「沢村。出来たぞ」
夢中になってビデオを見ていると、後ろから声を掛けられた。
「あ、はい」
返事はしつつも、クリスの出ているシーンでは、どうしても目が離せない。
沢村が生返事でソファーから動かずに居ると、後ろからソファーの背越しに抱きすくめられた。
「生身の俺よりビデオがいいのか?」
耳元で息を吹きかけられるように囁かれ、思わず肩を竦める。
「そそそ、そんなんじゃなくってですね!! 俺やっぱクリス先輩が野球やってるとこ見るの好きだなって言うか」
慌てて抱き締められたまま首だけ捻って振り返ると、唇が軽く触れ合わされた。
「ビデオならダビングしてやるから、持って帰って後で見ろ。今じゃなくてもいいだろう?」
身を乗り出したクリスがソファの背を乗り越えて、沢村の手元にあったリモコンでビデオを止める。
もう一度音を立てて唇を吸われ、沢村はきつく目を閉じた。
暖かく弾力のある感触が、まぶたの上に、頬に、額に、何度も何度も触れていく。
肩を押されてソファに倒れこむと、背中の下でぎしりとスプリングが軋む音が聞こえた。
唇に唇を押し当てるようにキスされ、うっすらと目を開ける。至近距離にクリスの優しい瞳があり、視線が絡まった。
少し苦笑しているようなクリスが不思議で、目をしっかり開けて見上げると、前髪がかきあげられて額にもう一度キスが落とされる。
「自分の出ているビデオにまで嫉妬するなんて、馬鹿馬鹿しいと自覚はあるんだけどな」
「え……」
「後ですむことは後にしてくれ。今、こうして一緒に居られる間は……お前の時間を、俺にくれないか?」
瞳の奥を覗き込むようにして囁かれた言葉に、胸がどくんと大きくはねるのを感じた。
「は…い。クリス先輩……」
たまらなくて思わず視線を伏せる。ふ、とクリスが笑みを漏らした音が聞こえた。
「お前、分かっていて煽ってるんじゃないだろうな」
クリスの手が沢村のシャツの中に忍び込み、腹をさわりと撫でる。
「ク、クリス先輩」
「……お前を食べるより食事を食べるのが先だな」
クリスの手はすぐに服を出て行き、手を取られてソファーから起こされた。そしてその手を離さないまま、指先にキスをされる。
「あ、あお、煽ってって……もー、それクリス先輩の方じゃないっすか!」
恥ずかしくて顔が見れない。掴まれたままの左手はそのままに、右手で顔を押さえると腰を抱きかかえられた。
「俺は煽っているわけではなくて、自分のしたいようにしているだけだぞ?」
そのまま、まるで外国の映画で見る、エスコートされる女性のようにキッチンへと導かれる。
「し、したいようにって」
もう何をどう言っていいのか分からない。
うろたえながらされるがままになっていると、ふと、クリスがテーブルを見て眉を顰めた。
「しまった」
「え? どうかしたんスか?」
クリスの視線を追ってテーブルを見れば、煮物に焼き魚、茄子の揚げびたしに冷奴に味噌汁にご飯。立派な和食が並んでいた。
「うわ、すげっ! クリス先輩が全部作ったんですか!?」
「ん? ああ、大して難しいものは作ってないぞ」
「えー、でもスゲーっすよ!!」
「しかし、箸が1膳しか無いのを忘れていた。参ったな」
「え?」
振り仰げばクリスが苦笑する。
「一人暮らしだから、大抵のものを一人分しか買っていないんだ」
「あっ、じゃあ俺、そこのコンビニまで行って割り箸を」
そこまで言って走り出そうとすると、強く腕を掴まれていきなり抱き締められた。
「え、え? クリス先輩?」
何か気に触ることでもあったのかと戸惑うと、ゆっくりと頭を撫でられる。
「行くな」
「え? でも、箸無いんですよね?」
「それはそうなんだが……」
妙に歯切れの悪いクリスが不思議で、沢村は首を傾げた。
「何でコンビニ行っちゃ駄目なんですか?」
クリスは無言で沢村の肩に顔を埋める。
「先輩?」
「……1秒だって離れるのが惜しい」
「っ……」
呟くような言葉に驚いて顔を見ると、クリスは苦笑していた。
「お前がそう言ってくれたのと同じ気持ちは、俺にもある」
「せ、先輩」
不意にクリスが顔を上げ、沢村を引っ張った。
「箸が1膳でも無理だということはないだろう。だから行かなくていい」
「は、はい!」
そんな、コンビニに行くくらいの僅かな時間まで惜しんでくれるなんて。
勿論沢村の方も1分1秒でも長く一緒に居たいと思っている。それはクリスも同じなのだと言うことがどうしようもなく嬉しい。
けれど、1膳の箸で食べるということは、もしかして『はい、あーん』とかやることになるのだろうか?
それはそれでやってみたいような気もするし、でも恥ずかしい気もする。
いや、交互に箸を使えばいいだけだとは思うのだけど。でも正直、どちらかと言えば、やってみたい。
一人で悶々と悩んでいると、腕を引かれてクリスの膝の上に座らされた。
「ふぎゃ!?」
いつもは沢村の方がこうしたいと強請って、クリスに怒られるか苦笑されるかのどちらかだったはずで、二人きりの時でも、今までクリスの方からこんなことをされたことはない。慌ててどけようとするとがっちりと腰を捕まえられた。
「大人しくしていろ」
「は、はい……」
これは本当にもしかして『あーん』っていう話になるのだろうか。
膝の上に乗せられたままクリスの顔を見ていると、クリスは箸を取って煮物の里芋を摘んだ。
その行方を視線で追えば、クリスが里芋を口に含む。
やっぱりそれはないよなあ、と思っているとクリスと目があって、顔が近づいてきた。
「え……むが!?」
いきなり唇が重なって、口の中に里芋が入ってくる。
混乱しつつも何とか噛んで飲み込むと、クリスが微笑んだ。
「美味いか?」
「び、びっくりして味わかんなかったッス」
正直に答えれば、クリスが少し眉を上げる。
「じゃあ、もう一回だな」
「へ?」
沢村が意味を理解する前に、クリスは再び煮物を口に含んだ。
「ま、待っ、んむ」
唇が重なって、また煮物が口に入ってくる。
とりあえず美味しい味はしているような気がするけれど、もう頭が真っ白でよく分からない。
喉につっかえそうになりながら、口を押さえて何とか飲み込んだ。顔から火が出そうというのは、きっとこういう気分のことを言うんだろう。
「どうだ?」
聞かれても声なんか出てこない。困って視線を落とすと、クリスがクスクス笑っている声が聞こえた。
「か、からかってないですか?クリス先輩……」
「いや? ほら、お前も俺に食べさせてくれ」
しれっと答えたクリスに箸を握らされる。
煮物を摘んで、そのまま箸をクリスの口に運ぼうとすると、箸の上から手を握られ、自分の口へを向きを変えられた。
やっぱり同じことをしろって言われてる、らしい。
自棄になって煮物を咥え、唇を重ねると、煮物だけではなく自分の舌まで引っ張り込まれた。
「ん、んっ」
顔を両手でしっかりと押さえられて、離れようにも離れられない。
たっぷり舌を味わわれ、ようやく離してもらえた頃にはもう息が上がっていた。頬が熱い。
もうどうしようもなくて、クリスの肩に額をつけてぐりぐりと擦りつける。
「ク、クリス先輩」
「ん?」
「これじゃ、食事を食ってるんだか俺が食われてるんだか分かんないッス〜」
「どちらか一つではなく、食事をしながらお前も食っていると言ったほうが正しいだろうな」
悪びれもせずに答えられ、ただでさえ熱かった頬が更に熱くなった。
「も、もうちょっと普通に食べましょうよ。俺おかしくなりそう」
「おかしくなってもいいぞ?」
「良くないっす!! もうクリス先輩にのぼせて鼻血吹きそうなんです!!」
正直に自分の状態を申告すると、クリスが驚いたように目を見開き、それからふわりと微笑んだ。
「まったく、お前は。そんなに俺を惚れさせてどうしようと言うんだ?」
「へ……え、え?」
「追いかけてくるのも可愛いが、今日のように戸惑っている姿もまたいいもんだと、認識を改めていたところだったのに。こんなに一緒にいればいるほど愛しくなってしまうのでは、困る」
「え、いや、え、え、え?」
しっかりと抱き締められて、ますます顔に血が登って沢村は慌てた。
「クリス先輩、ホントに俺鼻血吹きますって!! やばいんです!!」
「どうしても駄目か?」
「駄目って言うか、もうちょっと、あーんしたりとか、そういうふつーの、なんていうか、もー!!」
元々頭がいいほうじゃないのに、それ以上に本当に頭が回らない。頭の中身が固まっている気がする。
両手で顔を覆うと、頭のてっぺんにキスをされる感触がした。
「じゃあ、お前の希望通りにするか」
「え……?」
いつの間にか沢村の手から箸を取っていたクリスが、焼き魚を取る。
「ほら、『あーん』、だろう?」
目の前ににっこりと箸を差し出され、……一度どうしようもない程恥ずかしい状況になってしまえば、結局その後は何をやっても恥ずかしいのだと言うことを、沢村は今日初めて思い知った。
2時間かけて食事を終え、沢村は先に風呂を借りた。
入れ替わりにクリスが風呂に入って居る間に、少しだけ家の中をうろついて、色んな場所を覗いてみる。
暑くてパンツ一枚の格好で歩き回っていると、畳まれた洗濯物の中にユニホームを見つけた。
「あ」
勿論青道のユニホームではない。先刻見たビデオの中でクリスが着ていた、大学のユニホームだ。
なんとなく手にとって、広げてみる。
……どうして、自分の持っているユニホームと同じユニホームじゃないんだろう。
じっと見ているうちに、何だか無性に悔しくなった。
悔し紛れにそのユニホームを着てみる。大きい。
尚更悔しくなってユニホームの胸元のところを握り締めると、苦笑したような声が聞こえた。
「俺のユニホームを着て、何でそんな顔をしているんだ、お前は」
はっとして顔を上げると、風呂上りのクリスが近寄ってくる。
「あ、スイマセン、なんとなく着てみたくなって」
「着てみたくて着たわりには、何か不満がありそうな顔に見えたが?」
「う……そ、その。ちょっと、悔しくなって」
言いにくくて口をつぐむが、クリスに頭を撫でられ、沢村は言葉を続けた。
「これと同じユニホーム着てる人たちは、クリス先輩と一緒に練習したり、球受けてもらったりしてるんだなって思ったら、悔しくなっちゃったんです。それに、さっき見たビデオのクリス先輩はやっぱり凄くて……俺なんかぜんぜん変わってないのに、クリス先輩は、青道にいたときよりももっともっと凄くなってて。何か、置いていかれた、みたいな気がして」
唇を噛んでうつむくと、頬をつかまれて持ち上げられ、視線が合わされる。
「環境が違うんだから、当たり前だろう?」
「でも、それじゃ……俺、いつまでたってもクリス先輩に追いつけないじゃないですか」
追いつきたくて追いつきたくて、必死に努力しているのに、むしろその差は開いていく。
「馬鹿だな」
口を尖らせると、頭の上でクリスが苦笑を漏らした音が聞こえて、そっと額に唇が触れた。
「大体、成長なんてものは自分で客観的に判断できるものではないし、一概にどれだけ成長したかなんて、はっきり数字に出来るものではないだろう?」
しっかりと抱き締められ、後ろ頭を撫でられる。
「この1ヶ月で俺の方が大きく変わったように見えるのは、さっきも言ったとおり環境の違いだ。お前の環境も、進級したことで変わった部分はあるだろうが、通う学校も変わる訳ではなく、周りにいる人間も、卒業したものと新しく入学したものを除けば以前と変わらない。それに対して俺の方は、学校が変わり、住む場所が変わり、トレーニングの内容も随分変わった。それは変化があるのが当然だろう?だが、それは変化であって、必ずしも成長だとは限らない。そもそもバッテリーなんて、どんな相手と組むかによって相当変わるもんだろう」
「そーゆーもんなんですか?」
「と、少なくとも俺は思っているな。お前が基礎を鍛えている間に俺に変化があったからと言って、別に距離が開いたとは思わない。まぁ、心構え的なものには、かなりの変化があった気もするが」
「え?」
微苦笑しているクリスに腕を引かれ、ソファに並んで座る。肩に手を回されて抱き寄せられ、額に頬を摺り寄せられた。
「寮では、本当に一人きりになる時間なんて早々なかったからな。一人になると、どうも無駄に色々考えてしまう」
「クリス先輩……?」
クリスはどこか無理に感情を殺しているような気がする。
抱き寄せられた手に手を重ねると、ふ、と溜息とも苦笑ともつかない吐息が聞こえた。
「どうしてもっと一緒に居られないのか、なんて、考えても仕方がないことなのにな。どれほど苦しかろうと、それが現実ならば受け止めるしかないと、理解してはいるのに、一人で居るとどうしても割り切れない気分になる」
唇で前髪を掻き分けるようにして、額に唇が押し当てられる。
「結果として、少しでも空いてる時間は、気を紛らわせようと身体を動かすようになった。オーバーワークにはならないように気をつけてはいるけどな」
苦笑交じりの声が、記憶の片隅に引っかかった。
ああ、そうだ。こんな声で喋っていたときのクリスを知っている。
まだ出会って間もない頃。暗い瞳をしていたクリスは、こんな風に喋っていた。
あの頃ほどではないけれど、それと同じ雰囲気を感じる。
「クリス先輩! あのですね!!」
沢村は振り返って身を乗り出し、クリスの瞳を覗き込んだ。
「俺頑張りますから!!」
「ん?」
戸惑った様子のクリスに、膝の上にまたがるようにして乗りあがり、正面から視線を真っ直ぐ合わせて逸らすことなく言葉を続ける。
「俺、頑張ってクリス先輩と同じ大学に行きますから!! 待っててください!!」
「沢村……」
一緒に居たいと言ってくれることは嬉しいけれど、悲しい顔をして欲しくはないのだ。
それに、悲しいことや辛いことだって。
「俺、思うんですけど」
本当に悪いことばっかりでは無いと思うのだ。
「俺、中学の頃は、本当にただ野球が楽しくてですね、楽しいだけの練習とか、そう言う野球やってたんです。それが、もう青道入ったら練習キツイし苦しいし、監督怖いしクリス先輩も最初冷たいしで」
「あ、ああ……?」
戸惑っているようなクリスに、じっと視線を合わせたまま笑いかける。
「でも、キツイ練習して、その成果が試合で出ると、すっげー嬉しかったり、初めてクリス先輩に褒めてもらったときなんか泣きそうなほど嬉しかったりで」
「泣きそうなほど、じゃ無くて実際に泣いただろう、お前は」
「そっす。そんくらい、嬉しかったんです。そんでまた、きつい練習も頑張ろうって、思えたんですよね」
クリスは無言で沢村を見つめていた。
「きっと、楽しいことばっかりじゃ、それが当たり前みたいになっちゃって、本当はどのくらい楽しいことかって分からないと思うんです。ヤなこともあるから、嬉しいことはもっと嬉しくなるし、何かヤなことがあっても、頑張ればいいことがあるって思えるから頑張れるし」
ゆっくりとクリスの手が沢村の腰に回され、その手に力が篭ったことを感じ取る。
「クリス先輩と会えなくてスッゲー寂しかったんスけど、こうして久しぶりに会うとその分スッゲー嬉しくなるし!」
「……そうか」
少しだけクリスがいつもの笑顔に戻って、ちょっとホッとした。それが嬉しくて、沢村は笑って言葉を続ける。
「俺、青道に入るとき、向こうの仲間たちと別れるのがすっげー辛かったんですけど……でもそれを我慢してこっちに来たから、俺はクリス先輩と会えたわけで。だとしたら、俺はみんなと別れなかったら、クリス先輩と知り合えなかったんだってことで、それなら、あの時は辛かったけど、今の俺から見ればそれを乗り越えてきて良かったなって思うんです。……ええとだから、どんなに苦しいことでも、それを頑張って乗り越えて幸せになった時に、辛いことがあったから幸せになれたんだなって思えたら、別に辛いことも悪いばっかりじゃないんじゃないかなって思うんです。だから、今苦しいことも、頑張って乗り越えちゃおうって」
どうにも上手く言葉が出てこない。上手く伝わっているだろうか?
目を見開いて自分を見ているクリスに少し不安になって、沢村は首を傾げた。
「えっと、その……」
クリスがふっと微笑んで、その手に力が篭る。
抱き締められて、唇が音をたてて一瞬触れ合った。
「今は辛くとも、いずれそれを乗り越えられる、その先には幸せがあると信じているから突き進むだけ、そういうことだな」
「そーです。だって、これからクリス先輩が大学で正捕手になるじゃないですか? そしたら俺は、甲子園で結果残して、大学の推薦もらって、大学でいきなりエースになるために努力すればいいだけじゃないですか! そうすれば、大学に入ってすぐバッテリー組めるし! 差が出来ちゃったなって悔しく思いますけど、俺、だからもっともっとがんばって絶対追いつきますからね!」
「前向きな奴だな、と言うより、お前は基本的に前しか見ていないな」
くすくす笑っているクリスの表情からは、暗い影は消えている。
ほっとして、沢村は両手で挟むようにクリスの頬に触れた。その手をそっと耳の後ろへと滑らせる。
「俺だって、悩んだり困ったりもしますよ? でも、俺馬鹿だからどうせ悩んでも答えなんかでてこないし。だったら悩むより突っ走っちゃえばいいかなって」
目を閉じたクリスの頬とまぶたにキスをすると、クリスの手が背に回り、しっかりと抱き締められた。
「……まあ、今日なんかは特に困ってばっかりだったみたいだな?」
軽く茶化されて、沢村は口を尖らせる。
「そ、それはだって!! クリス先輩が困ることばっかりするから!!」
「そうか? 前はお前の方からついて来たのに、一緒に風呂に入るのも駄目だと言うし」
「だ、だって……」
寮の風呂場ならばともかく、先刻みた風呂場は、まさしく一般的な一人暮らし用の風呂場だった。
「あ、あんな大きさの湯船じゃ、二人では入れないじゃないですか」
「入れると思うぞ。いま、こうしているのと同じ体勢でならな?」
クス、と笑ったクリスが、沢村の腰を掴んでぐっと引き寄せた。触れ合った部分に熱を感じ、一気に顔が熱くなる。
「は、裸でこんなふうに風呂入ったら大変なことになるじゃないですか!!」
「誰かが入ってくる心配なんか無いんだから、別に大変なことになってもまったく問題ないだろう」
クリスは笑いながら沢村の頬に唇を触れさせる。
「い、いいいいやいやいや!! ありますって!!!」
ブンブンと首を横に振ればクリスの手がユニホームの下にするりと入ってきた。
「何も風呂でやるとは言ってない。ただ、少し味見をするくらいはいいだろうと言っているだけだぞ?」
「あじ、んっ、味見ってっ……」
クリスの指がなぞったところから、どんどん身体が熱くなっていく感じがする。ぎゅっとクリスの肩を掴むと耳を軽くかまれた。
「んぁっ」
「それなりにすることもしているのに、初々しい反応をするな、お前は」
「は、は、恥ずかしいんですよ!!」
「お前、その格好の方が普通は余程恥ずかしいと思うぞ? 少し大きいユニホームを、上だけ1枚羽織っているなんて、まるでどこかのグラビアアイドルの格好だ」
「え!?」
上から下まで見られて、急にいたたまれない気分になる。
「あ、あの、勝手に着ちゃってスイマセン! 脱ぎます!!」
慌ててユニホームの裾に手をかけると、その手を押さえられた。
「脱がなくていい。結構、似合ってるしな。今日はそれを着ていろ」
耳元で吹き込むように囁いてクリスが沢村を抱きかかえて立ち上がる。
「で……も、クリス先輩、着たままって……」
クリスがふっと笑った。
「汚しても構わないぞ? 洗濯すればいいだけだしな」
ぼんやりと意識が浮上する。
ゆっくりゆっくり、はっきりと輪郭が出来ていく。
そしてそれが自分を何かが撫でているのだ、と分かったときに、それで目が覚めたのだと気がついた。
意識の片隅で、何だろう、と考えるが、どうにもまだ眠い。
まぶたが重くて動かない。
撫でているものは暖かくて気持ちいいから、起きなくてもいいや、と思った。
暖かい。
よくよく考えてみると、これが何なのか知っているような気がした。
優しく優しく、愛しむように自分の上をなぞっていく……
……手。
ああ、そうだ。これは大好きな、あの人の、手、だ。
「まったく、お前には敵わないな……」
この声は、大好きなあの人の、声。
「純粋で、真っ直ぐで」
大好きな、人。
「俺の悩みも、いつでもあっさり吹き飛ばしてしまう」
その、静かな、声。
「お前は、痛みを知らないから純粋で居るわけじゃないんだな」
優しい手は、止まることなく、撫でている。
「痛みを知ってなお、純粋で居られるほど、強い」
ああ、どうして、こんなに、眠いんだろう。
身体がどろどろに溶けてしまっているように、だるい。指先一本、動かせない。
「そんな、お前だから。こんなにも、惹かれてたまらないんだろうな」
額に、温かいしっとりしたものが触れた。
ああ、そうだ。
この人にどろどろに溶かされるまで愛されたから、こんなに眠いんだ。
「これ以上無いと言うほどお前を愛していると思うのに」
ゆっくりゆっくり、声が遠ざかるような感じがする。
意識が、また、眠りの淵に沈んでいく。
「お前と過ごせば過ごすほど、愛しさが募るばかりだ」
意識が、溶けた。
「……愛してるよ」
ユニホーム……
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2007/6/16 脱稿