その年選ばれたのは、彼女だった。
微笑んで見詰め合う。
すべての猫との別れを惜しんだのち、彼女はタンブルブルータスへ微笑みかけた。
抱きしめて、衆目のもと、初めて口付けを交わす。
このまま離さずにいればどうなるだろう。夜が明けて、天上への階段が消える。それまで彼女を捕えていれば、自分たちを置いていけなくなるのではないか?
小さな身体を、そっとデュトロノミーへ手渡した。
彼女は最後まで微笑んでいた。
「タン、タン、ターン?
居るでしょ?」
スキンブルシャンクスは、両手にひとつずつお土産を携えて、彼のねどこを訪れた。今は、彼一匹のねぐらだ。
「あ、いたいた、タンブル。
はい、これ」
いつもの貝殻だった。
なぜか、だれよりロマンチックなものをスキンブルシャンクスは、雄猫のタンブルブルータスへ用意する。
「それとこれもね」
「二つも土産をくれるなんて、珍しいな」
「うん。何故だか今回は、君を特別あつかいしたくなって」
銀色のルアーだった。
ずっしりと重い。
何に使うものなのか分からなくても、その流線型は美しい。
「俺を心配してるのか?
カッサンドラがいなくなったから、自暴自棄になってるんじゃないかって?
……余計なお世話だ」
スキンブルシャンクスは慌てたように、口をパクパク開いた。
「……そんなふうに思われたなんて、ショックだよ。
僕は、いつだって君が一番可愛いのに」
ごとっと、タンブルブルータスの手からルアーが床に落ちた。
「あれ、気付かなかった?
僕の寝床へおいでよ、って、あんなに露骨に誘ったのに」
すりっ。
そんな音がしそうなほど、スキンブルシャンクスのふわふわした体が、タンブルブルータスへ寄せられる。
雄猫とは思えないほど柔らかい。
さーっと、タンブルブルータスの血の気が引いた。
彼はいつもなぜか貧乏くじを引く。
雌猫が大好きなのに、まったく相手にされないし、一番好きなカッサも天上へ行ってしまった。
けれど、そんな報われないところが、スキンブルシャンクスの男心をいたくそそった。
―――もう、またタンブルってば雌に振られてるよ。
その現場を目撃するたび、スキンブルシャンクスが胸を高鳴らせていた事実を彼は知らない。それは、不運続きの彼の猫生のなかで、唯一幸運なことと言えた。
「あ、あわわわあわわわ」
「冗談だよ、タン…」
「なんだ、そうか。悪い冗談はよせ」
目じりをきりりと引き締めても、動揺はたぬきのように膨らんだしっぽに表れていた。
スキンブルシャンクスはため息をつく。
「冗談だけど、そんなに嫌がらなくてもいいじゃないか。
これからは、もっと僕と親密にしてもらいたいね」
カッサはいないんだから、とは、さすがのスキンブルシャンクスもいえなかった。
どうせ、あと一年後には彼も天上に昇ってしまう。
ジェリクルムーンの輝く中、二匹の誓いは固かった。
「タンブルブルータス、あなたも来年はわたしのところへ来るんだよ」
「カッサンドラ?
そうしたいが、でも…」
「わたしがジェリクルに選ばれるとしたら、理由はひとつしか思い浮かばない。貴方への気持ち。それだけが、わたしのジェリクルなの」
「カッサンドラ…」
「だから、必ず貴方も天上に呼ばれる。
わたしと貴方の気持ちは同じだから。
わたしが選ばれるのなら、貴方が選ばれないはずはないのよ」
待っているわ、とカッサンドラは微笑んだ。
初めて、彼女のやわらかい唇にタンブルブルータスは触れた。
ジェリクルムーンの全き輝きのもと、永遠を誓い合う。
天上で永遠に結ばれよう。
それが、生まれたときから一緒だった二匹の運命だった。
あと一年。
それだけの時間でも、スキンブルシャンクスはタンブルブルータスを独占したかった。もちろん、乗務予定があれば、それを最優先する。
けれど、街へ戻ったときは彼に癒されたい。
あと一年。
彼を口説き落とすのは、不可能じゃないはずだった。
「今日は泊まって行ってもいいでしょう?」
本当は、一番の友でもあったカッサンドラと離れ離れになって、とても猫恋しいタンブルの気持ちを利用する。
悪いけど、綺麗な身体のままではカッサンドラに逢わせないよ。
アイドルの無垢な微笑の下、スキンブルシャンクスは鋭い牙を押し隠した。
『天上への誓い』