10000リクエストハヤシ様より
・ショタ木手
・大人×木手
・相手は誰でも、パラレルも可
・エロ
「…こんなもんか」
独り言をつぶやいて、ある程度荷物の片付いた部屋を見渡す。
段ボールの空き箱が部屋の片隅に積み上げられていて、後で潰しておかないとと頭の隅で考えた。
元々余り物を持たないから、積まれていたダンボールを片付けるのは大した苦労ではない。
8畳ほどの居間兼寝室兼自室から、庭に面した窓を開ける。
そのまま外に降りられるようになっている窓からは、石壁の向こうに見える海からの潮風が吹いてきていた。
知念寛が祖父のやっていた道場で子供達に武術を教える事にしたのは、離れの庭から望む沖縄の海が理由だった。
海の側に建っている道場と離れは同じ敷地内にあるが知念と祖父の住む実家は少し離れた場所にあり、道場の警備員を兼任してくれればその離れに住んでもいいと祖父が言ったのは一週間ほど前の夕食でのことだった。
去年の暮れに妹が結婚し、なぜか旦那と子供を連れて実家に住んでいる所為もあってもともと広くない家は更に狭くなっている。
おまけに人よりも大分背が大きく決して優しい顔立ちをしているとは言えない自分にどうしても懐かない妹の子供の成長にも悪いし、家族揃って孫に味方しているおかげで自分の居心地も悪い。
幼い頃から妹や弟の面倒を見ていたから小さな子供は嫌いではないが、やはりいつまでも実家にいるわけにも行かないかとそんな理由も少しはあった。
幼い頃から祖父に武術を叩き込まれ、高校生で有段者になった。
古来からの型を色濃く残す流派の為に公式試合に出る事は少ないが、伝統を受け継いでいく事に誇りもある。
大学でもそちらの分野を学び、卒業と同時に祖父の道場で子供達に武術を教えるようになった。
その道場と同じ敷地に住む事に、不満があろうはずもない。
「先生」
「永四郎、ちゃーしたさぁ」
不意に声をかけられて庭に視線を戻すと、一人の少年が立っていた。
道場の方から離れの庭先へ回り込んできたのだろう、遠慮がちにこちらを覗き込んでいる。
知念が手招きしたのを見て勝手に入ってきた事を咎められなかったのに安心したのか、肩の力を抜いてこちらへ歩み寄ってきた。
彼は自分が受け持っている生徒の中でも、一段と目を引く腕の持ち主だ。
練習態度も真面目で飲み込みが早く、何よりも優れた身体能力とバランス感覚でメキメキと上達している。
まだ知念の胸の下辺りまでの身長で筋肉の付きも薄い体つきをしているが、来年最上級生となる現在で既に知念が目を見張るほどの重い突きや蹴りを繰り出してくる事も時折ある。
道場の中では知念と祖父も含めて大人連中が特に目をかけている生徒だった。
本人は大人びた性格で、やっかみや羨望のまなざしをあっさり受け流している。
時折面と向かってからかわれたりすることがあっても、木手が声を荒げたり乱暴なふるまいをしているところを知念は見たことが無い。
あんなに幼い時から分別を身に付けてしまって息が詰まらないのかと勝手な心配をしたりして、そういう意味でも知念にとっては気になる子供だった。
しかし今日は練習のある日では無く、彼も胴着は持っていない。
代わりに紙袋をこちらに差し出していた。
「母さんが、引越しで大変だろうから夕食を持っていくようにって」
「あさきみよー、そんな気使ってくれんでもいいばぁ」
「家はすぐ側ですし、ほんとに夕食の余りですから」
確かに物置同然だった離れの掃除や荷物の積み込みや荷解きなんかで、朝からろくなものを食べていない。
気遣いは心苦しいがありがたくいただいておこうと手を伸ばしたら、差し出していたはずの紙袋が遠ざけられてしまった。
「永四郎?」
「タッパーを持ち帰るように言われてるんですよ。家に上がらせてもらってもいいですか」
「あぁ。悪い。やーも一緒にかめー」
「ありがとうございます」
結局彼に食事の準備までしてもらって、引越し当日だというのに随分豪勢な夕食にありつくことが出来た。
一緒に食べながらなぜか永四郎が二杯目のご飯を茶碗に盛ってくれているのを見て不思議には思ったが、これまで大勢で食事をするのに慣れていた知念にとっては1人で食事をしないで済んだ事はとてもありがたかった。
一ヶ月もすれば1人の生活には慣れてしまう。
昼間は自分の稽古をし、夕方から子供達に武術を教える。
道場を出なくてもほんの数秒で自宅に帰ることが出来るのはありがたいが、知念がずっといる事を知った子供達がなかなか帰らないのは困った。
それも物珍しさの所為もあってここへ住み始めたほんの何日かのことだったために、今では皆道場が終わればさっさと引き上げてしまう。
「知念先生さよならー」
「あぁ、さよなら」
日曜日には午前中から子供達の練習が始まる。
それを終えて帰っていく子供達の挨拶に応えながら庭にある水道にホースを繋ぎ草木に水をやる。
適当に撒くだけだが、水を弾いて青々とした葉を茂らせる植物を見ているのは心地よかった。
「えー、寛」
「?」
石壁の向こうから声がして、ガチャンと金属の触れ合う音がする。足音がそこから門の方へ向かい、またこちらに近づいてくると中学時代の同級生がひょっこり顔を出した。
中学の頃からの金髪頭は健在で、日の光を浴びてキラキラしている。
「どうしたんばぁ?仕事は」
「休み。これから裕次郎たちと海にいちゅっさー。やーもどうかと思って」
「あきさみよー。休みまで海か」
ダイビングのインストラクターという学生時代では考えられないような職業に就いた彼は、こうして時々の休みにさえ海へと潜っていた。
中学時代の友人とまだ付き合いがあるらしく、出てきた名前も知念にとって馴染み深いものだった。
「しっかしあちさんやぁ。お、それ貸して」
「あい?」
持っていたホースを奪われ、平古場はそれを頭上に持ち上げた。
バチャバチャと水の跳ねる音を聞かせ、あっという間に頭から水を被ってしまう。
「えー…凛よ」
「わんここまで自転車さぁ?でーじあちさん」
Tシャツにハーフパンツという軽装と、沖縄の気候の所為で恐らくは2時間も放っておけばまた乾いてしまうんだろうとは思うが、知念の記憶の中でこんな風に振舞うのは平古場と先ほど話に出てきた甲斐だけだ。
暢気に顔を洗っている平古場を眺めながら、この豪胆さはどこから来るのかと思う。
「やーは最近どう」
「どうって」
「夜は一人ばぁ?いなぐ連れ込んでんじゃねーのってもっぱらの噂」
「連れ…、そんなくとぅするかふらー」
ぎゃははは、と髪を掻き上げて明るく笑う平古場に、知念は変わってないなと少し安心する。
噂を立てているのは平古場と先ほど話に出た甲斐の二人だけだろうと大方の予想は付くが、それだって二人が何となく自分を気に留めてくれているからだ。
人付き合いが億劫に感じる性格の所為で、気を抜けばこうした旧知の仲間とさえ連絡が滞る。
そんな自分にこうして会いに来てくれる彼らは、どうしたって気のいい友人だった。
「やしがよー、やーもあと少し愛想が良かったらもてるあんに?」
「はぁやぁ」
「背が高くてぇ、強くてぇ、優しい人が好きなのー。っていなぐがいるんさぁ?」
くねくねしなを作って上目遣いの平古場に、今度こそ知念は苦笑した。
どうやら合コンか何かの誘いに立ち寄ったらしい。
インストラクターという職業柄、本土の観光客と頻繁に出会いがあると言っていたからそういった話が舞い込んでくる事もあるのだろう。
「わんじゃなくて慧くん呼んでやったらいいさぁ。うむやーおらんあんに」
「あぬデブは飯代の方が高くつく。勘定は男で割り勘やっし」
だろうなと思うが自分はそういった集まりに余り興味が無い。
沖縄武術で活躍し始めてから幾度か女の子に告白される事もあったが、武術以外に時間を裂かない知念に自然と女の子から離れていく事が多かった。
「やしが凛くん、もうわったー25さぁ?そろそろ落ち着かんと」
「あんせー、落ち着くための合コンさぁ。やーだってそのうち結婚せんとならんばぁ?道場継ぐつもりあんに?7時からだからよー、な?」
かんなじな、と言い残した平古場が背を向けて何かに気付いたように声を上げる。
いつの間にか金髪の後に見慣れた少年が立っていて、片手にいつもの紙袋を持ったままこちらを見ていた。
引越しの日から、土曜日になると木手は昼食と自分の勉強道具を持って一緒にやってくる。
一度母親にお礼がてら挨拶に行ったら、こちらこそよろしくお願いしますと深々と頭を下げられてしまった。
何をしているわけでもないのにと首を捻る知念に、木手は分からないところを教えてもらっていると母親に告げていると言っていた。
習い事に勉強にととにかく子供の教育に熱心な母親だから、恐らくは家で息が詰まる事もあるんだろうとその嘘について知念は訂正しない事にしている。
「おー、永四郎」
「先生、こんにちわ」
そう言って平古場に一瞬視線を投げる木手の態度は誰が見ても無愛想だ。
普段から愛想のいい性格とは言えないまでも、年上の人間に対しての礼儀はわきまえている。
けれどチラッと見ただけで挨拶もせずに平古場から視線を外したのは、いつもの木手と違って見えた。
わざわざ知念を呼ぶときの敬称を先につけたのも、お前になんか挨拶してないんだぞという主張がありありと押し出されている。
「ちゅらふかーだばぁ。えー、くりやーの生徒か」
「あぁ、小学生の部で教えてる」
振り返った平古場は別段気分を害したわけではないが、面白い玩具を見つけたかのようなキラキラした目をしていた。
中学生の頃からほとんど中身の変わっていない彼だから、からかい甲斐のある奴だとでも思ったんだろう。
打って変わって木手の方は嫌悪感をあからさまに顔に出していて、口さがない平古場の言葉に眉を顰めていた。
「やー、なーは?」
「…木手、永四郎です」
「永四郎な。やーはもうちょっと年上に対する態度を考えた方がいいぜ」
「……凛……!」
次の瞬間、平古場は持ったままだったホースを木手の方へ向ける。
ご丁寧にも指先でホースの出口を押さえ、水が遠くまで飛ぶようにして木手が避けても追いかけられるように配慮までして。
突然の事だったからか、まさかいい大人がいきなり水をかけてくるとは思っていなかったか、木手はあっさりと水を被ってしまった。
頭からぐっしょりと濡れていく教え子に、知念は目を丸くして平古場と彼を見つめるしかない。
「寛みたいなちむじゅらさんばっかりじゃねーんだからよー」
更にはぐしゃ、と木手の濡れて崩れかけた頭に平古場の手が置かれ、無造作にかき回される。
練習の前と後で神経質そうな手つきで髪を整えている木手を知っている知念からすれば、蹴りの一つでも食らわされるんじゃないかと思ったが木手はピクリとも動かなかった。
ただ、水の滴る左手がぶるぶると震えている。
「凛くん、もうやめれ!」
「はいはい。んじゃ、7時からだからなー。忘れさんけー」
ようやく驚きから開放された知念が声を荒げると、ホースを投げ出した金髪は来たときと同じく唐突に出て行った。
残されたのは、全身濡れ鼠の木手と自分。
上げられていた前髪が額にかかり、こちらも驚きから怒りに変わったらしく盛大にため息を漏らした。
「わっさんやぁ…」
「先生の所為じゃありません。…俺はああいう人は嫌いです。チャラチャラして…」
「永四郎」
「っ、すみません。先生のお知り合いですよね」
別に咎めたつもりは無かった。
平古場が一部の人間からそういう目で見られているのは知っていたし、生真面目で神経質な木手の性格から苦手だと容易に想像がついていたからだ。
それにここまでされれば、誰でも怒って当然だ。
「別に、わじってるわけじゃあらんばぁ」
「…そうですか」
「…………」
誤解を解いておいたほうがいいと思って言ったが、木手は地面に視線を落としてしまう。
崩れた髪の毛が更に額へかかり、彼の表情に影を作った。
咎められたと思って落ち込んでいるのか、木手のような大人びた少年でもこんな仕打ちは堪えるのか。
「…先生…?」
気が付いたら、木手の前髪に手を伸ばしていた。
水がかかっているとは言えワックスの残った髪はベタベタしていて、掻き上げて撫で付けただけでもう落ちてはこなかった。
いつも木手がしているヘアスタイルとは似ても似つかないが、前髪が目にかからないだけ何となく気分が晴れる。
「ちゅうや、おかずぬーが」
「そーみんちゃんぷるーです」
「風呂入れ。服乾かしてやるから。昼飯はそれからさぁ」
蛇口を締めて水を止めながら言うと、視界の端で木手が小さく頷くのが見えた。
風呂場からのシャワーの音を聞きながら、知念は畳に寝転んで天井を見上げていた。
木手の持ってきた紙袋の中の昼飯は、蓋のあるタッパーに入っていたため水浸しにはならず今は冷蔵庫の中だ。
後で彼が上がったら、手早く準備をしてくれるんだろう。
一度手伝うと言ったが、今まで実家で家事を母親に任せっきりだった知念は小学生の木手にも劣る手際だった。
木手の服は洗濯して庭の物干しに干してあり、脱衣所には知念の服を替わりに置いておいた。
普通のTシャツとハーフパンツだが、既製品のLLなのでもしかしなくても彼にはまだ大きいだろう。
「…………」
自分以外の人の気配がある家の中は、何となく実家を思わせて妙に安心する。
人恋しくなるような性格をしているとは思っていなかったが、どうも心のどこかでは寂しいと思う心があるらしい。
ゴロリと寝返りを打って横向きになると、折りたたんだ腕を枕にしてもう片方の手を伸ばしテレビのリモコンを取る。
スイッチを入れても面白い番組はやっておらず、沖縄で活躍するタレントが出ているバラエティを見ながら次第にうとうとし始めてしまった。
しばらくしてシャワーの音が止まり、扉の開く音が聞こえてくる。
その頃にはもう知念の意識は眠りの淵に引っかかっていて、あと少しで転がり落ちていきそうになっていた。
頭の隅ではテレビの音が響いていて、木手が出てくるから起きなければ、とも思う。
けれどすっかり力の抜けた体は、より眠りに落ちやすいよう仰向けに転がるだけで力尽きてしまった。
小さな足音がしてすぐに木手が部屋へ入ってくる。
知念が寝ているのに気付いたのか、足音はすぐ側まで来て止まった。
「先生……、食べないんですか…」
浮いたり沈んだりを繰り返す意識の狭間で、途切れ途切れに木手の声がする。
それに答える自分の声もするが、明確に答えられている自信は無い。
呆れたようなため息をついた彼が、次の瞬間には隣に座っていた。
ぶつ切りの意識の中で、唐突に手首に触れてきた手だけがとても熱く感じる。
その感触の所為か、まどろみはうっすらと成りを潜め始めていたが、いまだ満足に受け答えすら出来ない。
「え、しろ…ぅ?」
「先生、さっきの人誰なんですか」
「さ…っき?…」
「金髪の、凛って人」
ともだち、眠気で上手く舌が回らないが木手には伝わったらしく、手首を掴む手の力が少し抜けた。
その手は腕を撫でるように這い上がってきて、何となく心地いい感覚にまた知念の意識が乱れ始める。
「お友達ですか」
「ん…」
「…お付き合いとか…してないんですか」
「ぁ、にひゃー…男さぁ…」
彼の手が右肩に触れ、左肩にも同じ熱を感じた。
両手で掴まれていると気付いたら、腰にも似たような熱を感じさせられる。
どうにかこうにか重い瞼を押し上げると、目の前に木手の顔があって自分の腰の辺りに彼が乗っているんだとようやく気が付いた。
「ぬー、が…」
「先生」
「起き…る、起きるから…」
知念は木手が自分を起こそうとしているんだと思っていた。
けれど彼は上から知念の肩を押さえ込んだまま、ジッとこちらを見下ろしている。
瞳の中に必死な色を見つけた知念は、何度か瞬きをして眠気を振り払った。
何か深刻な相談でもあるのか、それを今日自分に打ち明けようとしてくれたのだろうか。
だったら昼寝なんかしてたら不味いなと、その時にはまだそんな風に暢気な事を考えていられた。
とりあえず落ち着かせようと彼の頭に手を伸ばし、まだ濡れている髪を撫でる。
スルスルと指の間をすり抜けていく髪の感触に、平古場はこんな手触りがいい状態の髪を触っていないんだなと無意識の内に優越感のようなものを抱いた。
とは言え、自分だって今日初めて触ったのだが。
「先生はずるいです。俺にこんな風にするくせに」
「ぬー…」
「先生、結婚するんですか」
「結婚…あぁ、聞いてたんど?」
後ろ手に手を付いて起き上がっても、木手は知念の膝の上に跨ったままどこうとはしない。
武術を習っているとは言えまだまだ筋肉の形成が追いつかない年頃だからか、思っていた以上に木手の体は軽かった。
「せんばぁ。第一相手がおらん」
「今日の7時にあの人と行くんですか。相手が見つかったらするんですか。一緒にここに住むんですか」
答えようにもその隙を与えてくれない彼を何とか落ち着かせようと知念が両肩を掴むより早く、懐へ潜り込んでくる。
そのまま両腕をいっぱいに伸ばして抱きつかれ、試合ならば確実に一本取られているなと場違いな事を考えた。
「永四郎、永四郎」
「…………」
「ちゅうや変ばぁ?ちゃーしたさぁ」
いつもこうやって接触を望むような子供だったら、知念だって不思議には思わない。
単純に、結婚という出来事で自分の居心地がいい場所を奪われる事が嫌なんだろうなと勝手に納得できる。
しかし木手はそんな子供ではなく、どちらかと言えば子供同士でのじゃれあいすら嫌がって始めからそういう事をする子供には近づかない少年だ。
「先生が好きなんです」
「……わんも永四郎は好ちさぁ?」
「そうじゃありません」
「じゃ、…っ?!」
どういう意味かと問う前に、顔を上げた木手が知念の頬を両手で掴んで顔を近づけてくる。
頬に触れた手が思ったよりも小さいなと思った瞬間に唇が押し付けられそうになり、思わず木手の首根っこをひっ掴んで引き剥がした。
「ぬーするさぁ!」
「先生が好きなんです」
野良猫のように摘み上げられてなお、木手の必死な目は変わらない。
始めから彼がこれを伝えようとしていたのだとようやく気が付いて、自分の鈍感さに呆れた。
次に考えたのは、どう断るか、だ。
木手は誰が見ても男だし、まだ幼い。
師弟愛だか父性愛だかよくは分からないがそういうものを恋愛と取り違えているんだろうと思うし、そもそも犯罪者になる気は無い。
道場の先生として、大人として彼を説得しなければいけないと思う。
けれど口下手な自分に、この見るからに意志の強そうな少年を説得できるのかと聞かれれば自信は無い。
「わんが、って…やー男ばぁ?」
「はい」
「わんも男どー?」
「はい、でも好きなんです。だから一緒にご飯が食べたかったんです」
普段大人びていたもこういう所はやはりまだ子供で、土曜日に食事を持ってやって来ていたのは子供なりのいじらしい愛情表現なんだと気付かされた。
疑似夫婦のような真似をして、一人でこっそり喜んでいたんだと思うとこのまま抱きしめてやりたいような気もする。
「あのな、永四郎」
「俺ももっと早く生まれたらよかった…そうすれば先生と付き合えたのに」
「そういう問題じゃ…」
両手で自分の着ているシャツの裾を握りしめて項垂れる彼を、ゆっくり降ろしてやる。
正座を崩したような格好で畳の上へ座り込んだ木手は、懲りずに四つん這いになると知念の立てた膝の間に入り込んできた。
「永四郎、もうやめ」
「先生。一回でイイです」
「……は?」
被せるように遮った木手の言葉の意味を把握できず、それでも知念は息を呑む。
頑ななまでに強い瞳がこちらをじっと見据えて、なのにその奥で不安と微かな興奮が渦巻いているのに気づいてしまった。
ほんの数分前の鈍感な自分のままでいたかったが、一つ気付いてしまうと、次々に目に入ってきてしまう。
それを知らない振りで流せるほど、知念は器用な性格ではない。
「…、ス…してください」
「な、何…?」
近くにいるのに聞き取れないほど小さな声で呟かれ、聞き返してもそれ以上は何も言わない。
うっすらと赤く染まった目元でこちらを睨みつけるように見つめ返してくる少年から、気がつけば妙な色気を感じ取ってしまっていた。
一度でもそう思ってしまうと、健康的に焼けた肌やまだ子供っぽさを残した手足の細さまで艶っぽく見えてくるから不思議だった。
もともと整った顔をしている少年ではあったものの、当たり前だが子供で男の性を持っている限り理性をぐらつかせるほどの魅力を感じたことはなかったはずだ。
「永四郎…やー、自分がぬーやいゆってるかわかっちょんさぁ?」
「わかってます。同じ塾の金城さんが言ってました。好きな人と…その、…するんだって…」
女の子というのはいつの年代もませているなと思うし、意外にもそういう眉唾ものの伝聞を素直に聞き入れている木手にも驚いた。
それとも、自分への恋心を自覚してそういう話を意識するようになったんだろうか。
「先生と俺は恋人じゃないです。でも俺の好きな人は先生です。だから、先生としたいんです」
「…………」
「先生に初めてをもらってほしいんです」
直球どころかそれしかないような口説き文句に、揺り動かされてしまったのが本音だった。
好きだから、という思いだけが普段分別のある大人びた木手をここまで強引にさせてしまうのが、いじらしいし可愛いと感じてしまう。
これを拒んだら道場にまで来なくなってしまうかもしれない、この逸材を失うのは惜しいと大人のずるい考えが働いたのも事実だ。
足の間にいる木手の腰に腕を回すと、へたり込んだ体を膝立ちにさせて引き寄せる。
途端に硬直する体が、さんざん誘い文句を吐いていたとしてもやはり子供なのだと見せつけられ躊躇した。
あまりに頼りなく薄い腰も、知念が座っていて木手は膝立ちなのにも関わらず目線がほんの少ししか違わないことも、木手の年齢を感じさせる。
「後悔、せんばぁ?」
「しません」
きっぱり言ってのける木手から腕を離して立ち上がった知念は、台所から廊下に出て玄関の鍵を閉める。
居間に戻って開け放していた窓を閉めようと手をかけて、一旦手を止めてから外を見渡した。
窓を開け放したまま抱きつかれ、好きだの何だのと話していたのを誰かに見られてはいなかったかと今更ながらに心配したが、稽古の終ってしまった道場はひっそりとしている。
少し安心して窓を閉めると鍵をかけ、外から見えないようカーテンを引いた。
2へ
2008/09/16:完成
2008/09/16:UP