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トレーニングルームには、朝とは思えないほど熱気と激しい音が満ちていた。
トレーニング、と言っても並の家のリビングより遥かに大きな部屋には、三人の女性がいる。
この部屋の持ち主とその警護人、そして招待客という組合せの三人は、
今は持ち主と警護人が組み手を行っていた。
もちろん本気ではないが、寸止めではなく、二人とも相手の急所めがけて突きや蹴りを繰り出している。
傍らに一人立つ少女は、瞬きもせず凄まじい練習を見ていた。
やがて密度の濃い練習を終えた二人は、揃って少女の許に向かう。
「はぁ、終ったわ。葵、タオルちょうだい」
「はい」
サラ・ブライアントは束ねていた髪を解くと、爽やかに立っている少女に話しかけた。
「葵、私にも」
「はい、ベネッサはん」
ベネッサ・ルイスはサラの警護を担当しているSPだ。
そして二人が先を争うようにタオルを求めたのは、梅小路葵という名の日本人の少女だった。
三人が今いるのはブライアント家の屋敷内にあるトレーニングルームで、
サラとベネッサは毎朝ここでの運動を欠かさない。
葵も運動は一緒にするが、組み手をするにはまだ実力が足りないということで、
二人が組み手をする時はこうして見学をしている。
二人の動きは外の格闘技をほとんど目にしたことがなかった葵にとって見るだけで勉強になり、
葵はいわばのけ者にされている状態であっても、真剣に二人の一挙手一投足を学んでいた。
「痛た……あなた、本気で殴ったでしょう」
顔と、上半身を軽く拭いたサラがぼやく。
彼女の肌には拳の跡が残っており、練習と言っても打撃に手加減はないようだ。
葵も一方を自分に置き換えてシミュレートしてみたりするが、
ベネッサの無原則な拳も、サラの雷光のような蹴りもまださばける自信はない。
もし自分が今日のサラだったなら、拳の跡はあれだけではすまないだろう。
葵が今の組み手をもう一度頭の中で思い起こしていると、
やはり顔を拭いたベネッサが冷静に答えた。
「手を抜いていては訓練になりませんから」
ベネッサの返答は正しいが、全ての理由を語ったわけではない。
アメリカ屈指の富豪の令嬢でありながら、上品ぶったところはまるでなく、
ベネッサや他の使用人に対しても気さくに振る舞うサラをベネッサは好いていたが、
特に葵が見ていると、ベネッサの力加減は20パーセントほど増してしまう。
しかも相手が泥棒猫とくれば、更に30パーセントほど増してしまうのは仕方のないところだった。
「あーはいはい、わかったわよ」
つまらない返事に、話題を打ち切るように手を振ったサラは、
その手を自分の背後に持っていき、スパッツの上から下着を直した。
あまり品のよい仕種とは言えないが、女三人ということで気を使っていないのだろう。
恥じらいを微塵も見せずに下着を直したサラは、そのままそれについての話題を始めた。
「下着が食いこむのって本当に嫌よね」
「私はボクサーパンツですから別に。サラにも薦めたはずですが」
「嫌よ、あんな色気のないの。闘いだからって女を忘れたくはないわ、私は」
それはどう考えても富豪の令嬢と彼女を警護するSPの台詞とは思えないものだった。
二人がそのやり取りの嫌味さほどには仲が悪いわけではないのを、
もうサラの屋敷に居候するようになって数ヶ月が経っている葵は知っているが、
それでも、朝から組み手というよりは訓練に近い二人の練習を見れば、
いつ取っ組みあいの喧嘩になってもおかしくはない。
いつも巻きこまれる葵としては、どうにか衝突を未発に防ぎたいところだった。
しかし、サラはそんな思惑など知らず、タオルを首にかけると明るい口調で毒を放つ。
「葵だって嫌よね。こんなゴツいの」
豹をも怯ませるだろう眼光で威嚇するベネッサも全く意に介さない、
雇用主と部下とはいえ、殺気の篭った眼光を平然と受けとめるサラに、
傍で見ている葵の方がひどく緊張を強いられてしまった。
何しろひとたび喧嘩ともなれば、本気で相手を殺しかねない二人なのだ。
しかし、短い睨み合いを行った二人は、身体を動かしたことである程度は発散していたのか、
朝から闘う気にはならなかったらしく、どちらからともなく視線を外した。
ほっと胸を撫で下ろす葵に、サラが声をかける。
「で、葵はどうなの? 食いこんで困ったりしない?」
作ったような猫撫で声に、一旦は安心した葵はすぐに別の緊張を強いられる羽目になってしまった。
サラがこういった声を出すときは必ず何か裏が、言ってしまえば良からぬことを企んでいるのだ。
そもそもごく普通の日本人として育った葵は、下着の話をおおっぴらにする感覚に乏しい。
サラとベネッサと暮らすようになってからかなり変わってはいても、
やはり根底の部分で恥ずかしいと思ってしまうのだ。
「へぇ? う、うちは……」
葵が口ごもると、サラは早速食いついてきた。
「何? なんか日本独特の下着でもあるの?」
「ああ、聞いたことがあります。褌とかいうやつよね?」
危険な餌を与えてしまったと後悔すると、ベネッサも興味を示したようで、葵はますます危険を感じた。
「ふ、褌は……男のひとがするもんやから」
「じゃ、何よ」
痺れを切らしたサラが単刀直入に訊いてきた。
答えてしまえば窮地に追い込まれることになると判っていても、
歳はさほど違わなくても修羅場をくぐった数は段違いの二人の眼光をかわせるほど
葵はまだ精神的に強くなかった。
「……履かへんのどす」
「え?」
「せやから、袴の下には何も着けへんのがしきたりで」
「……」
沈黙に続くサラの表情は、名状しがたいものだった。
眉をひそめ、唇を尖らせ、うさんくさげに葵を見やる。
美貌で知られるブライアント家の令嬢がそんな顔をするのにいたたまれず、
葵がこの場にいるいまひとりの方を見ると、ベネッサは親子か姉妹かというほど同じ表情をしていた。
肌の色も顔の輪郭も全く異なるのに、どうしてか揃っている二人の表情に、
葵は所在なげにうつむくしかない。
葵がそんな風に感じてしまったのも無理はない。
さっき口喧嘩をしていたのが嘘のように目だけで意思の疎通を果たした二人は、
出来の良い末妹を虐める口実を見つけだした姉二人、という役割をそれぞれに与えていたからだ。
どちらが長姉か、という議論になればまた喧嘩になったろうが、
大事なのは葵が末妹だということだったので、二人は協調してさりげなく葵の逃げ場を塞いだ。
良からぬ気配を察して身をすくませる葵に、重々しく告げた。
「信じられないわね」
「ええ、信じられません」
「確かめてみる必要があるわね」
「ええ、あります」
「そ、そや、うちちょっと用が」
先ほどまでの仲の悪さは、このための演技だったのではないかというほど結託した二人に、
葵は逃げようとする。
しかし一瞬遅く、ベネッサにほとんど押し倒されるようにして身体を押さえられ、身動きを封じられてしまった。
「きゃっ……! あ、あの、二人とも、落ちついて」
「嘘をついていたら大変だもの。そんな子をブライアント家に置くわけにはいかないわ」
「本当だったら大変よ。試合中にそんなプレイをするような娘は、弟子にはできないわ」
葵はサラの家に迎えられたわけでもベネッサの弟子になったわけでもない。
ベネッサとは語るのも恥ずかしくなるような出会いから、
結構な強引さで連れてこられただけだし、
サラに至っては帰国しようとしたところをありとあらゆる手段で邪魔して家に留められた経緯がある。
今はそういう関係を、むしろ進んで葵は受容していたが、
こういう時にこんな風に言われると反発したくもなるというものだった。
「せやから、それはしきたりで」
「そんなしきたり聞いたことある?」
「ありません」
ぴしゃりと遮られて、葵はしゃっくりを飲みこんだ時のような顔をするしかなかった。
そうしている間にも、サラとベネッサは葵の、上半身と下半身にそれぞれ陣取っている。
サラは葵の小ぶりな胸を背後から鷲掴みするのが好きだったし、
ベネッサは葵が泣き叫んで足を腰に巻きつかせるのにたまらない興奮を覚えるから、
適材適所というわけだった。
葵の手を、掴むのではなく握ったサラは、細い指先にさっそくキスを落としはじめる。
ふっくらとした唇の、柔らかな感触だけを与えるキスに、葵は早くも弱い電流を感じてしまう。
「あっ、あのっ、こない朝から……」
修行だの語学だの口実をつけられてサラの屋敷にホームステイをして早数ヶ月、
サラとベネッサに昼も夜も愛されて、葵の身体はすっかり敏感になってしまっていた。
「朝から何?」
「朝から……んぅっ」
キスだけで力を失ってしまった指先を、サラは口に含んだ。
温かく、柔らかな指先はどんな栄養ドリンクよりもサラに活力を与えるのだ。
武術をやっているにしては全くそれらしくない指は、口の中でどんどん甘さを増していく。
唇と舌の双方でそれを味わいながら、サラは少しずつ奥まで指を呑みこんでいった。
舌の奥で指先を感じ、しごきたてる。
時折強く吸ってやると、ひくりと跳ねるのが何とも言えず愛おしい。
しかし、跡が残らない程度に歯を当て、よりねっとりとねぶってやろうとしたサラが目にしたのは、
マナーというものを全くわきまえていないベネッサが、袴の脇から手を入れる光景だった。
まだオードブルだというのにがっつくベネッサに腹を立てながらも、
彼女にメインディッシュをひとり占めさせるわけにはいかない。
サラは舌打ちをこらえつつ、慌ててベネッサに倣った。
袴の両側から侵入した二人の手は、先を争うように葵のひそやかな場所を目指す。
葵自身が告白したように、邪魔な布地は一切なく、繊毛とそれが隠す慎ましやかなクレヴァスは、
まるで無防備な状態でそこにあった。
花園に侵入した盗賊は、ひっそりと咲く花を無遠慮に手折る。
ベネッサに股を割られ、閉じることもできない葵は、
袴の中でうごめく二つの手に無理だと半ば諦めつつ訴えた。
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