「おい御幸!! 沢村のヤツみなかったか!?」
寮の5号室に入るなり、血相を変えた倉持に問いかけられ、御幸は首を横に振った。
「いや、見てないけど? 何、居ないのかアイツ」
てっきりこの部屋に沢村がいると思って訪ねたのだから、御幸が沢村の行方を知るわけがない。横に首を振ると、倉持は舌打ちをした。
「病み上がりのくせにいつの間にかベッドから抜け出してやがった! ったくあのバカ、どこ行きやがった!!」
倉持は明らかにイライラしている。何だかんだ言って倉持は沢村をかなり可愛がっているし、心配なのだろう。
「でももう一応熱は下がったんだろ? そう聞いたけど」
「熱だけはな。アイツまさか外に出てねぇだろーな」
「あー、確かに外に出てんのはまずいな」
沢村はここ数日、風邪をこじらせて高熱を出していた。
そのため、ほぼ隔離状態で寮の自室に閉じ込められていたのだが、ようやく風邪の症状が落ち着いたと言う話を聞いて、それで御幸は見舞いに来たところだったのだ。
「クリス先輩がいりゃクリス先輩んとこだろうけど、今先輩居ねーしな。しょーがねー、探すか」
今日は大きな寒波が来るから雪が降るかも知れないと、天気予報のキャスターが言っていたのがふと頭によぎる。沢村ならば、そんなこと気にも留めずに薄着でウロウロしていてもおかしくはない。
もう日も暮れて、ことさら冷えてきている。御幸は倉持と手分けして沢村を探すことにした。

 
「……あ」
寮の廊下で沢村を見つけて、御幸は小さく声を上げた。
流石に外出するほど馬鹿ではなかったようだが、廊下も暖房が入っているわけではないからかなり冷える。パジャマだけで上に何も羽織らずに、ぼけっと窓から空を見上げている沢村に、溜息を吐きながら歩み寄った。
「おいおい。風邪引きのくせに何やっちゃってんのお前」
声を掛けると、沢村がビクッと肩を竦める。
「……なんだ、アンタか」
ゆっくりと振り返った沢村が、むっとしたように口を尖らせたのをみて、御幸は苦笑した。
「何だじゃないだろ? クリス先輩が戻ってくるまでに風邪を治しておかないと、怒られるぜ?」
「うっ」
クリスの名が出た途端にあからさまに沢村が怯む。その様子に本当に犬だよなあと思いながら、御幸は沢村の横に並んで立った。
「何してたんだ? 窓の外に何か面白いもんでもある?」
「いや……雪、降ってるなと思って」
言われて御幸も窓の外を見る。闇の中に白い粒がひらひらと舞い降りてくるのが見えた。
「ああ、天気予報でも降るって言ってたしな」
「積もるかな」
「さあなぁ……」
そこで会話を切り、沢村は再び窓の外に視線を向ける。つられて御幸も窓へと視線を向けた。
舞い落ちる途中でかき消えてしまうのではないかというほどはかなく頼りない雪の一片のイメージが、何故か目の前の沢村と重なる。
いつもの元気な印象の沢村にそんなことを感じるのは、病み上がりの影響なのか、それともクリスがいないことが影響しているのか。
「そう言えばお前、反対しなかったのか?」
「え? 何が?」
「クリス先輩のメジャー行き。お前なんか、クリス先輩が卒業して離れるだけでもびーびー泣きそうなのに、その上アメリカなんてそう簡単に会えなくなる距離になっちゃって、平気なわけ?」
クリスが、高校卒業後にメジャーへの道を選択したと聞いたときは、正直驚いた。
確かに、アメリカ人の父を持つクリスならば、それも選択肢としては非現実的なものではないだろう。けれどそれは、日本に残る友人知人、そして恋人……そう、沢村と、そう簡単には会えなくなるということを意味している。
クリスと沢村の絆の強さを知る御幸としては、まさかクリスが沢村を置いていく選択をするとは思っていなかったのだ。
けれど、当のクリスは現在アメリカに渡り、大リーグのチームのテストを受けている。
沢村がクリスを止めたという話も聞かないし、それどころかクリスが試験の為に日本を発つ当日に、飛行場まで見送りに行って応援するなどといっていた。実際は、その直前に大風邪を引き、行けなかったのだが。
「反対なんかするわけねーだろ。メジャーって世界で一番スゲー野球が出来るとこだろ? 俺だって、強いとこでやれるなら行ってみたいって思うもん。俺も、地元の仲間裏切って一人でこっち来てるんだしさ」
どうと言うことはない、という様子で答える沢村の様子には、やっぱり違和感がある。
「反対はしなかったとしてもさ。よくあるじゃん、どんなに仲の良かったカップルでも、遠距離になって何ヶ月もすると、どんどん心が離れていって自然消滅みたいな話。不安とかないわけ?」
あまり追い詰めるべきことでも、自分が口を挟むべきことでもないのかもしれない。それでも問いかけずにいられなかった。
「別に。ちょっと離れたくらいで、絶対気持ち変わったりしねーもん」
「お前が変わらなくたってクリス先輩が変わるかもしれねーだろ」
大抵の言葉には打てば響くように返答を返す沢村が、口を半開きにして窓の外から視線を逸らさない様子を見て、少しだけ後悔する。その表情は、まるで無理に感情を押し殺しているようにしか見えなかった。
けれど今更その問いを撤回する気にもなれず、そんな沢村に視線を向けたまま口をつぐむ。僅かな沈黙ののち、沢村は少し視線を伏せて、止まったままだった唇を動かした。
「好きっていう気持ちってさ、恋愛に関することだけじゃねーじゃん」
「え?」
「仲間として好きとか、友達として好きとか、色々あるだろ。ただ普通に付き合ってるだけなら、そこにあるのは恋愛の好きだけかもしれないけど、俺はクリス先輩とはそう言うのだけじゃなくて、同じ場所で一緒に戦った仲間に対する好きとか、そういう気持ちもあると思う」
「そりゃ、そう、かもな」
「俺、もしもそういう恋愛感情がなくなっても、クリス先輩が尊敬する大切な先輩だってことは絶対変わらないし、クリス先輩だって少しは好きでいてくれるって思ってるから」
確かに、今同じチームの仲間として戦っている仲間は、・・・恐らくきっと、卒業しても変わらず掛け替えのない存在として続いていくだろうとか、その感覚は御幸にも分かる。普通の男女関係であれば、別れた途端に目も合わさなくなるような、他人よりも遠い二人になることだってごく普通にあるだろう。そこらの女の子なら、言い方は悪いが替えは利く。チームの仲間と女の子、どちらを選ぶと言われて、仲間を選ぶことに躊躇いもない。
そして、それは卒業してからもずっと続くのだろうと、理屈ではなく信じられる。きっと長いこと連絡を取らなくても、今この場所でともに戦った仲間なら、再会した途端に元と変わらない関係に戻れると、分かるのだ。それほどまでの濃密な信頼関係がここにある。
恐らく沢村も同じことを感じていて、恋では無くなったとしてもその感情までは無くならないと、そう思っているのだ。
しかし、だからこそ疑問だった。
普通のカップルよりよほど強い絆がある。だから平気というけれど、それほどまで深くつながりあうのに離れて平気だとは思えない。
「それ……さ。本当に平気なわけ、お前?」
と、くしゃんとくしゃみをした沢村に、あ、コイツ今病みあがりなんだっけ、と思い出した。しょうがないな、と上着を脱いでその肩にかけてやる。
「あ……、ど、ども」
「離れるってことは、こんなこともしてくれなくなるんだぜ? 今だって、風邪引いてるお前の隣に、クリス先輩はいない。それでいいのかよ、お前」
「・・・っ」
窓枠に乗せられた沢村の手が、ぎりっと爪を立てた。
「お前は……お前には、クリス先輩に行って欲しくないってわがまま言う資格あるんじゃねぇの?」
あえて抑揚のない、感情を押し殺した声色で、御幸は淡々と問いかける。しかし沢村は、迷うことなくきっぱりと答えた。
「言わねぇ。俺だって、もっと強いとこで野球したいって、その夢追いかけてきたからクリス先輩に会えたんだ。だからクリス先輩の夢、邪魔したくねぇ」
その言葉は、拒絶だ。沢村も、きっと本当は離れることそれ自体は嫌なのだ。
でも、野球に関することに置いて、その言葉を口にしてはならないと、沢村は自分で自分を押さえ込んでいる。
それこそ、クリスが居ない場所で、他の人間に対して愚痴ることさえ、拒絶するほどに。
「沢村……」
「……アンタこそ、どうなんだよ? アンタだってスゲークリス先輩のこと尊敬してて、……ここにだってクリス先輩追っかけてきたんだって聞いたけど。止めたりとかしないのかよ?」
きっと睨むように視線を向けられて、御幸は苦笑する。
「俺にはそれを頼む資格はねぇよ」
追いかけることは出来る。けれど、引き止める資格は、御幸にはない。
……いや、同じ東京内で高校を追ってくる事はできたが、流石にアメリカまで追うことは難しい。御幸の中にはまだクリスとポジション争いをして見たいという気持ちが強く残っているだけに、何よりも悔しさが先にたった。
沢村がクリスを引き止めて、クリスが大学進学をしてくれれば、とそう思っている部分も否めない。国内の大学なら、まだ追っていくチャンスもある。けれど、特にアメリカに大きなツテがあるわけでなく、クリスを追うためだけにメジャーを目指すのは、リスクが高すぎてどう考えても現実的ではなかった。
仮に御幸がそれを望んだとしても、後押ししてくれる身近な人間は一人も居ないだろう。それこそきっと、クリス本人にさえ反対される。
沢村が不思議そうな顔で御幸を見ているが、しかしそれを言う気にはなれなかった。
数瞬の静寂のあと、唐突に音楽が鳴り響く。
沢村が慌ててパジャマ代わりのスゥエットのポケットから、着メロを鳴らしている携帯電話を取り出した。
「もしも……えっ、クリス先輩!?」
途中で沢村の声色が変わった。明らかに表情がほころんだのを見て、御幸は目を伏せる。
クリスを尊敬し、敬愛するのとは別に、御幸は沢村を気に入ってもいた。
クリスを引き止めてくれれば、と思うのも事実ではあるが、沢村が必死で自分を押し殺しているのも見ていたくはない。
自分では沢村に本音を吐き出させることは出来ないが……むしろ、クリス本人ならば、沢村の閉ざされた感情を引き出すことが出来るのかもしれない。
「電話切ったらすぐに部屋に戻れよ」?
ぱしっと軽く沢村の後ろ頭を叩いて、御幸はその場を後にした。


去って行く御幸の背中に軽くお辞儀をして、沢村は携帯電話を握りなおした。
「クリス先輩、えっと……どう、したんですか?」
一週間以上ぶりに聞く、大切な人の声に、沢村の胸は否応なしに高鳴っている。
携帯電話を握り締める手には既に汗がにじみ、どんな小さな声でも聞き逃すまいと、自然、自分の声も小さくなった。
『お前に……伝えたいことがあってな』
「えっ、な、何ですか?」
携帯から聞こえるクリスの声は、何時もの通り静かで穏やかで、けれど何故かその声が沢村を興奮させる。
上ずった声で問い返すと、電話の向こうで、少しクスリと笑った声が聞こえた。
『入団テストを受けた球団からの回答が、ついさっき、あってな。3Aだが……受かった』
「えっ……」
告げられた内容に、息を飲む。
喜びと、安堵と、寂しさと全てがない交ぜになったような感情がどっと胸中に押し寄せ、感情の渦の中に取り込まれたような気がした。
「おっ、おめでとうございます!! クリス先輩なら、絶対受かるって思ってました!!」
その言葉には嘘はない。クリスに野球を続けて欲しいとずっと思っていたことも、その道がつながったことに対する喜びも、皆沢村の中に間違いなく存在する。
その中に、抜けない棘が刺さっているかのように、会えなくなるのだという寂しさがちくりと痛みを残した。
御幸に言われるまでもない。沢村とて分かっている。けれど、それをクリスに知られたら、クリスを困らせるだけなのだ。だからこそ沢村はその痛みを飲み込んだ。
『ありがとう。……一番にお前に、伝えたくて、な。まだ親父にも連絡していないんだ』
少しはにかんだような、穏やかに喜びを感じさせるクリスの声色に、胸がドキリと跳ねる。
こんなにも、クリスは自分を大切にしてくれているのに、寂しいなどと感じてしまう自分が、恥ずかしい……というより、悔しかった。
大切にしてくれていると感じて尚、沢村の胸に刺さった棘の痛みは消えていないのだ。
『お前は、今何をしていたんだ? 風邪は治ったか?』
「あ、は、はい!! もうすっかり元気っす!!」
『本当か? ちゃんと暖かくしているんだろうな』
「はうっ……」
思わずパジャマでウロウロしてて御幸に注意され、しかもそのまま部屋に戻っていない現状に思いが至り、言葉に詰まる。
携帯の向こうでクリスの溜息が聞こえた。
『はうっとは何だ。後で倉持にでも確認しておいた方が良さそうだな』
「いいいいいいいえ! いえ!! ほほほ、本当に大丈夫っすから!!」
『……まったく』
どうやら、沢村が嘘をついていることはしっかりクリスにばれてしまったらしい。
『そっちは……もう夜も遅いだろう、きちんと暖かくしておけ』
「え、そっちは、って?」
『時差があるからな。こっちは夜明けだ』
「そうなんですか……」
その言葉に、自分たちの間に今現在存在する距離を感じて、つい声が沈んだ。それが自分でもはっきり分かるほどで、沢村は慌てて言葉を繋げる。
「そ、そんなに昼と夜まで違うんじゃ、やっぱ天気も違うっすよね。こっちは今、雪降ってますよ」
『奇遇だな、雪はこっちでも降っている』
「え、そうなんすか。でもそう言えば、あんま東京って雪降らないんですよね、確か? 12月で、こんなに雪がないなんて、俺信じらんないッスもん」
外を見ると、地面に舞い落ちた雪がうっすらとあたりを白く染めていた。
『そうだな、あまり積もることはない』
「今、ちょっと白くなってますけど。長野は、凄いんすよ。もう、何もかも全部雪に埋まるっつーか」
『ああ、凄いらしいな。見たことは無いが』
「クリス先輩、いつか俺のうちに来てくださいよ! 凄いです、から……」
その『いつか』がいつになるのか、クリスはアメリカに行ってしまうのだと思ったら、やっぱり泣きたくなった。どうにも我慢が出来なくなっていて困る。
『そうだな、時間はいくらでもある。お前が3年になってからでもいいな』
「え?」
何を言われたのかと思って問い返すと、クリスは暫し無言になった。
『沢村、お前、将来のことは何か考えているか?』
「え? しょ、将来ッスか?」
『ああ、プロ選手になりたいとか……まあ、高校卒業後のことだな』
「いや、俺は特に何も考えてないッスけど……」
正直、あまりに先のこと過ぎて考えてみたこともない。今はまだ、自分がこのチームでエースになるという目標を追うだけで精一杯だ。
『もしも……お前に、その気があればなんだが……』
「はい?」
『あ、いや……』
少し迷っているようなクリスの声色に、不思議に思いながら沢村は無言で続きを待った。携帯の向こうで、ゆっくりと大きく息を吸う音が聞こえる。
『お前も、高校を卒業したらメジャーに来ないか?』
「えっ……」
『前から考えていた。日本のプロは、ドラフト制度のせいで、自分で入りたいチームを選択することが全く出来ない。その上、FAの資格を手に入れるまでに10年もかかる。だから……余程運が良くなければ、お前と同じチームでプレイすることが出来ない』
心臓がドクリと大きく跳ねた気がして、沢村は胸の上を右手で強く掴んだ。
もしかして……という思いが膨らみ、でもまさか、という思いとせめぎあって胸がはちきれそうな気分になる。
『それが嫌で、メジャーを受けた。メジャーならもうちょっと融通が利くから……いや、お前がついてきてくれると勝手に決めていたわけではないんだが、……ついてきてくれないか?』
「クリス、先輩……」
『どうするのか決めるのはお前だ。日本のプロを目指すと言うなら……』
「行きます!! アメリカでもどこでも!! クリス先輩のいるところに!!」
ツーンと鼻の奥が痛くなって、ぼろっと涙が零れ落ちる。鼻をすすると、携帯の向こうで苦笑した声が聞こえた。
『泣いているのか』
「だって、だって俺っ……」
そこまで想ってくれているなんて、知らなかった。
「俺……っ、クリス先輩と一緒の寮に居るときみたいにはいられなくなるのは当たり前で仕方の無いことで、クリス先輩もだからきっと全然平気なんだから、俺も寂しいなんて言っちゃ駄目だってずっと思ってっ……」
『バカだな。平気なわけがないだろう。俺だって……寂しい』
クリスも同じ気持ちで居てくれたのだと、そう分かると、もうどうにも我慢が出来なくなった。
「うえぇぇぇぇっ……」
『泣くな。なんで今そばに居て抱き締めてやれないのかと、悔しくなる』
「クリス先輩、クリス先輩ぃぃ……」
『沢村……』
電話の向こうでクリスが本当に困っているのが分かったけれど、どうしても止まらない。
『こんなことなら、戻ってから言えばよかったな』
「それよりアメリカ行く前にいってってくださいよっ」
『先に言って、テストに落ちたら情けないだろうが』
「クリス先輩が落ちるわけないじゃないですか!!」
八つ当たりのようなことを言うと、クリスの笑い声が聞こえた。
「先輩、今すぐ会いたいッス」
『俺もだ。契約を交わしたらすぐ戻るから、大人しく待っていろ』
「うっす……。でも、いっぺん戻ってきても、またすぐ、アメリカ行っちゃうんスよね……」
クリスを追ってアメリカに行く。けれどそれは沢村が卒業後のことで、高校卒業までの2年間は、ろくに会えないことに変わりは無い。
『沢村、2年だ。2年間は、俺達の歩く道は別れ別れになるが、2年たったらその道は一つになる。その後はもう、2度とお前を離しはしない』
「……はいっ」
迷いのない声で告げられ、沢村はごしごしと目をぬぐった。クリスの言うことなのだ、自分はただ信じてついていけばいい。
『それよりお前、ちゃんと2年間成長していないと、入団試験に落ちたなんてことになったら目も当てられないぞ』
「あわわわ!? ははははいっ!! 頑張るッス!!」
慌てて気合を入れなおすと、クリスが笑った。
『お前が3年になった冬に、お前の地元に一緒に行こう。そのときまでお前の気持ちが変わっていなければ、俺からメジャーについてご両親に説明するのが良さそうだしな』
「変わるわけないッスよ!! へへ、マジで雪凄いっすよ!! 絶対クリス先輩驚きますから! 俺のクリス先輩好きって気持ちとどっちが多いかってくらい多いんすから!!」
『沢村、雪は溶けるぞ。お前の気持ちも溶けるのか?』
「溶けないっす!! だから俺の勝ち!!」
『まったく、お前は』
へへっと笑えば、クリスもふっと笑っている息が聞こえる。
『それじゃあ、そろそろ切るぞ。ちゃんと風邪を治すんだぞ?』
「はい!! お疲れ様です!!」
ぷつっ、と小さな音とともに二人を繋いでいた電波が途切れる。
ツーツー、と小さな音を少しだけ聞いた後、沢村はふーと小さな溜息を吐いて携帯を閉じて胸に抱き締めた。
寂しいという気持ちは消えていない。
じきにクリスは卒業し、アメリカに行ってしまうということも、変わってはいない。
けれどだからこそ、その寂しさの痛みを、その棘を力に変える。
2年後に、確実にクリスの後を追っていけるだけの力をつけるために。
寂しいからこそ、いつか追いつくチャンスが来るその日のために、走り抜ける。
沢村は窓の外に目をやり、しんしんと降り積もる雪を見た後、踵を返した。

好きという気持ちは、雪のように溶けて消えることはなく、ただどこまでも降り積もり続けるのみ。


あああ、12月中にアップできなかった。

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2008.1.1 脱稿