「・・・・・・なあ、春っち」
休み時間に訪ねてきた沢村が、妙に神妙な顔をしているのを見て、春市は首をかしげた。
「どうしたの?栄純君」
「あのさ、怪我ってしたことあるか?」
「怪我?怪我って、・・・・・・勿論すりむいたとかそういう怪我のことじゃないよね?」
「うん。ほらその、靭帯とか・・・・・・」
言いながら沢村が俯く。大体どんな方向性のことがききたいのか察しが着いて、春市は苦笑した。
「クリス先輩の怪我が気になるの?」
「うお!! 何でわかんの!? 春っちってエスパー!?」
大仰に驚く沢村に春市は肩を竦めて見せる。
「野球部の人間で、栄純君がそれを言い出して、クリス先輩のことだって分からない人の方が珍しいと思うけど。でも、どうしたの急に」
「ん〜・・・・・・。俺さ、実は怪我ってすりむいたことくらいしかなくてさ」
「・・・・・・ちょっと待って捻挫とかは?」
「無いけど? あ、初めて野球やったときに、つき指はした! アレが一番でかい怪我!シップ張ったし!!」
「それも大した怪我とは言わないよ〜。すごいね、それも。体が柔らかいからかな」
「そういうもんなのか? 春っちは怪我とかは?」
「ん〜、でも俺も実は捻挫くらいしかしたこと無いんだよね、これが。クリス先輩の怪我みたいなのって、ちょっと想像もつかないなぁ」
うーん、と春市が考え込むと、沢村が溜息をついた。
「そうなんだよな。自分でなったことが無いから、どんな風に痛いのかとかさ、どうすると楽なのかとか、全然わかんねーの」
「怪我の経験なんて、無いに越したことは無いんだけどね。それにクリス先輩だって、栄純君に怪我を経験して欲しいわけ無いって分かってるでしょ?」
「それはそうなんだけどさ。やっぱり時々、ちょっと辛そうでさ、そう言うとき、どうしたらいいのかもわかんねーなんてさー」
しょぼんとした沢村を見て、春市は少し首をかしげる。
「時々辛そう? だって殆ど完治してて、無理しなきゃ痛みなんかもう殆ど無い状態まで回復してるんじゃなかったの? 練習中も、辛そうなとことか見たこと無いし・・・・・・」
「ん、練習中はクリス先輩は絶対そういう顔はしない。ただ、寮とかで一緒に居るときに、・・・・・・んーとあんまりやっぱ表情はかわんねーんだけど? なんか、『あ、痛いのかな?』って思うときがある。昨日もそうだったし」
「昨日?昨日なんか雨でグラウンド使えなかったから室内練だけ・・・・・・あー、そっか、俺それの原因分かるかも」
思い当たる節があって手を打つと、沢村がガバッと身を乗り出した。
「えっ、何!?何何何!?」
「雨が降ってたからだよ!」
「へ?雨!?」
「うん。昔兄貴がちょっと関節やったことがあってさ。もうすっかり完治してるんだけど、雨が降った日は、今でも時々痛むみたいなんだ。雨が降ると、古傷が痛むって人、結構いるよね?それと同じなんじゃないかな」
沢村が腕を組んでむーと考え込む。
「雨かぁ・・・・・・」
「うん、動かしたせいで痛いっていうんじゃないなら、多分そうだよ」
「でも、雨を降らせないようにするのは無理だよなぁ」
「ええ!? 原因から止めること考えちゃうんだ!?」
思わず春市が突っ込みを入れると、沢村がきょとんとした。
「え、だって雨が原因なんだろ?」
「そうだとは思うけど、もっと対症療法みたいなこと考えようよ・・・・・・。兄貴は、そういうときは古傷を暖めると楽になる、って言ってたよ?」
「へえ!」
呆れた春市の言葉に、沢村は興味深げに頷いた。

 
折りしもその日も午後から強い雨となり、部活は軽めの室内練習で切り上げられた。
こういう日は、沢村はクリスの部屋で、野球のルールの勉強をすることになっている。
「失礼しま〜っす」
「来たか」
クリスが沢村を招きいれ、いつものように部屋の中央の座卓に向かって座ると、沢村は何故かいつもとは左右逆の位置に座ろうとした。
「・・・・・・? 何をしているんだ、お前?」
沢村は左利きであるため、並んで座るときの左右の位置は必然的に固定される。沢村が右側に座ると、沢村の左手とクリスの右手がぶつかり合って、邪魔になってしまうのだ。
「お前の座る場所はこっち・・・・・・?」
いぶかしんで沢村の顔を見ると、沢村もじっとクリスの顔を見つめていた。
「どうしたんだ、一体」
「あの、クリス先輩」
「何だ」
「今、肩痛いんじゃないっすか?」
真剣な目で問いかけられ、クリスは僅かに目を見開いた。
確かに、今日のような雨の日は時々、肩に響くような鈍痛に悩まされることがある。だが、それを沢村に漏らしたことは無かったし、そんな顔を見せ無いように気をつけてもいたつもりだった。
「何故、そう思う?」
「なんとなく、何ですけど。カンって言うか、いつも通りっぽいけど何かクリス先輩いつもと違うな〜って思うことがあって。考えてみたら大体それって雨の日だし。雨の日って傷が痛むって言うし・・・・・・」
俯いた沢村には、その予想が当たっていると確信が出来たらしい。
「まぁ、雨が降った日は少し、な。だが怪我が悪化しているとかそういう話ではないし、お前は気にすることは無い」
苦笑してクリスが頭を撫でてやると、沢村がガバッと顔を上げる。
「そんでですね!俺、そういうときは暖めるといいって聞いたんですよ!!」
「ああ、まぁ、そうだな」
沢村の勢いに押され、僅かに身を引くと、沢村がいきなりクリスの右肩にしがみついた。
「さ、沢村!?」
「だから、こうやって暖めればいいんじゃないかと思って!!」
完全にクリスの予想の外の行動をとった、しかし本人は真剣な表情の沢村に、クリスは思わず吹き出した。
「わ、笑われたっ!?」
「いや・・・・・・お前・・・・・・」
途中までは間違いなく直球勝負だったのに、何故着地点でそういう変な曲がり方をするのか。
「お、お前な・・・・・・ふ、普通、そういうときは、自分が暖めるじゃなく、カイロか何かを持ってくるだろう・・・・・・」
「はっ!!」
言われて初めて気がつたらしい沢村に、ますます笑いが止まらなくなる。
「わ、笑わないでくださいよ!! 俺、真剣にっ・・・・・・」
「ああ、分かってる、分かっている。だから少し待て」
ようやく落ち着いて沢村を見ると、クリスの肩から離れ、しょぼんと俯いていた。
そんな様子に、微苦笑を浮かべ、クリスは沢村を抱き寄せる。
「え?」
「今日はカイロは無いしな。お前に暖めてもらうことにしよう」
「でも・・・・・・」
戸惑った様子の沢村に、クリスは笑んだ。
「確かに今、痛みが和らいだしな」
「マジっすか!?」
「ああ」
嬉しそうにすりついてくる沢村の後ろ頭を撫でる。
痛みを和らげたのは、暖めた、という物理的な行為ではなく、この沢村という人物の存在そのものであることは、クリスにはわかっている。
本人は勿論無意識なのだろう。だが、それこそが愛おしいとも思った。


 
マガジン本誌では現在6月頃かな?と思ったので梅雨時設定です。

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