甘く滴るそれは極上の 1

※ +10雲雀を【雲雀】、現在雲雀を【恭弥】としています。


ふん、と鼻を鳴らし、手にしたトンファーを振るった。
殴り倒した際についた血が飛び、曇りのない銀色に戻る。
辺りに倒れた群れの残骸を冷たく見遣り、恭弥は歩き始めた。

今日も手ごたえのない相手ばかりだった。
何時か満足する相手に巡り合えるだろうか。我を忘れるほど思う存分に咬み殺したい。

夕闇に足元が怪しくなった。最近は日暮れも早い。
もう帰ろうか、それとももう少し見回りでもして群れを咬み殺そうか。
すぐそこは雑踏する商店街。
無駄に群れる連中に苛、とした。

やっぱりもう一狩り。
足を踏み出そうとして、背後を振り返った。
そこは既に闇に飲まれた裏路地。
普通に人が通らない場所のはずだ。
しかし濃厚な何者かの気配は恭弥の足を止め、興味を惹いた。

「誰かいるの。」

返る言葉はない。
暫く闇を睨んでみても沈黙のみ。
気のせいか、と背後に気をつけながらも背を向けた。


「鈍いのか鋭いのか解らないね。」


唐突に掛けられた声。
それも直ぐ側で。
慌てて振り返ろうとした恭弥は強く壁に叩き付けられた。
「…ッ、う!」
「へえ、本当だ良く似てる。」
壁に押し付けたまま、背後の男が恭弥の顔を覗き込む。
衝撃に眩む目で漸う見てみれば、確かに。
「……似て、る…」
「僕に似てる子供がいるって聞いてね、暇だったから見に来てみたんだけど…興味深いな、何故だろう。」
至近距離で覗き込まれる男の目から視線が外せない。
無駄に心臓が早鐘を打ち、息が詰まってしまいそうだった。
「…ぅ、ァ、…ッ」
「僕は雲雀。君は?」
「…え、ひば、り?」
まさか名前までが同じなのか。
「そう。ほら、君も答えなよ。」
低く囁く雲雀の声に誘われて口を開く。
「雲雀、恭弥…」
「ワオ、名前まで一緒?ドッペルゲンガーとも違うね、平行世界か。…ねえ、恭弥。僕は君に興味があるよ。」
「興味、?」
「うん。異世界の自分のようだしね、君は。…さて、僕は美味しいのかな?」
「離せ…っ!」

先ほどからおかしい事だらけだ。外せない視線が、詰まる息が、早打ちする拍動が。
絡まる視線に操られるよう。

「もう逃げられないよ。君は自ら名乗って僕にその存在を明け渡した。」
「存在、って何…ッ、僕は僕のものだ!」
「その気概も好ましいね。僕の魅了に堕ちないのもまたいい。」
名を奪い、存在(意識)を操ることができる筈の魅了に完全に堕ちないのは異世界とは言え己だからか。

ふ、と笑んだ雲雀の口元から零れ見えるのは真白い大きな牙だった。

「は…?な、に、それ…っ、」
「…ん、どれ?」
普通の人間にないそれから目が離れない。
「牙…?」
「ああ、これね。これがなくちゃ食事が出来ないじゃない。僕らにとって武器でもあるけどね。」

食事、武器。
その言葉から思い付くのは。

「吸血、鬼…」
「そんな俗称で呼んで欲しくはないけど…まあそう呼ばれるものさ。」

またふと笑う。
雲雀が笑むと自分とあまり似ていないと恭弥は思った。
あんな人を惑わすような顔はできない。

「さて、そろそろ頂くよ。さっきから良い匂いがして堪らないんだ。」
雲雀が恭弥の首筋に顔を寄せてくん、と鼻を鳴らす。
どきり、と心臓が一際高く鳴った。
危機感に汗が吹き出る。
だがそれを上回る言い様もないこの感情は      明らかな期待。
自分を害しようとする者へ何を期待するのか。
罵りたくなる心を押し退けて、操られているのか心の一部が勝手に反応した。
それは徐々に大きくなってどちらが本当の気持ちなのか境界が曖昧になる。
小さく身じろいでもどうしようもなかった。

気がつけばネクタイは緩められ、留めていた第一ボタンも外されて。
少し冷たい雲雀の手が恭弥の首を晒す。

「…ふうん?キスマーク、だね、これ。そういう相手がいるの。」
「ち、違…っ、ァ!」
恐らくそこにあるのは昨夜の情事の痕。
美しいオッドアイの男が甘く噛み付いた痕を雲雀はねっとりと舐め上げた。
ふと頭に彼の事が浮かんだのに。

ぷつり、と軽い小さな痛みを感じたのは刹那。あっという間に熱く重い衝撃が全てを塗り潰した。

「…ッッ!!あ、ぁ…ッ、ア!」
首に異物が埋め込まれていくのがはっきりと解る。
雲雀の牙が深く進むごとに溢れる快楽に足が震えた。
触れているのは首だけのはずなのに、狂うほどの甘い快楽は全身を満たしていく。
直接身を交える時ともまた違う初めて味わう享楽に声すら奪われた。
「ひ、…ァ、…ッァ…ぁあ…」

ふ、と雲雀が笑うのが伝わる。
それは良く知る体の快感。
吸血鬼の牙の快楽からするりと入れ替わるように体に劣情の灯が灯る。
爆発的に膨れ上がるそれは見る間に恭弥の理性を喰い潰した。



ゆっくりと牙を抜く。
は、と溜息を漏らしたのはどちらか。



「…ッ、ぅ、ぁ!」
恭弥のかくりと膝が折れ、へたり込みそうになったのを雲雀が支えた。
「おっと。貧血になるほど飲んでないはずだけど。」
「…ぅ、ッく、離し、て…っ」
「今離したら多分顔から転ぶよ。無駄に痛い思いなんてしたくないでしょ。それにしても…」
雲雀は恭弥の耳に顔を寄せて低く囁いた。

「流石は僕、と言うべきかな。美味しかったよ、凄く。僕好みの濃くて強い血。でも甘い。」

「ん、…ッ、ァ!」
吐息が耳に触れ、低い囁きは鼓膜を揺さ振る。
背筋を走る快楽に上がるのは驚くほどに甘い声。唇を噛んで声を抑えようにも雲雀の囁きは止まらない。
「ああ、もしかして欲情した?あれくらいで?」
くく、と笑い。
雲雀の手が恭弥の股間に触れた。
「…ッッ、あ、ぅ!」
「可愛いな、もうこんななんだ。」
するすると滑る手はズボンの中で硬く張り詰めた恭弥の性器の形をなぞり、先端を指先で掻く。
「や、だ…ッや、止め…って、…ッ」
悪戯な手を何とか捕らえ、爪を立てても一向に動き止まない指。
このままでは、もう。

「止めていいの?ふぅん、辛そうなのに。」
直ぐ其処に見えた快楽の頂点。しかし僅かに残った理性が雲雀を止めたことでそれはずっと遠くて。
「…ッ、は、ァ…ッ」
「どうしてそんなに我慢するのかな。気持ちが良いことは嫌いかい?」
「違、…」
違う、と口にはしたが、それが何に対しての否定かすらも解らなくなり始めていた。

「気にしなくていいよ。こんな風になったのは僕のせいだ。君が悪いんじゃないよ、恭弥。」

甘やかに囁かれた陥落の誘いと己の名前。再び拍動がどくりと音を立てた。
高ぶり、体を巡る高熱に逆らう手立てはもう     

「……お、願い…も、苦し、い……」
消え入りそうな声で雲雀に懇願した恭弥の眦から一粒の涙が零れた。
それは陥落への後悔の涙か、それとも恋人への謝罪なのか。
もう恭弥にも解らなかった。





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