今日の練習は午後からはオフ。
倉持は数少ないその余暇を利用して、久しぶりに服を買いに行くことにした。
最近は買い物に行く暇も中々なく、そろそろ新しいものが欲しくなっていたのだ。
「アレ、倉持先輩どっか行くんスか」
軽くシャワーを浴びてから、街中に出かけるために着替えると、寮の同室の後輩であり、しかも自分の恋人という立場でもあったりする沢村に声を掛けられた。
「おう、ちょっと街中まで買い物にな」
「あ、いいな! 俺も行きたい!!」
「却下」
「えー!! 何でッスか?!」
ついてきたいと言い出した沢村をにべもなく断ると、沢村は思い切り口をとがらせた。
「倉持、連れて行ってやればいいじゃないか。独りで行くんだったら連れて行っても構わないだろう?」
増子からのとりなしに、そーだそ−だと沢村が喚いている。それを見て、倉持は眉を顰めた。
増子は、二人の関係を知っている。本当は隠すつもりだったのだが、まあ流石に同じ部屋に一緒に寝てれば隠すにも隠し切れなくなるわけで、それを知った後も増子は態度を変えず……というより、どちらかというと祝福してくれている様子で、こういう時にも時々とりなしたりすることもあった。
「いや、まあ、なんつーか……」
増子の言うとおり、連れて行けないことは無いのだが、倉持にだって事情はある。
倉持は服にはかなり拘るほうで、買い物に行けば相当な回数の試着を繰り返す。
これが誰かと一緒に行くと、相手に悪い気がして満足行くまで試着出来ないため、気に入ったものを探せなくなるから基本的に買い物はいつも独りなのだ。
まあ、相手が御幸あたりだったら、そんな気も使わずに好き放題試着しまくってもいいが、相手が沢村となると、まあすぐに飽きそうだし、そもそも服に大して興味も無さそうだし、飽きたら大人しく待ってないでフラフラどこかに行きそうだし、とにかくまあ―――
―――それらは人に聞かれたときの口実で、結局のところ正直ベタ惚れのコイツ相手に、そんなことは出来ないと思う。恥ずかしい話だが。二人で出かけて、デートかなんてシチュエーションで、つまらなそうな顔なんかされた日にゃ本気で後悔しそうな自分がいる。だから二人で出かけるときは買い物ではなく、本気でデートするつもりで予定を立てて出かけたいのだ。
そんな本音は、とても本人相手には言えやしないが。
「テメーは服に特に興味ねぇだろ。すぐに飽きて騒ぎだしそうだからな」
「ちぇ〜、そんなこと無いッスよ〜?」
ぶつぶつ言いながらも、沢村は案外あっさり諦めた。
今度ちゃんとしたデートに連れてってやるよ、と内心でだけ呟きつつ、倉持は髪型をセットする。
ドライヤーを使っていると、沢村がじっとこちらを見ていることに気がついた。
「何だよ? カッコよくて見惚れてんのか?」
からかうように笑えば、沢村は首を傾げる。
「あー、はい」
「何だよ。文句あんなら言えよ」
気の無いようなその態度に、ちょっとむっとしてドライヤーを止めると、沢村は少し困ったように笑った。
「いや、カッコイイッスよ? でも俺、倉持先輩は寝起きの素のままありのままの顔が一番好きかな。同じ部屋じゃないと見れない特別な顔だし」
他意の無い無邪気で強烈な口説き文句に一瞬呆然とすると、沢村が嬉しそうに笑ってそのまま続ける。
「あっ、あと野球やってるときの顔も好きッス! 真剣な顔してるときが一番カッコイイし!!」
「……っだーーー!! もういい、黙れ!!」
照れくさくて顔を押さえると沢村は不思議そうな顔をした。
「一緒に行きたいならさっさと着替えろ!! テメーはダサいから俺が服見立ててやらぁ!!」
「へっ!? あっ、はいっ!!」
照れ隠しに怒鳴ると、慌てて沢村は着替え始める。
「やった! デートだ!!」
「……良かったな、沢村ちゃん」
嬉しそうな沢村に、倉持は苦笑した。
天然には、敵わない。
あれ?何でこんなバカップルに?
増子さんご愁傷様。
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2007/8/28 脱稿