目前に雨のようになだれ落ちてくる長い金髪をかきあげながら、色あせた「Hair Cut」の看板を見上げる。店のドアを開けると、扉の右上に取り付けられた金属のベルがガランゴロンと打ち鳴らされた。
その音を聞きつけて、奥から店員がぶらぶら歩いてくる。

「あ」
「……」

気まずい沈黙が落ちた。
勝手にシートに座っていた北欧系出身のスノーボーイは、彼と正反対に浅黒い肌を見上げて呆然とした。相手も、なんと言っていいかわからないようだ。不慣れな手つきで右手に握ったバリカンが、いやに所在無い。

「店主は?」
「いない」
「そうか」

鏡の前に置きっぱなしにされた白布を、金髪が躍る彼の肩へ今にも羽織ろうとしていたスノーボーイは、シートを飛び降りる。金色が鏡の中でも軌跡を描いた。
スノーは、肩から引き抜いた布を丸めて放り投げ、出口を目指す。

「おい」
「そんなもんでばりばり刈りあげられるのは、ごめんだね」

ペペは、自分の握ったバリカンを見下ろしてふてくされた表情を浮かべた。
見習いを始めてどれくらい経つのかわからないが、彼はまだハサミを扱えないのだろう。スノーボーイは、目の前に落ちてくる金髪を額に手を当てて抑えつける。

「店主のいるときを見計らって、また来る。あんたも、そのほうがいいだろう」

長い髪を、こめかみから差し込んだ指で後へ流す。
ペペは答えないが、もはや客の足を止めようとはしなかった。

気まずさはお互いさまだ。けれど、年のぶんスノーボーイのほうが冷静だった。ペペは、顎や頬の輪郭にも幼さゆえの甘さが残る。彼は、敵に奉仕する義務を免れてあからさまにほっとしていた。

スノーボーイは入るときと同じく威勢良くベルを鳴らして道へ出た。心臓がどきどき脈打っている。ふう、とため息を吐いた。助かったのはお互いさまだった。男だから、敵には後をみせない。どんな相手だろうと「戦争」は恐れない。が…

「あんなので やられちゃ、たまらねえな」
北の国を彷彿とさせる色素の薄い金髪を、人差し指と親指に摘んでまじまじ見つめる。前髪を無造作にかきあげてから、スノーボーイはゆっくり歩き出した。



『休日の戦(いくさ)』
2008.06.22
「プレ仮。」の管理人であるひこさまの、ウェストサイド登場人物髪質についての詳細な萌え語りに心臓を打ち抜かれました。
拙いながら書かせていただくことを、快くお許し下さった
ヒコさまに改めて御礼申し上げます。
本当にありがとうございました!