「クリスって、案外鈍い?」
ニコニコといつもの笑顔を浮かべながらの亮介の言葉に、クリスは眉を顰める。
「どういう意味だ。何か知ってるのか?」
「知ってるって言うか……普通気がつくでしょ」
何の話題かと言えば、先刻やたらと嬉しそうにしている沢村を見かけ、クリスが声を掛けたのだ。
すると沢村は、何故かしどろもどろになった後、ろくな返事もせずに走って逃げていってしまった。
予想外の行動に、クリスは呆然とその背中を見送ってしまい、その一部始終を亮介に見られていたというわけだ。
「今のことだけで何がなんだか分かるわけは無いだろう」
憮然として言い返せば、亮介は尚更おかしそうに笑った。
「だってここ最近、沢村ずっとそわそわしてるじゃん。それって、沢村だけじゃないでしょ?」
「何?」
意味が分からず問い返しても、亮介は肩をすくめただけで回答はくれず、クリスに背を向ける。
そしてはっきりとした回答をしない代わりに、予言のような言葉を残して立ち去って行った。
「今ああだってことは、これから何日間か、クリスは沢村に避けられるんじゃない?」

その予言が当たり、クリスは数日間、沢村に避けられまくった。
何かまずいことでもしただろうかと悩んでみても、特に思い当たるものはない。
沢村本人に聞いてみようにも、顔をあわせると走って逃げていくのでつかまらない。
悶々とした数日を過ごしたある日の朝、5時に部屋のドアが激しく叩かれてクリスは目を覚ました。
「……?」
こういうことをやりそうなのは沢村だが、今クリスは沢村に避けられている。
まさかな、と思いながらクリスが部屋のドアを開けると、沢村がいた。
「さわむ……」
「クリス先輩!! バレンタインおめでとうございます!」
「……おめでとうは違わないか?」
満面の笑顔の沢村にホッとしたのもつかの間、思わず突っ込みを入れてしまってからクリスは苦笑する。
「どうしたんだ、急に」
沢村の手にはどうやらチョコレートらしきパッケージがあり、クリスに向かって差し出されていた。
「あれ? クリス先輩、あんまりびっくりしてないッスか?」
「びっくりってお前……」
「クリス先輩をびっくりさせようと思って俺ずっと頑張って隠してたのにーーー!!」
どうやらショックを受けている様子の沢村に、クリスはようやく合点が行ってため息をつく。
要するに、隠し事が出来ない沢村は、チョコレートを準備しているのをクリスに隠すために逃げ回っていただけなのだ。
「隠すも何も、いつもとアレだけ態度が違ったら、何かあるだろうと気づくだろう?」
本当は何があるのかは気づいていなかったとか、沢村が普段どおりに戻ったことの喜びが大きくて、チョコレートに意識が行かなかったのだとか、そういうことは教えてやらないことにする。
さんざん避けられて悩んだのだから、このくらいの意趣返しはいいだろう。
「ええええっ!! 俺そんなにいつもと違ったッスか!?」
「……自覚がなかったのか?」
自覚がなくてアレでは、クリスが困る。
「え、ええ〜……」
沢村は明らかにしょぼんとした。恐らく、沢村なりに頑張ったつもりだったのだろう。
俯いてぐじぐじしている沢村に、クリスは苦笑する。
「沢村。お前はただ、俺を驚かせたかっただけか? それとも、喜ばせようと思ってくれたのか?」
「!! もちろん喜んで欲しかったからッスよ!!」
ぱっと顔を上げた沢村に、クリスは微笑みかけた。
「なら、それで十分だろう? 嬉しいよ、ありがとう」
チョコレートの箱を受け取って、クリスは箱に唇を押し当てる。
「あ……は、はいっ!!」
顔を綻ばせた沢村に笑って、それからふとクリスは首をかしげた。
「しかしそれならば、俺もホワイトデーにお前を驚かせないとな?」
「えー? だって俺今それ聞いちゃってますもん、驚かないっすよ〜?」
にへ、と笑った沢村に、クリスもにやりと笑い返した。
「さて、それはどうかな? まあ、1ヵ月後を楽しみにしていろ」




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2009.02.15 脱稿