街中がぎらぎら光っている。
昼間は太陽が曇りなく照らし、夜は星々が漆黒の中へ細い光を投げかけるからこそ、一日は美しい。それなのに冬の厳しさがいや増すこの頃は、強い光が優しい夜にまではびこり、突き刺すほど輝きながら街中に溢れていた。

色とりどりのイルミネーションは、一列になって木からぶら下がっている。

マンゴジェリーは上手に光をさけて、低い場所にある暗闇からするりと次の暗闇へ飛び移る。ふわふわと湯気をたてる本日の獲物は両腕に抱えきれないくらいだが、ソースの一滴も零さず相棒の待つねぐらへ到着した。

そこはニンゲンの家だった。家主は冬季休暇とかいうので、何十回も月が沈まないとここへ帰ってこない。二匹はそれを知っていた。家は、気持よく静まり返っている。

「今度も俺の勝ちだろ」

継ぎ目のないつやつやした台所の床に、食べきれないくらいの肉のかたまりを投げ出す。マンゴジェリーはやせた胸を張った。
ランペルティーザは半目になって、馬鹿にした顔を上向ける。ただし、彼女は小さいので、マンゴジェリーと視線を合わせるにも爪先立ちにならなくてはならなかった。

「あんた、それくらいであたしに勝ったと思ってんの? ちょっと甘くない? その肉にかかってるクランベリーソースくらい甘すっぱいわー」
「これまで9戦して、今のとこ俺が9回勝ってるよな。俺がクランベリーソースなら、お前はミルクソースかよ」

マンゴジェリーが相方のぷっくりふくれた頬をつつくと、怒ったランペルティーザに爪をたてられた。
血のでていない自分の手をかばいながら、マンゴジェリーはまじまじ見つめる。焼きたてのパンみたいにつやつやしたランペルティーザの顔は、満面で微笑んでいた。どうやら、見栄やはったりでもないらしい。ふかふかしている。

「何? 子豚の丸焼きでもしとめたか?」

それはふたりじゃ食べきれないな。マンゴジェリーは困りながら、小さくてやせたランペルティーザを改めて見下ろす。やせてるくせに、顔だけは丸くて頬が柔らかい。
彼女は堪えきないように、くふふと気味の悪い忍び笑いを漏らしている。

「すっごいものだよ。この前、ふたりで盗ろうとして失敗したやつ」
「……あれかぁ!」

二匹はおとなと子どもほども大きさが違うのに、そっくりな足取りで飛び上がる。そのまま家主のいない寝室へ向かった。

部屋の真ん中に陣取った寝台は、ニンゲンサイズにしてもとても大きい。薄い緑のシーツが敷かれたそれは、ゆうに大人三人が寝そべることができる広さを持っている。四角い寝台からこぼれそうに、真っ白の羽根布団が載せられている。枕は二つ。濃度を変えた、これも緑。

なだらかであるべき寝台の中心は、こんもりと盛り上がっていた。
そこが、さっきからもぞもぞ動いている。

マンゴジェリーはこわごわと、ランペルティーザは自慢の成果を早く見せたくて、しかしちょっともったいぶって近づく。

羽根布団をはぐと、そこには見慣れた黒と銀の縞模様があった。立派な毛並みを汗で毛羽立たせながら、本日の獲物は飽きる事なくもがいている。

「これは……完全に俺の負けだな」
「これまでの9回ぶんの負けをいっぺんに吹き飛ばすくらいでしょー」
「くやしいけど、その通り」

ぱあん、と二匹は高い位置で互いの手を鳴らした。

「お前ら……」

獲物は、さるぐつわをかまされていなかったので自由に喋れた。

「お前ら、覚えてろよ」

街のリーダー、マンカストラップは凄んで見せるのだが、二匹を怖がらせることには失敗した。彼の身体に、まるで手渡されるプレゼントのように真紅のリボンが巻き付いている。

「情けねーなー。仮にも、ボスが…」

マンゴジェリーはふきだしながら、リボンでがっちりまとめられているマンカストラップの両腕を持ち上げた。
温かい羽根布団のなかでもがき続けたせいか、マンカストラップは耳の中までどピンクで、触った腕も熱かった。

「なに? どんな方法でちいさい女の子にさらわれちゃったの?」
にやにやするのを抑えられない。

「調子にのるな、マンゴジェリー」
「ええー。聞きたい? 聞きたい?」
「お前は黙っていなさい」
「なんでよぉ、あたしに誘拐されたくせに!」

マンカストラップはがっくり肩を落とした。
何を言おうと、彼がランペルティーザに盗まれてしまった事実は変わらない。

「へえ。……わざとさらわれてやったわけじゃないのか」

マンゴジェリーは目を細める。
ランペルティーザに聞こえないように、マンカストラップの耳元に吹き込んでから、にぃっと口を横に引き伸ばす笑い方をした。そうすると、マンカストラップはいつも嫌がって眉をひそめた。
今日は、彼は昔のように不愉快そうな顔はしなかった。

ただ、もともと上気していた耳にさらに血が昇ってみるみる真赤になっただけだった。
「へ?」
拍子抜けする。

「そうだ。悪いか。ランペルティーザがこんなことをするなんて思ってなかったんだ」

マンカストラップは怒ったように言葉を叩きつけるが、本当に怒っていたら彼はこんなものじゃない。
無言無表情でいながら、腹の底が痺れるくらい冷ややかだった彼の姿をマンゴジェリーは思い出す。とりつくしまもなかった。マンゴジェリーは、皮肉ではなく心から思う。
「なんつーか。マンカストラップも丸くなったよなぁ…」
俺がちいさかったころにこんなことしたら、生きて帰れなかっただろうに。

「これだけ何度も挫折させられれば、無力感のあまり謙虚にならざるをえない」

お前らのせいだという非難がましい視線をあてられて、ランペルティーザはきょとんと瞳を見開き、マンゴジェリーは口笛を吹きながら部屋を見渡した。
マンカストラップが何度矯正しようとしても、二匹は決して自分たちを曲げなかった。

きまづい空間に、ぐう、という無粋な音が響いて三匹を救った。

「あれ、マンカスお腹へった?
マンゴ、さっきあんたが盗って来たやつ、あれ食べてもいい?」
「もちろん」
「あたし、取ってくる」

身軽に寝台を降り立った少女は、一瞬でドアの影に消えた。

「ランペルティーザ、俺はもう帰る! ああ、行ってしまったか。まさか、ここで食事なんて俺はしないぞ」
「いいじゃん。久しぶりにゆっくりしてけよ」
「お前のせいだ、まったく」
「なんでだよ。俺はあいつを育ててない。それをしたのはマンカスだろ」
「いつまでこんなこと……すぐに助けがくるのに」
「じゃあ、助けがくるまでここにいればいいじゃん!」

ぴょこんと耳を立てて、邪気のない顔で提案してみる。マンカストラップはため息を深く吐き出した。

「それまで、俺はどうするんだ。ここで寝て、お前らに食事を与えてもらうのか」
「そう」

それは腹のなかがくすぐったくなるくらい面白い遊びに思えた。

いつも皆に命令しているマンカストラップを、捕えてしまう。普段とは逆のパターンに、少なからずマンゴジェリーも興奮していた。ランペルティーザはもっとだ。

彼女が、マンカストラップをこのまま返すわけない。
カッパーオレンジをした彼女の丸い大きな瞳が、獲物を定めてきりきりと瞳孔の形を変えるありさまを、いつもマンゴジェリーは間近で見て戦慄させられていた。

「まるでままごとだな。いつまでも、あの子は子どもだ」

小さく微笑むマンカストラップは、まったく危機感を持っていない。
たとえ街一番の豪腕を持ち、群のボスであっても、朴念仁は一生、朴念仁のままなのだとマンゴジェリーは痛感した。

体中に巻き付いて拘束する赤いリボン。
身動きできない相手に、手ずから食事を与えること。
払いのけられないと知っていて、顔面を含む前進をすっぽり布で覆い隠してしまうこと。

どれもこれも、子どものままごとには隠微すぎる。

「まあ、マンカストラップがそう思うなら…」

彼は、遠からず自分の思い違いを悟るだろう。
親切に教えてやるつもりはマンゴジェリーにもない。何より、彼は自分を信用しないだろう。忠告の代わりに、彼の幸運を祈ってやる。

「今日が、あんたにとっていいクリスマスになることを祈ってるよ」
「マンゴ、お前、知ってるのか?」

多くの猫はヒトに聖なる夜と呼ばれる今日を、意味もわからず過ごしている。ただ、いつもより慌しくて浮き足立った街のようすを、訝しく思うだけで。

それは不思議なことだった。
猫たちがジェリクルの夜を迎えるように、夜を昼に塗り替えてしまう傲慢なヒトたちも、他の生き物に知られない彼らだけの聖なる一日を過ごすのだということが。神とは何なのか、マンゴジェリーは永遠に理解できない。
けれど、それはささいなことに思えた。

月を見上げるあの気持は、猫以外にはわからない。
だから彼らの考えることも、自分にはわからない。ただ、彼らにとって今日が特別な日だと知っている。まるで、猫が年に一度迎えるあの日みたいに。

「まあね。マンカストラップは、ニンゲンと友達だからきっと知ってると思ってた」
「驚いた。俺はお前がそんなことを知ってるなんて思いもしなかった」
「前の町でちょっと」
「そうか…」

マンカストラップは深くは詮索してこなかった。
少しは、マンゴジェリーのことを認め始めているのかもしれない。胸の奥がしくりと痛んで、マンゴジェリーは何かを言わずにいられなかった。「あいつ…」沈黙していられない。

「あいつ、あんたのことが好きだよ。俺もだけど。
 ニンゲンは今日は忙しいだろう。あんたがいなくても、一日くらいは気付かない。今日だけつきあえよ」
「嘘を言うな。お前が、俺のことを好きなわけがない」

マンカストラップが、リーダーの顔にらしくない自嘲の笑みを浮かべる。まっすぐ見つめる視線をそんなふうに逸らされると、逆にマンゴは落ち着かない。
あんたはそういうヤツじゃないだろう。そんなふうに言い募る自分こそ、らしくない。

はやくランペルティーザがこの部屋に帰ってくるといい。あいつ、何をしてるんだ。遅いじゃないか。居心地が悪くてむずむずする。

「まあ、本当かどうか……これから身をもって知ることになると思う」

動けないマンカストラップは、不思議そうな顔をしてじっと考え込んでいた。
黄色に黒い縞を全身にまとわりつかせた女王様が、クランベリーソースのかかった七面鳥を大きな銀の皿に乗せて現れるまで。

「ほら、マンカスって飼われ猫じゃない? こうしたら食べやすいかと思って」

悪気だけはないランペルティーザは、マンゴジェリーを顎で使いながら、手足を縛られて抵抗できないマンカストラップの口にむりやり鶏肉を押し込む。

悪気はない。本当に。

「おいしい? ねえおいしい?」
「ランプ、手加減しないと……そいつ窒息しかかってる」
「あれ? うそ。マンカストラップー!」

手渡されるプレゼントのように赤いリボンを巻きつけた、白黒縞猫のマンカストラップは、いろいろ酷いことをされながらも一日は泥棒猫たちに挟まれて眠った。
だから、その日は特別な夜だった。



『ニセモノの星も温かい』
2009.12.25