「あ、お疲れさまっす・・・・・・」
結城と伊佐敷が浴室に入ると、3人の1年生がぐったりしていた。
挨拶をしたのは沢村だけだ。他の二人は意識があるかどうかすら定かでは無い。
「あんだ、お前らまだ入ってたのか」
「あ、俺はそろそろ上がるッスけど」
伊佐敷の言葉に反応した沢村が、のろ〜っと浴槽から立ち上がりながら春市を見た。
「春っち、あがんねーの?」
「・・・・・・」
春市の声は、やや離れたところにいる結城と伊佐敷には聞き取れなかった。
「え? 脚が動かない?」
ざばざばと沢村が春市に歩み寄る。
「ほら、春っち」
沢村が春市を掴んで立ち上がらせた。そのまま、よろよろしている春市を腕に捕まらせて、二人が浴室を出て行く。
「おい降谷、置いていかれたぞ」
伊佐敷に呼ばれても降谷は反応しない。
「っつか、コイツ白目むいてんぞ、大丈夫か・・・・・・?」
そこに、春市を脱衣場に置いてきたらしい沢村が戻ってきた。
「降谷!! てめーも起きろっての!!」
沢村は今度は降谷を掴んで立ち上がらせる。
だが、春市より意識レベルが危ないらしい降谷は、自分の脚で立とうとはしなかった。
「だあああ〜もう〜〜 俺だって疲れてんだ、歩けよ!!テメー俺より図体でけーくせに!!」
沢村は半分降谷をおんぶするように引きずって、浴室を出て行った。
「マジで元気だな、沢村。練習直後にゃ死んでても、少したてば回復はする、か」
それを見送った伊佐敷が呆れたように呟く。
「合宿3日目ともなれば、1年生は降谷や亮介の弟の状態になっているのが普通だな」
「去年は倉持とかああだったな! 今は随分と偉そうになったもんだ」
がはは、と笑った伊佐敷をちらりと横目で見、結城が考え込んだ。
「4月からずっと、他の1年の倍走りこんでいたから体力はあるんだろうが。・・・・・・それだけならいいんだが」
「あんだよ哲。気になることでもあんのか?」
「クリスが、アイツは目が離せない、と言っていたからな」
「そらクリスがアレを気に入ってるからって話だろ?」
「それを言っては元も子もない」
脱衣場の方からは、沢村がぎゃあぎゃあ一人で騒いでいる声が聞こえてくる。
「降谷!!自分でパンツくらい履けよ!!ああ、寝るな春っち!!」
結城が、身体を洗いながら呟いた。
「人の世話を焼くほど体力が残っている、ならいいが、自分もそんな状況ではないのに面倒を見ている、のだったら問題だ」
「ふうん?」
一旦会話を切って、伊佐敷がシャンプーを手に取る。その間にも、脱衣場の方は騒がしかった。
「ほら、降谷・・・・・・ぐえっ、重てっ・・・・・・春っち、腕掴まって。ん?多分大丈夫だって」
聞こえてきた会話の内容に、結城が顔を上げて立ち上がる。急いで石鹸を流して脱衣場に出れば、3人はもういなかった。
パンツとスゥエットの下だけ身につけ、脱衣場から身体を乗り出してもその姿は無い。
「おい!誰か!!」
結城が大きな声を出すと、沢村たちの歩いていったのとは逆方向から声が掛けられた。
「なんだ、哲。お前が大声をだすとは、珍しい」
「クリスか。ちょうどいい。さっきまで1年の3人が風呂にはいっていたんだが」
「ん?」
「どうも、沢村が他の二人を担いでいったらしい」
クリスが目を見開く。そのままクリスが走り去り、角を曲がったところから大きな声が聞こえた。
「沢村!!」
「あ、クリスせんぱ・・・・・・うわあ!?」
どたっ、という音と共にクリスの慌てた声が聞こえる。
「沢村!?」
更に何人かが走り寄る音も聞こえた。結城の背後から、シャンプーを流してきたらしい伊佐敷がひょいっと顔を出す。
「おーおー、騒ぎになってら。俺達も行くか?」
「いや、クリスが行ったから大丈夫だろう。それより純」
「んあ?」
「全裸のままで脱衣場から出るな」
「別に男しかいねーんだし、いいだろうが」
「沢村!!」
降谷を背中に覆いかぶさられるように引きずり、春市を腕に掴まらせて歩いていた沢村は、聞きなれた声に呼び止められて振り返った。
「あ、クリスせんぱ・・・・・・」
その瞬間、疲れでがたがただった脚が、思い切り絡まって崩れ落ちる。
「うわあ!?」
「沢村!?」
降谷の重みの押しつぶされるようにひっくり返った沢村に、クリスが駆け寄ってきた。
「イッテ!!テテ・・・・・・おい降谷、上からどけろって!!」
下敷きで身動きが取れない沢村の上から、クリスが降谷をどける。
「クリス先輩、どうかしたんすか?!」
クリスの大きな声に驚いたらしい前園たちも現れた。
「大丈夫っス・・・・・・いってーーー!!」
すぐに起き上がろうとすると、沢村の右のふくらはぎに激痛が走った。
クリスの顔色が変わる。
「て、わあ!?クリス先輩!?」
いきなり横抱きにクリスに抱えられ、沢村は慌てた。
「先輩!! 大丈夫ですって!!」
「大人しくしてろ!!」
有無を言わさぬ声で言われ、黙り込む。クリスは沢村を抱えたまま前園を見た。
「前園、すまないがその二人を頼む」
「あ、はい」
そしてクリスは沢村を抱きかかえたまま、つかつかと早足で歩き始めた。
人一人抱えて、これほどのスピードで歩けるのかというほどの速さで、寮の沢村の部屋に辿りつく。
「倉持!開けてくれ!」
クリスの声に、部屋のドアが中から開いた。
「あれ、クリス先ぱ・・・・・・って、沢村!? どうしたんスか!?」
「すまん、どいてくれ」
倉持を押しのけて、クリスが部屋の中にはいる。クリスが沢村をベッドに下ろしたのを見て、増子も首を伸ばして覗き込んだ。
「どうしたんだ?」
「どうもこうも、この馬鹿・・・・・・!」
クリスが沢村のふくらはぎを掴む。
「あいてーーー!!」
「・・・・・・つっただけか」
沢村のかかとを掴み、クリスはつま先をぐっとそらせた。
「あいーーーー!!痛い痛い痛い!! クリス先輩!!」
沢村はばたばたと手を羽ばたかせるように暴れるが、クリスは手を放さない。
「我慢しろ。やっておかないと明日酷い筋肉痛になるぞ」
「ひー・・・・・・」
沢村が涙目になっていると、開いたままだったドアをノックして結城と伊佐敷もやってきた。
「何だ、哲と純も来たのか」
「騒ぎになっていたからな。どうだ、クリス?」
「つっただけだ。明日の練習は問題ないだろう」
「ならいいけどよ。しょうのねぇ野郎だ。オラ、忘れもんだ」
伊佐敷が沢村の顔面に手提げを投げつける。それは、沢村がいつも風呂に行くときに使っている袋だった。
「あ、すんません、俺こけたときに落としてきちゃっ・・・・・・あ!! 春っちと降谷は!?」
「前園たちが連れて行った。特に怪我もないようだ」
結城の言葉に、沢村はほっとして肩を落とす。
「良かった・・・・・・」
「あのー、純さん哲さん、何があったんスか?」
何がなにやら、と言った表情の倉持の問いに、伊佐敷が鼻息を鳴らした。
「そろそろ、1年連中がくたばってんだろ? んで、ソコの馬鹿は、動けないっつってる1年二人を担いで戻ってこようとしてたんだよ」
「はぁ!?」
「いや、春っちは俺に掴まって歩いてたッスよ?」
「体重かかってたら大してかわんねーよ。んで、その状態のままこけた、と」
倉持が、呆れてモノも言えないという表情で口をパクパクさせる。それから沢村に向き直り、いきなり怒鳴った。
「このバカ!! 何やってんだてめーは!!」
「えっ、だっ、だって放っておけないじゃないッスか!!」
「だったら自分で運ぼうとしないで、2軍メンバーとか呼べばいいだろ!!アホ!!」
「だって春っちと降谷は仲間だし!! 仲間が困ってたら助けるもんっしょ!?」
沢村の言葉に、室内が一瞬静まり返る。
それを打ち破ったのは結城だった。
「自分に余裕が無いときに他人を助けようとするな」
「でっでもっ」
クリスがそれに続く。
「さっきだって、転んだ拍子にあの二人が怪我をしたらどうする気だ?それに、お前の状態だって良くは無い。そんな状態で、あれだけの負荷をかけたら怪我をする可能性も高い。現に足がつっているだろう?」
クリスにじっと見つめられ、沢村は黙り込んで俯いた。更に倉持が続く。
「足がつる、くらいで済んでんのは運が良かったんだ。靭帯やっててもおかしくねぇんだからな」
「沢村ちゃん、2軍メンバーに頼るのは悪いことじゃないんだぞ、仲間なんだから。仲間を助けるもんだって言うなら、自分も仲間に頼ればいい」
言い聞かせるような増子の言葉に、伊佐敷が溜息をついて締めた。
「ま、何はどうあれ、他人を気にするより、まずはてめえ自身のことをしっかりやれってこった」
5人がかりで叱られ、沢村はしょげ返った。そんな沢村の頭にクリスが手を乗せて、立ち上がる。
「じゃあ、倉持、増子。後は任せる。今日はもう動かさせるなよ」
「分かってます」
「3人とも、世話をかけたな」
増子の言葉に倉持がヒャハハと笑った。
「増子さん、それじゃ沢村の保護者の台詞ッスよ!!」
伊佐敷がうんうんと頷く。
「クリスに増子に倉持、沢村は保護者だらけだな」
「って純さん、俺もッスか!?」
ショックを受けた倉持に、結城がしれっと口を挟んだ。
「間違ってはいないな。じゃあ、俺達は戻る。頼んだぞ」
沢村の部屋を連れ立って後にし、歩きながらふと結城が口を開いた。
「確かに、アイツは目を離すと危ないタイプだな」
「ああ、倉持も随分手を焼いているようだしな」
頷いたクリスに伊佐敷が突っ込みを入れる。
「てーかお前も手焼いてんだろうが、クリス」
「それは、まあ、そうだが・・・・・・」
らしくなく口ごもったクリスに、伊佐敷がニヤニヤした笑みを浮かべる。
「笑うな、純」
「手は焼いてるけど、そんなとこも可愛いとか思ってんだろ?」
「純!!」
赤面して声を荒げたクリスに、伊佐敷がガハハと笑った。
「アレは欠点とは言い切れ無いしな」
結城はいたって真面目だ。
「んあ?そうかよ?自分のことも出来てねー奴が何抜かしてんだ、と思ったけどな」
「出来てないうちは、だな」
結城の言葉にクリスが続く。
「アイツの場合、助けられるだけの力を身に着けようという方向に行くからな。それは成長の糧にもなるだろうが、暴走しがちでもあるし・・・・・・本当に困ったものだ」
「だが、結果的にああいうタイプは周囲を引っ張る。2年後はアイツがキャプテンになってるかも知れないな」
「そうだな・・・・・・」
意見が一致した結城とクリスに、伊佐敷が眉を上げる。
「マジかよ? アイツバカだぜ?」
「・・・・・・その辺りは、亮介の弟が何とかするだろう」
馬鹿だということは結城は全く否定しない。
「ちょっと待ってくれ、少しは頭の中身も成長することにしておいてくれ。どれだけアイツに色々教えていると思っているんだ」
がっくりと肩を落としたクリスに、結城が微笑み、伊佐敷は声を上げて笑った。
今回のテーマはお姫様抱っこでしたー。
倉持先輩、沢村の母親みたいですね・・・・・・。
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