クリ沢前提 金丸→沢村
何でこんなにアイツが気になるんだろう。
最初はむかつくばっかりだったのに、むしろむかつくから目に付く奴だったのに。
アイツが、クリス先輩なんかに懐くから悪いんだ。
クリス先輩の周りをうろちょろするから、クリス先輩と寮で同室の俺の周りにも必然的に居ることが多くなった。そのせいだ。
その上、その・・・・・・クリス先輩と、キスなんかしてるのを見ちまったから。
誰も居ない教室で、悶々と悩んでいた金丸は、溜息を一つついて椅子から立ち上がった。
そろそろ部活に行かなくては遅刻になる。
ふと、沢村の席に視線を向けると、机の中から剥きみのままのアルトリコーダーがはみ出しているのが目に入った。
「アイツの・・・・・・?」
クリス先輩とキスしていた沢村の、キスの終わりにちらりと見えた舌が、頭をよぎる。
金丸は引き寄せられるように沢村の机に歩み寄り、リコーダーを手に取った。
吹き口を、ぺろっと舐めてみる。
「・・・・・・何してるの?」
後ろから声を掛けられて、金丸は飛び上がった。
教室後方の出入り口に、春市が立っている。
「な、何だよ!?」
「栄純君を探しに来たんだけど・・・・・・」
「も、もう部活に行ったはずだぜ」
「今リコーダー舐めてたよね。栄純君のだよね?」
「ち、ちげーよ!! 何でアイツのリコーダーになるんだよ!!」
いくらなんでも、今のはヤバイ。リコーダーを舐めたのを見られたのはもう仕方ないとしても(これはこれでまずすぎる気もするが)、なんとしても相手は伏せておかねば。
「そこ、確か栄純君の席・・・・・・」
「た、たまたま近くだったんだ」
「それとさ・・・・・・」
言いにくそうに春市が首をかしげる。
「この前、寮の栄純君の部屋に行った時、リコーダーをバット代わりにして、靴下丸めてボールにして、野球ごっこして遊んだんだよね。そのとき、栄純君、リコーダー振り回しすぎてベッドにぶつけて、端っこが欠けた上に、リコーダー分解できなくなっちゃって」
はっとしてリコーダーをよく見ると、しっかり端が欠けていた。
「そのリコーダー、欠けてるよね?それと、普通舐めるだけなら吹き口だけでいいのに、きちんと組み立ててあったのは、分解できなくて、栄純君がそのまま閉まってたからなんじゃ・・・・・・」
「い、言うな! それ以上言うな!! って言うか誰にも言うな!」
「い、言わないけど、こんなこと」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
その後、合宿時食事の見張り係の金丸が、春市にだけ甘いと苦情を言う沢村の姿があったらしい。
「あっ」
なんとなく食べようとしたアイスの箱を開けて、沢村は動きを止めた。
これは、もしかして。
この前春市が同じアイスを買って食べていて、そのときに見たのと同じだ。
・・・・・・と言うか、それが印象に残っていたからこのアイスを買ったのだけど。
「なんだぁ?どうかしたのか?」
背後から倉持が覗き込もうとしたのを察し、沢村は慌ててアイスの箱の蓋を閉めた。
「俺っ、ちょっとクリス先輩んとこいってきます!!」
「おい、沢村?! こんな時間に」
倉持が言いかける声を背中に聞きながら、沢村は寮の部屋を飛び出した。
「クリス先輩〜!」
「何だ、沢村。どうした、こんな時間に」
「あのっ、これ、これ見てください!」
部屋に急に飛び込んできた沢村が、クリスに差し出したのは、6個入りのアイスの箱。
「これが、どうかしたのか?」
「あのですね、これ!!『願いのピノ』っていうんですよ!!」
箱の中を良く見れば、中のアイスの中に、一つ形が違うものが混じっている。
「『願いのピノ』?」
「たまに、混じってるらしいんスよ!!これを食べると、いいことがあるんだって、俺春っちに聞いて」
どうやら、そういうジンクスがある、ということらしい。
「だからクリス先輩に食べてもらおうと思って!!」
満面の笑みで、沢村はクリスにアイスの箱を差し出す。クリスは苦笑した。
「1個しか入ってないだろう、お前はいいのか?」
「いいんです!っていうか、俺、クリス先輩にあげる『願いのピノ』が欲しくてコレ買ったんだし!」
「・・・・・・」
時折、沢村の好意は真っ直ぐすぎて対応に困ることがある。
『たまたま買ったら出てきた』ならともかく、『そのために買った』だなんて。
・・・・・・可愛い過ぎて困る、なんて。
こんな悩み、恥ずかしくて誰にも相談できないではないか。
「クリス先輩?」
固まっているクリスを見て、沢村が不思議そうに首をかしげる。
「・・・・・・いや。どちらかと言うと、俺はお前にそれを食べて欲しいと思うが」
「ええ!? でも俺、クリス先輩に食べて欲しくて・・・・・・」
「ああ、分かった分かった」
どうやら、沢村が『クリスに食べて欲しい』と言ったのと同じ気持ちで『沢村に食べて欲しい』とクリスが言っていることに思い至れないらしい。
クリスは『願いのピノ』を手でつまみ、半分に噛み切った。
残りの半分を沢村の口に放り込む。
「え?」
「一人で一つの『幸福』を手にするより、二人で一つの『幸福』を分け合えば、それはより大きな『幸福』になる・・・・・・と、俺は思うな」
きょとんとしている沢村に微笑みかけると、沢村はこれ以上ないと言うほど幸せそうな笑顔を浮かべた。
「はいっ!!」
すっかり二人の世界になっている沢村とクリスを尻目に、クリスの同室の二人が小声でこそこそ話しながら部屋を後にした。
「金丸!!音立てるな、さっさと脱出するぞ!!」
「クリス先輩って、沢村のことになると途端にアレっすよね・・・・・・せめて俺らを部屋から出してからやってもらえないもんすかね、ありゃあ」
「っだー!もう、てめぇいい加減にしやがれ!!」
ある日の朝、倉持が沢村に向かって怒鳴りつけた。
「てめーは口を開けばクリス先輩クリス先輩、耳タコなんだよ!!」
「ええ!でも、だってそれは呼び名だし」
反論しようとした沢村に、倉持は皆まで言う前に文句を繋げる。
「クリス先輩に関係ない話までいちいちクリス先輩の話に持ってくのがうぜーっつってんだよ!!お前今日『クリス先輩』って言うの禁止!!言ったら蹴るからな!!」
「えええええ!!それじゃクリスせ」
その瞬間、倉持の回し蹴りが沢村に命中した。
「痛ぇ!!」
「言うなっつったそばから言ってんじゃねぇ!!」
「で、でもそれじゃ俺!」
「クリス先輩には俺から言っておいてやる! 蹴られたくなかったら1日くらい我慢しやがれ!!」
「・・・・・・と、いうことが今朝あってな」
増子の説明に、結城と伊佐敷が呆れた顔をする。
「それで今日の沢村は、元気はあるのに言葉を喋らずに、ずっとあーとかうーとか言っているのか」
部活中、いつもはうるさいくらい騒いでいる沢村が、今日に限って妙に黙りこくっていて、そのくせ元気が無いわけではなく無駄にじたばた暴れたり吠えたり、奇怪な行動をとっていた。
しかし本人に理由を聞いてもあーとかうーとしか言わず、そのため同室の増子に何があったのか説明してもらったというわけだ。
「つぅかよぉ、倉持の奴が禁止したのってクリスの名前だけだろ?何で喋れなくなってるんだよ、あのバカは」
「頭の中が8割クリスで出来てるんでしょ」
伊佐敷の言葉に、ニコニコと亮介が返答する。その横で宮内がぼそりとつっこみを入れた。
「・・・・・・下手に全部というより、8割といわれると妙にリアルだな」
「いい線言ってると思うんだけど? けど、アレ」
亮介が顎でしゃくった先に、話をしていた面々の視線が向く。
クリスと丹波が話している回りを沢村がウロウロウロウロ回っていた。
「クリスクリス言うのより、あの行動の方がよっぽどウザい気がするんだけど」
あまりに妙な沢村の行動に、たまりかねた丹波が沢村に声を掛ける。が、やはり沢村はあー、うー、と呻き、結局また何でもないッス、と言って再び周りを回り始めた。
時折立ち止まり、クリスを窺ってはうろうろうろうろ、歩き続けている。
丹波は非常に居心地が悪そうだが、当のクリスは特に反応する様子はなかった。
「ありゃ多分、クリスに話しかけてぇんだよな?」
「多分な。しかし何でクリスも黙っているんだ」
「沢村ちゃん、名前を出さずに話しかけるだけで済む話なのにな・・・・・・」
そのすぐ近くで、倉持がニヤニヤしながら沢村を観察している。おそらく、約束を破ったら即実行に移すために監視しているのだろう。
「まあ、理由は分かったがどうするんだ。放って置くのか」
宮内の問いに、他のメンバーも顔を見合わせた。
「いや・・・・・・」
「亮介の言うとおり、ウザイわな、確かに」
結城と伊佐敷の『やめさせた方がいい』という論調に、増子が溜息をつく。
「しかし、俺が止めても倉持は言うことを聞かなくてな」
「それ増子は沢村に甘いって思われてんじゃない? いいよ、俺が言う」
亮介が少し肩を竦め、倉持の元に向かった。
「倉持、いい加減解禁にしてやったら?」
「あ、亮介さん増子さんに聞いたんスか?」
ヒャハハハ、と楽しそうな倉持を、ニコニコ笑いながら亮介が真っ直ぐに見据える。
「まあね。倉持の言い分も分かるけど」
そこで言葉を切り、亮介は首をかしげた。
「はっきり言って口で騒がれるより、ああやってずっとウロウロされてる方がウザイんだよね」
「そ、それはまあ」
ニコニコと笑いながらも、はっきりと不快感を表す亮介に、倉持が僅かに身を引く。
「俺だけじゃなくて純たちもウザイって言ってるから」
「・・・・・・まあ、亮介さんにそこまで言われちゃ仕方ないッスね。おい、沢村!」
倉持の声に沢村がピクリと反応した。
「今日はもう解禁でいいぞ!しょーがね」
「やったーーーー!!クリス先輩クリス先輩クリス先輩クリス先輩クリス先輩クリス先輩クリス先輩」
倉持が言い終わる前に沢村が暴走する。
「沢村、うるさいぞ」
だがそこをクリスが一言で斬って捨てた。沢村がガーンとショックを受ける。
「な、何なんだ一体」
三年では一人増子の説明を聞き逃した丹波が、戸惑った顔をした。
「何か、今日倉持にクリスの名前を呼ぶのを禁止されてたらしいよ?」
亮介の説明に、丹波がふと眉を顰める。
「・・・・・・それで、話しかけられなくてずっとウロウロしていたのか。だから笑ってたんだな、お前」
クリスを振り返った丹波に、亮介が首をかしげた。
「え、クリス無表情だったんじゃない?」
「いや、笑いを堪えている顔だった」
「まあ、朝に倉持から事情は聞いていたしな。まさかあんな行動になるとは思っていなかった」
笑っているクリスに沢村が食って掛かる。
「ひどいッスよクリス先輩!こう、話しかけられなくて寂しいとか、そういうの無いんスか!?」
「話しかけてこなくて、近寄っても来ないというならともかく、アレだけ周りをうろつかれてそんなこと考えるわけないだろう」
「ううううう」
ややむくれ気味の沢村の頭に、クリスが手を乗せた。
「で、お前、何か俺に話したいことがあったんじゃなかったのか?」
途端に沢村の表情が明るくなる。
「あっ、ハイ!ええと、まず『お早うございます』、それから『昨日借りた本、半分まで読みました』、あと」
「・・・・・・もう放課後なのに『お早う』?」
亮介の突っ込みに、沢村の意図を察したクリスが溜息をついた。
「・・・・・・お前、朝から言いたかったことを全部まとめて言っていく気なのか?俺は一体何時間付き合わされるんだ・・・・・・」
「ほれ、お手してみろお手」
「っだーーーもう、俺は犬じゃねーって言ってるだろ!!」
「つーか先輩にタメ口聞くなっても何度も言ってるだろーが!」
御幸と沢村と倉持がぎゃあぎゃあ騒いでいるのを見かけ、クリスは足を止めた。
「何をやってるんだ、お前ら」
「あっ、クリス先輩聞いてくださいよ!!御幸先輩と倉持先輩が、俺にお手しろって言うんです!!」
きゃんきゃん子犬が騒いでいるような沢村に助けを求められ、クリスは僅かに首をかしげる。
「お手?」
「いや、沢村って犬みたいじゃないっすか」
「ほれ、お手」
「だーかーらー!!」
「お前犬なのにお手の一つも出来ないのか」
ニヤニヤしながら沢村に絡んでいる御幸と倉持は、完全に沢村の反応が面白くて玩具にしているという様子だ。
沢村本人がそれに気がつかない限りは、延々玩具にされ続けるだけだろう。
クリスは溜息をついた。
沢村が色々な人間と楽しそうにじゃれているのを見守るのは、嫌いではない。微笑ましいと思うことが殆どだ。
だが、稀に・・・・・・ごく稀に、微笑ましいとは違う方向の感情が、僅かににじみ出てくることもあるわけで。
「沢村」
「はい?」
クリスが呼べば、どんなに他の人間にちょっかいかけられていようと、沢村の意識は完全にクリスに向く。妬く必要がないのは分かりきってはいる。
だが、目に付くところでちらちら動かれると牽制したくなるのは、盗塁を狙っているランナーが目に付いて、走ったら全力で刺してやると思う感覚とそっくりだ。
「お手」
「はい?」
クリスが差し出した手に、沢村は何の疑問も示さずに手を乗せる。
「お前また適当に爪を切ったな? やすりを使えと前も言ったはずだが」
「はっ!!いや、その〜」
手を掴んだついでに、爪の手入れをチェックすれば、沢村はバツが悪そうに肩を竦めた。
「俺がしてやる。ついて来い」
「は、はいっ!」
ぱっと嬉しそうな表情になった沢村は、尻尾を振りたくる子犬のようで。ついクリスもつられて笑顔になる。
「じゃあ、コイツは連れて行くからな」
御幸と倉持に視線をやれば、御幸が苦笑した。
「クリス先輩、今のわざとっすか?」
「さあな?」
立ち去るクリスと沢村を見送り、御幸は苦笑とも溜息ともつかない息を吐いた。
「さあな、って、『今の』がどれを指してるのか分かってるんだったら、明らかにわざとだってバレバレだろ〜」
「ま、一本取られたってのは否定できねぇな。しっかし沢村、クリス先輩にならお手でも何でもすんのな!ヒャハハハ!」