Chaparral

 第2話




「つまらぬ。英霊とはいえ、所詮は雑種か」

 黄金の鎧を纏った青年は、そう吐き捨てながら境内へと消えて行った。
 青年が通過した石畳は、爆撃でも受けたかのような有様だった。
 そして中心には、着物姿の男性が無数の剣で磔にされている。

「時間稼ぎにもならんとは、すまぬな葛木殿」

 貫かれた状態の彼には、なんとまだ意識があった。
 けれど血の気が失せた顔と濁った瞳が、もう手遅れだと示していた。
 そんな彼の顔に、ふと影が差す。

「ほう、これは異なこと。死に水を取りに参られたか」

 濁った瞳を眩しそうに細めるが、その視線は何もない空間を見上げていた。
 すると突然彼は笑いながら首を横に振った。

「いや、無用。この身がそれに縋るのは、いささか無粋であろう」

 そう告げた彼の望みは何もない空間に消えていった。
 後には静寂のみが残る。
 けれどその身が消えかける最中、彼は思い出したように境内の方を見る。

「だが頼めるならば、もうすぐこの上に。そちらを」

 たとえ女狐といえ泣かれるのはな。と言って、彼は跡形もなく消滅した。
 その言葉さえ風に吹かれて消えてしまったが、確かに受け取った者がいたのかもしれない。
 何故なら消える間際、彼は安心したように笑ったのだ。




 ここで時は巻き戻り、ある一幕を映す。

 新都の郊外にある教会では、神父が祈りを捧げていた。
 それは鎮魂の祈りだった。
 たとえその死の原因が誰であろうと、神父は平然と祈り続ける。
 だが突如、彼を遮る者がいた。

「言峰、我が出るぞ。よいな」

 奥から現れた青年は返答など待たず、外に向かって踵を返す。
 不遜な態度がはっきりと告げていた。これは質問ではなく決定だと。

「待て、まだ早い。まだ7騎全てが出揃っていないのだぞ」

 静止の声にも歩みは止まらず、青年は扉の前までたどり着いてしまった。
 説得を諦めたのか、祭壇へと向き直った言峰は祈りを再開する。
 そして開いた扉の隙間から冷気が流れ込み、室内はより厳粛な空気に満たされる。
 だがまたもや彼はその空気を遮った。

「騎士王が現れぬ茶番に、我が待つ価値などないわ」

 そう愚痴をこぼした後、青年は夜の闇へと消えていく。
 月夜の下に歩み出た彼が向かった先は、

「まずは、山にたかる蠅か」

 ここよりも月が綺麗に映るであろう山の中腹だった。
 圧倒的なまでの暴力を纏ったその姿は、すでに戦いの終わりを予感させた。




 柳洞寺の裏の山道を駆ける一組の男女がいた。

「マスター、急いでください!」

 女は男を先導し、男は女の背後を守るように付き従う。

「くっ、何なのよ。アレは!」

 使い魔から送られてきた情報に、女は知らずに悪態を吐いてしまう。
 気付いた時には遅かった。突然の侵入者に、魔力を溜めておく為の結界は次々と破壊され、それを止める為に放った使い魔は呆気なく殲滅されてしまった。
 そしてその侵入者は、今は堂々と正門に通じる山道を登ってきている。
 アサシンに足止めするよう命じたが、アレを相手にどれほど保つか。

「キャスター。アサシンは?」

「マスター、ご心配なさらず。私たちが逃げ切る時間なら、あの者でも」

 キャスターは後ろを振り返り、葛木にわざと余裕のある顔をして見せた。
 が、途端にその顔が青ざめる。何が起こったかは、手の甲から消えた令呪が示していた。

「アサシンが消えたか」

「くっ、足止めも出来ないなんて」

 仕方ないとはいえ、アサシンに八つ当たりめいた感情を覚える。
 これで近づきつつある脅威を止める方法はない。残るは彼女が直接出向くしかなかった。
 意を決して葛木に伝えようと顔を上げたところで、

――――っな、ぜ?」

 首筋に走った鋭い痛みに一瞬で意識が刈り取られた。最後にキャスターが目にしたのは、いつもと変わらぬ主の無表情だった。
 
「すまん」

 眠るように気絶した彼女をそっと抱き上げ、草むらの中に隠した後、葛木は境内へ踵を返した。
 明らかに死地へと赴くのに、その足取りには何の迷いもなかった。

 境内に到着した葛木は、中央に佇む金色の青年へと躊躇なく歩み寄る。
 青年はそんな彼をどこか楽しげに一瞥した。

「ほう、虫けら同然に逃げ回ると思っていたが、自ら我に選別されにきたか。その殊勝な心がけだけは褒めてやろう」

 葛木は何も言わずに悠然と構え、青年と対峙する。その様子を眺めた青年は詰らなそうに首を振る。

「そうか、身の程も知らぬ愚者だったか。なら、疾く失せろ」

 青年が腕を一振りした後には、宙に現れた数多の宝具が一斉に襲いかかってきた。
 その凶器の嵐の中を、彼は驚異的な体術で潜り抜け突き進んでいった。




 戦いとも呼べない戦いが終わり、境内から勝者の姿は消えていた。
 残ったのは倒れ伏した葛木と、いつの間に目を覚ましたのか、彼の横で縋りつくキャスターだった。
 彼女は泣き叫びながらも魔術を唱え、必死に彼の治療を試みていた。
 けれど瀕死の彼に変化は見られず、息を引き取るのも時間の問題だった。

――魔女は純粋に人を助ける事だけは出来ない。

 その事実を認められず、彼女は尚も訴えた。己以外の誰かに。

「や、やだ、たすけて、誰か、お願い、お願いぃいい……! たすけて、たすけてよぅ……!」

 彼女の切なる願いも空しく当然の結果、彼は静かに息を引き取る。
 だが突如、驚いたように彼女は顔を上げた。
 その視線は何もない空間に向けられている。
 まさかとは思う。何かの聞き間違えだと。
 それでも彼女は確かにある影を見て、ある問いを聞いたのだ。
 信じられずとも、何を要求されようとも、もしそれが叶うならばと首肯する以外に道はなかった。
 次の瞬間、目が眩むほど強い光が葛木の亡骸を包んだ。
 異様な光が消えた後には、その中心から静かに息を吐く音が聞こえてくる。
 まさかとは思いつつも、直ぐさま彼の胸に当てた彼女の耳は、力強い生命の鼓動をはっきりと捉えた。

「ああああぁ――――ッ」

 再び漏れ始めた嗚咽は、先程とは違う響きを帯びていた。




 ある町中で途方に暮れて立ち尽くす女性がいた。

「ここはどこですの? ・・・・・・くっ」

 ようやく受け入れた無様な失態にルヴィアは臍を噛んだ。
 どんなに周囲を探っても、魔術の痕跡さえ感知できない。
 目の前の標識には冬木市ではなく、夕張市の文字。人気のない遊園地では寂しそうに観覧車が回っていた。
 明らかに場違いだと分かる光景に、日本について何も勉強しなかったことをさすがのルヴィアも後悔した。
 だがそんな彼女の脳裏に、宿敵たる女性の顔が過ぎる。

「ですが、必ず辿り着いてみせます。それまでは」

 首を洗って待っていなさいリン。と、萎え掛けた心に新たな闘志を燃やす。
 しかし気を取り直した彼女が向かったのは、またもや冬木市とは別の方角だった。
 ゆえに彼女が舞台に上がるのは、もう少し先になるのであった。




 ある一室のベッドの上で彼女は死んだように眠っていた。

「凛」

 それでも己を呼ぶ声にすぐさま反応し目を覚ます。
 視界に入ってきた見慣れない内装に戸惑うものの、直ぐさま新都のホテルだと思い出した。
 そしてベッドから起き上がり、声の主に顔を向ける。

「ごめん、寝ちゃってた。わたし」

「いや、気にすることはない。できれば、そのまま寝かせておきたかったのだがね」

 その口振りにいつもの皮肉はなく、真剣そのものだった。
 ただならぬ事態だと察し、凛は己の気を引き締めた。

「アーチャー、何があったの?」

 アーチャーは無言で部屋のテレビのスイッチを付けた。
 そして現れたのは、興奮を隠さず捲し立てるレポーターと、画面にでかでかと掲げられた。

『冬木市を襲う謎の集団行方不明事件!』というテロップだった。

「な、これ!?」

「ああ、君が回復するまでは静観したかったのだが、そうも言っていられないようだ」

 一刻も争う事態だと理解した凛は手早く身支度を整え、今後の方針を告げる。

「すぐ街を見て回るわ。異論は?」

「無論ない。では行こうか。マスター」

 わざわざ扉を開けて退出を勧めるアーチャーに訝るものの、己の左腕を見て納得した。
 失われた片腕など気にすることなく、彼女は颯爽と歩み出る。

「ありがと。じゃあ、行くわよ」

 束の間の休息を終えた二人は戦場へと舞い戻って行った。




 闇夜の下に立ち並ぶビルの隙間でまさに今、捕食者による食事が行われていた。

「ヒィッ――!」

「ギャア――!!」

 逃げ惑う人々を襲う黒い影。影はその一部を伸ばし、一人また一人と捕らえては中へ呑み込み咀嚼する。
 最後に腰を抜かし座り込んでいた者を呑み込み、黒い影は食事を終えた。
 だが、

――タリナイ

 黒い影はゆらゆらとその身を震わせ不満を露わにする。
 次第に増していく餓えに耐えきれなくなった影は、次の獲物を求めゆっくりと移動を開始した。
 この地に召喚された巨大な獲物の元へと。




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