【29】消えないキズあと 4

 

軍服の上にケープをかぶって隠し、ジープで目的の洞窟の近くまで乗り付ける。
「では、ここで別れよう」
ロイの言葉にエドワードは無言で頷き、ジープからひらりと飛び降りた。
「鋼の。無茶はするんじゃないぞ」
「自分で無理だと思ったらやんねーよ」
無理だと思わない限りは好きにやるけどな、と心の中で付け足せば、ロイが渋い顔をしているのが視界に入った。
「君の場合、一般的には無茶なことでも君にとっては無理ではないのが始末が悪いな。とにかく危険なことには手を出すんじゃないぞ」
「あーはいはい。そっちこそ首領逃がしたりすんじゃねーぞ」
鬱陶しくてひらひらと手を振れば、車を降りながらロイがまったく、と呟いた。
「大将、気をつけてな」
「ん。少尉も気をつけて。・・・そっちのことは、任せたから」
ジャンの大きな手がエドワードの頭を撫でる。
「ハボック。行くぞ」
「ウス。じゃ、後でな」
ケープを脱ぎ捨てた3人が、洞窟の中に入っていくのを見送り、エドワードは身を翻した。
その足で、町中へと戻り、町で一番大きな屋敷の門の前で立ち止まる。
「さぁて・・・仕上げと行くか」
エドワードはケープを脱いで投げ捨て、両の手を合わせた。



 
「・・・catacombeか」
洞窟内部を見渡したロイが、目を細めた。
「あ、大佐知ってるんスか」
「錬金術師ならば大抵は知っているだろう。生体錬成の基礎を作った先人の中に、catacombeを研究室として使っていた変人が居た」
「うへ・・・」
「錬成を行うにはその対象について学ばなければならない。生きた人間を解剖して構成を分析するわけにも行かないから、死体を分解するというのは間違っては居ないと思うがな」
既に発火布を装着したロイが、周囲に気を配りながら歩を進める。
洞窟の奥から複数の声が近づいてくるの聞こえ、それぞれが身構えた。
「クソッ、何で部屋が無くなってっ・・」
「動くな!!」
相手がロイたちに気づく前にロイの声が機先を制する。
「な、軍人っ!?」
「国軍大佐、ロイ・マスタングだ。ここがテロリストのアジトとなっていることは分かっている。大人しく降伏したまえ」
無駄とは思ったが、ロイは一応降伏勧告をした。だが、テロリストたちは迷わず銃に手を伸ばそうとする。その手をリザとジャンの銃が的確に撃った。
銃を取り落としたところに、更にロイの炎が追い討ちをかける。
次々に現れる後続を反撃をする暇も与えず、あっという間に全て無力化し、ロイは溜息をついた。
「まるで屍肉を食らう鼠だな。墓場からぞろぞろ出てくる」
「いやな例えしないで下さいよ・・・」
「とにかく、さっさと連中を縛ってしまえ」
「はい」
とりあえず全員しばらく動けそうには無いようだったが、そのまま放置するわけにも行かない。リザとジャンに全員を拘束するよう指示し、ロイは壁に手を触れた。
「どーかしたんすか?」
「いや・・・妙だと思ってな」
壁をノックするように叩いて見る。予想通りの音がして、ロイは眉を顰めた。
「大佐?」
リザがロイを窺った。
「・・・catacombeにしては道が1本道過ぎる。連中が使わない部分を塞いだのか・・・とも思ったが、先刻『部屋が無くなっている』という声が聞こえたな、と思ってね」
ジャンの肩がぴくりと揺れる。
「この壁の向こうには空洞があるようだ。状況から見て錬金術で塞がれたもののようだな」
「不審だ、ということですか」
「ああ。通常なら敵方に錬金術師の存在と、伏兵を疑う所なんだが・・・中尉、先ほどからそれよりも不審な人間が一人居るんだよ」
「な、何すか!?」
振り返ったロイの視線にジャンが後退った。
「ハボック、お前どこで”catacombe”という単語を知った?鋼のなら兎も角、お前が当たり前に知っている単語では無い筈だが」
「・・・あっ」
「しかもお前、ここに入ったときの反応から察するに、ここがcatacombeであると知っていたな?情報源は間違い無く鋼のだろうが、と言うことは鋼のもここがcatacombeと知っていたと言う事になるな」
ジャンがにへら、と薄ら笑いを浮かべる。
明らかに誤魔化そうとしているのがありありと分かり、ロイは尚更眉を顰めた。
「大佐、問い詰めるのは後にしたほうが宜しいかと」
「ああ、分かっている。・・・ハボック、この壁の向こう側に突入する必要はあると思うか?」
詳細は問わないが、最低限必要な情報は出せ、と暗に含ませると。
「必要ないッス・・・」
ジャンはお手上げのポーズをした。
「ならば先に進むぞ。・・・全く、猫の首に鈴をつけに行かせたつもりが、錆付いてろくに音を鳴らさん」
「そもそも大佐が猫に嫌われたのがまずいんでしょう?鈴の音が聞こえる距離に近づくと毛逆立てられるんスから」
揶揄に揶揄が戻ってくる。
「居場所を確認する為の鈴つけた、ってのは兎も角として。居場所確認したら後は自由にさせればいいのに、わざわざ首根っこ捕まえようと手を出すから、近づくのすら嫌がられるようになるんスよ?」
昨夜のことを暗に指摘され、ロイは顔を顰めた。
「ハボック、貴方の言うことも確かに一理あるけれど、それは貴方が報告を怠ることの理由にはならないわ」
「・・・分かってますよ」
リザの言葉にジャンが笑う。こういう時、ジャンは言い訳をするか黙り込むのが普通だ。予想外の反応に、ロイとリザが顔を見合わせる。
ジャンは煙草を取り出して火をつけた。
「・・・まぁ実際は嫌っているわけではないんスけどね。兎に角、さっさと奥に進みませんか?さっき・・・大将が、『無理だと思ったらやらない』って言ってたっしょ」
「それがどう・・・。!!」
何気なしに交わした言葉に含まれていた意味に気がつき、ロイが息を呑む。
「ありゃつまり『無理だと思ってないから何かやる気満々だぞ』っていう大将の自己申告っスよ」
「もっと早く言え馬鹿者!行くぞ!!」
早足で歩き始めたロイに、歩調を合わせながらもリザが咎めた。
「大佐!左右から伏兵でも出てきたらどうするんですか!少し落ち着いてください!」
「伏兵が隠れられるような場所は、広間みてーなとこまで無いっすよ。相手の錬金術師が出張ってきてれば直されてるかもしれませんが、大将曰く、そいつのご自慢の研究成果は広間の向こう側にあるらしいんで、昨日の今日で直してはいないっしょ」
あっさり説明して見せたジャンに、早歩きのロイが渋い顔をする。
「・・・昨日来たのか。夜か?」
「ええ、まぁ。俺も護衛として一緒に来ましたし」
「しかも相手に錬金術師が居るというのも初耳だ」
「俺もそいつのことは大将にちょろっと聞いただけなんで、よくは知らないッス」
奥へと突き進む道すがら、前方の曲がり角からテロリストが時折現れる。だが視界に入った瞬間にロイが全て死なない程度の炎で燃やしてしまい、3人の足が止まることは無かった。
が、ある程度進んだところでジャンが慌ててロイを引き止める。
「あ!大佐、待ってくださいその先は昨日入らなかったんスよ!大将がその先は相手の錬金術の成果があるって言ってましたけど、それ以上あんま詳しい話聞いてないんで」
「その錬金術はどんな錬金術だと言っていた?」
「さぁ?俺聞いてもわかんないッスから」
「おい」
それでは情報として役に立たない。
「あ、でも大将から、大佐に『人ではなくてゴーレムだ』と伝えてくれって言われました」
「ゴーレム・・・とだけ言われても何だか分からんな。伝言にまで比喩表現の暗号を使うあたり、根っからの錬金術師なのは分かるが・・・軍人としては困ったものだな」
「大佐なら実物見れば意味が分かるとも言ってましたけど」
「結局先に進むしかないと言う事か。・・・大体鋼ののやろうとしていることの大筋の予測はついたが」
ロイが溜息を吐くとジャンが目を丸くした。
「マジッスか?」
「テロリストを潰す、と言う名目で、その背後に隠れているもっと大きな獲物を吊り上げたいんだろう?『大きな獲物』の存在を私が知っていて計画に参加したとなると、対立派閥の将軍達の神経を逆撫でしかねない。だからあえて私には何も言わなかった。・・・違うか?」
ジャンが煙草を携帯用灰皿でにじり消す。
「ほっとんど説明してないのに、よく分かるッスね〜」
「アレが裏切ったというなら話は別だが、悪意が無いことを前提に論理的に考えればそうなる。鋼のが真剣に私を裏切り、お前もそれを承知でテロリストに身を窶すほど骨抜きにされて私を裏切った・・・などというのも面白そうではあるが、あまりに荒唐無稽だな」
「昨日ちらっとそんな話もしてたんスけど」
「鋼のが対立する派閥に行くという話か?馬鹿馬鹿しい。上を目指すというなら、私をここに呼び出す意味が無い。一人で全部潰す方が有効だ」
肩を竦めたロイに、リザが視線を向けた。
「大佐、こうしていても埒があきませんが」
「そうだな。この馬鹿はろくな情報を持っていないようだし、先に進もう」
「すんませんねー」
へらりと笑ったジャンに、ロイとリザは白い目を向け、足を先に進めた。
広場のあちこちに、人が倒れているのが目に入る。だが、ロイたちが広場に踏み込むと同時にその全員がゆらりと起き上がるのが見えた。
「まだ兵隊がい・・・どわーーーーー!!」
相手の姿を確認したジャンが、飛び上がって後退さった。
あるものは腕から先が白い骨のみになり、あるものは顔が半分鎖落ちて眼球があるべき穴からその中が覗ける。
腐敗して溶けた身体がぽたりぽたりと足元に染みをつくり、その足をのそりと踏み出せば、肉が崩壊して地に飛び散った。
「た、大佐、これは・・・」
普段は殆ど表情を崩さない、冷静なリザまでが少々青ざめている。
無理も無い。腐乱死体など軍人でもそうは見ないし、横たわっているだけでも見たいものではないのに、それが十数体、こちらに向かって歩いてこようとしているのだ。
これがテロリストのアジトに潜入しているという状況でなければ、ジャンなどとうにロイの背に隠れているだろう。
「・・・こんなところに居るのだから敵であることは間違いないだろう。撃て」
ロイの指示に、リザとジャンが射撃を行う。だが、いくら鉛玉を打ち込もうと、腐乱人間は倒れず、足を止めることもなかった。
「ゴーレム・・・人ではない、とはそう言う意味か」
「た、大佐!!一人で納得してないで、どうすりゃいいんスか奴らは!!来ますよ!?」
納得して頷いたロイに、ジャンが悲鳴のような声で指示を求めた。
「二人とも私の後ろに下がれ。一片たりとも残さず焼き尽くす」
ロイの指示にリザとジャンが後退する。ロイの指先から放たれた火花は、一瞬にして全ての腐乱人間を火達磨にした。
「大佐、殺してしまってよろしかったのですか?」
リザの問いに、ロイは首を振る。
「殺したとは言えないな。あれはとうに死んだ人間だ」
「ししし死体が歩くってそれじゃ・・・!」
青くなったジャンをロイは睨んだ。
「馬鹿者、お前はまだ幽霊などという非科学的なものを信じているのか。そう言う意味ではない。人間の死体を素材にして、なんらかの動物を合成したキメラだ」
「へ・・・」
「ゴーレムというのは、魔術などという非科学的分野に置いて作られる動く人形だということは知っているか?」
「よくは知りませんが、そう言うものなんスか」
「作られる、と言うのは正しくないか。作ることができると実しやかに囁かれる、人形のことだ。この人形を作るには、人間・・・死人の肉体の一部を核とし、泥などの人の構成物質では無いもので人型を形作る、と言われている。鋼のがあの生ける屍をゴーレムと評したのは、人の死体を中心としてそれ以外のものを合成して作られた動く人形だが、所詮魂の無い人形に過ぎない、そう言う意味だ」
視線を生ける屍たちに向ければ、そろそろ燃え尽きようかと言う頃合だった。
「こういうものが出てきたと言うことは、やはりゴールが近いのだろうな。先に進もう」
「はい」「了解ッス」
ロイは炎がまだ僅かにくすぶる広場を突っ切り、反対側にあった階段に足を踏み入れた。



階段を登り切った先を、数人の新手を排除しながら更に進み、最奥の扉を開けてみればそこは広い建物の内部だった。
「よ、遅かったな」
テーブルの上に座っていたエドワードが、しれっと片手を挙げる。
「・・・君は何をしているんだ」
「裏口を塞ぐ、って言っただろ。アンタが今出てきたとこ・・・それ、裏口」
「・・・まぁ突っ込みたいところは色々あるが。それで、そこに居るご老人がこの町の領主で、かつ北部解放戦線の首領なのかな」
エドワードとは反対側に居る老人に視線を向けると、老人はぎょろりとした目をぎらぎらさせてロイを睨んだ。
「ああ、やっぱり分かったか?ま、つまりはそういうコト。ここは領主の屋敷ってわけだ」
エドワードがテーブルから飛び降りる。エドワードは既に屋敷でひと暴れしたのだろう。領主を除く全員が既に捕縛され、床にごろごろと転がっていた。屋敷の壁にも、ロイたちが入ってきた扉以外の扉も窓も無い。
「こんな寂れた町に、君が訪ねるようなレベルの生体錬成の専門家が二人も居るのは妙だろう。そしてテロリストに加担している錬金術師と、領主をやっている錬金術師は同一人物だと考えれば色々裏が見えてくる」
「そう。口先では軍がテロリストを取り締まらないから町が荒れる、と言ってるくせにな。そもそも、町が荒れてるのはテロのせいなんかじゃない。この町でテロが起きたという記録は全く無いんだ。近隣の町では起きてるのに、ここだけすっぽりとな」
「・・・確かにな。テロが1度でも起きればもっと憲兵が派遣されるはずだ。テロが起きていないから軍も憲兵も派遣されておらず、そのためテロリストのアジトの存在も軍でつかめなかった、と言うことだな」
「ところが、テロが起きていないにも関わらず、何故か領主はテロを引き合いに出して軍をなじり続ける。変な話だろ」
「それが、この町に目をつけた理由か」
「まぁな。ついでに、前に来たときに大量の武器を見たときは、そいつが『この町には軍需工場がある』って言ってたんだ。その時はそれを信用したけど、軍の登記を確認したらそんなもん無かった」
ジャンがすっとロイから離れ、エドワードの傍へと移動した。
「成程。ならば結局どういった用途で銃器が使われるのか、そして何故領主はその真実を隠そうとしたのか。答えは分かりきっている、か」
4人で老人を遠巻きに囲むような位置に、じりじりと動く。
「ところで鋼の。そのあたりにどうも君に簀巻きにされたと思しき人間が何人も転がっているが、彼らはただの使用人ではないのかな?」
「使用人兼テロリスト、な。テロにいくときは大佐の入ってきた扉から出て行って、帰ってきたときはそっからこっちに戻ってくる」
エドワードがすっと瞳を細めた。
「この街じゃ、異常な税率のせいで、コイツの下につく以外食っていく手段が無いんだ。日々の食いモンにも困っている人間が、他の街に移住できる資金を持っているわけが無い。生きているうちはこいつの手下になってテロをやるしか選択肢は無く、死んで墓に入ればこいつの錬金術の材料にされる。・・・見ただろ、あの動く死体を」
領主を睨んだエドワードの表情には、あからさまな侮蔑と怒りが浮かんでいた。
「墓場には死肉を食らうネズミがつきモンだけど、この化けネズミは生きた人間まで食いモンにしてやがったのさ」
「それがどうした。何の能も無い民草なぞどう扱おうが領主のかってと言うものじゃ」
初めて口を開いた老人の目にはぎらぎらした光が宿っていた。
「虐げられるのが嫌ならば権力を持てばよい。ワシは軍なぞに頭を下げたくは無いから権力を手にした。力を持つものが持たざるものを食うのは自然の摂理じゃ」
老人の口の端からふひひ、と笑い声が漏れる。
「国家錬金術師とて同じではないか。軍の権力を手に入れたいがために国家資格を取った者が、偉そうな事を抜かしおって。所詮それはうぬの力ではなく軍の力では」
その瞬間、ジャンの銃が火を噴き、鉛の玉が老人の右30cmを通って背後の壁にめり込んだ。
「なっ・・・」
「あっ、すんませーん手が滑っちまって、銃が暴発したみたいッス〜」
口だけはへらへら笑いながら言い訳をしているが、まだ煙の立ち上るジャンの銃口は老人に向けられ、目は冷たい怒りを点していた。
「・・・少尉」
エドワードは少し戸惑った表情をしてジャンを見上げる。ジャンは右手は銃を構えたまま、エドワードの肩に左手を置いた。
「じいさんよぉ、テメェがどうだろうと知ったこっちゃねぇんだが、俺の上司をテメェみたいな薄汚ぇヤツと一緒にしねぇでくんねぇかな。権力を手に入れようとしたのは同じでも、その理由が全然違う。偉そうなこと抜かすなっつーのはこっちの台詞だぜ」
「・・・ハボック、お前がキレてどうする」
呆れたロイの言葉にジャンはニヤっと笑った。
「いや、銃は暴発しただけッスよ?」
「まったく」
「少尉ってば」
ロイとエドワードがそろって苦笑する。ジャンが腹を立てたのは、ロイとエドワード、両方のことに関してだと二人とも分かっているのだ。エドワードがふと笑みを消して老人に視線を向ける。
「・・・力のある肉食動物が、草食動物を狩って食うってのは確かに自然の摂理だけどさ。でも、肉食動物は、自分が食う以上のものを無闇に殺したりはしないんだぜ?アンタは自分の身の丈にあったもの以上のものを求めて、周囲を食い荒らしてる。それは自然の摂理からは逸脱してるんだよ」
老人を真っ直ぐに見据えたエドワードの瞳は、老人の穢れた光を宿す瞳とは違い、澄み切った光を湛えている。
「そもそも所謂権力ってのは、純粋な力じゃない。人の社会の中でのみ発揮できるその力は、何をしてもいいって免罪符なんかじゃない。権力は、力を持たない弱い存在を守るためにある。・・・自分の欲望のために使う力じゃねぇんだよ」
ロイがそんなエドワードを見て笑んだ。
「若いねぇ」
「何だよ、大佐」
ムッとしたエドワードに、ロイが笑ったまま眉を上げる。
「この手の輩に理想を説いても無駄だよ。権力を欲望の為に使っている輩も居る、と喚くだけさ。私ならば説得などしないな」
ロイはそう言うと、冷笑を老人に向けた。
「力を持つものが持たざるものを虐げて当たり前、と言うのであれば」
すっと発火布を嵌めた手が持ち上げられる。
「貴方より権力も力もある私がどうしようとも、貴方はそれを当然として受け入れると言うことですね」
ロイが滲ませた殺気に、老人が後退さって後ろ手に壁を引っかいた。だが、口先だけは強気な態度を崩さない。
「う・・・自惚れるなよ、若造共が!!お前たちの方が本当に力があるのか、試してみよ!!」
老人の手がある煉瓦を押すと、そこだけが僅かに凹み、老人の背後の壁が音を立てて口を開けた。
奥から聞こえた唸り声に、全員が戦闘態勢に入る。
「鋼の、あの奥に居るものの情報は?」
「・・・わかんねぇ。前に来たときゃ地下の屍兵しか見なかった」
「・・・まったくドイツもコイツも肝心なことが・・・」
咆哮とともに、大きな獣が飛び出してきて、会話は中断された。
その爪が先刻までエドワードが座っていた大理石製のテーブルを1撃で真っ二つにする。
「ゲ・・・。生身であんなの食らったら真っ二つだぜ」
「キメラか・・・!」
体躯が5mはあろうかと言う形は獅子とも虎ともつかない獣が、唸り声を上げながら足場を踏みなおす。その表皮はワニの皮のようにも見えた。
「散開!!」
ロイの言葉に全員が一斉にキメラから距離を取った。
「フヒヒヒヒ、人間兵器と言えど生身の人間。コイツの前では敵ではないわ!!」
「ああもう、テメェはウルセェ!!」
言うなり両手を打ち鳴らしたエドワードが壁に触れる。壁を錬成光が瞬時に走り、老人を顔を残して壁の内部に取り込んだ。
「フギッ!!おのれ、小童めが!!おい、あの小僧から始末せい!」
キメラが老人の声に反応してエドワードに視線を向ける。
エドワードに向かって走り始めたキメラに、リザとジャンの銃が火を噴き、ロイの手から火花が飛んだ。
だが、キメラは人間ならば一瞬で燃え尽きるほどの威力の炎でも僅かに足を止めただけだった。予想以上のキメラの出来にロイが息を呑む。
エドワードはキメラが足を止めた隙を見逃さず宙に飛び上がり、機械鎧の足でキメラの頭に強烈な蹴りを叩き込んだ。
宙に浮いたままのエドワードを、その図体の大きさからは考えられない素早さでキメラの爪が襲う。
「つぁっ!!」
「大将!!」
「鋼の!!」
「エドワード君!!」
強烈な勢いで吹っ飛ばされたエドワードの着地点にジャンが滑り込み、エドワードを受け止めた。
そちらに更に向かおうとしたキメラに、ロイの炎が連続で打ち込まれる。
「っつーーーー・・・・・」
「大将!大丈夫か!?」
「ん、へーき。機械鎧の腕で受け止めたし。でもこりゃマジで生身だったら腕の1本や2本、簡単に持っていかれるな。オレ以外は近づくなよ、やられるぞ」
エドワードへの追い討ちを諦めたらしいキメラに、ロイが僅かに手を止める。
「君とて生身の部分に攻撃を受ければ同じことだろう!!無茶をするな!!」
「分かってる・・・よっ!!」
エドワードが両手を合わせて床に手を触れる。床から巨大な棘が現れキメラを襲うが、キメラの硬い表皮はそれもはじき返してしまった。
「フハハハハ!!見よ、国家錬金術師とて力の前では屈するのだ!!」
「やかましい!」
壁に閉じ込められたまま吼えた老人に、ロイの炎が飛ぶ。老人は1発で気を失ったらしかった。
「拘束済みの相手にも容赦ねぇな。にしても大佐、あのキメラに錬金術の効きが悪いんじゃねーの?」
ジャンの腕からエドワードが立ち上がり、二人とも体勢を立て直して距離を取る。
「君の錬金術だってそうだろう」
「もっと威力上げらんねーの?」
エドワードの錬金術では純粋に火力を増強するのは難しい。だがロイも渋い顔をした。
「これ以上威力を上げると、範囲がどうしても広くなるんだよ。この部屋全体を巻き込んでしまう。君こそ他に何か手はないのか?」
ロイとエドワードが相談している間、リザとジャンが銃と手榴弾を駆使して足止めを行っている。あまり長いこと悩む時間はなかった。
「・・・アイツに直接錬金術を掛けられれば、手はあると思う。でも、それだと近づいて触って、効果が出るまでオレは無防備になっちまうんだよな」
「・・・無理があるな。あの素早さでは仮に身体に取り付けたとしても、錬成を行う前に攻撃を受けてしまう」
「だな。それならオレの錬金術で範囲限定して大佐の火力を上げるほうが・・・」
そこで言葉を切ってエドワードは周囲を見渡し、ふと壁が崩れたキッチンに視線を止めた。
「大佐、ちょっと足止めしててくれ。少尉!!」
「ああ?!」
エドワードに呼ばれたジャンの手が止まる。入れ替わるようにロイの炎がキメラを包んだ。
「そこのキッチンに積んである袋、中身は小麦粉か!?」
「え?何だよ急に・・・。そうみてーだぞ?!」
エドワードの意図に気がついたロイが頷いた。
「ハボック!!その袋を全てキメラに向かって投げつけろ!!」
「は?!」
「さっさとしろ!!」
上官二人の声をそろえた命令に、ジャンが巨大な業務用小麦粉の袋を掴む。それと同時にエドワードが両手を合わせた。
ジャンの投げつけた小麦粉がキメラの周囲に飛び散った直後に、エドワードがキメラを包むように壁を錬成する。壁が完成する直前、ロイの炎がキメラに向かって飛んだ。
エドワードの壁で遮られて尚、衝撃が屋敷を振るわせるほどの爆発が壁の内部で発生する。
ジャンが口笛を吹いた。
「すっげぇ・・・。小麦粉でこんなことできるんスね」
「粉塵爆発と言うやつだ。可燃性の粉末が宙を舞っているところに火をつけると爆発を起こす」
片付いたか、と様子を窺っていると、突如エドワードの錬成した壁が吹き飛んだ。
「何ッ・・・」
中から飛び出した影が真っ直ぐにロイに向かって飛び掛る。
「大佐ァッ!!」
発火布を構える間も無く襲い掛かられたその瞬間、エドワードがロイとキメラの爪の間に飛び込んだ。
「大将!大佐!!」
キメラの攻撃の直撃を受けたエドワードが、数メートル吹き飛ばされて壁に叩きつけられた。ロイも勢い良くエドワードがぶつかったため、2mばかり後退している。
息も出来ないほど背中を強打してしまったエドワードが僅かに目を開けると、全員の視線が自分に向いていた。
声も出せないため、今にも体勢を立て直して次の攻撃に移ろうとしているキメラを指差すと、エドワードが無事であることは伝わったらしく再びキメラに向かって攻撃が開始される。
「・・・は、はー・・・」
ようやく息を取り戻し、エドワードは荒く息を吐いた。爪は機械鎧で受けたので傷は無いが、背後のロイを庇ったために勢いが受け流せず、その負担は機械鎧の接合部に掛かったらしい。右肩も左足の付け根もずきずきする。
だがここで休んでいるわけにもいかない。エドワードは大きく息をして呼吸を整え、ゆっくりと立ち上がった。
「大佐」
「鋼の、大事無いか。すまない」
「上官を守るのが部下の務めってヤツだろ。自分のやることやっただけだ。・・・だからアンタも自分のやることをやれ」
「何?」
エドワードは屈伸を行って身体の動きを確かめた。多少のダメージは残っているが、問題なく動ける。
「さっきの爆発で仕留められはしなかったけど、ヤツの動きは鈍ってる。あれなら多分、取り付いて錬金術を直接掛けられるかもしれない」
ロイが眉を顰めた。
「・・・それでもリスクが高すぎる」
「ああ、分かってる。援護が無けりゃ取り付くのだって無理だし、勝手にやるとは言わねぇよ。でも、あんなヤツを街中に逃がすわけにはいかない。だから、現状を分析して一番有効だと思う手段を選べ・・・司令官」
エドワードはそう言い捨ててキメラに向かって突進した。
襲い来る爪を華麗に交わし、機械鎧の手足でキメラに打撃を行う。エドワードがそうして近接戦闘を行う限り、キメラの意識はエドワードに向けられ、他の者を襲おうという様子は見せなかった。エドワードが空中に居るときや、着地した瞬間にできる僅かな隙は、リザとジャンの狙撃によってどうにか埋め合わせている。
その様子を見ながら、ロイは溜息を吐いた。
突入作戦開始から、相当な時間が経過している。リザとジャンの残弾数もそろそろ怪しくなってきているだろう。単発の錬金術ではやはり大したダメージは与えられず、かといって先刻のようにエドワードに壁を作らせるのもそう多用は出来ない。無から有を作り出すわけではない錬金術は、使えば使うほど床や壁の強度を下げる。地下に空洞が広がるこの場所では、その耐用限界は早く訪れ、それを超えて使用しようとすれば、壁や床が崩壊してキメラを逃がすと言う大失態になるのは間違いなかった。
エドワードの言葉は正しい。ベストな選択肢は分かりきっている、それを選択する腹をくくれと言っているのだ。
例えロイが心情的にエドワードを危険に触れさせたくないと考えていようとも、この状況を打開するにはエドワードを使うしかない。
ロイは発火布の指を構え、キメラに向かって炎を発した。
「鋼の!!一度こちらに戻れ!!」
ロイの炎で動きを止めたキメラに、エドワードが機械鎧の脚で強烈な蹴りを叩き込み、その反動を利用して空中で一回転して着地する。
脚を止めることなくそのままエドワードは飛び退り、ロイの傍らに立ち位置を移動した。
「・・・作戦は、決まったのかよ」
エドワードの息はかなり上がっている。
「ああ。君に任せる。援護は、私が行おう」
「よっしゃ」
すぐに戦闘態勢に入ろうとしたエドワードの首根っこをロイは掴んだ。
「待ちたまえ。少し息を整えなさい」
エドワードが驚いたようにロイを見上げ、それから少しだけ身体を弛緩させて大きく息をする。
あっという間に息が整っていく様子に、ロイはエドワードが余程限界ぎりぎりの戦いを頻繁にこなしていたことを感じ取った。そうでなければ、こんな呼吸法は身につかない。
「よし、もう平気」
エドワードが腰の後ろに装着していたナイフを引き抜く。ナイフの切っ先で左手の人差し指に傷をつけ、刃元にその血を塗りこめた。
「じゃ、援護頼むぜ大佐」
そう言ってエドワードがナイフの握りを口に咥え、キメラに向かって走り出した。ロイの炎がキメラに走り、動きを止めさせる。
エドワードはキメラの脚を駆け上るようにしてキメラに取り付き、その後頭部まで登ると両の手を合わせて咥えていたナイフをキメラに突き立てた。
錬成光がキメラの全身を走りぬけ、断末魔の咆哮を上げたキメラが床に崩れ落ちる。
「やったか!?」
「大将!!」
キメラが倒れるのにあわせて、エドワードも宙に放り出されて地面に落下した。
すぐさま駆け寄ったジャンが、エドワードを抱き起こす。
「へへ・・・成功・・・だな」
「どうやったんだ?」
傍らでぴくぴくと痙攣しているキメラに視線を向けながら、ロイも歩み寄る。エドワードはそのロイにナイフを差し出した。
「キメラだろうがなんだろうが、魂が入ってなければ動かない。肉体から魂を無理矢理引っぺがして、このナイフに定着させた。大佐、これ預かってくれよ。殺したわけじゃないから、このナイフ下手に扱うとまたキメラが暴れだすし」
ロイがエドワードからナイフを受け取る。
「分かった。・・・ところで鋼の、ちょっと立ちたまえ」
ロイがにっこりと笑って促した。怪訝そうにエドワードが立ち上がる。
「・・・この、馬鹿者がっ!!」
ロイの拳骨がいきなりエドワードに落とされた。突然のことに予想していなかったエドワードが、体勢を崩して右足を踏み出す。その瞬間悲鳴も出ずに床に崩れ落ちた。
「は、鋼の!?」
殴ったロイが慌ててエドワードを窺う。
「あーあー・・・。ちょっと失礼しますよ」
間にジャンが割って入り、エドワードの右足首を掴んだ。
「あででででででっ!!」
エドワードが悲鳴を上げたのを見て、ジャンが溜息を吐く。
「大将、大佐を庇ったときに足ひねっただろ。そのまま走り回るなんて無茶もいいとこだ」
エドワードの軍靴の紐を、ジャンが解いた。ゆっくりとその靴を脱がせれば、既に足首は腫れて来ている。
「気づいて、たのか?」
「左足で踏み切って左足で蹴り入れてただろ?体勢的に無理があるっつの」
「さっきまではそんなに痛くなかったんだけどな」
ぶーたれたエドワードに、ロイは溜息を吐いた。
「それは、戦闘中で脳内麻薬が分泌されて痛みを和らげていたためだ。そういうことは私より君の方が詳しいだろう」
「大佐、こりゃ医者に見せたほうがいいッスね。走り回ってたから、骨とか靭帯にはそこまで酷いダメージはないと思いますが・・・」
「しかし、この町にはろくな医者が居ないのではないか?テロリストを放置して隣町に移動するわけにもいかん」
「あ、それは大丈夫。ノースシティの司令官が、アームストロング少佐のお姉さんだから、テロリスト潰した後の後始末する小隊を準備しておいてくれって連絡してあるぜ。医者と兵と携帯食とテントは、連絡取ればすぐに来てくれる」
しれっと準備万端であることを述べたエドワードに、ロイがこれ以上は無いと言うほど渋い顔をした。
「・・・いいだろう、今はまずは医者を呼んでやる。だが手当てが済み次第、君は何をどこまで知っていて、どうしてこんな作戦を立てたのか、ひとつ残らず報告してもらうぞ!」

 
アームストロング将軍の動きは迅速だった。テロリスト捕縛、の一報から、3時間も経たないうちに小隊を派遣し、町の治安を掌握した。
それまでの間に、足は怪我しているものの本人は至って元気なエドワードが、ぼろぼろの屋敷を修復して、その日の滞在場所を確保する。
エドワードの足代わりにジャンがエドワードを抱き上げて歩こうとしたとき、エドワードは激しく抵抗したが、ならばロイに運ばれるかリザに運ばれるかジャンに運ばれるか選べと言われ、しぶしぶエドワードはジャンに運ばれることを了承した。
現在は屋敷の一室でエドワードは医師の診察を受けている。その部屋のテラスでジャンが煙草をふかしているとロイがやってきた。
「ハボック」
「ん、なんスか?」
「今回の件でお前が知っていることを全て話せ」
ロイの言葉に、ジャンはふーと煙を吐く。
「後で大将から聞くんじゃないんスか?」
「どれほど吐けと言ったところで、あれは全ては吐かん。尋問は複数の人間から事情を聞くのが鉄則だ」
「尋問スか。別に疚しいことは何も無いんですけどね」
室内を向いて手すりに背を預けていたジャンが、向きを変えて手すりに肘をついた。
「全部話せ、って言われても困るんで、何を聞きたいのか言って下さいよ」
「では、まずお前がこの件に加担した経緯を話せ」
「あー・・・。別に普通ッスけど。北方からのテロの報告書とか、この町の領主からの意見書とか?を、大将が処理してて、この町はおかしいってコトに気がついて。んで、俺にこの町周辺のデータを全部集めて持って来いって大将が言ったんです。前にこの町に大将たちが来たときに、領主が誤魔化したことの内容を中心に集めて、ここがテロのアジトだったってのを割り出したのがそもそものキッカケッス」
「何故その時点で私に報告しなかった?」
「・・・大将が、『領主がテロリストだったなんてでかいネタなら、大佐を昇進させるには十分だ』って言ったからッスよ」
ロイが目を見開く。
「大佐だって大将に言ってたっしょ?このネタを知って、上に報告しないで行動を起こせば軍法会議に掛けられてもおかしくないって。軍法会議まで行かなくとも、対立派閥の連中に付け入る隙を与えることにもなるから・・・都合の悪いことは全部大将がやって、大佐には手柄だけ持っていかせよう、って言ってたんスよ」
「馬鹿な・・・お前はそれを了承したのか!?対立派閥のものなど、私がどうにかすれば良いだけの話だ!鋼のを危険に晒す必要など」
「あと、ソレも理由のひとつッス」
言いかけたロイの言葉を遮って、ジャンがビシッとロイを指差した。
「大佐が過保護なの、大将も気づいてます。前もって大佐に報告してたら、大佐はどうしました?報告者の大将の案内で、自分の配下だけで襲撃すれば大佐の手柄総取りに出来るのに、大将をチームから外して、いくつかの小隊で襲撃する手を取ると思うんすけど?その為に手柄が分散しても構わない、って言って」
ロイが押し黙る。
「それが分かってたから、大佐に報告しないって大将が決めたんですよ。そんで、ソレを俺がこっそり大佐に報告したら、やっぱり大佐は知らないふりをして大将に合わせることは出来んでしょう。何とかして大将を庇う方向に動いたんじゃないすか?んなことされたら、俺は大将の信頼を失って、二度とストッパーの役目は出来なくなりますよ」
ジャンは大きな溜息を吐いた。
「実際、昨日二人で潜入した時だって、大佐がやたらと大将が参加するの嫌がったせいで、大将は最初一人で潜入する気だったんすよ?無理矢理ついて来ましたけど。もしもそれで大将が一人であのキメラと会ってたら、って思うと」
どうなっていたかは目に見えている。ロイには返す言葉も無かった。
「大佐が大将を庇ってやりたいって思うのは分かります。俺だってそう思うことが無いわけじゃ無いッスよ。けど、大将の意思を無視して無理矢理庇えば、逆に傷つけるだけになっちまう。大将が言ってたでしょう。籠の鳥にはならない、って。あのちいせぇ鳥は、無理矢理籠に入れたら、籠に体当たりを繰り返して衰弱して死ぬタイプッスよ」
「しかし・・・」
納得できない風のロイを、ジャンは横目で見る。
「・・・大将は、大佐が庇おうとする理由を、好意だと思ってませんよ。大佐の中で、自分が信頼に値しない人間だから信頼されないんだって考えてます」
ロイが目を見開いた。
「何でそう言うことになる?!」
ロイがその疑問を持つのは当たり前だ。だが、ジャンはエドワードがヒューズの死をどう思っているのか、ロイに告げる気にはなれなかった。エドワードが自分を信じて吐いてくれた弱音だということもあるし、ヒューズの名をロイの前で出す気にもなれない。
「昨日の夜、ちょっとだけ聞いたんですよ。俺が言ったとか言わないで下さいよ?・・・でも、それなら何で突入を却下されたときに、大将があんな顔したかも分かるでしょう」
「・・・そうか」
「大将が大佐にどうしても報告したがらないのは、そのせいです。報告して庇われて、『やっぱりお前では駄目だ』って言われた気分になるのが嫌なんですよ」
そのとき、部屋の中からエドワードがジャンを呼ぶ声が聞こえた。
ジャンがエドワードの元に向かう。その背中を見て、ロイは呟いた。
「鋼のが甘えたがらないのも、もしかしてそのせいなのか・・・?」
ジャンがエドワードを抱き上げてテラスに戻ってくる。
「あ、大佐、忘れてたけどさぁ」
「ん?」
「北の方でやたらと最近軍に反抗的な町の領主たちが、同盟組んでただろ?今回捕まえたやつ、あの同盟の盟主なんだよ。同盟のメンバーになってる連中に、『盟主がテロリストだったということは、お前たちもテロリストか?』って圧力掛けておいてくれよな」
エドワードの言葉に、ロイは肩を落として苦笑した。
「テロリストの一味の逮捕と、軍に反抗的だったこの町を押さえた功績だけではなく、最近荒れ気味だった北方の平定の功績まで全て計算済みか・・・!」
「これで軍に入るときに少佐にしてもらった借りも、この間の訓練の借りも返したからな!」
エドワードがビシっと親指を立てる。ロイはもう笑うしかない。
「更にアームストロング将軍に連絡済な辺り、この町を将軍に預けることで将軍の権力を高めて、その上で派閥の繋がりの強化も期待できる。私の後ろ盾も手配済みということか」
「あー・・・それも、あるんだけどさ」
エドワードが言いにくそうに首をかしげる。
「北方解放戦線のメンバーって、殆どは好きでテロリストになったわけじゃない連中だろ?だから、将軍の権力で何とかしてやれないかな、と思って・・・」
テロリストの刑罰は重い。テロの実行犯となれば、下手をすれば銃殺刑だ。それをどうにかできないか、とエドワードは言っているのだ。
「・・・法は、法だ。将軍とてそれを捻じ曲げては無事ではいられん」
ロイの言葉に、エドワードは俯いた。ロイは手を伸ばし、エドワードの頭の上に置く。
「だが、例えば・・・だまされて就職した場所がテロ組織だった、などという調査結果になれば立場が被害者になる。それならば刑罰は軽くなるかもしれないな」
エドワードがぱっと顔を上げた。
「連中一人一人についての細かい調査が必要になるし、調査報告書を確定するのは佐官の職務だから、上がってきた報告書を見るだけの将軍の立場ではどうにもならんだろうが。この件の調査報告書の統括を行う佐官ならば、どうにかできるかもしれん」
「た、大佐・・・!」
「本来ならその統括は私の仕事なんだが、私は書類の処理が大嫌いだ。今回の件は、幸いにしてもう一人佐官が居るから、その佐官に統括を全て押し付けてしまおうと考えているのだが・・・どう思うね、エルリック少佐?」
「やる!!!やるやるやる!!」
「やる気があって、非常に結構だ。では任せるよ、鋼の」
ロイは笑ってエドワードの頭を撫でた。ふと、先刻エドワードが言った『権力は、力を持たない弱い存在を守るためにある』と言う言葉を思い出す。
エドワードならば、どれほどの力を持っても間違った使い方をすることは無いのだろう。
「大佐!!いつまで撫でてるんだよ、子ども扱いすんな!!」
いつまでも頭を撫でているロイに、エドワードが憤慨した。普段なら無理矢理身を避けるのだろうが、今はジャンに抱きかかえられているため自由に避けられないのだ。
「良いじゃないか、もう少し撫でさせろ」
「良くねぇ!!」
「上官命令だ」
「どんな命令だよそりゃ!!」
じたばた暴れるエドワードを抱えるジャンの方が大変そうで、ロイは手を下ろした。
「鋼の。君の目論見どおり、私は近いうちに昇進するだろう」
「?おう」
「将軍職というのは、陣頭指揮には立たないものだ。当然私もあまり表に立たなくなるだろう。と、なると私の配下に別に陣頭指揮を執るものが必要になる」
ロイは真っ直ぐにエドワードに視線を合わせた。
「その役目を、君に任せよう」
エドワードの目が大きく見開かれる。
「ただし!報告、連絡、相談は怠るんじゃないぞ!」
ロイは指でエドワードの鼻を弾き、テラスを出ようとした。
「良かったな。認められたんだよ」
ジャンの声が聞こえ、ロイは僅かに視線を巡らせた。別に認めていなかったわけではない。心配だっただけだ。だが、それを知っているはずのジャンがそう言うのは、エドワードの心情を理解しているためなのだろう。
ロイは苦笑して室内へと入った。




この話の完成が遅れた理由は。
私がホラー・スプラッタ系を苦手とするためです(じゃぁ書くな)
文章を考えて打ち込んで読み直して悶えて消す、というアホなことやってました。
後カタコンベの記述に関しては結構嘘ですー
人骨で作った壁はありますが、ミイラはありません。

それにしてももーお題から相当ずれてしまいました。
しかも長すぎですね・・・

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06/06/11 脱稿