが別の方向を見ようとすると、下から呻き声が聞こえた。
「痛てて――おい、そこは骨――」
 全く聞こえないふりをして、さゆりはさらにつま先立ちになる。
屋敷にピントを合わせ、さらに灯りが点いている部屋に目を凝らそうとしたとき、いきなり何者かに話しかけられた。
「おまんら、なんぞ怨霊会に用があるがじゃ?」
 横から浴びせられた質問に驚き、慌ててさゆりは龍介の背中から下りた。
そしてさっきまで自分が居た高さに視線を送ると、塀の上に一人の男が居た。
 男は白い道着のような上着に袴を履き、なぜか学帽を被っている、いかにも一昔前の学生といった風貌だ。
興味深げに三人を見下ろす彼は、かなり訛りのある言葉を使った。
「何や、やかましゅう思うて覗いてみたんじゃが、そこで何をしてるがか?」
「誰よあんた、時代錯誤な格好して」
 屋敷の中を覗き見ていたという言い逃れの出来ない悪事を働いておきながら、
逆に強気に出るさゆりに龍介は素直に感心する。
この女なら悪魔の元締めが出てきても、恐れいったりすることだけはないだろう。
「み、深舟氏、挑発は止めましょう。怨霊会の人だったら、つまりヤク……」
 とはいえ、一般的には萌市の反応こそが正解なはずで、まだ怨霊会が火暮会を潰すために霊を使って
仕掛けたという証拠も掴んでおらず、ここで争いになっても火暮会が助けてくれるはずもなく、
逃げるのが最善手ではないかと龍介は思っていた。
だがさゆりはともかく萌市は逃げきれないだろう。
喧嘩で勝てるとも思えず、ここはさゆりの口先に賭けるしかないかもしれない。
「何こちょこちょ話とるが。今そっちに行くがか、ちくと待っちょけ」
 男は塀の上から身軽に飛び降りた。
明確な敵意はまだ見せていないが、それ以上に隙は全くなく、窮地に陥ったことを龍介達に予感させる。
「わしは龍蔵院鉄栴じゃ。はじめましてぜよ」
 その風貌に似合わず、男は礼儀正しく名乗った。
萌市は萎縮しており、さゆりに名乗らせるといきなり喧嘩を売りかねないので、龍介がまず名乗った。
「ほう、おまんは龍介ちゅうんか。同じ龍の字のつくもん同士、よろしゅうな」
 鷹揚に笑った鉄栴は、一転して鋭く龍介を睨みつけた。
虎次郎にも通じるところがある、極めて攻撃的な眼光だ。
「で、おんしら何モンじゃ? こげな時間に人んくを覗くらぁて、何をしとるがか?」
「その……ちょっと調査に……」
「調査ァ? 何の調査じゃ」
 鉄栴が怨霊会の敷地から現れた以上、関係者に決まっている。
うかつに素性を話せば敵として認識され、極めて危険な事態になるだろう。
どう言いくるめたものか、龍介が悩んでいると、止める間もなくさゆりが口を挟んできた。
「何でそんな事をあなたに言わなきゃならないの? 関係ないでしょ?」
「威勢の良い女子じゃの。わしは怨霊会の用心棒やっちょるもんじゃ。
怪しいもんがうろついちょったら調べるのが義務じゃき」
 獲物に襲いかかる寸前の鷹の眼で三人を縫いつけた鉄栴は、手にした長包みから棒を取りだした。
さらに金属製の尖器を装着し、現代の東京ではまず見かけない武器――槍を構える。
対する龍介達は偵察ということもあって、何も武器は持ってきていない。
これだけでも劣勢は明らかだというのに、鉄栴は相当槍の扱いに長けているようだった。
「と、東摩氏、用心棒って昼間山河氏が言っていた」
 萌市が龍介の背中を掴む。
汗が気持ち悪くないのだろうかと他人事のように考えながら、龍介はさゆりの半歩前に出た。
彼女の驚きが伝わってくる。
 さゆりはきっと、一人でも逃げられるだろう。
庇ったところで恩になど着ないのもわかっている。
それでも、龍介はさゆりの前に右腕を伸ばし、彼女を護るという意志を明確にした。
「知り合いが悪霊に襲われて死にそうになってる。
その悪霊はこの屋敷にいる霊媒師が喚びだしたって噂が本当かどうか確かめに来たんだ」
 どのみちヤクザの屋敷を覗き見ていたのだから、下手な言い訳をしたところで通用するはずがない。
そう思い、龍介は思いきってカマをかけてみた。
「悪霊? 霊媒師? おまんらアホか? 何でそげな事をする必要があるがじゃ」
 鉄栴は見事に引っかかった。
悪霊や霊媒師などといった言葉に普通の人間が返すのはマイナスの反応だ。
たとえば、気持ち悪い、意味が分からない――しかし、鉄栴はそんな事をする必要があるのかと言った。
それはつまり、彼も霊や霊媒師の存在を知っているということだ。
「霊媒師はこの屋敷にいないなら、俺達の掴んだ情報が間違っていたことになる。女の霊媒師だそうだが」
 龍介はさらに強気に出た。
鉄栴は用心棒と名乗っているにもかかわらず、龍介達を力づくで追い払おうとしない。
その理由が、龍介達が取るに足らない相手だからだとすると、
彼は馬鹿正直――もしくは、仕事にあまり気乗りがしていないのではないかと考えたのだ。
「来たことはあっが、怨霊会の親分が世話になったっちゅう外国の親戚の霊を喚びだしたいいうてだな――」
「外国の親戚? 何、怨霊会の親分ってのはハーフか何かなの?」
 冷静に考えれば、別に当人が外国と関わりがなくても、外国の親戚というのはいくらでもあり得る。
だからさゆりの指摘は返せるはずなのだが、さゆりの冷静かつ小馬鹿にした口調に、
鉄栴は精神の平静を保つことができなかったようだ。
「そ、それは……」
「騙されてるとも知らずに用心棒をやってるなんて、あんたこそバカじゃないの?」
「女子じゃと思うて黙っちょれば……ッ!!」
「何よ、やるっての」
 事ここに至ってはもう龍介はさゆりを庇ったりしていない。
むしろけしかけるように半歩退がり、舌戦の場を彼女に譲った。
 さゆりは槍を突きつけられても怯むどころか、刺せるものなら刺してみろとばかりに前に立つ。
「それで本当はどうなのよ、霊媒師は何のためにここに居るっていうの」
「わしが聞いとるのはさっき話した内容だけじゃ」
「それじゃ、怨霊会の親分に直接話を――」
「それはできん話じゃ。わしは怨霊会に雇われとる身じゃからの」
 ヤクザの親分に直接面会を申し込むなど正気の沙汰ではない。
いくらさゆりが怖いもの知らずといっても限度というものがあるはずで、
彼女に交渉を任せる危険を龍介は改めて思い知った。
 用心棒の意味を根底から無視するような要求に、鉄栴が怒っても無理はない。
怯えっぱなしの萌市と、虎の尾どころか地雷原を素足で突破しようとしているさゆりに代わって龍介は警戒を強めた
 鉄栴の槍先はさゆりの身体の中心を狙ったまま動かない。
さゆりを突き飛ばせるよう重心を移す龍介に、鉄栴は意外にも槍先を収めた。
「じゃが、おまんらの話が本当かどうかわしも気になるき、ちくと調べてみちゅう。
じゃけん、今日のところはおまんらは去にや」
「……わかった」
 ここまで譲歩を引き出せたのだから上出来だろう。
このタイミングを逸してはならないと龍介は踵を返した。
「待ちなさいよ、まだ話は終わって……」
「いいから、行くぞ」
「痛ッ、離しなさいよ、ちょっとッ――」
 騒ぎ続けるさゆりに別の冷や汗を流しながら、急いでこの場を離れる龍介だった。
 数分歩いたところで龍介は掴んでいたさゆりの腕を離した。
さゆりはさすがに取って返そうとは言い出さなかったが、爆発二秒前の爆弾といった顔で龍介を睨んでいる。
無事に窮地を脱せたというのにその態度は何だ、と爆発物処理を放棄して言いかけた龍介に先んじて、爆弾の方が炸裂した。
「何やってんのよ、この間抜けっ!」
「間抜けとはなんだ、間抜けとは。お前あいつが刺さないとでも思ってたのか」
「あいつが怨霊会を調べたとして、どうやって連絡を取るつもりなのよ」
「……あ」
 龍介の顎が大きく落ちる。
それがあまりの間抜け面だったのか、さゆりはマリアナ海溝にも届きそうな深いため息で怒りを放棄した。
「どのみちガンマンの霊は明日には現れるんだから間に合いそうもないし、
あの鉄栴とかいう変なのもスマホなんて持ってなさそうだから、連絡先なんて訊いても無駄だったかもしれないけど」
「……面目ない」
 龍介は悄然とうなだれた。
どうも自分はこういう下準備や交渉事が苦手のようだ。
文才もあるとはいえず、今のところ霊を相手に鉄パイプを振り回すしか能がない。
霊が視えるのが特殊能力だからといって、他に人材がいるかもしれず、
このままではいつお払い箱になっても文句が言えない状況だ。
「何変な顔してるのよ。済んだことは仕方がないわ、さっさと帰るわよ」
 相変わらずの物言いをするさゆりに言い返すこともなく、龍介は夜道をとぼとぼと歩くのだった。



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