Chaparral

――いったいいつからこのようなことになってしまったのか。

――反応し合う互いの生殖器に一片の嘘も無く。

   今宵も惑いながらも迷うことなく怠惰な幻想に身を委ねるのだろう。

 広い屋敷の中を、一人彷徨う。
 気のせいか、ひどく頭が重い。
 藤村大河は? もうとっくに帰ったはずだ。間桐桜は? 安らかに眠っているだろう。遠坂凛は? 「時計塔」からあと半年は帰ってこない。
 つまり、俺と■■■しかいない。
 つまり、それを求めて彷徨っている。
 彼女の自室にはいなかった。どの部屋にも居間にも浴場にもいない。
 苛立ち、諦念、絶望。昨晩までの事態は幻だったのではないか。
 混濁した頭は、外の冷たい空気を求めた。庭に出て、ふと気付く。土蔵に何か、気配がした。
 恐る恐る、土蔵へと向う。脆い狂気と、強固な恐れがある。
 遂に辿り着いたそこに■■■が居た。一糸纏わぬ姿で横たわり衛宮士郎を見上げる完璧な肉体。
 そして、期待と挑発の篭った魔瞳。
 ひどく遠く、自らの息の飲む音が聞こえた。

「ライダー……何故俺を誘惑する」

 彼女は答えない。顔を上げるとただ、長い髪だけがわずかに波打つ。
 一体俺は、どうすればいい? 
 いや、どうしようもない。
 ああ、最早考えるのも億劫だ。早く楽になってしまいたい。


バジリスク(裏
                  S.Y.ペン


「好いにおい」

 闇の中その女はひとりごちる。
 クスクスと漏らす含み笑いは少女の様に無邪気である。
 服を脱ぎ横たわった俺のペニスを白く美しい手で弄ぶ。
 熱心にそれをいじくる姿は、まるで玩具を与えられた少女のよう。
 だが、与えられる快感はそのような少女のイメージとはかけ離れたものである。
 丹念に、絶妙な力加減で何度も上下させる。
 俺はといえば、息を呑みながら仰向けに彼女を見つめるしかできない……

「うっ……」

 鈴口から透明な液体が溢れた。それを親指の腹で押しつぶし、亀頭の先に塗りたくる。感触は不快であった。

「おつゆが出てきました」

 闇の中、再び女は含み笑いを漏らす。軽やかに笑った彼女が静かに覆いかぶさってくる。紫艶の髪がさらさらと広がり俺の肌に触れた。
 顔が近づき、俺の耳を噛む。唾液を含んだ冷たく細い舌がねじ込まれてくる。
 一度顔を離し、俺の頬へと口付けした。
 ライダーの顔が下がり、舌と唇が移動する。俺の首筋を舐め、乳首を甘噛みし、わき腹に口付けする。俺の性感帯を知り尽くした愛撫である。
 俺はほとんど無意識に、彼女の肉体に手を寄せる。
 上質のミルクのような滑らかさと、瑞々しい弾力の同居する見事な肌である。
 過去味わっている、間桐桜のそれは押せば返すような若々しさを備えていた。
 ライダーはそれに加えどこまでも滑らかな、飽くことなくいつもでも触っていたいと男に抱かせるような肌である。男に触れられ口付けされ愛されてきた肌である。俺は想像する。神にすら愛されたこの女は今までどれだけの男を狂わしてきたのか。
 思わず胸に手が行ってしまう。
 うつ伏せとなった彼女の胸はこうして裸となると見事な量感であり、張りを保ちつつも重く垂れ下がっていた。強く指を食い込ませた。

「んっ……」

 彼女は抵抗するかのように胸から手を引き離し、体を下げる。愛撫は一旦足の指まで下がる。
 俺は瞳を閉じる。後は感覚にのみ、この虚ろな身を委ねる……


「士郎がどうかしましたか? サクラ」

「うん……先輩ってば最近ちょっと悩み事でもあるのかと思ってね。ライダーは思い当たることが無いかな」

「いいえ。士郎に何か変事でも?」

「ええ、何て言うか……何か落ち着かないみたいなのよね。普段はあまり寝れていないみたいだし。かと思ったら一日中ずっと寝ているようなこともあるし」

「そうですか。私は気付きませんでしたが」

「そう……私がまだ不安定だから、心配かけちゃっているのかも知れないわ。けど、それについて尋ねても「桜、俺は大丈夫だから」の一点張りなの。もし、何か悩み事があるなら相談してほしいのになー」

「サクラ、士郎は貴方の回復を願っているのではなく、貴方と一緒にいることを願っているのです。それは貴方が気に病むことではない。それに、彼は精神的にも強いと思いますが」

「むー、ライダーったら。私以外の人にはクールなんだから。」

「ふふ、ならばサクラさえよければ私がそれとなく尋ねてみますが」

「本当? お願いしちゃおうかなー」

「わかりました。士郎が夕食の買出しから戻ってきたら聞いてみましょう」

「ごめんね、ライダー。変なこと頼んじゃって」

「いいえ、気にしないでください。私は貴方の笑顔が見たい。ただそれだけなのですから」


「もう我慢できないのですか、士郎?」

 俺は答えない。ただ眉間に皺が寄るほど強く目を瞑る。
 沈黙は肯定を表すこともあるが、彼女は俺の表情から僅かな余裕を感じ取ったらしい。
 彼女の執拗な愛撫は本格的に俺のペニスに及ぼうとしていた。焦らされた快感中枢がぞくぞくする。
 しかしその直前。儀式の様に彼女は決まって俺の唇を求めようとする。
 しなやかな肢体を俺に乗せ、両の手で俺の頬に触れる。いや、触れるか触れないかの所で頬を撫でている。焦らしているのか、怪訝に思った俺が目を僅かに開けた瞬間。両手を頭に回し唇を貪った。
 十分に唾液を含んだ彼女の舌が俺の舌を起こそうとする。俺は逃げようとするが、それはどこまでも追ってきた。
 とろけた頭で考える。俺は、こんなことの為に生きているのだろうか。間桐桜を、大好きな人を守る為に生きているはずだったではなかったのか……
 思考は身体の快感に衰弱する。
 遂にそれらは口内で絡み、溶け合う。ライダーとのディープキスはとろけるような感触である。

「ん……ん……」

 どちらともなく、息が漏れた。吐息に曇った眼鏡が俺のこめかみに当たる。彼女の舌は積極的に俺の舌を探る。次第に歯茎など、口内をまさぐり始めた。俺は僅かな気恥ずかしさと得体の知れない安心感に震えた。
 次第に、俺からも積極的に舌を求め始めた。ちゅぱちゅぱと、音を弾きながら貪る。同時に、ライダーの豊満な胸をまさぐり始める。やはり、彼女は身を強張らせた。舌と舌が離れる。互いの唾液が糸を引いた。彼女は気恥ずかしげに笑いながら手首で拭う。その姿はやはり、少女のようであった。
 俺は堪らずに、懇願していた。

「ライダー、その口でしてくれ」

 ライダーは答えない。表情が読めなかった。

「ライダー」

「わかりました、士郎」

 ライダーは両手を床に着いたまま、首を振って髪をなびかせた。
 長い睫毛が動く。何か言いたげな、僅かに憂いを帯びた表情。その中に彼女の笑みか喜びの仕草が見え隠れしたのは俺の気のせいか……ライダー、お前はいつからそんな顔で笑えるようになった?
 俺の動揺をよそにライダーはまず、張りつめた亀頭と尿道口を重点的に舌でぺろぺろとなぶり、口を丸く開き亀頭全体を飲み込んだ。唇が淫らに変形する。亀頭に口内粘膜がぴたりと密着する感触だけで俺は腰を浮かしてしまいそうになった。
 俺のペニスは今や完全に彼女の口の中であった。しかし、まだ彼女が本気で快感を与えようとしていないのがなんとなくではあったがわかった。いつもの通りである。彼女ほどの経験があれば、いつでも終わらせることができるのだ。徐々に、燃え上がるようコントロールするのが彼女であった。
 ライダーはそそり立つペニスを、くわえられる限界の所、サオの付け根までくわえ込んだ。思わず俺のペニスも射精感を覚えそうになる。唇はサオを挟み込み、舌が亀頭とカリの部分を蠢き舐めまわしている。

「んん……」

 ライダーは一呼吸置くと、今度は頬をすぼめながら唇を引き抜き始めた。同時に、音を立ててペニスを吸引する。体験したことのないほどの刺激が俺のペニスから駆け抜けて行った。まさに、身も心も吸い取られる感覚を覚える。あたかも精液がサオの半ばくらいまで吸いだされてしまったかのようだった。そのように唇では吸い付かれながらも、舌は動いている。淀みない快感はどんどん膨張していった。

「チュパッ……」

 ようやく唾液の糸を引かせながら、ライダーの唇がペニスから離れた。亀頭が唾液でふやけてしまうかのような長く濃厚なフェラチオであった。最早ペニスは最大限まで膨張している。

「ふふっ……」

 闇の中、彼女は短く笑う。

「えっ?」

 彼女の意図が分からず、俺は声を出そうとしたが彼女は再びペニスへの攻撃を始める。
 ぺろぺろと舌を伸ばしての愛撫を行う。今度はサオを片手に持ちつつ、横から舐め始めた。
 この格好だと、ライダーのしゃぶる顔がよく見える。上品な顔立ちでありながら、いやらしく蠢く様がとても卑猥だった。自身の唾液とカウパーに揺れた唇があまりに悩ましげで淫らであり、尚且つ気品も残っている。
 ただ、片手にしごかれると一気に射精感が増した。そんな俺の限界を悟ったらしく、ライダーは再びペニスを口内に納め、激しくしゃぶりたて始めた。俺の頭の中でカウントダウンの秒読みがなされる。

「ううっ、出るっ。ライダー……」

 俺の情けないうめき声と同時に、ライダーの口の中を溜まっていた大量のザーメンが尿道口からとび出た。大量の白濁液が彼女の口内を犯し、喉を直撃し、口の中で飛び散る。

「んんっ」

 ライダーは俺のペニスを口にしたままそれらを飲み込む。俺は下半身をとろけさせながら、今度こそ腰を浮かせた。
 ごくり、ごくりとゆっくりと喉を鳴らしながら、ライダーは俺の精液を飲み込んでいった。すべてがライダーに飲み込まれるという事実に俺は不思議な安堵感をおぼえた。彼女は口の中の精液をすべて飲み干し、おまけに尿道にわずかに残った精液まで一滴残らず吸い尽くした。
 汚れた亀頭を綺麗に清めた後、ライダーはやっとのことで俺のペニスを吐き出し、満足そうにため息をついた。

「士郎、宜しいですか」

 ライダーは、顔を近づける。俺の意識に直接話しかけてくるかのような、率直な態度と言葉。

「ああ」

 俺はぼんやりとした頭の中、頷いた。彼女が本当に求めているのは俺との性交渉などではなく、こちらであるのはわかっている。

「では」

 彼女は笑みを湛えて頷く。次の瞬間には硬く鋭利な牙が俺の皮下に侵入していた。

「がっ……」

 重い痛みも一瞬。恍惚感が広がる。
 肩から血が吸われ、ライダーはそれを丁寧に嚥下する。先ほどは俺のザーメンを飲み干した喉がごくりっ、ごくりっ、と血液を吸っている。同時に力が抜けていくのは、血を吸われたことによる虚脱感からか、同時にペニスを突き抜けた強烈な快感からか。

――やがて薄れる意識の中、土蔵の入り口に向ってライダーが素早く身構えるのが分かった。ライダーの、いやこの場の雰囲気が変わる。放った殺気に背筋が凍った。

 その格好は、久々に見るあのライダーのサーヴァントとしての漆黒のドレスである。

「やはり、あの時の使い魔。貴方でしたか、リン」

 先ほどまでの情事を微塵にも感じさせない静かでありながら鉄を鳴らすような声。え、今リンって…?

「ご明察。けれども気付いていながら続けたの? 貴方らしくない」

 見れば、入り口に立つ影。懐かしい声。

「所詮有限の時間の中での演技です……もう少し続くかとは思っていましたが。一番いいところで来てくれましたね」

「それは、残念でした。ゲームオーバーよ」

 影は腰に手をあてる。声が僅かに笑っていた。オーバーの発音がなんだか、いかにも英語らしくなってる……

「ええ。それも仕方のないこと」

 影がライダーから俺へと視線を移した気がした。ぼやけた頭に、

「それにしても……あちゃー、随分やられてるわね、士郎」

「とお……さか?」

 横を向くと、ぶすっとした表情が照らされた。俺の手を掴み引っ張る。

「まったく、いい加減目ぇ覚ましなさい」

 一見近づきがたく冷たいが、その実誰よりも開けっぴろげで、義理堅く頼りになる。そんな彼女に俺はずっと憧れていた訳だが。えっと、こんなときに何を言おう。

「遠坂、お前髪伸びた?」

 きょとんとする遠坂。ああ、外した。いざって時に外れたことを言ってしまい、ロクな言葉が出ないのも伝染っちまったか。後は任せた。もう俺は眠ってしまおう……ああ、最早考えるのも億劫だ。早く楽になってしまいたい。
 それにしても誰かに後を託しながら寝入ることの久しぶりで、何と安らぐことだろう。
 ああ、肝心なことを忘れてた。

「おかえり、遠坂……」


「馴れ初めは私が一般人の血を吸っていることを士郎が気付いたことがきっかけでした。まだサクラは著しく魔力が不安定になることがあります。そんな時には私は人間の血を頂くことがありました。そうでなくては、最悪現界できなかったかも知れない」

 遠坂凛とライダーは、衛宮士郎をベッドに運んだ後、居間に戻っていた。凛は「やっぱ日本はこれよねー」などと言って緑茶を淹れている。

「なるほどね。それであの馬鹿が貴方の現界の為に犠牲になるって言い出したのね」

 ライダーは頷く。

「どこかの誰かが貴方から血を吸われるのは看過できない。かといって貴方が消えるのも納得できない。それならばいっその事自分の血を。あいつの考えそうなことだわ」

「サクラにとって、私の存在の意味が大きくなったという、私にとっては望外の評価からの判断でした。俺の血を使って現界してくれ、との殺し文句付です」

 凛とライダーは間桐桜に思いを馳せた。未だ魔力の安定がままならない彼女は現在自室にて眠っている。念には念を入れ、普段ライダーが吸う時には土蔵は一種の結界としていた。
 少し前、それを使い魔に見られた。それについては凛くらいしか、考えられなかったので捨て置いた。衛宮邸で何かあれば、作動するように設定されていたのかもしれない。その結果、このように凛が来ているのだ。

「ところで桜は起きてこないでしょうね?」

「ええ、大丈夫です。まだ魔力が安定していないのが分かる。まだしばらくは起きれないでしょう」

 ライダーの言葉はそっけなかったが、悲しげな視線をしていた。

「けどね、桜が知らないとしても、士郎が言い出したこととしても、さっきの事態を見ていると放っては置けないわよ」

「わかっています。もう彼から血は頂かない様にしましょう」

「そうでなくて……まあいいか」

 凛は訊き方を変えることにした。

「そういえば貴方、士郎にその眼は使ったの?」

「貴方に調整して頂いたこの魔眼殺しの眼鏡を外した事はありませんが」

「そう」

 もう少し目は離せないかな。それにしても美人、いやいい女だとは思っていたけど、これほどまでとはねー……まったくやらかしてくれる。お茶を啜りながら口の中で呟いた。
 実際は、ライダーは勿論魔眼を使っていた。軽い「魅惑」の魔眼である。慎重に使用したことにより、思惑通りの効果を果たしていた。
 桜が不安定になったせいで、士郎の心に隙ができたのをライダーは見抜いていた。
 そこで、ライダーはわざと他人の吸血を行っているところを士郎に見せ、自分から吸え、と提案させたのだ。生前女神として存在していた彼女は、吸血の際に快感を与える術も心得ていた。魔眼の効果とあいまって士郎の意識が混濁気味になったのは確かにやり過ぎであったが、目的は果たしていた。
 ある程度桜から士郎を遠ざける。いつからこの様なことを考え付いたかはわからない。だが、自分でもかなり屈折した思いであるとは考えていた。
 桜を独占することと同時に、桜の思い人を横取りする。桜への優越感を得たいのかも知れなかった。かつて、自らの仮初のマスターだった男が、「どいつもこいつも桜ばっかり気にしやがって」といったことをのたまっていたが、こうなってしまっては一理ある。自分にとっても、士郎にとっても、この凛にとってもつまりは桜がすべてなのではないか。ややこしいがそう考えると納得がいった。
 彼女は考えるのをやめた。うざったい感傷は好きではない。


 凛が衛宮邸を辞する前に、振り返って言った。

「ライダー、こうやって見ると、貴方随分美人よね」

 ライダーは凛の意図が見えずに一瞬きょとんとする。だが、

「貴方も随分洗練されましたね。凛」

 と微笑んだ。
 凛は驚いた顔で彼女を見つめ、首を捻りつつ出て行った。「いつからそんな笑顔を造れるようになったの」とでも言いたげであった。
 ライダーも全くの同感であった。否、自分が一番驚いているに違いない。
 近い将来、自らの代名詞である魔眼を使うまでも無くなるかも知れない。嗤った顔で男を虜にするのも、悪くはない。


バジリスク(裏 了




index / back


Since 2006/06/20 Chaparral All Rights Reserved