「いいなー雅さんすね毛もさもさで」
風呂上りに牛乳を飲みながらの鳴の言葉に、雅功は反応に困り、一瞬黙りこくった。
「……羨ましがるようなことか?」
「だって俺、スネはつるつるなんだもん」
見て見て、と鳴が足を上げる。確かにその脛には産毛のような毛が僅かに生えているだけだ。
「他のトコの毛はちゃんと生えてるけど!」
「んなの知って……」
知っているとうっかり返しそうになり、はっとして周囲を見回す。幸いにして、今は他に誰もいない。
ほっとしてため息をつきつつ鳴を見ると、鳴は雅功の足元にしゃがみこんだ。
「ったく……別に脛毛なんか生えてようが生えてなかろうが、どっちだってかまわねぇだろうが」
「良くないよ〜。脛毛ある方が男らしい!ってかんじじゃん」
鳴が雅功の脚に手を伸ばし、脛毛をさかなでるようにじょりじょりっとなで上げる。
「正月休みに実家に帰ったときさー。ねーちゃんたちが「あたしらはこんなに無駄毛処理で苦労してるのに!何で鳴だけ生えないのよ!って、寄ってたかってミニスカートはかされてさー。あっ、これねーちゃんたちと一緒にとった写メ。見て見て」
ぴょこんと飛ぶように立ち上がった鳴が、携帯電話を操作しながら雅功に身を寄せてくる。
携帯電話の画面には、鳴と、鳴と面差しの似た女性が二人、映っていた。
「お前と似てるな」
「でしょー! 姉ちゃん美人でしょ!?」
確かに美人姉妹と言って差し支えはない。
が、うっかりこの中では鳴が一番可愛いと思ってしまい、雅功は首の後ろを掻いた。
最近すっかり鳴に毒されてしまっていて、良くない。
まあ、これは鳴が明らかに女装している影響もあるだろう、と思いなおしていると、鳴は口を尖らせて首をかしげていた。
「何その反応! ねーちゃんバカにすんの?!」
「いや、そういうことじゃねぇって。確かに美人だなと思った」
「ねー! 俺と似て美人だよね!」
「……オイ」
そういう前フリか、と呆れて鳴を見ると、鳴がにまっと笑う。
が、実はそれより問題がありそうなことを考えたと言うのもあり、雅功はそれを黙殺することにした。
「あっ、そうだ! 雅さんにねーちゃん一人あげるよ!」
「は?」
「そしたらさ、顔はオレ似で脛毛は雅さんな子供生まれるじゃん! いい考えじゃない!?」
何も考えていないような無邪気な提案に、思わずむっとする。
「断る。テメェにとって俺の価値は脛毛だけか」
「あっ、違うってば! 脛毛まで雅さんを愛してるってことだよ!」
「ほー」
「てか、何で雅さん怒ってんの? オレの家族になるのそんなにイヤ? オレは雅さんとずっと一緒にいたいのに」
少し戸惑ったように見上げてくる鳴に、何で分からないのかと多少イラッとした。
「いくら似てようが、それは姉貴であってテメーじゃねぇだろうが」
「えっ」
ずっと一緒にいたいといわれたことは嬉しいと思ったが、その方法論が悪い。
「大体、テメーを貰っちまってるのに姉貴まで貰ったらご両親に申し訳がたたねぇんだよ、バカヤロウ!」
ぱぁっと表情が明るくなった鳴をみて、逆に雅功は一気に顔が熱くなった。
そっぽを向いた瞬間に、鳴が雅功に飛びついてくる。
「うんっ! ちゃんと貰ってよね!」
「うっせぇ、黙ってろ!」
ふと視界に入った鏡を見ると、雅功の顔は茹蛸のように真っ赤になっていた。これは、風呂上りなせいではない。
誰もここに入ってこなくて良かったな、と考えた雅功は、実は入るに入れなかったチームメイトが、皆外で待っていることに気づいていなかった。






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2010.07.21 脱稿