一軍に優先的に使用が許されているマシントレーニング室。その中では今日も結城、伊佐敷、亮介、増子、御幸と倉持がトレーニングに励んでいた。
一軍の選手以外では、唯一コーチ役のクリスだけが頻繁に出入りをしている。
そのクリスが、一年生の一軍メンバーを連れてマシントレーニング室に現れ、御幸が声を掛けた。
「クリス先輩? 一年はまだ身体出来てないから、マシントレーニングは禁止じゃなかったでしたっけ?」
「ああ、トレーニングじゃない。ベンチを貸してもらおうと思ってな」
クリスの言葉に三年生たちがピクリと反応する。
倉持が首をかしげた。
「ベンチっすか?」
「ああ。沢村の筋肉が張っているようだから、マッサージを」
「ちょっと待った!!」
クリスが皆まで言う前に、亮介が割ってはいる。
「クリス、ここでやるの? マッサージ」
「そこの平らなベンチが、一番使いやすい」
クリスの言葉に、亮介が眉を顰めて頭を掻く。
「うーん。MP3プレイヤー、持って来て無いんだよね。とってくるかな」
「亮介、取りに行くなら俺のも頼むわ」
手を振った伊佐敷に、亮介が了解、と手を振りかえしてトレーニングルームを出て行った。
増子が次いで立ち上がる。
「俺は、今日のマシンは終わりにするか・・・・・・」
「あ、増子さんお疲れ様ッス」
普通に送り出そうとした倉持を、ふと増子が振り返った。
「そうか、お前たち2年だもんな。知らないよな・・・・・・」
同情するような視線を向けて出て行った増子に、御幸と倉持が顔を見合わせる。
どうも、三年生たちの様子がおかしいような気がする。
「あのー、純さん、何か・・・・・・」
「純!持って来たよ!!」
亮介が戻り、伊佐敷にMP3プレイヤーを投げた。それをキャッチした伊佐敷が、御幸を無視してイヤホンを耳につける。亮介もまた、イヤホンをつけてバイクマシンにまたがった。
「沢村、そのベンチにうつぶせになれ」
「うす」
クリスがベンチに寝そべった沢村をまたぐように上に乗る。そして背中に手を当てて、ぐっと力を込めた。
「ぁあんっ!」
突然沢村があげた艶のある声にぎょっとして、御幸と倉持はそちらに視線を向ける。
「さ、沢村! 変な声出してんじゃねーよ!!」
「そっ・・・・・・んなこと、言ったって、ぁん!」
「気にするな。そういうものだ」
「そういうもの、って、クリス先輩ちょっと!?」
うろたえている2年の二人に、亮介と伊佐敷が顔を背けて肩を震わせている。
「んっ、あっ」
「沢村、力を抜け」
「は、はい。・・・・・・あっ」
「な、なんつー会話を・・・・・・」
声だけ聞いていれば、誤解されてもおかしくない会話に少し赤面し、倉持が顔を押さえてそっぽを向いた。
「栄純君可愛い〜」
春市は分かってるんだかいないんだか分からない発言をしながら、沢村を見ている。
「可愛いって、んっ」
「そんなにすごいんだ・・・・・・?」
興味深そうに問題のある発言をした降谷に、御幸が即突っ込みを入れた。
「すごいとか言ってんじゃねぇ!!」
「どうしてですか?」
降谷は本気で分からないといった表情だ。
「沢村、こっちを向いて脚を上げろ」
クリスは至ってまじめにマッサージを続けている。言っている内容だけ聞くとすごいことを言っているのだが。
「はい。・・・・・・・・・あっ、んっ」
声をあげている本人も、別段恥ずかしいとは感じていないようだ。
「っだーもう、て、哲さん!!」
音楽を聴いていないはずの結城に、御幸が助けを求める。だが。
「・・・・・・・・・・・・」
「駄目だ哲さん無我の境地に入ってる・・・・・・亮介さん!」
倉持が呼んだ瞬間に、亮介はイヤホンの上から両手で耳を押さえた。
「聞こえてんじゃん!! ちくしょー、純さん!!」
最後の頼みとばかりに、倉持と御幸が両脇からイヤホンを外すと、伊佐敷は心底嫌そうな顔をした。
「外すんじゃねーよ! 聞こえちまうだろうが!!」
「んあぁ!!」
タイミング良く声を上げさせられた沢村に、伊佐敷は肩を竦めて顎を触る。
「ま、コイツのは大したことはねぇか」
「大したことなくないっすよ!!」
うろたえている二人を見て、伊佐敷はフフンと笑った。
「ガキだな、お前ら」
そしてふと、一年生たちの方に視線をやる。
「栄純君、気持ちいい?」
「ん、うん。・・・・・・あっ」
「全然声我慢できないんだ・・・・・・面白いかも」
逆に全くうろたえる様子も無い一年生トリオに、少し呆れ顔になった。
「アッチはもっとガキか」
「純さん、平気なんスか・・・・・・?」
実のところ、少々御幸も倉持もヤバイ気分になってきている。二人の問いに、伊佐敷は少し中空を見て、溜息をついた。
「まぁ、慣れてるからな、俺ら3年は全員アレやってるし。クリスのマッサージは、全員ああなっからよ」
「それで、慣れるモン・・・・・・っすか・・・・・・」
「考えても見ろ、全員やってんだぞ? 丹波とか宮内とか増子が、アレやってるの想像してみろや。・・・・・・思い出しただけで萎えるわ」
言われた通りに想像し、御幸と倉持は半笑いのまま青ざめて視線を逸らした。
「まっ、逆に亮介んときなんか反応する奴もイデッ!!」
伊佐敷の後頭部に空のペットボトルがストライクで投げつけられる。
「今、何か余計なこと言おうとしたよね?」
顔は笑っているが、亮介の周囲には怒りのオーラが漂っていた。
「別に嘘は言ってねぇだろ。お、終わったみたいだぜ?」
起き上がった沢村が、ぼーっとした表情でベンチに座っている。
「わー栄純君ぐにゃんぐにゃん」
「完全に力抜けきってるね」
春市と降谷が、楽しそうに-ただし降谷は顔だけは無表情で-沢村の腕を振っていた。
その様子を目を細めて眺めていたクリスが、ふと御幸たちの方を振り返る。
「何だ、興味があるのか?」
その瞬間、伊佐敷と亮介の目がきらりと光った。
「そりゃーいい。やってもらえよ二人とも」
「ちょっ・・・・・・純さん!?」
及び腰になった倉持の肩を伊佐敷が捕まえる。その横で亮介が御幸の肘をつかんだ。
「うん、いい経験だよ? アレ、気持ちいいのは間違いないしね」
「あ、いや、俺これからティーバッティングはじめるんで」
そそくさと逃げようとした御幸に、結城が口を開いた。
「お前たち、まだ今日のノルマのマシントレーニングが終わっていないだろう」
「て、哲さん」
「練習はサボるな」
逃げ道がふさがれ、御幸と倉持が顔を見合わせる。
「倉持、お前先行けよ」
「ざけんな! テメーが行け!!」
「どちらからでもかまわないが・・・・・・」
まったく悪気が無いクリスに助けを求めるのも申し訳ない。
「どっちでも同じだよ、どうせどっちもやってもらうんだしさ♪」
「なあに、すぐに終わるって」
悪気満々の亮介と伊佐敷が助けてくれるわけは無いし。
「・・・・・・」
結城はトレーニングに戻っていってしまった。
「あーもうすげー身体軽い!! 今からタイヤ引きできそう!!」
「それはやめときなよ、栄純君。ただでさえオーバーワークで張ってるからマッサージしてもらったんだし」
「こんなに短時間でそんなに変わるものなんだね」
きゃっきゃと喜んでいる1年トリオは問題外。
「・・・・・・っひ、ひぃぃぃぃ!!」
マシントレーニング室に、二人の2年生の悲鳴がこだました。
後日、食堂でクリスを見つけた沢村が
「クリス先輩、昨日の夜はありがとうございました!すっげー気持ちよかったっす!! あ、けど俺全然声我慢できなくて、うるさくってすいませんでした!」
などと叫び、まったく事情を知らない2軍メンバーが鼻から牛乳を噴出したのはまた別のお話。
書いておいて難ですが、丹波さんや増子さんのあえぎもそう悪くないんじゃないかと思いました。
クリス先輩と結城さんは、至ってまじめなんですよ。