「雅さん雅さん」
ぐいぐいとユニフォームを引かれて、雅功が鳴を見ると、鳴はにっこりと笑った。
「ちゅーしよ」
当然のことのように強請られ、雅功はため息をつく。
「練習中だろうが」
「練習の休憩中!」
それは確かにその通りで、グラウンドから少し外れた水道の前に二人はいる。そして、とりあえず人影が他には見当たらないのも事実だ。
「ねーちゅーしよってばー」
唐突に強請ってくるのはいつものことだが、毎度そう付き合ってもいられないと思わないでもない。
鳴は、キスや抱きついたり、手をつないだり腕に絡み付いてきたり、とにかくべたべたするのが好きらしい。
雅功も別にそういうことが嫌いなわけではないし、問題の無い時には割と好きにさせていたのだが、そのせいなのか、最近甘えぶりが度を越してきた気がする。
「雅さん、ねーってば」
鳴が背伸びをして雅功に腕を絡めてくる。
「あーっ、ったく!」
結局根負けして、雅功は鳴の背中に腕を回した。嬉しそうに目を細める鳴に顔を近づけ、口付ける。
「ん」
鳴がこういうことを強請ってきたときに、合理的な拒否理由がなければ、こちらが根負けするまで鳴は強請り続ける。それは時に力づくで押し倒されるような事態に発展することさえある。
「人がいるからダメだ」と断れば、その場面では素直にあきらめる代わりに「じゃああとでいっぱいちゅーしようね!」などと言われれば、断りようも無くなる。
ったくこいつは、と言う思いで、腰を抱く手に力をこめ、雅功の咥内に入ってきた鳴の舌を強く吸うと、鳴がもぞもぞと身じろぎした。
少し抵抗するような動きをさらにきつく抱きしめることで押さえつけ、尚更強く舌を吸うと、鳴がうなり声のような声を出した。
「んうううううう〜〜」
あからさまに文句のありそうな声に少し笑って、雅功はちゅっと音を立てて鳴と口を離した。
少しはいつも振り回される仕返しになったか、と見れば、鳴は上目遣いでにらんでいる。
「雅さん強く吸いすぎ! 舌抜けるかと思ったじゃん!!」
「テメーはいつもぎゃあぎゃあウルセェからな、抜けたくらいでちょうどいいんじゃないのか」
「ちょうどよくないって!」
そこでふっと一瞬息をついた鳴が、雅功の胸に額をもたせた。
「良くない。声出せないと困る」
そしてぐりぐりと雅功に額をこすりつけてくる。
「……なんでだ?」
そりゃあ普通に喋れる方がいいだろうが、そこまで真剣に言うのは、どういうことだ?という意味を込めて顔を覗き込むと、鳴は口を尖らせた。
「だって、声出なくなったら、『雅さん』って呼べなくなっちゃうじゃん」
驚いてまじまじと鳴の顔を見つめると、鳴がにっこりと笑う。
「俺、雅さんを呼んで、雅さんが俺を見た時の空気が好きなんだ〜。雅さんがね、俺に呼ばれて振り返るとちょっとだけ何か空気が違うの」
「そう、か?」
自分ではそんなこと意識したことも感じたことも無い。
「ん、違うよ。だから、声でなくなって雅さんを呼べなくなったら困るんだ」
嬉しそうに抱きつかれて、雅功は首の後ろを掻いた。
本当に、鳴は「たちが悪い」と思う。
「あーっ、たく!!」
鳴の顎を掴んで、もう一度唇を重ねる。
軽く何度か触れさせたあと、雅功はめったに自分からはやらない、鳴の咥内に舌を侵入させた。
その後、鳴が先ほどの仕返しとばかりに雅功の舌にすっぽんのごとく吸い付き、雅功にひっぱたかれた。そして黄金バカップルは口論しながら練習に戻ったのだった。
2010.06.03 脱稿