「遅刻遅刻〜!」

僕の名前はマキャヴィティ。職業は高校一年生。
おとうさんの仕事の都合で、通ってた中学からずっと遠いCATS学園高等部に、途中入学することになったんだ。今日は転校初日。
それなのに。

「フガ〜!ほにちはらひほふって…!」
(初日から遅刻ってすごく印象悪いよ。先生に怒られちゃう〜〜)

食パンを咥えてるせいで独り言もはっきりいえない。
ますます焦ってしまう。
寝坊したせいで朝ごはんを座って食べてる時間はなかったから、このパンは道で食べようと思ってもってきた!だって朝ごはんは三回の食事の中で一番大切なんだ!でも、歩きながら食べるのってすごーく難しい。

坂道を登ったところにある曲がり角を急カーブで通り抜けたら、目の前に白亜の校舎が現れた。

「あ、あれが…?!」

無意識に開いた口から食パンがこぼれる。

真っ赤な艶のある三角屋根をのせた、光を弾く真っ白い外壁が尖塔を中心に両翼に長く棟を伸ばしている。真ん中に突き立っている塔は円柱型をしていて、CATS学園の校舎を千葉県在所の某テーマパークにあるお城みたいに見せている。真っ白いハトが5、6羽、風もないのに赤い屋根から飛び立っていった。メルヘン。

あっけにとられる僕をよそに、イチゴジャムを塗った食パンは詰襟のガクラン、その胸元へ、べったりと張り付いた。

「ああ〜〜〜!」

ど、どうしよう〜〜〜〜〜〜〜
どうしたらいいんだこれ?

「お前、どうしたんだ」

さわやかな声が背中を叩いた。

「ひゃっ!」
「急がないと、もうすぐ授業が……ああ、その制服」

慌てて振り向いた視線の先には、自分と同じ詰襟の学生服を着ている人の姿が。僕は考えていた。なんで彼の詰襟は純白なんだろう…他校の生徒かな? それとも、あれ、僕間違えて他の学校の制服買っちゃったかな。そんなはずはないんだけど、いやな予感がする。
他の生徒はどうだろう…と探してみても、もともと遅刻ぎりぎりだった上に、今は完全にホームルームに間に合わない時間なので、同じ学校へ行く人は一人も見当たらなかった。

「よごれてるな。それで、こんなところでうろうろしてるのか」
「あ、君も遅刻しそうなの?」
「俺が? 馬鹿言うなよ」

目の前にいる純白の詰襟は、僕よりほんの少し背が高い。彼は、ふっと鼻先で笑いを飛ばした。颯爽と前髪を指で払ったけれど、艶のある黒髪の隙間から、額の汗が輝いている。玉になってるけど、真夏でもないのにどうしたんだろう彼は。赤面症とかだろうか。

おりしもホームルームの始まるをつげるチャイムがメルヘンの尖塔から響いた。学生たちはみんな校舎に収まったようで、通学路には猫のこ一匹いない。

「遅刻しそうなところなのに、じゃましちゃってごめん。僕のことはいいから急いで」
「俺はぜんぜん急いでないって言ってるだろう。お前、そのなりでどうする気だ?」
「いったん家に戻る。第一印象は大切だし、このまま行ったら、きっと卒業するまで僕のあだ名は食パンかイチゴジャムに決定じゃないか?」

べっとり濡れた制服をつまんでみせると、鼻先に甘いジャムの香りが漂った。

「カメハメハ大王じゃあるまいし、こんなことでサボるなよ」
「どう考えたってイチゴジャムよりはカメハメハ大王のほうがいいなぁ。だって人間だし。パンなんて無生物だもんね」
「馬鹿言うな。生徒会長として、サボろうとする生徒は断固見逃せない」
「生徒会長?! 君が?」
「ギルバートだ」
「先輩…っ」

タメ口を叩いていた相手が、自分よりずっと学年が上の先輩だったと知ったとたん、現金だけどつい背筋が伸びてしまう。
ギルバート先輩は、視線だけを動かす独特の見方で僕を見据えた。ものすごく…あれ、気のせいかなあ? 尊大に見える。

「お前、一年か?」
「はい! 転校生です」

気まずさを紛らわすように名乗る。
サボろうとしていたことを、よりによって先輩、しかも生徒会長に白状してしまうなんてついてない。

「じゃあ、マキャヴィティ。俺と一緒にくるな?」
「はい…」

生徒会長には睨まれるし、あーあーあー…。これでこれからの三年間は決まった。
わからないのは、パンか、それともイチゴジャムか。教室では一体どっちのあだ名でおもしろおかしく呼ばれることになるんだろうということだけだった。




白い校舎に入ってから、延々と廊下を歩かされた。
「あの、ギルバート先輩?」
「なんだ」
「職員室って、こんなに入り口から遠いんですか?」

校舎に入ったと思ったのもつかの間、渡り廊下を出て中庭を横切り、さびれた噴水の側を通りぬけた。そして、学園の正門から一番遠い棟に改めて入りなおした。
そこからさらに階段を上り、最上階へたどり着き、廊下の一番奥まった部屋でやっとギルバートは足を停めた。

「いや? ここは生徒会室だ」

ギルバートの足取りは迷いがなくて、彼は一階の靴箱で自分だけ上履きに吐きかえると僕を気にすることなく歩き出していた。
肩に背負った荷物から、前の学校で使っていた上履きを取り出すヒマもなく、靴下でギルバートの後へついてきた僕は、やっぱり人気のない廊下でどうしたらいいのかわからずはあとかはいとかもごもご口のなかで呟いた。

そういえば、ギルバート先輩は僕を職員室につれていってくれるとは一言も言ってなかったっけ。勝手についてきちゃってなんだか恥ずかしい。白い靴下の爪先もなんだかたよりない。

先輩に会釈して、職員室を探しに行こうと踵を返した。

「おい、どこへ行く?」
「職員室を探しに」
「その格好で行く気か」
「え」
「こっちへこいよ。代えの制服を出してやる」

ぱああっと目の前が明るくなった。

「ありがとうございます、先輩!」

ギルバートはにやりと片頬を吊り上げた。
で、手渡されたのがこれ。「これって…女子服じゃ」




最上階ということでとっておきの展望を誇る生徒会室は、なぜか冷暖房、ソファーセット観葉植物完備、窓際には重厚な執務机が鎮座するまるで重役室のような場所だった。なぜか冷蔵庫まである。でかい。絶対誰かここで生活している。いやしかし問題はそんなことではない。

「こんなの着られるか!」
手渡された制服(セーラー服)を床に投げ捨てた。

「なんだと。人がせっかく好意で学園祭の出し物用の制服(セーラー服)を特別に貸してやるというのに」

白いラインの縁取る濃紺の襟、涼しげな白いシャツ。付属する真紅のリボンは床に落ちて血のように広がる。

「こんなものを着ていった日には三年間腫れ物に触る勢いで遠巻きにされますよ! あんた何考えてるんすか?!」
「貴様生徒会長の好意をむげにするというのか」
「どこが好意ですか?! あんたさてはアホですか?!」
「なんだと、このイチゴジャム! 食パンマン! ぐたぐた言わずにさっさとそれを着ろ!」
「いーやーだ――!!」
「こんのストロベリィーッ!」
「あ゛――! にゃーっ!!」
「パンー!」

サイドボードに乗せられていた花瓶から、白百合の頭だけが茎を残してぽとっと落ちた。




戦いの後。

「で、彼が転校生の…マキャヴィティ…くんだ」
「よろしくおねがい…しま…す……」

僕が引き戸を開けるまで、ざわついていた教室が青ざめたように凍りつく。
――僕の高校生活、終わった…

「席は、一番後ろの窓際が空いているな。あそこに座りなさい」

整列した机の間を通り抜けようと一歩踏み出すたび、プリーツが覚えのない感覚をともなって腿に纏わりつく。
スカートって足が涼しい…そして普通にしててもブリーフ見えそうな気がするのは股に布地が当たってないせいか?

「みんな、マキャヴィティくんのことをそんなにじろじろ見るのはよしなさい」

正直、パンのほうがまだよかっ…





授業が終わるころには、すっかり日が暮れていた。
昼休みも午後の授業も呆然と机につっぷしていた僕も、それよりずっと差し迫った問題に直面して、セーラー服に途方にくれている場合ではなくなった。
寒い。

冷気が、容赦なく素足の足元から這い登り腰を舐めて上半身をガタガタ震わせる。窓際の席は気休めのカーテン以外に外気を遮るものがなく、寒さのあまりに骨まで凍るようだった。

「あ、そういえばこれ夏服だ…」
まっしろいシャツを触ってみる。当然裏地などはなく、保温性に乏しく汗を吸いにくそうな化学繊維の感触だった。ちなみに今は冬せまる10月。

せめて同じことなら、冬服を貸してもらえばよかった…たとえセーラー服であったとしてもだ。家に帰りたい。しかし暗くなった外は教室以上に風が冷たそうだった。もともと寒さには異常に弱い。9月終わりからコタツをひっぱり出すくらいだ。あんな寒そうなとこに出たくない。

――だめだ、これ以上寒くなったらきっと僕は意識を失ってしまう…
しかしここにいても人気の絶えた教室はますます温度を下げるばかり。し、しまった! よく考えたらここにいてもこれ以上教室が暖かくなることは明日の朝陽が昇るまで絶対にない!

「しまったー!!こんなことなら現実逃避してないで、少しでも早い時間にさっさと帰っておけばよかったー!!」

しかし後悔してももう遅い。

「こ、コンビニへ…コンビニへたどりつければ生き延びられる…」
コンビニで肉まんとホットコーヒーとホッカイロを買えば、それを懐になんとか500メートルは進める。このコンビニエンスでリーズナブルでインスタントな時代に、道にコンビニエンスストアが1キロ四方もないなどということがあろうか。

「コンビニだ…コンビニを渡り歩いて帰るしか…」

がきんごきんに硬直していた足を何とか伸ばして立ち上がろうとすると、椅子が音をたてて倒れた。教室を這いずりながら、二つあるうちの教壇から遠いほうの出口を目指す。軽やかな音をたててそこが開いた。

「あれ、誰かいるの? どうしたの、こんなに真っ暗にして」

いきなりまぶしい光が明々と灯り、僕は思わず顔をしかめた。
光に目を射抜かれ、顔をしかめて見上げる先にいたのは、息を呑んでしまうほどの美少女だった。



乱暴な生徒会長ギルバートにガクランを脱がされちゃったマキャヴィティ。
「明日からこれを着て来い」
セーラー服を投げつけられた。

そんな!これをどうやって着るというの?!

そんなマキャヴィティのもとへいきなり現れた謎の美少女。
はたしてマキャヴィティはガクランをとりもどせるのか。
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