正直、俺は世界で一番格好いい。

街を歩けば女たちに見つめられるし、むさくるしい男どもは道を空けるし、この街で一番偉いのは俺。しかも若い。
腕っぷしが強くて、頭もいい。
そのうえ顔だちも美しいときているから、最強だ。

姿見に映しながら、何度も飽きずに襟の形を直す。
きっちりしめてみたり、大きく崩して胸元をちらりと見せたり。

どの角度から見ても絵になる。自分ほど格好いい男がこの世にいるだろうか。いやいない。軍服も似合うが、センスがいいので私服はもっとさまになる。

俺より目鼻立ちが整ってる男はひょっとしたら万が一、一億万が一いないこともないのかもないかもわからない。しかしそういうやつはたいていの場合、愛玩犬みたいに美貌だけがとりえだ。顔と力を併せ持つ男はそういない。そう、俺のような……。
せんだっても、ドジを踏んで死に掛けた部下を一人助けた。
あの間抜けがよりによって海賊討伐の最中に倒れたときは、さすがの俺もあいつはもうだめだと諦めた。

珍しいくらいに純粋な金髪が、いきなりぐらりと揺れて、月光を弾きながら血の海に倒れたとき、床に流れ出ている赤い液体が彼のものでないと知っていたのに、胸のなかがひやりと竦みあがった。
俺と彼との間にはかなり距離があったし、間に合うはずがないと思った。そう判断する頭とは別に、足が勝手にそちらへ向いていた。
俺がそのとき相手をしていた海賊は、どうやらランパスか誰かがしとめたらしい。

賊と軍隊との斬り合いをかいくぐり、倒れた相手に白刃を振り上げた卑怯者の背中へ、一閃した。そいつが意識を失ったマキャヴィティの上に折り重なったので、ますますあいつの金髪は血の海に沈んだ。小さな船窓から差し込む月光が、彼の類稀な髪と頬を青ざめて照らしていた。マキャヴィティの命が今あるのは、俺のおかげと言える。

「俺って格好いい」

俺がいなければ、希少な金髪がひとりぶん、今頃は虚しく土の下だ。
清潔な医務室の白い寝台で目覚めたあいつは、俺を感謝に溢れた瞳で見つめるはず。そのはずだった。




「よう!」
執務室とは名ばかりの豪奢な私室を出て、広く取られた敷地を横切り、訓練場へ出る。多くの声が重なり絶え間なく響く騒々しい場所で、目当ての金髪を見つけて、声を掛けた。

マキャヴィティは、もてあましぎみの長身をかがめて、挨拶らしきものを送ってきた。たったそれだけで、剣を握りなおしなおも教練を続けようとするマキャヴィティを、いらいらしながら手招く。

「こっちへ来い!」

それでやっと、彼はこちらへ顔を向けた。
声に篭めた怒気に気付いているだろうに、しれっとした顔で走ってくる。金髪は相変わらず、きらきら光って風に靡いていた。

「なんでしょうか。隊長」

マキャヴィティの額には汗が玉を結んでいた。真摯さが伝わってくる。汗臭い。

「なんだじゃないだろう。お前、どこへ行っていたんだ。俺の支度を手伝いもしないで」
「何か手伝うことがありましたか」
「着替え……。医務室から出たばっかりだから、俺は、お前に楽な仕事をさせてやろうと思って…!」
「お気遣いありがとうございます。もう大丈夫です。右腕も、問題なく動きます。私は軍人です。
これ以上、無為に過ごしてはいられません」

語尾を遮られて、つい沈黙してしまう。マキャヴィティの半眼は、まるで睨みつけているようだった。まさか。俺はこいつの命の恩人だぞ。

「お前は本当に真面目だな」
「恐れ入ります」
「だけど、もうちょっと息を抜けよ?一生懸命なのはいいけど、やりすぎは逆効果だ。せっかく俺が気にかけてやってるのに、そんなふうじゃ俺の不興を買うとは思わないのか」

金色の髪がこぼれかかる薄いこめかみに、びりっと怒りに似た痙攣が走った。

「なんだよ?」

わけがわからない。

「俺はお前の命の恩人なんだぞ?」

わかってんのか?

「はい」

海風が吹く。
金髪も風にかき乱されて、彼の反抗的な目もとを暗く隠した。




クソ真面目なやつだから、仕事中に構われるのが嫌なんだろう。
そう納得して、おとなしく自室へ引き返した。

「隊長、イライラしてますね」
「そんなことない!」

机の上で、履物の爪先が絶えず揺れてるのを視界の隅に捕えながら、書類を投げ捨てる。
執務机の表面を滑って、書類はひらひら落ちていった。

「お顔が、ちょっと膨れてらっしゃる」

小柄な隊員は顔色も変えずに、決済した書類を拾い上げる。俺の部下にはポーカーフェイスが多すぎる。
高い位置で足を組みなおすと、寄りかかった背もたれがぎしりと軋んだ。

「膨れてないぞ。カッサンドラお前、アイツに手を出されたりしてないか?もしアイツに無理矢理何かされたら、俺が絶対にシメあげてやるからすぐ言えよ」
「アイツって誰ですか」
「マキャヴィティだよ!決まってるだろう。大体、隊員には女も多いのに、誰かアイツをたらしこめるやつはいないのか?そんなだからアイツはいつまでもここに馴染まないんだ。みんな、エリートの嫁になりたくないのか?!」
「まあ…」
「アイツは非人間的すぎる。
お前、アイツのことどう思ってる?お前のこと、あいつがなんか言ってるか知ってるか?」
「さあ。でも、……確かにマキャヴィティはかたくなですね」
「だろ?!カッサンドラってアイツの好みかな?」
「私ですか。どうでしょうか」
カッサンドラは、ランペルティーザと同じくらい小柄だが、とびきりの美人だ。
暗褐色の髪を形のいい頭に沿ってごく短く切りそろえているのがギルバート的には難なのだが、洗いざらしの短髪をぼさぼさと風になびかせているランペルティーザよりよほど女らしいし、何より、彼女の眼差しの深さときたら一級品だ。そうだ。最初から彼女にマキャヴィティを任せればよかった。

「…ほどではないが、お前は綺麗だ」

胸を走る痛みに、奥歯を食いしめる。

「カッサンドラ。お前、俺の命令ならなんでもするか?」

弟を養うために女だてらに入隊した彼女は、ギルバートに初めて会ったときにどんなことでもすると誓った。
彼女を追って、彼女の弟も海軍の門を潜ったのは、それからすぐのことだった。彼女らは互いに人質だった。軍への、ギルバートへの。その彼女に向かって、命じる。

「マキャヴィティを色仕掛けでたらしこめ」
「あ、そうだ。忘れていました。マキャヴィティはヴィクトリアと付き合いはじめたのではありませんでしたっけ」
「……」

絶叫が壁をつきぬけ訓練場にまで響いたのは、その一瞬後だった。




「ヴィクトリアは…考えていなかった」
「どうしてですか?彼女は綺麗ですよ」

確かに、ヴィクトリアは宮殿に暮らす姫にも滅多に見つけられないほど白く透ける肌を持つ、神秘的な少女だ。見た目だけは。

「お前のほうが美人だ」
「ありがとうございます」

面倒くさそうな事態を飄々と逃れたカッサンドラは、褒め言葉も軽くうけながした。

「あんな…気の強いのが好みだなんて、あいつ、以外とあれなのかな」
「あれってなんですか」
「う、内気っていうの?」
「そうなんですかー。気の強い女性が好きな男性は内気なんですかー。
隊長は、ヴィクトリアのことが苦手なんですか?」
「いや!そんなことはないけどな!」

体錬のときに、セクハラしようとしてわけのわからない手段で男の自分が少女の彼女に床へ身体ごと投げつけられたことも、その夜個人的に呼び出して、身の回りの世話を焼かせようとして死ぬほど不味い手料理を食べさせられたことも、熱々のアイロンを押しあてられそうになったことも三日がかりでつくった書類を悪気なく破られたこともコレクションしていた船の模型を洗濯層に沈められた事も(そのときはちょっと泣いた)散々嫌がらせをしてもまっっっったく気付いた様子がなく海軍にいつづけていることも、彼女の何もかもが気にくわないがマキャヴィティはどうやら違うらしい。

……あいつとは気が合わないかもしれない。
初めてそう思った。

「マキャヴィティがヴィクトリアを部屋に呼んで、手料理なんかを振舞っているそうです」
「そう、か…」
「彼女を」
「呼ばなくていい」

いやに豪華な内装を誇るギルバートの執務室に、ノックの音が響いた。
いそいそと扉を空けに出向いたのは、ひょっとしたら扉の向こうに、汗を流してこざっぱりした格好に着替えた金髪の兵士が立っているかもしれないと思ったからだ。しかし廊下にいたのは、真っ白い肌を武ばった甲冑に包みこんだ可憐な少女だった。急いで部屋のなかに逆戻りする。

「隊長、大丈夫です。さっき話していたヴィクトリアですよ。タイミングがいいですね」
「私の噂話を?」

ヴィクトリアは見かけとは裏腹に、気さくであけっぴろげな口調で話す。
この笑顔がくせもので、自信家ならば彼女に特別好かれていると、思いこまされてしまう。
白い肌をした美少女の、艶然とした微笑みを、カッサンドラはどう受け取ったものか。彼女は深く頷きながら、ギルバートを振り返った。

「ええ、マキャヴィティはあなたにだけ心を許してるでしょう。その話を。ねえ、隊長?」

カッサンドラは彼女の背後に尻尾を巻いて隠れたギルバートを、部屋の中央へ押し出した。そのたびに激しい抵抗にあってあらあらと眉を下げていたが、まったく悪気はなさそうだった。

「隊長、どうなさいました。ヴィクトリアにさっきのことを詳しく聞かなくていいんですか」
「いい!何の用だヴィクトリア。用事があるならカッサンドラに言っておけ」
「司令部から郵便物が届いています」

ヴィクトリアは、形ばかり王国海軍のシンボルマークの張り付いた封筒を差し出した。

「なんだよ、また海賊退治か」

ギルバートはやっとカッサンドラの影から出て、そっけない封筒を手で破り明け、中身の指令書を逆さに振って取り出す。そこには、こむずかしい言い回しでギルバートに宮殿へ伺候せよと書いてあった。

正直めんどうくさい、と思ったが、首都はそういえばマキャヴィティの故郷でもある。
アイツを連れて行こう。そうして、アイツの実家にも顔を出してやろう。親御さんも、息子の命の恩人の顔を見たいに違いない。

「マキャヴィティを呼んで来い。命令だ。今度こそ、命令だからな」

ヴィクトリアが扉の向こうへ消えるのを確かに見届けて、息のつきやすくなった室内を、うきうきしながらひっかきまわす。

「何を用意すればいいかな。都へ行くのに、金はどれくらい要ると思う?」
「私は海以外、この街から出たことがないので…」
「やっぱり、旅慣れたやつが俺についてこないとな」
「隊長、くれぐれもお気をつけください。この港は安全ですけれど」
「わかってる。だから、マキャヴィティを連れて行くんだ。あいつは腕もたつ」
「マキャヴィティは、そこまで信用できますか」

カッサンドラの申し出を、ギルバートは視線だけで却下した。
彼女は慎ましやかに頭を垂れて、派手な寝巻きを抱えこんだギルバートへ、恭順の意を表した。

マキャヴィティが室内に入ったとき、彼は異様な空気とギルバートの握り締めるものに一瞬呑まれたような顔をしたが、すぐに常のポーカーフェイスを取り戻した。

「よう。よく逃げずに来たな」
「お呼びとうかがいました」
「どうして用事があるときにはすぐ来るのに、ただ呼んだときには来ないんだ?なんか見分ける方法でもあるのか?ま、いいや。お前、故郷に戻れるぞ。俺のおかげでな」
「(用事がないときは呼ばないでください)マハーナコーンへ?王宮へ行かれるのですか」
「そう。嬉しいだろ。久しぶりの里帰りだ」

マキャヴィティはいつもの愛想笑いを頬へ浮かべた。心から喜んでいるにしては、目が笑っていない。彼はいつもそうだ。
カッサンドラが、不安そうに口を挟む。

「隊長。マキャヴィティ以外のものも連れて行ってください」
「いらない。そんなに連れて行ったら金の無駄だ」
「そんなことをおっしゃって。マキャヴィティなら隊長のすることに口出ししないと思っているんでしょう。駄目ですよ」
「男同士で気軽に旅したいんだよ。たまにはいいだろ。な、マキャヴィティ。公費で遊び放題なんだから、おいしいぞ。悪い所もいこうな」
「カッサンドラ水兵長がおっしゃる事はもっともです。誰か他に…」
「いいって」
「いえ、隊長、私は…」
「隊長、お願いですから」
「マキャヴィティ兵曹!」

場の空気が凍る。

「はい」
「命令だ。
お前だって実家に顔を出したいだろぉ?俺も行ってやるから、親不孝は上司の顔に免じて許してもらえよ。……この前の話は、暴露しないでおいてやるからさ」

マキャヴィティの家から医務室に運び込んだ籠球は、彼には返さず、執務室の飾りにした。磨き込まれた艶を放つそれを、親指で指差しながら、そっと金髪に耳打ちする。カッサンドラは、男同士の内緒話に不思議そうな顔をしていた。

暴露、という言葉が出るか出ないかの刹那、マキャヴィティの肩に気安く乗せていた腕が、びくんと収縮する筋肉の動きに弾かれた。
マキャヴィティは切れ長の横目で睨んでくる。よこしてくる視線が、冷たいことに戸惑う。

「なんだよ」

どうしてこんな顔をされなければならないのか。
肌に触れただけで、汚いものでも押し付けられたみたいに身体を固くされなきゃならないのか。

「俺はお前の命の恩人だぞ?」

わかってんのか?
本当にわかっているのか。
自分がいなければ、お前は今ここにいないのに。

「承知いたしました」

マキャヴィティは潔く頭を垂れる。
しかし伏せた面にぎらついた敵意を紛らわせるほど、彼の金髪は長くなかった。