「あれー?」
ミーティングルームの扉を開けた鳴が首を傾げる。
「ねえ、マッサージの人知らない?」
稲実の寮には、毎日夕方から夜にかけて、毎日専門の整体師が通ってくる。鳴はいつも必ず整体師にマッサージを受けているのだが、今日はまだであるらしい。
が、丁度ミーティングが終わったところで、ミーティングルームに詰めていた雅功が整体師の居場所を知るわけもない。
「知らねぇ。ヒデ、知ってるか?」
一緒にミーティングをしていたメンバーに話を振ると、今井が手をあげた。
「あ、俺連絡受けたよ。今日は熱出しちゃったから来れないってさ」
「熱?ぅ?」
鳴があからさまに不満げな声を出した。
「夏なのに。夏風邪は馬鹿が引くって言うんだよ!」
「俺達に言ってもしょうがないだろ」
「そこは『普段お世話になってるんだからそんな言い方はないだろ』じゃねえのか、翼……」
苦笑している今井と、その今井に対して呆れ顔の吉沢には反応せず、鳴は口を尖らせて手を頭の後ろに組んだ。
「ちぇー。今日はマッサージ無しかあ」
いつもならば「見たいテレビがある」などとマッサージから抜け出そうとしたりする鳴も、やはりいないとなると困るらしい。
「いつも3年生差し置いて最優先でやってもらってるんだから、たまには我慢しなよ」
「翼君、何言ってんの、最優先だから面倒くさいんじゃん。他のことあっても無理矢理連れていかれるし、渋ると雅さん怒るし」
しれっと言い返す鳴の主張は、ろくでもない。
「あー、今日ちょっと張ってるのになー。こんな日に限っていないとか!」
ぐるっと肩を回した鳴の様子が気になり、雅功は立ち上がった。
「肩、おかしいのか?」
「あっ、違う違う、心配しないで! 全体的に筋肉が張ってるな、って感じなだけだから!」
「ダウンを面倒がって適当にやるからだ、ったく……」
鳴に歩みより、その二の腕を取ると、確かにいつもより、張りがあるように感じる。
「たしかにな。今日のうちにマッサージして置いた方が良さそうだ。ついて来い、俺がしてやる」
「えっ、ホント!? てか、雅さんちゃんとしたマッサージできんの!?」
「前に教わっておいたんだ。このくらいの張りなら、取れるだろ」
以前マウンドにいるピッチャーの緊張を解してやれるツボはないか、と整体師に聞きに行った事が発端で、簡単なマッサージは一通り教わっている。特に、ピッチャーである鳴には有効なマッサージをしてやれるだろう。
「行くぞ」
「うんっ! へへん、オレの身体のこと一番よく知ってんの雅さんだもんね!」
「なっ、何バカなこと言ってんだ!?」
人前で、と言おうとしたところで鳴がにや〜〜と嫌な笑いを浮かべる。
「え〜? オレピッチャーとして、って意味で言ったんだけど〜? 雅さん何想像したの〜?」
「!!」
吉沢と今井を振り返ると、そちらの二人もニヤニヤと笑っていた。
「……マッ、マッサージして欲しくねぇのか!! おいていくぞ!!」
ずかずかと早足でミーティングルームを後にすると、鳴はあはははと笑い声を上げながら雅功についてきた。


「まあでも、鳴の言う事間違ってないよね」
取り残されたミーティングルームで、今井が苦笑しながら肩を竦める。
「まあな。あんなちょっと触っただけで、身体張ってるって気づくって、ドンだけだよっては思うわな」
吉沢は吉沢で、ため息交じりの口調だ。
「雅の場合、自分が行き過ぎてるかもしれないとか思ってないもんね〜」
「天然でアレって、ちょっと性質わりぃかもなあ……」






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2010.07.22 脱稿