eighteen 1


 私、松下結衣はこの三月に高校を卒業したばかりの女子だ。
 母はすでに亡いが、万事のんびりとした性格の父と、兄の三人で、この不況のあおりをくらってかどうかはよくわからないけど、つつましく仲良く暮らしていた。
 ところがまったく突然に父が、何の真似だか「解散!」と叫んで失踪した。
 兄はいい機会だと思ったのか恋人と同棲すると言い出した。
 兄の呼び出しでやって来た相手は男性だった。本当に恋人なのか、怖くて確認する勇気がなかった。
 私はどこにも行く場所が無くて、気が付いたらふらふらと春から通う予定だった大学まで来ていた。金はもちろん家もないんだから通えるはずもない。
 そしてこの川島義章さんに出会った。
 どこだかよくわからない部屋に引っ張って行かれて
「この研究室の責任者」
と言われたので、大学の人なら安心だ、と思ってしまった。
「住む場所も提供するしバイト代も払うから研究中の実験を手伝うバイトをしないか」
と言われて、ほいほいと川島さんの家についてきた。
 一緒にいる内に、なんか好きになっちゃってて、でももしかしたら本当は初めて会ったときから好きだと思っちゃってたのかも知れなくて、なんかこう……、いろいろあって……。
 一回こっきりだからと思って川島さんに抱いてもらったわけですよ。
 最初で最後だから、これから先こんな事をしたいと思うほど好きな人になんか出会えないと思ったから、全部見ておきたい、忘れないでおきたい、って川島さんにされること全部を必死で受け止めたわけですよ。
 誰に言い訳してるのかよくわからなくなってきたけど。
 そしたら。
 最初、ではあるけど、最後にはならないことになっちゃったらしい。
 私は川島さんに金銭的援助を受けながら大学にも通わせてもらって、一緒の家にも住まわせてもらえることになった。
「新しく住む家は僕の寝室ときみの部屋を分けるから大丈夫」
 引っ越し先を川島さんはそう説明した。何がどう大丈夫なんだと思って聞いてみたら、川島さんはちょっと怒ったような顔をした。
「きみね、これから四年間大学通うんでしょ? 一緒の部屋だの一緒の布団だのに寝てうっかり妊娠でもしたらどうする気?」
 うっかり、って。
 そういう意味では『初めて』のあれはすごく危険だと思うんですが。
 川島さんは怒った顔のまま言った。
「とにかくね。こっちだって我慢するんだから学業に力を入れなさい」
 学費まで出してもらうんですから当然頑張ります。
 でもそれは私もいろいろ我慢をすることになるんじゃ……。
 ごめんなさい、ごめんなさい。
 川島さんは自分のことを大学の職員だ、と説明した。
 研究室を持っていたりするんだから先生なんだろう。
 年齢を、自分で不惑と言っておいて今年で三十八とかぐちゃぐちゃ言うし、私なんかは最初に見たときに、二十七、八かと思ったくらい見た目が若いから、教授なんていうんじゃ無いだろうけど、私に対してものすごいお金を使うのを見ると、お給料をたくさんもらう偉い先生なんだろうか、と思う。
 そうは見えないけど。
 一緒に暮らす、と決めたその翌日。朝一番で私は川島さんに付き添われて、大学で入学手続きをしてきた。通常入学金を振り込んで、その領収書と入学願書を郵送すればいいらしいんだけど、川島さん曰く
「ちょっと訳あり」
らしい。事務室に持って行くのが一番確実だと言われたのだ。
 手続きを無事済ませると川島さんは私と一緒に帰ろうとする。
 せっかく大学まで行ったのに、川島さんは仕事しなくていいんだろうか。
 その帰り道にふと思いついて言ってみた。
「川島さん」
「なに?」
「おねだりしてもいいですか?」
 川島さんは、うっ、と呻いて片手で口を覆いつつ、私に背を向けた。
「あの……?」
「結衣ちゃん、それは反則だ」
「へ?」
「いや、いい。おねだりってなに? なんでも聞いてあげるよ」
 黒縁メガネの奥の目が、てれっと下がっているような気がしなくもない。
 なんでも、って大げさだな。
「ケーキをね、買いたいんです」
「ケーキ? ああ、いくらでも買ってあげよう」
「いや、食べきれなくても困るのでひとつでいいです。あ、でもショートケーキサイズだったらろうそくは付けてもらえないのかな」
「ろうそく?」
「誕生日ケーキにろうそくは付きものです」
 子供っぽいと言われようとなんだろうと、あれをふうと吹き消さないことには気が済まない。
 川島さんはそうだった、と言って私の腕を掴むと、行くよ、とずんずん歩き出した。
「いたっ! 痛いですよ! 川島さん!」
「お祝いをしようと思ってたんだよ! 今からで悪いがプレゼントを買いに行こう!」
「プレゼントとかいいですから、ケーキを」
 商店街のパン屋さんが置いてるケーキじゃなくて、デパ地下に入ってるようなケーキ屋さんのケーキを買ってくれればそれでいいんですってば。
「だめだ! 絶対プレゼントを買う!」
「川島さんってば!」

 希望通りデパートには連れてきてもらった。
 地下じゃないけど。
 キラキラして綺麗だなー。値札もゼロが綺麗に並んでるわ。
 ははは。
「好きな物を選んで」
「要りませんってば!」
 なんでアクセサリー売り場なんかに連れてこられてるんだろう。ケーキ、って言ったのに。
「僕としては指輪を贈りたい。でもまだネックレスでもいいかな」
「まだ、って何ですか。まだ、って」
「指輪の方が誰の目にもはっきりしていいじゃない。でもネックレスでも我慢する。首輪っぽいし」
 なんですと?
 怒っていいのか、何を考えてるのか問いただした方がいいのか、それとももっと別のアクションを取るべきなのかわからなくてあわあわしてたら川島さんが店員さんに聞こえないように囁いた。
「僕の、ってわかるようにしておきたいんだよ」
 がっ、と頭を振り上げるように川島さんを見上げた。
 この身長差が憎い。睨んでるようで睨みきれない。
 川島さんはくすっと笑って私の頭を撫でた。
「またそんなに真っ赤になって」
 あああ、もう! 誰のせいだと思ってるんですか!
「ア、アクセサリーはまだ早いです」
 そんなことを言うのが精一杯だった。
 指輪もネックレスもきっと似合わない。
「じゃあ僕はどうやってきみを僕のって――」
「あー! あー! あー!」
 大声を出して川島さんの言葉を遮る。そういうことをふつうの音量の声で言っちゃだめだ。
「ああ、そうだ」
 ぽん、と手を叩いて川島さんは私を見てにんまり笑った。
「じゃあアクセサリーは諦めよう。そのかわり、毎日つけていい?」
「何をですか」
 嫌な予感がする。
 川島さんは私の肩に手を置いて、かがみ込んで耳元に口を寄せて言った。
「キスマーク」
「だめです!」
 予感的中だ。
「だいたい僕のって何ですか! 一緒に暮らすのは嬉しいし、その、そういう、いろいろがですね、あの……」
 怒ってるんだけど。
 私、怒ってるんだけど川島さんはなんかにこにこしてる。
「あるのは、あっても。それも嬉しい、んですけど……」
 だって好きだから仕方ない。川島さんを好きなんだから仕方ない。
 でもだからって『僕のもの』はないと思う。
「それならキスマークでもいいんじゃない?」
「毎日なんてだめです!」
 だいたい、一昨日付けられたのがまだ残ってるんだ。
「だったらね」
 川島さんはかがんでいた背中を伸ばして、ポケットに手を突っ込んで、顎でショーケースを示した。
「指輪かネックレスを選びなさい」
「なんでそんな二者択一になるんですか! 要りませんってば」
 汚さないように、とか、傷を付けないように、って外したら無くしてしまいそうな気がする。そんな悲しいことになるのは嫌だ。
 せっかくもらうのなら大事にしたい。でも私はまだ大事にできない。
 だからまだもらえない。もらっちゃいけない。
「私、ケーキでいいですからね」
 川島さんの両手が出てないのをいいことに、川島さんを売り場に置き去りにするようにしてエスカレーターまで走った。

 デパ地下のケーキ屋さんはキラキラしてる。アクセサリー売り場のキラキラとはまた別だ。どうやったらこんなに綺麗なケーキやその他のお菓子が作れるんだろう。
 綺麗で美味しい。
 最高だ。
 ショーケースに並ぶそのどれもが美味しそうで、ひとつに決められない。
 川島さんは甘い物は好きだろうか。食べてるところを見たことがないけど。
 うろうろとしているとやっと川島さんがやって来た。
 あれから二十分くらい経ってる。
「見つけた」
「ケーキって言ったじゃないですか」
「うん。――決めた?」
 怒って、ないのかな?
「はい。せっかくだからこのちょっと大きめの丸いのにします」
 一個で七百円くらいするけど、誕生日だし、この大きさなら食べきれるし、ろうそくだって立つはずだ。十八本は無理だろうけど。
「そうか。じゃ、僕は」
「川島さん、甘い物平気なんですか?」
「僕は酒を飲まないから」
 それがなんの理由になるのかよくわからないけど、川島さんもケーキを選んで一緒に買ってくれた。

 家に帰ってきて、引っ越し準備の続きをする。
 と言っても、私の荷物はもともとリュックに入ってるから、私は何もすることがない。
 川島さんの手伝いになるんだけど、川島さんの本は何の本なんだか私にはよくわからない。
 日本語ならともかく、背表紙に書かれてるタイトルからすでに英語だったりする。仕事に関係する専門書なんだろうなあ、とは思うけど、読む気にはなれない。
 本の分類は川島さんにしかできないから、私は川島さんが分けた物を箱に詰めていくくらいしかできなかった。
「休憩しようか」
 川島さんが言って、うん、と伸びをした。
「はい」
 本の壁があった部屋に座る場所ができているのが新鮮だ。
 ベッドももしかしたら本当のベッドじゃなくて、本を積み上げた上に布団を敷いてるだけなんじゃ、って疑ってたけど、本をよけてみたらベッドの足が見えた。
 ちゃんとベッドだった。
 川島さんは冷蔵庫から、買ってきたケーキを出してきた。
 インスタントだけどコーヒーを淹れる。
 ろうそくは八本立てた。
「ライターは……」
「持ってない。僕はタバコは吸わないから」
 酒も飲まないしタバコも吸わないのか。そういえば一緒にいる間、吸ってるところを見たことはないし、タバコのにおいもしなかった。
 川島さんはろうそくを一本引き抜くと、コンロで火を付けてきた。
 他のろうそくに火を移して、電気を消してくれた。
「誕生日、おめでとう」
 ぼんやりとしたオレンジ色の明かりの中、川島さんの優しい声がお祝いしてくれた。
「ありがとうございます」
 一気に吹き消す。
 真っ暗になるのと同時に引き寄せられた。
「ひゃっ!?」
 額を硬い物がかすめた。
 多分川島さんのメガネだ。
 そう思ったときには唇が頬に落ちてきていた。
 軽く、押し当てられるだけの唇は少しずつ位置を変えて私の唇までやって来て、そこで居場所を見つけたみたいに止まった。
「ん…」
 舌先で唇をなぞられるのがくすぐったい。
 舌を掴まえてちゅうと吸い上げたら、それに便乗するように川島さんの舌が入ってきた。
 あんまり吸うと痛いんだろうか、と思って緩めると、川島さんの舌は私の舌を誘うようにちろちろと動く。追いかけていくと絡め取られて、今度は私の舌が川島さんの口の中に入ってしまった。
「ふ、んん…っ」
 びっくりして目を開けるけど、やっぱり暗くて見えない。
 唇で柔らかく挟まれて逃げられない。川島さんの口の中で私の舌は川島さんの舌とぬるぬる擦れあう。
 頬が熱くなってくる。
 なんかすごくいやらしいキスをしているようで、恥ずかしくてたまらなくなる。
 川島さんの手は私を抱き寄せたまま少しも動いていないのに、服も着たままなのに、密着している部分からぞくぞくしてくる。
 最後に強く吸われ、やっと川島さんは放してくれた。
「ふ…は」
 くたりと床に寝てしまいそうな体を、手を突っ張って支えている内に川島さんは電気をつけに行った。
「大丈夫?」
「なんとか」
 息を整えて、座り直した。
「結衣ちゃん」
「はい」
「ケーキ食べ終わったら、きみを食べてもいい?」
「はい!?」
 なんでそうなるんだ。手を出したいけど我慢するとか言ったのは今日の昼だったはず。
「十八になりたての結衣ちゃんを……」
「……エロオヤジの顔になってますよ」
 ケーキを一口食べる。
 おおお。チョコが濃厚だ。クリームも凄い。なのにしつこくない。
 すごいな、ケーキ屋さんのケーキって。いくらでも食べられそう。
「だいたい一晩で何かが変わるわけ無いでしょ」
 昨日の今日で何が違うって言うんだ。
 違うところなんか何もない。
 胸はぺったんこだし、あそこは子供みたいに毛がないし。
「なんでそんなにつんつんするかなあ」
 川島さんもケーキを食べ始める。
「しない、って言ったのは川島さんでしょ」
「しないなんて言ったか?」
「言ったじゃないですか。それも今日の昼に」
「あれは我慢するって言っただけでしょ」
「何が違うんですか」
 川島さんはコーヒーを一口飲んでから、えらく真面目な顔を向けてきた。
「ぜんっぜん違う。しない、ってのはほんとに何もしない、って事でしょ。僕が言ったのは、する回数ややり方を我慢するって事であって、しないなんてとんでもない」
「するんだ……」
 しないのかと思ってがっかりしたのに。
 いや、がっかりしたから、そうじゃないなら
 喜んでもいいところなのかも知れないけど。
 喜ぶの? それも問題あるような気がする。
「すごく我慢してるよ、僕は」
 川島さんはそう言ってぱくりとケーキを食べる。
「きみが卒業するまで待てるだろうかって思う」
「何をですか」
「我慢してるから、我慢できなくなったら困るから言わない」
「何なんですか、それは。言いかけておいてやめるって」
 だんだん川島さんが大人に見えなくなってくる。私のことを子供だってバカにしてるけど、川島さんだって子供だ。
「私は別につんつんしてるわけじゃなくて、川島さんが私を置いてけぼりにしてわけわかんないことばっかりしたり言ったりするから……」
「ねえ、結衣ちゃん」
 ケーキを食べ終えてしまった川島さんはお皿を押しやると頬杖をついた。
「なんですか」
「なんできみは僕をまだ『川島さん』って呼ぶの」
「なんでって川島さんは川島さんじゃん」
 食べるの早いな。私のケーキが大きすぎたのか。
 いや、でもふつうのケーキ二個分くらいでしょ。平気平気。
「それはそうだけど」
 あれ? 黙っちゃった。
「僕は名前で呼んでるのに」
 なんでそんなにしょんぼりした顔で言うんだろう。
 思わずふきだしてしまった。
「そういや川島さん、最初から私のこと名前で呼んでますよね」
「それにその敬語もさ」
「いっつも、ってわけじゃないでしょ」
「なんか距離を感じるんだよな」
 そういうものかな。
 でも年齢差もあるし、身分――とは言わないか。肩書き? 立場? なんかそういう類の物も全然違うし、四月からは先生と生徒になっちゃうんだし、丁寧に喋っておくべきじゃないの? うっかり学内でなれなれしくしちゃったりしたら大変じゃない?
「まず無いと思うよ」
 川島さんはそう言ってメガネを外した。
 私のケーキの残りはあと三口ってところ。
 本気か。本気なのか。
 本気でケーキの後は、って思ってるのか。それでメガネを外したのか。
「学内で僕ときみが出くわす可能性ってほぼ無いと思う」
「そうですか?」
「うん。きみが他の学部の専門授業を聴講したい、とか思わない限りは」
 そういやこの人白衣で学内を歩いてたんだっけ。理系だ。
 まごうかたなき理系の人だ。
 接点、無いや。
「そっか」
 残り三口をどうにかして三十口くらいに引き延ばして食べないと、身の危険がすぐそこに。
「結衣ちゃん」
 ずい、と川島さんが膝を詰めてきた。
「はい?」
 声がうわずってしまった。
「抱きたい」
 うわあ!? なんでそんなストレートに言うんだ。
「いや、あの、ちょっと待って……。だって」
「抱きたい。きみは僕を好きって言ってくれたよね」
 言ったよ。言ったけどさあ。
「だ、って楽しくないでしょ!?」
 こんな、ちっとも女らしくない体を抱いたって楽しくないでしょう。
 子供にしか見えない体なんか。
 せめてもうちょっと胸があれば。
 川島さんは私のパーカーのファスナーを引き下げた。
「ちょっ! 何をするんですか、いきなり!」
 遠慮もなく川島さんの大きな手が胸元に入ってくる。
 ふつうの女の子ならふくらんでいるだろうあたりをシャツの上から覆う。
 川島さんの指先があばらの間にはまりこむ。揉もうとしてるんだな。
 ごめんね。むんずと掴めるほどの肉が無くて。
「や…っ、やぁ」
 むにむにと動く川島さんの手は、実はたいしたこと無い。
 胸が温かい、って感じるだけだ。
 いやたいしたこと無いのは私の胸か。揉むだけの肉がないから、たいしたことができないんだ。
 指はかなりだめだ。指先も指の腹も器用に使いながら、先端をかすめるようにして擦っていく。下着はつけてるけど、その刺激は体の奥に響いてくる感じがして、声が出てしまう。
 もう片方の手で背中を支えられて、胸を揉む動作がしばらく続いた。
「は…っ、あ」
 やっと手が離れてくれた、と思って一息ついたら、パーカーをすっかり脱がされた。
「川島さん……」
「ベッドに行こう」

 やっぱりパンツ一枚でベッドに仰向けに転がされた。
 Tシャツを脱いだら、一昨日の夜の跡がまだ胸部のあちこちに残っていて、私はお風呂の時に気が付いてたから驚きはしなかったけど、川島さんはすごく喜んでた。
「あのー、川島さん」
「なに? ああ、ついでに言っておくけど今から『そういうこと』の時間です」
 川島さんの声はちょっとつんつんしていた。おとなげ無いな。
 根に持ってるのかな。
「よ、義章、さん?」
「なに?」
 明らかに一回目の『なに?』よりも声が甘くなっている返事にげんなりした。
 わかりやすい、って言うより、あからさま、って言うんだよ。こういうのは。
「本当にするんですか?」
「するよ。準備もばっちりだ」
 川島さんは長方形の箱を持ってきた。
「とりあえずー。二個? 念のために三個出しとく?」
 コンドームか!
 にこにこしながらパッケージのミシン目を切り離して枕元に置いて、のしかかるようにしながら、でも体重をかけないようにして私を抱きしめてくる川島さんを見てたら、なんだか悩むのがバカバカしくなってきた。
 抱きたいって言ってくれた。こんな体を抱いてくれるって言うんだ。
 それもこんなに嬉しそうな顔をして。
 だったらいいよ。
 私も嬉しい。
 好きな人に、抱きたい、って真剣な顔で言われたら、やっぱり嬉しい。
「灯り……消してください」
 それだけお願いして身を委ねようと目を閉じた。

2009年2月8日