「倉持の居場所を知ってたら教えて欲しいんだな」
昼休みに1年の校舎を訪ねてきた中田に問われ、沢村は首をかしげた。
「倉持先輩? 何で俺に?」
「1年の校舎の方に行ったって聞いたんだな。アイツが一番仲がいい1年はお前なんだな」
「え、でも俺、朝練の後は見てないっスよ。一緒に探しましょうか?」
「それは助かるんだな〜」
昼の購買ダッシュに失敗してしまったので、きっと購買に今から行っても何も残っては居ない。
5時間目は自習だと聞いていたし、ならばその時間に外に出て昼食をとればいいや、と、沢村は中田に付き合うことにした。
「中田先輩って、倉持先輩と仲いいッスよね」
「ゲーム仲間なんだな」
「確かそんなこと言ってましたね。倉持先輩ゲームマニアだし」
「倉持は、何をやらせても大抵器用にこなす奴なんだな〜」
うんうん頷いている中田と並んで歩きながら、沢村は笑う。
「野球もすげーし」
「野球でもそうなんだな。倉持が一番上手いのは当然、長いことやってるショートの守備、でもそこ以外もピッチャーとキャッチャー以外なら器用にこなすんだな」
「まじッスか!?」
中田を見ると、苦笑ともつかない顔で腕組みをしていた。
「時々、出来るんだから他のポジションにコンバートしてくれといいたくなるんだな。でも一番アイツが上手いのもショートだし、言っても仕方ないのも分かってるし、そんな逃げみたいなことも言いたくは無いんだな」
その言葉に、そう言えば中田のポジションも倉持と同じ、ショートであったことに思い当たる。
そこで、降谷の顔や、御幸と宮内と小野を思い出し、沢村は無言で中田を見た。
「・・・・・・何を見てるんだな?」
「あ、いや・・・・・・中田先輩って、何で倉持先輩と仲いいんだろうと思って」
「さっきもゲーム仲間だって言ったんだな」
「ああ、そうじゃなくて。ええと、御幸先輩と宮内先輩とかあんま仲良くないし。俺と降谷だって・・・・・・」
沢村の言葉に、中田が不思議そうな顔をする。
「御幸と宮内先輩は、学年が違うんだから、大して仲が良くなくても、当たり前なんだな〜」
「それはそうですけど・・・・・・あ、でも御幸先輩と中田先輩も大して仲良くはないッスよね。御幸先輩が、そもそも仲がいい同じ学年の人って、倉持先輩とゾノ先輩くらいッスか?」
「仲が悪いというわけではないんだな。でもまあ、1軍と2軍に分かれると、確かにあまり仲良くする機会は無くなるんだな。ゾノなんかは、アイツがかなり面倒見がいいせいなんだな。お前だって、小湊や降谷以外の1年生とは、あまり関わりは多くないと思うんだな?」
「それはそうっすね。後は同じクラスの奴くらいで・・・・・・あ」
1年の校舎と2年の校舎を繋ぐ渡り廊下の外に、同じ野球部の1年生が溜まっているのを見つけ、沢村は手を振った。
「おーい!! えーとお前、東条だっけ?倉持先輩見なかったか?」
「え?あ・・・・・・」
ふいっと視線をそらされ、沢村は目を丸くする。
「何だよ?」
様子がおかしいのが気になって近寄ると、相手は引きつった笑いを浮かべた。
「見てねーよ」
「何だよ、変な顔して」
「別に、関係ねぇだろ? 用がそれだけならあっちにいけよ」
少し離れたところで足を止め、様子を見ていた中田が口を開く。
「みっともないんだな」
「え?」
沢村が振り返ると、中田は厳しい顔をしていた。
「俺何かしたッスか?」
「お前じゃないんだな、沢村」
「へ?」
中田がゆっくりと歩み寄る。
「確か、そっちの東条は、ピッチャーとしてうちの学校に入学したと思ったんだな?」
「・・・・・・!」
唇を噛み締めた東条に、沢村は訳が分からず、中田と東条を交互に見た。
「沢村は上学年との練習試合でも、1軍昇格を賭けた練習試合でも、きちんと結果を残したんだな。ちょっと打ち込まれたくらいで試合を投げるようなお前が2軍にも入れなくて、沢村が上に居るというのは当たり前のことなんだな。中学での実績なんかにすがって、自分の実力も把握できないなら、野球部なんかさっさと辞めてしまえばいいんだな」
「け、結果が全てだなんて分かってますよ!!」
言い返した東条に、中田が鼻を鳴らす。
「分かってて沢村に当たってるなら、尚更みっともないんだな。悔しかったら実力でポジションを奪えばいいんだな」
「あの・・・・・・?中田先輩、どういうことっすか?」
割って入って質問した沢村に、中田は少し笑って溜息をついた。
「お前は馬鹿なんだか鈍いんだか能天気なんだか分からないんだな〜」
「どれも褒められてないような気がするんすけど」
「それくらいは分かるらしいんだな」
沢村がむっとして唇を尖らせると、東条が苦笑いした。
「絡むのがみっともないっつーより、コイツに絡むのがそもそも無駄な気がしてきました」
「それも一理あるんだな」
「何だよ!?」
きー!と騒いだ沢村に、周囲が笑い声を上げる。
「そうだよな。あの倉持先輩とか相手に懐いてるくらいだし」
ぽつり、と1年の中の一人が漏らした言葉に、沢村は首をかしげた。
「は? 倉持先輩がどうしたって?」
「だってあの人、意地悪いだろ。お前なんかあんだけ苛められてて、よく懐く気になるよな」
「え? 俺苛められてましたっけ?」
沢村が中田に確認すると、中田は視線を逸らして溜息をつく。
「沢村に馬鹿だと言うべきか、そっちの1年に馬鹿だと言うべきか、悩みどころなんだな〜」
「えーー!? 何でっすか!?」
不満な沢村に、他の一年生たちが顔を見合わせた。
「だってお前、いっつも殴られたり蹴られたり首絞められたりしてるじゃん。外から見てても酷いって思うぞ、アレ」
「お前にほどじゃないけど、降谷にも時々してるし。乱暴だし、すぐ殴るし、パシリに使われるし・・・・・・」
「倉持先輩って、乱暴だけど意地悪なわけじゃないって」
その言葉に、ふと中田が興味深そうな表情をする。
「どうしてそう思うんだな?」
「どうしてって・・・・・・だって倉持先輩は」
何と言ったらいいのか分からず、沢村は首を捻って言葉を捜した。
「倉持先輩に殴られると、元気が出るから?」
「・・・・・・お前マゾか」
「違う!そうじゃなくて!!」
「・・・・・・お前、意外と分かってるんだな。ただの馬鹿じゃなかったんだな〜」
意味を取り違えた東条の言葉を否定していると、中田が感心したような様子で割って入る。
「中田先輩?」
「倉持がやるアレは、半分はわざとなんだな〜」
「わざと・・・・・・? そりゃわざと殴ってるんだと思うっすけど」
いぶかしんだ様子の東条に、中田が首を横に振った。
「そう言う意味じゃないんだな。簡単な話なんだな。上学年の中に1年生がいきなり放り込まれて、誰もちょっかいかけずに放っておかれたらどんな気分になるか、少し考えれば分かることなんだな。アイツは、1年の時から1軍に居るから、それを分かっているんだな。ああやって誰かが絡めば、周りに馴染みやすくなるって思ってやってるんだな」
うんうんと頷いている沢村に、中田が苦笑する。
「本当にちゃんと分かってるのか、怪しいんだな〜」
「いや、理由はよくわかんなかったっすけど、倉持先輩が居るとなんか居心地がよくなるな、っては思ってたッスよ。だから、嫌いだって思ったことないッス」
「お前、全部野生の感で動いてるんだな〜。敵か味方かを、全部感覚だけで判断してるみたいなんだな〜」
「でも、間違っちゃいないっしょ?」
にかっと笑えば、中田もニヤリと笑った。
「まあだから、倉持が意地が悪いというのは半分は間違いなんだな。人をからかうのが好きな奴だけど、本当は結構面倒見がいいやつなんだな」
「面倒見がいい!?」
横で聞いていた1年がぎょっとする。それを受けて東条が口を挟んだ。
「でも、倉持先輩ってコイツと、降谷以外の1年にちょっかいかけてるとこ見たこと無いですよ?」
「当然なんだな。誰の面倒でも見るって訳じゃないんだな。倉持は努力しない奴は鼻もひっかけないんだな」
あからさまに他のやつは努力していないと言われ、沢村を除く1年生が一様にむっとする。
「・・・・・・その代わり、倉持はそれ以外のことで差別したりしないんだな。入学してきたばかりの頃の沢村は、正直ただの素人にしか見えなかったんだな。でも努力していたから、倉持はずっと面倒を見ていたんだな」
「あ・・・・・・」
「それと、野球留学してくる奴は、地元から通う人間より上手い奴が多いんだな。だから、寮の人間の中には、寮じゃない人間を見下してるようなのもたまに居るんだな。でも、倉持は絶対にそういうことはしないんだな。自分が1軍に居るからって、2軍に居る人間に冷たくなるようなこともなかったんだな。・・・・・・わざとじゃないとしても、一軍にいる同学年とは、どうしてもあまり仲良く出来なくなることが多いんだな」
ふとそこで思い当たった顔をして、中田が沢村を見た。
「さっき言ってたのは、倉持と同じショートで、ポジション争いしてるのに、どうして仲良くしてるんだ、と聞きたかったんだな?」
「あ、そうっす。俺も降谷とは、嫌いじゃないんスけど、つい張り合っちまうから。何で仲良く出来るんだろうって思って・・・・・・」
「考えるまでも無いんだな。倉持がいい奴だからなんだな。相手が倉持じゃなかったら、こうは行かないんだな」
「そっか・・・・・・」
中田の返答に満足して沢村が笑うと、中田が苦笑する。
「なんだか、嬉しそうなんだな?」
「嬉しいっすよ!俺倉持先輩好きっすもん! 褒められたら嬉しいじゃないっすか! 倉持先輩って、乱暴っすけど、俺が駄目なことしたときはちゃんと怒ってくれるし」
「怒られるの嬉しいって、やっぱりマゾだろ」
「倉持も、半分は面倒見る為でも半分は好き好んで苛めているんだから、サドとマゾでちょうどいいみたいなんだな」
「違ーう!!」
混ぜ返されて振り返り、ふと沢村は動きを止めた。渡り廊下の屋根の上から、人の手がはみ出している。あの手は、知っている。
5時間目は選択科目の都合で、空き時間になっている。昼休みになった途端、倉持は自分だけの秘密の場所、渡り廊下の屋根の上へと向かった。
屋上なんかには人の出入りもあるが、渡り廊下の屋根の上は非常階段の手すりを飛び越えて飛び降りなくては入ることが出来ない。そのため、まず人が来ることは無い。
食堂も近場の飯屋も昼休みの間は混んでいる。昼休みが終わってからゆっくり飯を食いに行けばいい、と、倉持は屋根の上で寝転がった。
30分くらい昼寝するか。そう思って携帯のアラームをセットし、目を閉じる。
うつらうつらしかけたところで、聞きなれた声がぎゃあぎゃあ騒いでいる声に起こされた。
「沢村、アイツ・・・・・・いつでもうるせえ・・・・・・」
大あくびを一つして耳を澄ます。
「そうだよな。あの倉持先輩とか相手に懐いてるくらいだし」
「は? 倉持先輩がどうしたって?」
「だってあの人、意地悪いだろ。お前なんかあんだけ苛められてて、よく懐く気になるよな」
なんだよ、俺の陰口大会かよ、と僅かに身体を起こすと、沢村の声が聞こえた。
「え? 俺苛められてましたっけ?」
おいおい、そりゃねえだろ、と内心で突っ込むと、次いで中田の声も聞こえてきた。
「沢村に馬鹿だと言うべきか、そっちの1年に馬鹿だと言うべきか、悩みどころなんだな〜」
それはそうだ。本気でいじめをやっているわけではないが、苛めていないと言える状態でも無いと、自分でも思う。まあ、沢村は全くめげないが。
しかし、そうでもして常に目をかけていないと、沢村はすぐに暴走してしまうのだ。
だから気をつけてみているというよりは、しょっちゅう暴走するから、つい目に留まって面倒を見てしまっていると言った方が正しい。その代金があの程度の関節技なら安いものだろう。
そもそも、あんなに手がかかる奴は、他に見たことが無い。ついつい『自分が面倒を見てやらなければ』なんてガラにもないことを考えてしまうのだ。
うつ伏せに身体の向きを変え、声のするほうににじり寄る。屋根の端からこっそり下を見下ろすと、沢村が首をかしげていた。
「倉持先輩に殴られると、元気が出るから?」
なんだそりゃお前、と思わず声に出して突っ込みを入れそうになると、傍らに居た1年生がマゾか、と間髪いれずに突っ込んでいた。
普通に考えれば、むしろ沢村が一番自分に反発を覚えていそうなものだと思う。
沢村は、ある程度厳しくしないと伸びないタイプだ。もともと自分も、他人を甘やかしたり褒めてどうこうしてやるのが苦手なタイプだと言うのもあり、沢村には結構厳しくしていると思う。
懐かれてなくて当たり前と思うのに、沢村はどうやら倉持を庇う論調らしい。
「つーか中田の野郎・・・・・・余計なことぺらぺら喋りすぎだ・・・・・・!」
会話の内容になんだかいたたまれなくなり、倉持は身体を引っ込めて再び仰向けに寝転がった。
まあ、嫌われたいわけではない。嫌われても仕方ないと思っている部分はあるが、それでも個人的には、可愛がっているつもりなのだ、あれでも。
沢村がそれを分かっていると言うなら、別に悪い話じゃない。
倉持は大の字になって伸びをし、もう一度耳を澄ませた。
「倉持がいい奴だからなんだな。相手が倉持じゃなかったら、こうは行かないんだな」
「そっか・・・・・・」
「なんだか、嬉しそうなんだな?」
「嬉しいっすよ!俺倉持先輩好きっすもん! 褒められたら嬉しいじゃないっすか! 倉持先輩って、乱暴っすけど、俺が駄目なことしたときはちゃんと怒ってくれるし」
あっけらかんとした沢村の声に、僅かに自分の心臓が跳ねたのを感じる。
そういう性格の奴だというのは分かっている。けれど、その意味はどうあれ、はっきりとそう好意を声に出されるのは、慣れなかった。
倉持は人の輪の中で浮く方ではないが、その一方で、あまり他人からはっきりと好意を向けられたことも無い。中学の頃からそうだった。
つるむ友達は居る。放って置くと独りで浮いてたりする御幸や降谷とは違う。だが、沢村みたいなのは、記憶に無い。
中田が倉持を認めていたところで、沢村には関係が無い話だろう。それなのに、そんなことで喜ぶなんて。
「あーーーー!!倉持先輩みっけーーーー!!」
突然呼ばれてぎょっとして飛び起き、下を見下ろすと、沢村が目を輝かせて倉持を見上げていた。
「やっぱり!倉持先輩の手だと思ったんだ!」
「てめぇ!!空気読め、このタイミングで俺を呼ぶなバカ!!」
思わず怒鳴ってしまってから、しまったと思う。怒ってしまっては、盗み聞きをしていたのがバレバレだ。
「・・・・・・手だけでよく倉持だってわかったんだな〜」
「あ、腕時計が見えたんすよ。倉持先輩の腕時計、ちょっと変わってるし。部屋で見せてもらったことがあって」
中田と沢村は気にする様子も無い。その脇で、他の1年生が気まずそうにもじもじしていた。
少し溜息をついて、屋根から足をぶら下げるように座りなおす。
「そろそろ昼休み終わるぞ。行けよ」
追い払うように手を振ると、1年生たちは顔を見合わせた後、頭を下げて走り去った。
「・・・・・・行かせて良かったんだな〜?」
中田の言葉に笑う。
「あんなこと言われるのは慣れてんよ。それよりお前ら、珍しい組み合わせだな」
「倉持先輩を探してたからっすよ!!」
「なんだ、俺かよ?」
勢いをつけて、屋根から飛び降りる。2階程度の高さからなら、別に飛び降りても問題は無い・・・・・・倉持にとっては、だが。
膝のばねで衝撃を殺して着地し、何事もなく立ち上がると沢村が目を輝かせている。
「かっけー!!俺もやりた」
「「お前はやめておけ」んだな」
自分もやりたいと言い出しそうになった沢村を、中田と声を揃えて止めれば、沢村は口を尖らせた。
「何でっすか!? 今倉持先輩やったじゃないっすか!!」
「倉持の運動神経だから出来るんだな」
「お前がやったら怪我すんのがオチだ。もう少し選手としての自覚を持てよ」
「出来ますって!」
聞き分けようとしない沢村に、倉持はヘッドロックをかける。
「だ・め・だ・っつってんだろ、言うこと聞きやがれ!」
「そもそも倉持がそんなの見せるのが悪いんだな」
「ちょっと待て、俺のせいかよ!!」
「子供が真似したがるのは仕方ないんだな」
「ええ、それって俺が子供ってことッスか!?」
ヘッドロックにかかったままの沢村が中田に食って掛かった。
「駄目だと言われていることをやりたがるのは子供の行動なんだな」
「うううう。わ、分かりましたよ」
ようやく諦めたらしい沢村の首を放してやる。全く、コイツは中々言うことを聞かない。
「で、何で俺を探してたんだ?」
「ああ、ゲームを返しに来たんだな」
中田が差し出したゲームソフトを受け取り、倉持はケースを開いた。
「おう、確かに。けどよ、放課後の部活の時間で良かったんじゃねーの?」
「これから早退して病院に行く予定なんだな」
「病院?どっかやったのか」
「大したことは無いんだな。でもこういうのは早めに治しておかないと後で響いてくるんだな。だから今日は部活も出ない予定なんだな」
「分かった、伝えとくわ。気ぃつけて行ってこいよ」
「大丈夫なんだな」
中田が立ち去るのを見送り、ふと残された沢村を見る。
「お前は戻らねぇのか?」
「あ、俺5コマ目自習なんスよ。昼飯食いそびれたんで、どっかに食いに行こうかと」
「何だ、お前も食ってねぇのかよ。ラーメンでも食いに行くか?」
「ラーメン!いいっすね!・・・・・・あ、でも」
嬉しそうな顔をした沢村が、神妙な顔になって財布を取り出した。財布の中身とにらめっこをした後、上目遣いで倉持を見る。
「さ、300円で食えますかね、ラーメン」
「食堂じゃねぇんだからそんな安いわけねぇだろ」
「ううー・・・・・・」
しょぼんとした沢村に倉持は苦笑した。ふと思いついたことを口に出す。
「余計なトッピング無しのノーマルラーメンだったら奢ってやってもいいぜ?」
「マジっすか!!」
ぱっと表情を輝かせた沢村に、やっぱりコイツは犬だな、と内心で思った。まるで、餌付けでもしている気分だ。
だが、悪い気はしない。
「ただのラーメンだからな?」
「チャーシューおまけしてください」
「ずうずうしい野郎だな!」
沢村が自分を好いていると言った。たったそれだけのことで、こんなにも浮かれた気分になっているなんて、正直自分でもおかしいと思う。
沢村にとっては、きっと大した意味を持っていないのだろうに。
「どうせお前なんか、一番好きなのはクリス先輩なんだろうによ」
「え?」
「っと・・・・・・」
思わず本音が口をついて出た。
いや、本音じゃない、本音のはずが無い。沢村が自分よりクリスに懐いていたって、そんなこと気にするようなことじゃないはずではないか。
自分でも戸惑って倉持が口を押さえると、沢村が首をかしげた。
「・・・・・・? 俺、一番とか無いっすけど?」
「は?」
何を言い出したのかと沢村を見れば、沢村はにかっと笑っている。
「クリス先輩はクリス先輩として大好きですし、倉持先輩は倉持先輩として好きですよ?比べたこと無いッス。クリス先輩がいれば倉持先輩は要らないとか、そういうことじゃないんだから、順位になるわけ無いじゃないっすか」
あっさり言ってのけた沢村に、なんと言っていいのか分からず、倉持は顔を背けた。きっと、今意識しなくとも口の端が上がっている。
「・・・・・・クリス先輩は『大好き』で、俺は『好き』ってわけだ」
「あっ、いや、それはその」
その部分も含めて、沢村は嘘をつけるやつでは無い。だから、沢村にとって自分も必要な存在なのは間違いないのだろう。
「しょうがねぇなぁ!チャーシューメンにしてやらあ!」
「やったあ!!倉持先輩大好きッス!!」
「調子いいんだよテメーは!!」
次は、俺も大好きだといわせてやる。そんなことを思いながら、倉持は沢村の肩に腕を回した。
この話は何話か続きます。
まあ、恋を育んでいく過程と言うか、そんな感じです(笑)
いつものクリ沢の話とはまったく別の世界ということで一つ。
というわけで、この話ではクリス先輩と沢村はくっついておりません。クリス先輩は沢村の保護者です。
あれ、クリス先輩と倉持先輩の立場逆転しただけ?
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