クリス×沢村

「枕、交換してもらえませんか?」
夜分に枕を持って訪ねてきた沢村に、クリスは首をかしげる。
「何でだ? 枕なんか、備え付けの備品だからどれでも同じだろう」
「モノは同じでも俺には同じじゃないんスよ。この前、クリス先輩の部屋に泊まったときに、すごくぐっすり眠れたから」
「まあ、お前がそう言うなら、俺は別にこだわりはないし、構わないが」
「やった! ありがとうございます!!」

そんなやり取りの後に、枕を交換したのが、つい30分前。
そして特に意識もせずにその枕に頭を乗せ、そして気がついた。
……沢村の、匂いがする。
「そういう事か……」
きっと今頃、沢村はクリスの匂いがする枕に顔を埋めているのだろう。
しかしだとすると、1週間もすれば匂いは消えてしまうはずだ。そうなったら、また沢村は枕を交換しにくるのだろうか。
いや、そのときは自分から言い出してみようか?
『お前の匂いがする枕が欲しい』と。
どんな顔をするだろうか。きっと鳩が豆鉄砲を食らったような顔をして、それから真っ赤になって嬉しそうに笑うんだろう。
その様子を想像するだけで、自然と笑みが漏れる。
クリスはゆっくりと目を閉じて枕に顔を埋め、思い切り息を吸い込んだ。






前園×春市

「あ……」
グラウンドとフェンスの境目間際までボールが転がる。
それを拾いに、春市がフェンスに駆け寄ると、フェンスの向こう側に前園が居た。
「頑張っとるな」
「は、はい」
合宿中こそ一緒のグラウンドに立つけれど、それは2軍が1軍のサポートを行う状況にあってこそ。
通常の練習時は別のグラウンドで練習しているから、姿を遠目から確認することは出来ても、春市と前園が並んで立つことはできない。
「ゾノ先輩は、どうしてこっちに……?」
「ちょっと監督んとこ行ってきたんや」
夏は終わっていないとは言え、2軍の3年生は引退したも同然。そのため今は、2軍のチームリーダーは前園が任されていた。
今の2軍の中では、前園はトップクラスの選手であることは間違いない。1軍に居る春市とは、ほんの僅か、おそらくたった1歩の差。
その差が今、フェンスという仕切りで二人を隔てている。
寮の部屋に戻れば、いくらでも一緒に居られるのに。
練習中の、僅かな時間に、こんな風にフェンスで仕切られることが、こんなにも寂しいなんて。
無性に胸が痛くなって、春市は唇を噛んで俯いた。
「ゾノ先輩」
手を伸ばして、フェンスを掴む。
少しでも、近くに行きたい。
「俺、ゾノ先輩と一緒に」
「小湊」
呼ばれて顔を上げると、前園がフェンス越しに春市の手に手をかぶせた。
「すぐに、俺もそっちに行くからな。待っとれ」
「……はい!」
一緒に、野球がしたい。その言葉を口にしなくても分かってくれたことが嬉しくて、春市は微笑んだ。



「亮介さん、どうしたんスか?」
いつもの笑顔ではあるのに、なんだか不機嫌な亮介に気がつき、倉持が声を掛ける。
「……あのフェンス、邪魔だなと思って」
「え?」
その視線を追えば、春市と前園がフェンス越しにいいムードを作っていた。
何だ、弟の恋を密かに応援しちゃったりしてんのか、いい兄貴じゃんと倉持が笑いそうになると。
「こっち側が春市なせいで、ゾノにボールがぶつけられないんだよね」
ボールを真上に投げ上げながらの亮介の言葉に、倉持は違う意味で吹き出した。
「ぼっ……妨害するのに、フェンスが邪魔なんスか……」
「当たり前じゃん。それ以外何があるって言うの? 1軍にも入ってない奴が、ずうずうしい。あんな暇があるなら練習して上に上がって来いっての」
「は、はは……」
これはフェンスよりも遥かにでかい壁にぶち当たるな。倉持は前園に内心で同情した。






倉持×沢村

風呂から自室に戻ってドアを開けると、少し違和感を感じる光景がそこにはあった。
増子はその違和感の中心に歩み寄り、屈んで覗き込んでみる。
「倉持、沢村ちゃんマジ寝してるぞ」
「そっすか」
テレビゲームに集中している倉持の背中に、沢村が寄りかかってぐっすり眠っていた。
「邪魔じゃないのか?」
「そっすね」
「起こしたらどうだ?」
「そっすね」
倉持の返事は素っ気無く、上の空であるかのように聞こえる。ゲームに夢中……か?
「そのままにしておくなら、風邪を引くといけないから毛布をかけておこうか」
「あ、お願いします」
それは聞いてるのか。
ゲームに夢中だから素っ気無いのではなく、よけたくないから素っ気無いんだな、と気がついて、増子は沢村に毛布をかけた。

10分後。
「てめぇぇぇぇぇひとの背中によだれ垂らしやがったなぁぁぁぁぁ!!!」
「ぎゃあああああ!!」
大騒ぎし始めた同室の後輩二人に、くっつかれるのは嬉しくても、流石によだれは駄目なのか、と増子は無言で苦笑した。







クリス×沢村

「うーん……」
箸を咥えたまま唸っている沢村を見つけ、春市はその向かいに自分の分の食事トレイを置きながら話しかけた。
「栄純君、どうしたの?」
「うーん……」
「悩み事なら、相談に乗るよ?」
「いやー、あのさー……」
沢村が首をかしげる。
「好き、大好き、世界一好き、愛してる……他に何かあったっけ」
「は?」
何を言い出したのかと目を丸くすれば、沢村はいたって真剣な表情で春市をみた。
「クリス先輩にさ、先輩のことどのくらい大好きかって言いたんだけどさ、なんか、好きとか大好きとかじゃ全然足んねーの。でも他の言葉も思いつかなくてさ、じゃあ大好きって沢山言えば良いのかとか思ったら、多分100回言ってもやっぱりぜーんぜん足りないんだよな」
「は、はぁ」
「だから、そういう言葉で、何か他にいい言葉無いかなと思って」
「そ、そうだねぇ」
とりあえず、今言ったことをそのまま伝えるのが一番ではないか、とは思ったが、それより何より、まず。
沢村の背後に、どうやら声を掛けるタイミングを失ったらしいクリスが、赤面して顔を押さえて立っていることを、いつ伝えてあげればいいのかな、と春市は首を傾げた。



戻る