「まっさっさん! チューしよチュー」
「おいコラ! やめろ!」
時は甲子園の真っ最中。前日ミーティングが終わった会議室で、何人かはすぐに部屋には戻らず、雑談していた。お互い以外にも残っている場面で、当たり前のように鳴に飛びつかれ、雅功は腕を突っ張って拒否をした。
だが、鳴はその程度で諦める性格はしていない。
「いーじゃん、エース様の緊張を解すのも雅さんの仕事でしょ!」
「テメッ、こんな時ばっかり……テメーのどこが緊張してるってんだ!」
「ほらー、心の中で色々もやもやしてるかもしれないじゃーん? いーからチュー!」
鳴は本当に心の内に思うところがある時には絶対にそれを口にしたりはしない。
それを分かっていて尚、そう言われると弱いのは捕手のサガとでも言うべきか。
結局拒否しきることが出来ず、唇に唇が押し当てられ、雅功は大きくため息をついた。
以前はこんなことを人前でしたら、相当きつく叱ったものなのだが、何度叱っても変わらないため、段々諦めの境地になってきた。
周囲ももう馴れたもので……というよりは、雅功が声を荒げると、逆に鳴と一緒になって囃し立てる者までいる始末なので、極力平常心を保つことにした。
「何その反応。つまんない」
至近距離で雅功の首に腕を回したまま、鳴が不満を漏らす。
「お前が面白がるとろくな事になんねーからだ」
「ちえー」
口を尖らせる鳴の表情は、本当に緊張とは無縁のようで、雅功は内心で少し安堵する。
本当に、きつい時ほど無理をしてそれを隠そうとする奴なだけに、雅功は鳴の変調を絶対に見逃してはならない、そう考えていた。
首に抱きつかせたまま、まじまじと鳴の顔を見る。と、いつも勝気さばかりが目立つ瞳に目が留まった。
「……お前、目の色も薄いんだな」
「え? ああ、うん」
今更?とでも言いたげな鳴の後ろ頭に手を触れると、短く刈られた柔らかな髪が、するりと指の間を抜ける。
「髪も、最初は染めてんのかと思ったけど……アルビノってわけでもねえんだよな」
「ん、真っ白ではないっしょ。ちょっと色素が全体的に薄いだけ」
毎日毎日、誰よりもよく見ている顔だが、こうして至近距離でまじまじと見たことはあまりなかった。
「……雅さん?」
ちょっと戸惑ったように、鳴の眉根が寄せられる。
「他では見たことねぇ色してんな、と思ってよ。お前の目」
「そ、それは、いいんだけど」
ふと、鳴が少し顔を逸らして視線を背けた。雅功はその顎を掴んで、再び自分の方を向けさせる。
「目逸らすな。こっち見ろ」
「ちょ、ちょっ……」
抵抗するように身じろいだ鳴の頬が色づいたのが分かった。
「赤くなると本当にピンクになんだよな。日焼けはしてんのによ」
「もー!! やめてよ恥ずかしい!!」
雅功の手から逃れようと、鳴がじたばたと暴れだす。が、雅功はそれを許さず、鳴を捕まえたまま赤い頬に指を伸ばした。
「柔らけぇな。男のツラとは思えねぇ」
「やめてって言ってるでしょ!!」
放してもらえないと見るや、鳴が顔を隠すように雅功の肩に額を預ける。すると丁度、いつもハイネックのアンダーを着ている為に日焼けしていない、白いうなじが見えた。
「首まで赤ぇ……」
その首筋を指先でなぞると、雅功は鳴に力いっぱい突き飛ばされた。
「テッ……」
「何すんのさ雅さんのバカッ!! 天然スケコマシ!!」
「スケコマ……おい、どういう意味だコラ!!」
「そのまんまの意味だよ!!」
何故か涙まで浮かべて、鳴は雅功を睨んでいる。と、近くにいた今井が手を上げた。
「今のは鳴にさんせ〜い」
「な!?」
吉沢も腕を組んで大きく頷く。
「同感だ」
「何でだ!!」
納得がいかず食って掛かると、更にその場で静観していたカルロスや白河まで声をそろえた。
「天然」






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2010.07.23 脱稿