「クリスいる?」
寮のクリスの部屋を亮介が訪ねると、同室の金丸が少し気まずそうに視線をそらした。
「居ることには居ますけそ・・・・・・その、取り込み中というか」
「別に取り込んではいないぞ。どうした亮介」
「借りた参考書返しに来たんだけ・・・・・・ど?!」
部屋の中から聞こえたクリスの声に、金丸を避けて部屋の中を覗き亮介は一瞬固まる。
「・・・・・・何、『それ』」
床に座り、脚を伸ばしていたクリスのその脚に、絡み付いている人間がいる。
うっとりしていてかなりのアホ面になっているが、間違いなく沢村だ。
「今日はこの部屋に泊まる約束になっていてな」
「それとその状態と何の関係があるわけ?」
「明日の予習が終わっていなくて、少し待たせているんだ」
「あのさ、もう一回聞くよ?『それと、その状態と何の関係があるわけ?』」
腕を組んだ亮介に、クリスが苦笑する。
「ああ、そういう事か。いや、放って置くと煩くてな。好きにさせておく習慣になってしまった」
「それ、習慣にしたら駄目なんじゃないの?」
「まあ、そうかもしれんが・・・・・・横に正座されて一秒たりとも目を逸らさずに見つめられて待ってられるよりなら、この方が俺の気が楽なんだ」
「・・・・・・それなら煩くはないんじゃない?」
「大騒ぎしているか、そうやってじっと見ているか、こうやって張り付いているか、の三択だな」
「うわ、どれもウザ」
想像するだけで鬱陶しい。よくクリスはそんなのを好き好んで相手しているものだと、亮介は感心半分呆れ半分で溜息をついた。
「ていうかさ、沢村。クリスに答えさせるなよ!」
いまだにクリスの脚に絡みついたままの沢村を蹴飛ばす。すると沢村は驚いたような顔をして周囲を見回し、目を瞬かせた。
「あ、あれ?亮介先輩、いつの間に来たんスか?」
沢村は本気できょとんとしている様子だ。金丸が呆れて腰に手を当てる。
「はぁ?俺がドアあけて、普通に入ってきただろ?」
「え、ウソ」
「お前酔っ払ってでもいんのか?」
一応正気は取り戻した様子でも、沢村はクリスの脚を放そうとはしない。亮介は肩を竦めた。
「猫にマタタビ、沢村にクリス、ってとこか」





こそこそと、布団をかぶり声を潜めて、クリスは小言を言った。
「全く、お前は・・・・・・」
「・・・・・・駄目、ですか?」
「もう入り込んでおいて、駄目も何も無いだろう」
部屋には4つのベッドがあり、3人部屋であるためベッドは普段から一つ開いている。
泊まりに来た沢村にそのベッドで寝るように、と言ったのに、電気を消した途端、沢村はクリスのベッドにもぐりこんできた。
「・・・・・・仕方ないな」
「へへ・・・・・・」
後ろ頭を撫でると、沢村は嬉しそうにクリスの胸元に顔を寄せる。
「お前はすぐに甘える」
「でも、クリス先輩は二人きりじゃないときは滅多に甘やかしてくれないじゃないですか?」
「分かってるなら甘えるな」
指でノックするように沢村の額をこつんと叩くと、沢村は首をかしげた。
「でも、甘えるって言うかですね」
「ん?」
「クリス先輩が、応えてくれなくてもいいんですよ、そういうときのは」
「・・・・・・?」
何を言っているのかと沢村を見れば、沢村は笑っている。
「俺が、俺の気持ちをクリス先輩に分かってほしいだけなんです。俺、気持ち我慢するの苦手だし。だから、俺がクリス先輩が好きってめいいっぱい言えれば、それだけでいいんスよ」
なんと返していいのか分からず、クリスが目を見開くと、沢村はクリスにすりついてきた。
「俺は、こうして二人のときにだけ見せてもらえる顔だけで、十分ですから」
「お前・・・・・・」
高校生にしては、まだ少し小柄な身体を抱き締める。
「馬鹿な奴だな」
「馬鹿っすよ」
クリスは沢村の額に唇を押し当てた。

いくら声を潜めて布団をかぶっても、同じ部屋で寝ていれば話し声は聞こえてくる。
二人きりじゃねぇだろ、という同室の二人の心の中の突っ込みは、クリスと沢村には届かない。




「・・・・・・」
揺さぶられている。
が、まだ、少し眠い。
半覚醒状態の頭で、今日は学校も部活も休みだから、自主トレは10時頃から始めようと思っていたはずだ、と考える。
もう少し寝ても大丈夫だろう、とクリスは目を閉じたまま布団を被りなおした。
と、顔に何か温かい濡れた感触を感じる。
何だ?と重たいまぶたを無理矢理開けて、焦点を合わせれば、目の前によく見慣れた顔。
「・・・・・・」
何が起きているのか理解できず、数秒間ぼーっとする。
そして、事態を理解した途端、クリスの頭は一気に覚醒した。
「沢村!!何をしているお前!!」
「あ、お早うございます」
「おはようじゃない!!人の顔を舐めるな!!」
「だって、クリス先輩揺さぶっても起きてくれないから・・・・・・あ、顔じゃないとこなら良かったんですか?」
「違う!!寝ている人間の顔を勝手に舐めるな!!」
「だって舐めたかったんですよ。じゃ、舐めさせてください」
「・・・・・・」
寝起きから頭痛がするような感覚がして、クリスは額を押さえた。

「・・・・・・あのう、クリス先輩」
ようやく沢村を振り切ってベッドを出ると、同室の後輩が、申し訳無さそうな顔をしてクリスに話しかけてきた。
「何だ、金丸」
「今度から沢村が来るときは、俺達別の部屋に泊まりに行きますんで・・・・・・」
「何だ、気にすることは無いぞ?」
「気にするというかですね・・・・・・」
口ごもった金丸のあとを受けて、2年生が口を開く。
「気にしないように気をつけるほうが、すげー疲れるんスよ・・・・・・」




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