【29】消えないキズあと 2

 

「・・・酷いな」
エドワードの案内で降り立った駅を見て、ロイが小さく呟いた。
寂れ果てた町には砂埃が舞い、数少ない道行く人は俯いて暗い顔をしている。
殆ど全ての建物が所々崩れており、だが人々にはそれを直す気力もないようだった。
メインストリートと思しき道さえ舗装されておらず、その道の脇にはやせこけた住人が地べたに寝転んでいる。
総じて、どこからも生命力という物を感じない・・・そんな町だった。
「・・・遅くとも最終の列車で前の駅に戻らなきゃなんないから、急いで必要なとこだけ周るぜ」
「前の駅に?どうして?」
リザの言葉にエドワードが肩を竦めた。
「この町、宿屋がないんだよ。馬車やら車やら貸してくれるところも無いし飯屋も無いから、乗り遅れたら野宿飯抜きになる」
「君、以前この町に来たことがあると言ってなかったか?そのときはそれでどうしたんだ」
「この町の領主ってのが錬金術師でさ。そもそもそいつに用があってきたから、領主の屋敷に泊まった」
「大丈夫だったのか?国家錬金術師が」
確かこの町は、その頃から軍に対して反抗的だったはずだ。
「錬金術師なんてのは、結局自分の知らない技術があればそれに釣られるもんだからな。向こうの研究内容見せてもらう代わりの、こっちから出す情報に少しイロつけた」
「・・・成程」
エドワードが軍属時代に訪ねた、と言うことは、エドワードが研究していたものと同じジャンルの研究を行っていた、と言うことだ。同じジャンルの研究者であれば、軍内で行われている研究も知り、さらに国内中を巡って情報を集めているエドワードの研究には大いに興味を持つだろう。
「・・・マスタングさん」
リザの声に少し咎める響きが滲む。どこにテロリストが居るか分からない町で、これ以上こういった会話を続ければ軍人だとばれる恐れがある。
「ふむ・・・まぁ今はデートと行こうかな」
ロイが差し出した腕にリザが手を添える。目を丸くしたエドワードの手を取って、ジャンが耳に口を寄せた。
「どう見ても旅行者が早々来るような町じゃないのに、見知らぬ人間がただ4人もぞろぞろ歩いてたら怪しいだろ。カップルの旅行者の方が怪しまれない」
「で、でもその、オレとしょ」
「シッ」
つい少尉と呼びそうになったエドワードをジャンが制する。
「お、オレ達は、カ、カップルってっ」
「間違っちゃいねーだろ。どうせ地元じゃ手を繋いだりなんてそうそうできないんだから、いい機会だし楽しもうぜ」
軽くウィンクしたジャンに、エドワードが頬を染めて頷いた。
大きな屋敷の前まで来たところで、エドワードがロイの袖をくいっと引く。
「ん、どうかしたのか?」
「ココの領主に会った事はあるのか?」
「いや、ずっと東に居たからな。北の方はさっぱりだ」
「そっか。とりあえず今回は紹介しないけど・・・そこの門の前に、銅像が立ってるだろ?アレがココの領主」
ロイとリザとジャンがその銅像に目を向ける。
ジャンが呆れたように口をあけた。
「なぁ、エド」
「何?」
「領主って、勿論生きてるんだよな?」
「当たり前だろ。あの銅像そのものが領主なわけないじゃん」
ロイが溜息を吐く。
「町がこの状態だと言うのに、現在の領主の銅像が存在するとは・・・ご立派な施策だな」
「領主に言わせれば『軍がしっかりしていないからテロが頻発し、そのせいで町が荒廃した』らしいけどな。その軍に正面から物申すえら〜〜〜い領主だと、・・・まぁこの町の人間は言ってる」
「・・・屁理屈だな」
「ああ、屁理屈だ。で、目当ての場所はこっち」
エドワードがジャンの手を引いて更に町の外れへと案内する。
建物はほぼ崩れ壁の残骸しか残っていないような場所で、エドワードが立ち止まった。
「っと。隠れて、丁度ご出勤みたいだぜ」
それぞれが崩れた壁に身を寄せる。
町外れの洞窟から、トラックが数台出てくるところだった。銃を大量に積んだものや、どう見ても火薬にしか見えない木箱を積んでいるようなトラックばかりだ。
「・・・隠しても居ないじゃないか!!どうしてこの町の情報が今まで掴めなかったんだ!?」
あからさまに顔をしかめたロイを、エドワードが横目で見る。
「この町の事情については、宿についてからオレが知ってる限りのことは説明するよ。でも・・・ここが連中の表玄関ってのはまぁ、これで分かってもらえただろ?」
「ああ。兎に角詳細な話が聞きたい。駅に行こう」



 
宿のある街まで移動し、打ち合わせは個室を取ってから・・・と言う予定で居たのに、宿で問題が生じた。
「申し訳ございません・・・本日は、シングルの部屋は生憎満室でして・・・」
隣町でも1軒しかない宿屋が、よりにもよってシングルが全てふさがっていたのだ。
「ふむ、ではそれ以外の部屋は空いているのか?」
「ダブルを1室、ツインを1室と言うことでしたらご用意できますが」
「ふむ・・・まぁいい、ではそれで」
ロイが2つの部屋の鍵を受け取る。
「部屋割りどうするよ?中尉が1部屋でオレ達3人か」
エドワードの言葉に、ロイが眉を上げた。
「何を言っている。バカップル二人と同じ部屋など私はゴメンだ。私と中尉でツインを使うから、君たちは『ダブルで』寝たまえ」
「うぇっ!?」
『ダブル』をあからさまに強調したロイに、ジャンが奇妙な声を上げた。
「や、ちょっと待って下さいッスよ大佐・・・」
「女の人に男と同じ部屋当てられるわけないだろ!?」
ジャンの動揺はどこ吹く風でエドワードがリザを気遣う。
「あら、私のことは気にしなくて大丈夫よ」
にっこりと笑ったリザに、ロイが少し青ざめた。
「・・・私はそこまで命知らずではないからね・・・」
意味が分からず顔を見合わせたジャンとエドワードに、ロイが更に口を開く。
「中尉は、寝るときも必ず枕の下に銃を隠していてね・・・。泊り込みの遠征やら、軍部での仮眠室やらで、中尉に襲い掛かった男は・・・軒並み男性機能を撃ち抜かれているんだ・・・」
その痛みを想像したジャンが自分の股間を押さえて前かがみになった。
「だから、私が中尉にそんな行為を働くことはありえないよ。この歳でその機能を失いたくはないからな・・・」
遠い目をしたロイに、エドワードが首を傾げつつも頷いた。
「じゃ、中尉もその部屋割りで良いって言うなら、オレもそれで良いよ。な?少尉」
「あ、ああ・・・」
想像した痛みから立ち直る前に同意を求められ、ジャンが条件反射で頷く。
ロイがニヤリと笑ったのを見てはっとしたときには、既に部屋割りは確定していた。
「ではまず私たちの部屋に集まって、詳細な説明をしてもらおうか」
一気に仕事の話に話題を変えられてしまっては、ジャンに割り込む隙は無い。無理に蒸し返せば、仕事に対して真面目なリザとエドワードが怒るだろう。
ジャンは心の中で溜息を吐いた。

 
「で・・・だ。鋼の、あの町のあの異常さは何なんだ。町中をあんな銃を何十丁も積んだトラックが走って、どうして誰も通報しない?」
「理由はいくつかあるよ。まず第一に、あの町には憲兵すら居ない」
「何?」
「いや、軍の登記では居ることになってるんだけど・・・オレはあの町に1週間居たけど1度も見かけなかったし、その憲兵から何か報告が上がった記録も無かった。強盗、泥棒、色々あるはずなんだけどな。毎年毎年、登記の更新を行う以外には何もしていない」
エドワードがソファに腰を下ろして足を組む。
「第二に、あの町を中心とした周辺の町がいくつか、アンチ軍の立場を取っている。その地域の中でも中心部に位置するあの町に、軍の関係者が踏み入れることはまずない」
「・・・さらに、アンチ軍の町なんだから住人がわざわざ軍に通報することもない、か」
「仮に通報したくたって通報できるような距離に軍人がいねぇんだよ。おまけにあそこの人間たち、見たろ?遠くまで行く気力もそんな金もない。で、結局軍は犯罪を取り締まってくれない・・・と言う話になるわけだ」
「ふむ・・・しかしその憲兵とやらも怪しいな。テロリストのアジトを通報すれば、かなりの高額の褒章が出る。更にテロリストから軍が警護してくれるし、引越しまで世話をしてもらえるのに見てみぬ振りをするのは妙だ」
「その憲兵もテロリストに繋がっていると考えたほうが自然かもしれませんね」
部屋のポットで淹れたコーヒーを、テーブルに並べながらのリザの言葉にエドワードも同意した。
「多分そうだよ。北部解放戦線の名前がちらほら出始めた時期に、そいつが就任してる。最初から加担してた可能性が高い」
「今日みた連中が、北部解放戦線だと言う根拠はなんだ?」
「あー・・・。当たりをつけた理由ってのは、逆説になるんだけど、他のテロ集団で北を拠点に活動してる奴は、どの地域に拠点を持ってるかくらいの大まかな位置なら軍でも掴んでるだろ?」
「そうだな。だからこそ全く足取りがつかめない北部解放戦線は、最も検挙しにくいテロリストだと言われている」
「だから逆に、今回見つけたアジトは、他のテロ集団の第2のアジトだとかでも言わない限り、北部解放戦線のじゃねーかなとおもったわけ。で憲兵のこととか色々調べてみたらビンゴっぽいってかんじで」
「ふむ・・・」
エドワードの目ををロイがじっと見る。
「・・・まぁいいだろう。実際、あんな町にテロリストのアジトがあるとは、全く掴めていなかったのも事実だからな」
「じゃ、決行か」
「ああ。明日の午前中に襲撃しよう。北部解放戦線が活動を行うのは大抵午後3〜4時、と言うことは移動時間から考えて昼前にあの洞穴にメンバーが集結するはずだ」
「よし」
「分かりました」
「了解ッス」
ロイの言葉にそれぞれが頷く。
「・・・それから鋼の。君は中には入らず、入り口近辺を守って挟み撃ちを受けないよう警護してくれ。内部には3人で入る」
「・・・あぁ?」
エドワードがテーブルを叩いた。
「寝ぼけてんのか大佐?ただでさえ少人数なんだぜ?」
「寝ぼけてなどいないさ。少人数だからこそ、挟み撃ちをされるのは危険だ」
「アンタまたオレのことだけ・・・!言っておくけどオレはもう軍人なんだからな!?」
「ああ、そうだ。そして私は君の上官だ。これは命令だ、鋼の。君は突入メンバーには加えない」
「・・・!!!」
「今すぐ帰れと言われないだけマシだと思え。これまでの話を総合すると、君は以前この町に来たときに、今日見たような銃などを見ているはずではないのか?それを軍に報告していないどころか、ここに来るまで私にすら言っていない。テロリストだと知って黙っていたと言うなら、軍法会議に掛けられても文句は言えないのだぞ」
「それはっ・・・」
エドワードの表情に困惑が浮かぶ。
「・・・でも!!アンタがオレを参加させないって言ってるのはそれが理由じゃねぇだろ!?」
「それがどうした。私を指揮官に指名したのは君だ。判断は私がする」
取り付く島も無いロイに、エドワードが他の二人に視線を走らせる。だが、リザは無言でエドワードを見つめ返し、ジャンは目を逸らしただけだった。
「・・・クソッ!!」
叩きつけるような勢いでテーブルに手をつき、エドワードが立ち上がる。
「た、大将!ちょっと待て、隣の部屋行って落ち着こうぜ、な?」
ジャンが慌ててエドワードの肩を抱く。
エドワードは僅かに抵抗したが、直ぐに諦めたように大人しくなり、ジャンとともに部屋を出て行った。
「ふぅ・・・」
大きな溜息を吐いたロイにリザが視線を向ける。
「せめて、もう少し言葉を選んでみてはどうでしょうか?」
「そうも思うんだが、今回の件のようなのはまずすぎる。今後もこの調子で好き勝手に暴走されては、いずれフォローしきれなくなる。せめてもう少しまともに報告をしてくれれば、あそこまで言わないでも済むのだがね」
そのとき、隣室からエドワードとジャンの声が聞こえてきた。内容までは聞き取れないが、話している声ははっきりと分かる。
「・・・結構壁が薄いな」
「田舎の安宿ですからね」
おもむろにロイが立ち上がり、部屋に備え付けられていたコップを手に取る。
コップの口を耳につけ、そのままコップの底を壁に押し当てたロイに、リザが大きく溜息を吐いた。
「大佐・・・」
「いや、気になるだろう?もしかすると鋼のが落ち込んだのに付け込んで、ハボックが良からぬことを・・・」
「私にはハボック少尉にそんな甲斐性があるとは思えませんが」
だが、ロイは聞く耳を持たない。
リザは諦めてコーヒーに口をつけた。

 
割り当てられた部屋に入るなり、ダブルのベッドに大の字に寝転んだエドワードに、ジャンは苦笑した。
「大将、少し冷静になれって。今回は兎に角、大佐の言う通りにしても最初の予定通りにはなりそうだろ?」
「・・・」
ごろん、と転がって、今度は縮こまる。
「・・・拗ねてんのか?」
「少尉は・・・」
「ん?」
「少尉は、オレが行くのと行かないの、どっちが良いと思う?」
ジャンはエドワードの寝転がるベッドに腰を下ろし、エドワードの前髪を掻きあげた。
「うーん、どっちとは選べねぇなぁ」
「オレの副官ってやってて大変?」
「どこからそんな話になるんだよ」
苦笑するジャンをエドワードが真剣な瞳で見つめた。
「答えろよ。・・・大佐と対立するような奴の副官やってて辛くないのか?」
「別に本気でやりあってるわけじゃねぇだろ?意見が分かれたって根本的に目指してるのは同じものなんだし」
「じゃあオレが大佐と対立する派閥とかに実際に移ったらどうする?こんな甘チャンの部下ではいられない、って言ってさ」
ジャンは、エドワードの前髪を指に巻きつけて目を細めた。
「昔ヒューズ准将が似たようなこと言ったの、聞いたことあるなぁ、そういや」
「ヒューズ准将が?」
少し節目がちだったエドワードの瞳が、きょとんと見開かれる。ジャンは笑った。
「あの人、大佐を押し上げてやるって言いながら、大佐と離れた場所で仕事してたろ?だから、大佐の直属にはならんのですか、って訊いた事があんだよ」
「そしたら?」
「『アイツは甘チャンだから、傍に居てやる人間だけじゃダメだ。アイツの目の届かないところで、ちょっとばかし無理してでも後ろから突き飛ばしてやる人間が居ないとダメなんだ』だとさ」
「ヒューズ准将らしいな」
ようやくくすっと笑ったエドワードに、ジャンも笑いかける。
「こうも言ってたぜ。『アイツと同じ道を歩くってーのはアイツについて一緒に登っていく、って言うことで、俺がアイツを押し上げてやる、って言うのは俺とアイツの歩く道は違う道だってことなんだよ。押し上げるのとついていくのは、全然違うことだからな』って」
エドワードがベッドの上で起き上がり、胡坐をかいた。
「・・・それで、少尉は大佐と同じ道を行く、か」
「おう、まぁそのつもりで居る」
エドワードが左手で自らの右肩を掴んだ。
「ヒューズ准将、いい人だったよな」
「そうだな。あの大佐の親友になれるっつーくらいの人だし」
「いっつもオレの頭滅茶苦茶に撫でてきてさ。撫でるよりぐちゃぐちゃにしたいだけだろ、って何回も怒った」
ジャンが苦笑する。
「大将、俺とかに撫でられたときの怒り方は『子供扱いすんな』だったのに、ヒューズ准将は違うんだな」
「だって子ども扱いとか以前の問題なんだよ、結びなおさなきゃ外歩けないようなくらいまでぐちゃぐちゃにするんだ。それに・・・あの人はオレをガキ扱いはするけど馬鹿にはしなかった」
「へ?」
意味が分からずにエドワードに視線を向けるが、エドワードは窓の外を見ていた。
「うん・・・、頭冷えたよ。ありがとな」
エドワードが勢いをつけてベッドから立ち上がる。
「大将?」
「明日の打ち合わせ、終わってなかっただろ。戻ろうぜ」
急に立ち直ったエドワードに少し戸惑いつつも、既に歩き始めているエドワードを追ってジャンも立ち上がった。

 
「少しは落ち着いたかね」
「まぁな・・・っつーか大佐」
ロイの顔を見たエドワードが不審そうな目をロイに向ける。
「耳の周りに、変な赤い輪っかの跡ついてるぜ?」
「ん!?そ、そうか?いや、何だろうな、ハッハッハ」
白々しい笑いを発したロイの手元に、コップが置いてあることにジャンが気づく。ジャンは目にも留まらぬ速さでそのコップを取り上げ、ロイの耳に押し当てた。
「おいハボック!じょ、上官に何をする!!」
ロイが慌てて避けようとするも、跡がコップとぴったり一致することをジャンは確認した。
「アンタまた盗み聞きかっ!!!」
ジャンが放り投げたコップをリザが空中でキャッチする。
「っとに、そんなに盗み聞きして何の意味があるんだか」
エドワードは呆れ気味だ。
「まぁその話は後だ、ハボック。鋼の、では明日君は突入なしで納得したかね?」
「してねぇ」
きっぱりと言い切ったエドワードに、ロイが眉を顰め、ジャンも振り返った。
「でも無理矢理ついて行こうってわけじゃねぇ。あんたらが突入したら、オレも勝手にする」
「勝手に、何をする気だ」
ロイの声が怒気を孕む。
「言う必要はねぇな」
「それが駄目だと言っているだろう!!何故報告くらいまともに出来ない!!」
「アンタがオレを信用していないのと同じで、オレもアンタを信用出来ないからだ」
「鋼の!」
「軍法会議に掛けたきゃ掛けろよ。それでオレが死刑になっても、アンタはテロリストとの内通者を見つけたって功績になるんだろ?」
「そういうことを言っているのではない!!」
「そういうことだろ。オレが邪魔なら自分の手で切り捨てろよ。オレを動かすのはオレの意志だ、オレはアンタの籠の鳥にはならない。アンタが選べるのはオレを野良のまま生かすか、籠に入らないといって殺すか。その二つだけだ」
ポケットに手を突っ込んで目を細めるエドワードの瞳は揺らがない。
「ちょ、ちょっと待てって大将。お前全然頭冷えてないじゃねーか、そりゃいくらなんでも極端すぎだろ?その条件じゃ大佐は飲めないって」
「大佐の条件もオレは飲めない。同じことやってるだけだ」
見かねたリザも口を挟む。
「エドワード君、大佐の行動に不満があるのなら、それと同じ行動を取ってしまってはいつまでも歩み寄れないわ。もう少しお互いに妥協できる案を探すことは出来ないの?」
エドワードはゆっくりと3人の顔を見回し、大きな溜息をついた。
「・・・2週間以内に掴まえる、って言ってる以上首領を取り逃がすわけにはいかねぇだろ。だから皆が突入したらアジトの周りを回って、裏口でも見つけたら塞いでおこうかと思うんだけど」
睨みつけるような視線でロイを見、エドワードは吐き捨てるように言った。
「報告は以上です、マスタング大佐殿」
「それも駄目だと言ったら」
「それなら自主的に、行動させて頂きますぅ。入り口からは突入しないって約束するけど、その代わり錬金術でアジトのどてっぱらに穴あけて真っ先に最深部に突入してやる」
べぇ、と舌を出したエドワードにロイは溜息を吐く。
「・・・まぁ君にしては随分妥協しているしな。分かった、君の妥協案を飲もう」
「ケッ」
エドワードは顔を背けて左手で右肩を掴んだ。忌々しそうなエドワードにロイが苦笑する。
「何も君に嫌がらせをしたいわけではないのだけどね」
「あっそ」
「やれやれ。子供の相手は大変だ」
不貞腐れているかのようなエドワードの態度を揶揄した言葉に、エドワードは無反応だった。
こういった言葉にエドワードが無反応なことは通常ありえない。リザもジャンも驚いて顔を見合わせる。
顔を背けたままのエドワードに不審を覚え、ロイがエドワードに歩み寄った。
「鋼の・・・?」
「触るなっ!!」
肩に手を置こうとしたロイを、エドワードが力いっぱい払いのける。
「はっ・・・!?」
振り返ったエドワードは今にも泣きそうな表情をしていた。絶句したロイに、エドワードがぐっと歯を食いしばった。
「あああそうか、そうだよなこういう行動取るから子供っぽいっていうんだよな?」
ハッと自嘲の笑いのような息を漏らし、エドワードは指で無理矢理自分の口角を押し上げる。
「失礼致しました、マスタング大佐。何か御用でしょうか?」
無理に作られた笑顔は酷く痛々しい。
「大将!」
ジャンが駆け寄ってエドワードを抱きしめる。だがエドワードは嫌がってもがき、ジャンは直ぐに手を放した。
「・・・気分悪いから、もう部屋に戻って寝たい・・・」
「大将・・・でも、まだ」
「分かってる。明日の話まだ終わってない。だから早いとこ終わらして欲しい」
俯いたエドワードにジャンが少し目を細め、咎めるような視線をロイに送る。
「・・・鋼の、食事もまだだ。直ぐ寝るわけには行かないだろう」
「・・・気分が悪いので食欲もありません。だから早く、打ち合わせを」
「そんなに具合が悪いなら、それこそ明日の参加は控えるかね?」
エドワードがぱっと顔を上げた。
「「大佐!!」」
明らかに怒りを孕んだジャンとリザの声が重なる。
「食事をしながら談笑でもして見せれば満足ですか?」
エドワードは笑ったように顔をゆがめているだけで、笑っては居なかった。
少しからかって怒らせれば直ぐに突っかかってきて、元気よく暴れるはずのエドワードは、全くロイの想定したとおりの反応をしてくれなかった。
かける言葉も見つからず、ロイは視線を逸らす。
「・・・いや。明日は午前10時にここを発つ。それまでゆっくり休んで回復に努めたまえ」
「はい、では失礼します」
敬礼するなりエドワードは踵を返し、早歩きで部屋を出た。
「大将!た」
後を追おうとしたジャンの鼻先で、エドワードたちに当てられた部屋のドアが閉められる。
ドアノブを回そうとしたジャンは愕然とした。鍵がかかっている。
「大将!!一緒に飯食うのが嫌だって言うならこっちに持ってきてやるぞ!なぁ!!」
「いらない。少尉は食ってこいよ」
「大将、その前にまずここ開けてくれよ、なぁ」
「・・・少尉が戻ってくる頃までには開けておくから。放っておいてくれないか?」
叩いてもその扉が開く気配はない。扉にすがりつくようなジャンの肩に、リザの手が掛けられた。
「エドワード君の言うとおりにしてあげましょう?戻ってくる頃には開けておくと言ってくれているのだし。それと、いらないと言われてしまったけど、サンドイッチか何かを貰ってきましょう」
「・・・そうっすね」
続いて廊下に現れたロイに、二人の部下の冷たい視線が突き刺さる。
「いや・・・その、まさか泣くとは・・・」
「泣いちゃ居ませんけど、そいつはともかくとして」
「それでは子供の言い訳です」
阿吽の呼吸の2人がかりの突っ込みに、ロイは押し黙った。

 
食事を終え、サンドイッチを片手に部屋に戻ったジャンは、そっとドアノブを回した。
開いているだろうか、と一瞬不安に思ったが、ドアはすんなりと開いていく。
「・・・大将?」
呼びかけても返事はない。エドワードはランニングに下着と言う格好でベッドにうつぶせになっていた。
そっと近づいて解いている髪を撫でれば、少し湿っているようだった。
「もう、シャワー浴びたのか?」
「・・・ん」
返事が返ってきてホッとする。
「一応サンドイッチ貰ってきたから、腹へってたら食えよな」
「・・・ん」
返事はするものの、エドワードは動こうとしない。
「寝るんなら、ちゃんと毛布掛けないと風邪引くぞ?」
エドワードがころりと転がって、僅かに上体を起こした。ランニングの紐が片方するりと肩を滑り落ち、その光景にジャンの心臓が飛び跳ねる。
「少尉も、シャワー浴びたら?」
「え、ええっ!?」
「オレもう寝るし」
「あ、・・・ああ、そ、そうだな、うん」
一瞬誘われたのかと思ったが、単にシャワーを薦められただけだったらしい。
いや、しかし。今日のような状況で、仮に本当に誘われたとしても、それに応じるわけには行かないだろう。そんな、自棄になって居るような状態での初夜など、絶対にエドワードに味合わせたくはない。
けれど、惚れに惚れぬいている相手と、一晩同じベッドで寝ると言う状況は、健康な若い男であるジャンにとっては又とない機会でもあるわけで。
「・・・。」
ジャンは頭を抱えた。
「・・・何してんの?」
「あっ、ああいや、何でもない」
「そ。・・・じゃ、おやすみ」
エドワードはさっさと毛布に潜ってしまう。恋人と同じベッドで寝ることを、おそらく全く意識していないのだろう。もしかするとそう言う状況では、通常どんなことになるのかさえ分かっていないのかもしれない。
ジャンは小さな溜息を吐き、自分もさっさとシャワーを浴びて寝てしまうことにした。



前後編では足りませんでしたorz
折角呼び名を決めたのに、エドは相手を引っ張って気を向かせるため呼び名を一切使ってません・・・
あと1本で何とかこのお題に方をつけます。


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06/06/03 脱稿