空気が動く気配に、ジャンは目を覚ました。
辺りは真っ暗闇だが、カーテンの隙間から漏れる月明かりで周囲の状況はそれなりに見える。
身体は動かさずに視線だけ動かして周囲の状況を窺うと、エドワードが何やら動き回っているようだった。
ベッドの横にエドワードが立ったときに、その姿が視界に入る。
エドワードは、黒のタートルネックに黒のパンツといういでたちで、髪を高い位置でひとくくりにまとめて黒の手袋をはめようとしている所だった。
どう見てもそれは、・・・少なくとも床に入ろうと言う姿ではなく。
ジャンはベッドから飛び起きた。
「っ!!」
目を見開いたエドワードが構える隙も与えず、腕を掴んでベッドに引きずり込み、組み敷いた。
「しょ、少尉・・・起きて・・・」
「大将。何、やってる?」
エドワードが薄笑いを浮かべて視線を逸らす。
「何って、え・・・と・・・トイレに行こうかと」
「トイレ行くのに着替えるのかお前」
「つ、ついでに散歩に行こうかなって」
「ど・こ・ま・で・散歩に行く気だ?隣町か?」
うっと詰まったエドワードに、ジャンは溜息を吐いた。図星らしい。
「大将〜。今回の件は、首領の逮捕を大佐にやらせて、大佐の功績にするって言ってたじゃねーか。一人で先に行ってどーすんだよ」
「つ、捕まえに行こうと思ったんじゃねーよ!その・・・安全確保っつーか、その、露払い?」
「大佐と俺と中尉と、3人で突入するのに露払い?それも大将一人で?俺達そんなに弱いと思われてんのか?」
「そ、そう言うわけじゃ!・・・けど、少尉」
「ん?」
闇に浮かぶ金の瞳がジャンを見据える。
「・・・何でオレが隣町に行くって思った?オレが大佐を裏切って暗殺するとかは、考えないんだな」
「考えるわけ無いだろ?」
「何でだよ。昼にも言っただろ、大佐と対立する派閥に移ったら、って。そうする可能性が無いわけじゃないんだぜ?」
「派閥移ったからって敵になるって決まるわけじゃないだろ。ヒューズ准将だって、本人は大佐を押すと言ってたけど、軍の中では実質ヒューズ派と言われててマスタング派じゃなかった」
「・・・」
「名目上の派閥分けなんかに意味があるかよ。大事なのは相手を信用するかどうか、っつーことで、俺は大将を信用してる。大佐だってホークアイ中尉だって、その他の連中だって同じこと言うと思うぜ」
エドワードがふいっと目を逸らす。
「・・・けど、オレが一緒に突入するって言えば反対するじゃねーか・・・」
「それは一番は大将に危ないことさせたくないってのが大きいだろ。大将だって分かってるだろ?連れて行くより、背後から攻撃されたり援軍を呼ばれたりする方がリスクが高い。裏切られると思ってるなら置いていく方が危ないっての。大佐のは単に、大将に危ないことも、手を汚すような真似もさせたくないだけだ」
「分かってるよ!分かってる・・・。でも、それじゃオレはいつまでたっても足手まといになっちまう!」
エドワードが左手で右肩を掴み、うずくまった。
「足手まとい・・・?んなわけねぇだろ、大将は実力あるじゃねぇか」
「嘘付け!少尉だって足手まといだって思ってるくせに!!」
唇を噛んだエドワードの横顔は、今にも泣き出しそうで。ジャンはゆっくりエドワードの頭を撫でた。
「何で、そう思うんだよ」
「・・・って!少尉もオレの突入に賛成出来ないんだろ!?」
「ん?だから、半々な」
ジャンの返答の意味が分からなかったのか、エドワードが不審そうな顔をしてジャンを見上げる。ジャンは笑った。
「だから。大将の実力は知ってるし、それを見りゃ突入メンバーに入れたほうが良いと思う。コレは軍人としての俺の考えな。でも、正直恋人としちゃやっぱり、危ないことは出来るだけして欲しくない。ついでに副官としても前線には出て欲しくないな。大佐も前にでちゃー、よく中尉に怒られてたもんだが」
ずっと強張っていたエドワードの表情が、僅かに緩む。
「だから、突入賛成半分、反対半分、な。大体実力を信頼してなかったら、最初に大佐に内緒でこの計画を始める、って相談されたときに反対してるぜ?大佐には何も教えないで美味しいとこだけ取らせて、計画の立案者として受ける嫌がらせは全部自分が受ける、なんて・・・よっぽど信頼してなきゃこんな計画OKできませんよー」
おどけたように笑うと、エドワードがジャンの首っ玉にかじりついてきた。
「しょ・・・いっ・・・!」
「んー?」
背中をあやすように叩いてやれば、すがりつく腕にますます力が篭る。
「オレ・・・っ誰もオレを認めてくれないって、思ってっ・・・!オレが信頼して巻き込んだせいで、ヒューズ中佐が殺されたから、オレを信用してもらえないのは仕方が無いけど・・・でも、だからオレ足手まといになりたくなくて・・・っ」
初めてエドワードが吐き出した心情に、はっと思い当たった。エドワードは、何か辛いことがあると、大抵それを自分の罪として背負い込んでしまう。
アルフォンスが鎧だった頃、寂しそうに弟が呟いていた。
アルフォンスが身体を失ったのは、母の錬成をアルフォンスも反対しなかったのだからエドワードのみの罪ではないのに、エドワードは全て自分のせいだと思い込んでいる、と。
鎧の身体になったのも、そうしなければアルフォンスは死んでいたと言うのに、エドワードは鎧にしてしまったと悔いている、とも。
エドワードが右肩を触るのは、そう言うときのくせなのだ。
辛いとき、苦しいとき、孤独を感じるとき。
自らの罪のせいでそうなったのだと自分を責め、左手で罪の証の感触を確かめ。
これは罰なのだから仕方がないと諦める。
弟を取り戻した今でも、自分を責めているときにはその癖が出る。
「オレが守る対象になっている限り、オレはただの足手まといだ!オレを庇ったり守ったりする必要ないのに・・・!」
エドワードは、自分が信を置く相手に信頼されないむなしさを、その孤独を、全て自分の罪だととらえていたのだ。愛情ではなく、罰と。ヒューズを巻き込み、死なせてしまった自分が信頼されるわけが無い、これは受け入れるしかない罰なのだ、と。
その感情は、未だに色あせないヒューズを亡くした悲しみと複合し、エドワードの精神を酷く苛んだのだろう。
「・・・大将」
ジャンはきつくエドワードを抱きしめた。
ヒューズが死んだのはエドワードのせいではない、などと言ってもエドワードは納得しないだろう。
今のエドワードに必要なのは、そんな口先だけの慰めではない。
「俺は信頼してるぜ。真面目で、強くて、可愛い、俺の自慢の上官だからな」
額にキスを落とせば、エドワードが僅かにむくれた。
「なんか余計なの混じってる。・・・それに、少尉は」
「ん?」
「オレが、ヒューズ准将みたいに別の派閥に行って、そっちから大佐を支援するって言ったら・・・副官、辞めるんだろ?」
「・・・。そうするつもりなのか?」
エドワードがジャンの肩に顔を埋める。
「分かんねぇ。けど・・・大佐が今回の件みたいに、やたらとオレを庇おうとするようならそのほうが良いと思う。綺麗ごとばっかりってわけには、いかねぇだろ」
肩に顔を埋めて、掠れた声ででもそうしたら少尉は、とエドワードが呟いた。すがり付いている手が僅かに震えているのに気がついて苦笑する。
「大将、前はそれでいいって言ってたのに」
「それで良いって思ってるよ!でもそれと寂しいのはっ・・・・・・・べ・・・・・・・つ・・・・・・・・」
『寂しい』と思いっきり言ってしまったエドワードが一気に赤面した。
「そうなったら大将についていくよ」
「え・・・?だって」
「大将が目指すのは、『大佐を大総統にすること』だろ?だったら大将について行っても、俺が目指すものは何もかわらねぇし。それに、この3ヶ月大将の副官やってみて思った。大将はすげぇよ」
エドワードが目を丸くする。
「何があっても、自分の目的を達成する人間ってのは、こういう人間なんだなって思ってたよ。大佐もまぁ、そうだけどな。・・・だから、3ヶ月前に他の派閥でやるって言われたらついていけないって言ったかもしれないけど、今なら言えるよ。俺は大将についていく。大将が俺の目指すものと同じものを目指してくれるなら、大将は絶対それを達成してくれると思うからな。ちょっと歩く道が変わるだけで、目的地は変わっちゃいないんだからさ。だろ?」
頬に唇を落とすと、エドワードは嬉しそうに微笑んだ。
「あーあ。けどなー」
わざとらしくジャンが溜息をつけばエドワードが首をかしげる。
「俺はこんなに大将を信頼してんのになー。大将、全っ然俺のこと信頼してくれてないよな」
「え、ええ?!そんなことねーよ?!」
「じゃ何で一人で露払いに行くなんて言うんだよ。明日突入するって俺も信頼してなけりゃ、俺が寝てる間にこっそり抜け出そうとするのも俺を信頼してない証拠じゃねーの?」
ムッとした表情を作ってそっぽを向いてやる。
「違うってば!」
「この計画、最初に相談してくれたときは、俺結構信頼されてるって嬉しかったのになー。ぬか喜びっての?実は全然信用されてなかった」
エドワードは困惑しきった表情でジャンを揺さぶった。
「だからっ・・・!あそこの洞窟結構特殊で、予備知識なしで突入すると結構困りそう、って言うか」
「何?罠でもあんのか?」
「んーと、あえて言うなら精神的トラップかな・・・」
エドワードがふと視線を逸らす。
「まぁ、だから明日オレも一緒だったら別にどうにでも出来たと思うんだけど?それがダメなら、前もって手を打っておかないとダメかなと思って・・・」
「・・・んじゃ、俺も連れて行けよ」
「え?!」
「佐官が単独行動するなよ。護衛を置いていくな」
エドワードがきょとんとしてジャンを見る。
「・・・行っちゃ駄目だって、止めないのか?」
「前もって手を打つのがベストだと思うんだろ?大将がそれがベストだって言うなら疑わねぇよ。何の情報も無い状態で悩んでるわけじゃなくて、その場所のことをちゃんと知った上で判断してるのに、俺が口を挟む必要ないだろ」
「・・・分かった。じゃ、一緒に来てくれるか?」
微笑んだエドワードに、ジャンは触れるだけのキスを落とした。
「Yes,sir」
「・・・なんだこりゃ?」
エドワードに従えられて潜入した洞窟は、自然洞窟ではなかった。
洞窟の壁に幾重にも人一人入れる程度の穴が掘られ、見ようによっては何重にも重なったベッドのようにも見える。
「あ、あんまり覗き込まない方が良いぜ」
エドワードに止められて振り返る。
「誰か寝てるかも、とか?」
「いやぁ、オレだったら絶対そこでは寝ないけど。それに北方解放戦線の人間って、基本的に全員この町の住人だから、夜は自分の家に帰って寝てるよ」
「平和なテロリストだな、オイ・・・」
「テロリストが平和なんじゃなくて、この町が異常なんだ。テロリストになる以外、楽な生活をする道が無いだなんて」
エドワードが手に持っていたたいまつを、先ほどまでジャンが覗き込もうとしていた棚に向けてかざした。
「ああ、やっぱり使用済み」
「へ?」
何のことだ、とその棚をよく見てみると、そこにはミイラ化した女性の死体が横たわっていた。
「○×□☆$#◇!?」
声にならない悲鳴を上げて棚から飛び退ると、すぐに背中が反対側の壁にぶつかった。
「あ、そっちの棚も全部同じだから気をつけて」
「□◇&%$#○×!?」
再び声にならない悲鳴を上げたジャンにエドワードが苦笑する。
「だから一人で来るって言ったのに・・・」
「た、た、た、大将、何ここ・・・」
「catacombe。地下墓地ってヤツな。この辺りの地方じゃ、土葬じゃなくて共同墓地の洞窟に死体を納める風習があるんだ」
「入る前に言ってくれよ!!」
「あはは。明日予備知識無しで入る皆がどんな顔するか見たかったな〜」
エドワードがたいまつを自分が持つといった理由がよく分かった。ジャンに持たせたら取り落とすと分かっていたのだ。
「今日みたいな話の流れだとさ、オレがここにも入ったことがあるって言えないじゃん。何でそれでテロリストを放置してる、って言われてさ。そんときはテロリストだって知らなかったんだっつーの・・・」
平然と墓場の中を突き進んでいくエドワードに、ジャンも恐る恐るついていく。よく見れば、時折壁の穴から骨と皮になった人の手足がぶら下がっていたりするのだ。
「少尉、そんなに怖いんなら一人で先に帰るか?」
「んなわけに行くか!・・・墓場墓場、これは墓場だ、死体があっても当然なんだ・・・」
「普通の墓場じゃ死体は見えないけどなー」
「自己暗示の邪魔すんなっ!」
「軍人の癖に」
「いや・・・今死んだばっかりって感じの血だくだくな死体とか、体半分吹っ飛んでるとか、そう言うのは別に怖くないんだけどな・・・」
エドワードが顔を顰める。
「オレそっちの方が嫌だな」
「俺だって好きなわけじゃねぇよ。ただ、慣れた」
「そっか・・・じゃ、少尉、ミイラ通り越した骸骨とかは?」
「本物は見ないで済むならそのほうがありがたい」
「・・・」
エドワードは無言で苦笑して、横道の階段を下り始めた。
階段を下りた先にあった小部屋で、エドワードがたいまつを掲げる。
周囲が松明の灯りで照らし出され、はっきりと壁や置かれている荷物が視認できるようになり、その部屋の壁が全て人骨を積み重ねて作られているのをはっきりと見てしまった。
最早声すら出ずにエドワードに飛びついたジャンに、エドワードが苦笑いを深める。
「もう、少尉ぜってー護衛として役に立ってない・・・」
「うっ・・・」
「ほら、ちょっと離れろって」
エドワードが床に置かれていた荷物に歩み寄る。
「火薬と銃だな。・・・よし、上の部屋に戻ろう」
「壊しておかなくていいのか?それ」
「上に戻って、部屋ごと錬金術で入れなくしておこう。明日もっかいこの部屋に入って状況確認したい、って言うなら荷物だけ壊すけど」
「いや、部屋ごと潰してください、お願いします」
元来た階段を上り、階段の入り口自体をエドワードが錬金術で消失させた。
「ここ、結構入り組んでてさ。余計な部屋は全部閉じて、突入ルートをほぼ一直線にしておこう。うろちょろ色んな部屋を見て周ってるうちに、死体置き場にテロリストが隠れてて、がばー!とか出てきても嫌だろ?」
「嫌過ぎる・・・」
「うしゃ。じゃぁ、行くぞ」
部屋や横道を、ひとつ、またひとつと潰しながら奥へ奥へと進んでいく。
ふと、曲がり角の近くまで来たところでジャンはエドワードの肩を押さえた。
「少尉?」
「シッ。そこの曲がり角の向こう、誰か居る」
「・・・死体じゃなくて?」
「生きてる人間だって。空気が動く気配がした」
「へぇ・・・」
エドワードがそろそろと曲がり角の陰から向こう側を覗く。
「ホントだ。3人居る。多分、見張りだな」
「どうする?」
「・・・もう結構中心部まで来てるんだよな。見つかったわけでもないから、何も今やりあう必要もないし・・・。帰ろうか」
「了解」
並んで元来た道を戻る方に歩き始める。ようやく死体の山から出られる、とホッとすると、エドワードが笑った。
「少尉、気配分かったりするんだな。・・・ちょっと、見直した」
「まぁ、これでも軍人ですから」
ニヤリと笑って見せると、エドワードが左手をそっとジャンの肘に添えた。
「え?!た、大将?」
エドワードは頬を染めている。
「昼にさ・・・恋人のふり、って中尉が大佐と腕組んでたの、ちょっとうらやましくてさ・・・。でも、オレ人前じゃあんなこと出来ないし」
だから今だけ、と呟いたエドワードに、ジャンは溜息をついた。
「あ・・・嫌、か?」
「そうじゃなくてよ。嬉しいんだけど、せめてもうちょっとまともな場所でして欲しかった・・・。ここ、墓場だぜ?色気もクソもねぇ・・・」
「あ・・・。それに、一応テロリストアジトに潜入中?」
「それもあるよな」
顔を見合わせて、クスクスと笑いあう。
「宿に戻るまで、デート、な」
腕に頬を摺り寄せてくるエドワードに、ジャンは腕を組むより正直今すぐ抱きしめたい、と悩んだ。
何事も無くいちゃいちゃしながら宿に戻り、時間を確認すればまだ3時間は眠れそうな時間だった。
「歩きで行くつもりだったから、早めに出たんだよな。少尉が車出してくれたお陰で早く戻ってこれたな」
「今度からは歩きで行こうとか思う前に俺に言ってくださーい」
「分かってまーす。ごめんなさーい」
茶化すように苦情を言えば、エドワードも笑って謝った。
「もう一眠りするか。時間もあることだし」
「そうだな。・・・な、少尉」
「ん?」
並んでベッドに潜り込みながら、エドワードに視線を向けると、エドワードが僅かに上体を起こした。
「枕になってくんない?」
「は?」
ジャンが言われた意味を理解する前に、エドワードがジャンの腕を取って頭の下に敷いた。・・・所謂、腕枕というやつだ。
「たっ・・・」
「へへっ」
エドワードが猫の子宜しくジャンにすりついてくる。
先刻ベッドに入ったときは、それこそベッドの端と端で寝るような状態だったと言うのに。
幸せそうに笑うエドワードに息子がもぞりと反応し、ジャンは必死で気を紛らわせた。
時間は3時間あれば致すことが出来ないわけではないが、今致したら間違いなくその後の任務に影響が出る。
しかもどうやら壁が薄いらしいこの宿で、隣の部屋にあのロイ・マスタングが寝ているというのに、出来るわけもない。
落ち着け、落ち着け俺、と内心必死で深呼吸していると、エドワードがふと顔を上げた。
「少尉」
「ん?」
「大好きだよ」
言うなり、伸び上がったエドワードがジャンの唇に自らのそれを触れさせる。
「おやすみっ」
エドワードはそのままぱっと毛布に潜り込んでしまった。ジャンは完全に硬直している。
エドワードは、ジャンが好きだといった言葉に、自分もだ、と同意したことはあれど、好きと言う言葉を発してくれたことは今まで一度も無かったわけで。
しかもキスのおまけつき。オプションで腕枕中。
「〜〜〜〜〜・・・」
今致すことは出来ないというのに、なんだってこういう時に限ってサービスがいいのか。
致せないどころか、今すぐトイレに駆け込んで抜くのも、いくらなんでもみっともない。大体腕枕をしているから動けない。
ジャンは痛いほど張り詰めた息子をもてあましながら目を閉じた。
出発時刻の1時間前になっても顔を見せない隣室の二人に、ロイは痺れを切らして部屋へ向かうことにした。
「大佐、鍵がかかっているのでは?」
「錬金術で開ける。鋼のだけが来ないというなら置いていくが、ハボックまで起きないとはどういう了見だ」
鍵穴の周りに簡単な錬成陣を書き、鍵を外す。
「鋼の!ハボック!いつまで寝ている、起きないか!!」
「あ、大佐。はよーございまス」
首だけ上げてジャンが返事をした。
「貴様、布団の中から上官に挨拶とはいい身分だな」
「いや、今俺も困ってるんで」
「ん?」
よく見ると、エドワードがジャンに手も足も巻きつけてすやすや眠っている。これではジャンは起きられない。
「大将、大将!マジで起きてくれよ、時間だって!」
「んう〜〜〜〜〜〜〜」
エドワードがうっすらと目を開いた。
「お、起きたか?」
「もうちょっと〜〜〜〜〜」
再びジャンの胸に顔を埋めてぐりぐりとこすり付けている。
「・・・大した甘えっぷりだな。珍しいものを見た」
感心半分、呆れ半分のロイの声に、エドワードがはっとしたように目を開く。
「たたた大佐!?なんでここに!?」
「いつまでたってもお前たちが起きないからだ。さっさとしたまえ」
跳ねるようにエドワードが飛び起きる。ジャンも苦笑して身体を起こし、ベッドに座ったまま煙草に火をつけた。
「少尉、もうそんな時間か?」
「出発の1時間前。ま、飯食ったり色々するからそろそろ起きないとって時間だな」
エドワードがハンガーにかけてあった軍服に袖を通す。上下に手足を通し、ボタンは留めないままエドワードはジャンの前に立った。
「少尉」
「ん」
ジャンがエドワードの軍服のボタンを留め始める。
「・・・お前たちは何をやっているんだ?」
「や、機械鎧ってあんまり細かい作業得意じゃないっていうんで。大将が軍の中で軍服着替えるときは、ボタン留めるのは俺の役目なんスよ」
「しかし、それ以前に軍服は毎朝着るものだろう?朝はどうしているんだ」
「朝はアルにやってもらってる。ボタンの少ない服なら困らないけど、軍服はボタン多すぎで、自分でやると大変なんだよ」
最早会話すらなく、エドワードはジャンがボタンを留めるのにあわせ、腕をあげたり下げたり後ろを向いたりしている。余程頻繁にやらせているのだろう。
「脱ぐときはどうしているんだ?」
「ボタン外すのは難しくないんだ。脱ぐのは自分で脱いでる」
「恋人の服を脱がせたことも無いのに着せてばかりいるとは、また難儀な・・・」
「大佐、うるさいッス。ほい、終わったぜ大将」
「おう、サンキュ」
軍服を着せられ終わったエドワードが洗面所に向かった。その背中がドアの向こうに消えるのを確認してから、ロイが口を開く。
「ハボック、昨日鋼のと何かあったのか?」
「何か、って何すか?」
ジャンは今度は自分が軍服に足を突っ込んでいる。
「いや。たった一晩で、いつも通りに戻っていたからな。お前が何かやったのかと思っただけだ。寝起きで忘れているというわけでもなかろう」
「ああ・・・。ちょっと話しただけッスよ。大将のコンプレックスの話とか・・・」
「コンプレックス?ちびということか?」
「誰が豆粒どちびかっ!!」
髪を結んでいる途中だったらしいエドワードが洗面所から飛び出してくる。
「君はその手の単語だけは絶対に聞き逃さないな」
「うっせぇ!!これでもアルが元に戻ってからは地道に伸びてるんだ!!」
「ほう。何cmになった?」
ぐ、とそこでエドワードが押し黙る。
「いや、大将はまだ伸びると思いますよ。年齢もまだ伸びる歳だし、第一」
ジャンが手を伸ばしてエドワードの顎に触れた。
「・・・何?」
「いや、やっぱひげ生えてねーよなーって。朝なのにさ。すね毛とかも薄いし、大将ってまだ第二次性徴来てねーだろ。声も、まだ声変わりの途中か?ってくらいの高さだしな」
「何、そうなのか?」
ロイが目を丸くする。
「う、うるせーな。畜生、なんでアルが先にすね毛生えたんだ・・・」
「弟の方が早かったのか」
「うっさい!!」
苦笑したロイに、エドワードが噛み付くように怒鳴った。
「まぁまぁ。第二次性徴始まったら、もっと一気に背が伸びるぜ。俺はそうだったからな」
ジャンの言葉に、エドワードが目をきらきらさせてジャンを見上げる。
「ホントか?!」
「おう、ホントホント」
「しかしハボックお前、その前もちびだったわけではないだろう?」
「ちびゆーな!!」
そのとき部屋のドアをノックする音がして、リザが入ってきた。
「エドワード君、ハボック少尉、お早う」
「お早う、中尉」
「はよーございます」
いつも通りのエドワードに、リザが視線を向けて微笑む。リザも昨夜のエドワードの様子がかなり気になっていたらしい。
「大佐、朝食の用意が出来たと宿の者から連絡がありましたが」
「ああ、今行く。お前たちもさっさと準備しろよ」
「ッス」
ロイとリザが出て行くのを見送り、ジャンはエドワードに後ろから抱きついた。
「わ!何だよ?」
「んー、まだお早うって言ってなかったな、と思って。お早う、大将」
エドワードがジャンに抱きつかれたままジャンを振り仰ぐ。
「はよ、少尉」
微笑んだエドワードに、ジャンは唇を重ねた。
あああああ前後編で終わらなかったから上中下にしたら
それでも終わらなかったorz
計画性が無いの丸出しですね。
素直に最初からナンバーにして置けば良かった・・・
次こそ本当に終わるはずです。
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06/06/04 脱稿