こんな小さい場所を争ってなんになるというのだろう。
「出て行け、この、スペインの私生児が!」
「イタリア野郎が、アメリカに来たとたん白人きどりか?」
古いビルの屋上から、バスケットボールが弧を描いて投げ捨てられる。
憎しみに目を剥き、歯茎を見せて威嚇しあう。
「出て行け、混血野朗」
「白豚」
「黒虫は、地面にはいつくばってろ」
罵りあいは、どちらへ向けたものともつかない。
どちらもゴミで、どちらも屑だからだ。
ちっぽけな運動場を、あるいは、10分もあれば横断できる道を争って、自分達は「戦争」をしている。それでいい。
出て行く手段がないから、ほんの小さな汚れたこの街だけが、世界のすべてだった。ここが世界の果てだった。世界を懸けて争うのだから、これは大した大仕事だろう? たとえ運良く、くたばらずに大人になったとして、逃げる場所はない。帰る場所はもともとなかった。
勇気の名において、憎しみをぶつけ合うことを厭わない。腹のなかでどろどろと煮えたぎる、真っ黒い何かを吐き出すことができるのなら、手段がどうであろうとかまわなかった。
「お前がいてよかったよ」
どんな貧しい町でも、夕暮れの色は赤い。落ちる陽が、薄汚れたすべてを同じ色に染める。
陽の落ちかけた暗さに紛れて、彼はいつもの怒った表情の裏から、ほんの少しのはにかみを見せてそう言った。
喧嘩と全力疾走の末に、傷だらけの友を助け起こそうとする彼の手を打ち払って、彼の友である自分は聞いた。
「もし、俺の肌が黒かったとしてもお前はそう言うか?」
頬骨に堅いものの当たる嫌な音がした。
彼の気性そのままに、天を指してまっすぐ逆立てた彼の金髪が、血の色に燃え立つ。
自分は落書きだらけの塀が落す影の中へ、尻をつけて座っているが、彼は両足をいやというほど踏ん張って立ち上がった。彼の顔は、夕日に照らされて赤黒かった。
「二度と言うな」
殴りつけたアクションのほうが、殴られて地面に座り込んだ自分よりよほど傷ついた顔をしている。
「悪かったよ」
彼は、見られることを嫌がって背を向けた。
それでいて、足手まといを置いていこうとはしない。
はぐれたあと、肌の色が違う連中に囲まれたらと心配なのだろう。彼が心配しているのは、彼自身のことではない。
「悪かったって」
無表情なのにわかりやすい彼の、背中にむかって何度も謝る。
この世界は小さい。そして、二つに分かれている。
それは、この小さな王国では決して考えてはいけないことだった。
『反逆』