「鳴!! どこだ!!」
勢いよく雅功が扉を開ける。中にいたものが数人驚いた表情をしたが、その場所には雅功の探している人物はいなかった。
「おい! 誰か鳴を見てないか!」
「あ……、さっき、確か門のほうに……」
気おされたようにカルロスが寮の敷地の外をさす。
「すまん!」
騒がせたことと、情報をもらったことの礼をまとめて挨拶をし、雅功は早足で門の方に向かった。
とっくに、寮の門限はすぎている。が、寮内には鳴の姿は見当たらず、やはりカルロスの言うとおり外出しているのだろう。
イライラしながら雅功が門を出ると、丁度近くの通りから鳴が寮に向かって曲がってきたところだった。
「あっ雅さん」
普通に雅功を見て鳴が駆け寄ってくる。雅功は背中でこぶしを作り、鳴が完全に寄ってきてから脳天に拳骨を落とした。
「イッター!! 何すんだよ急に!!」
「このバカ!! 何時だと思ってんだ!」
「ちょっとそこのコンビニまで行っただけだよ! 確かにちょっと門限すぎてるけど、徒歩5分のコンビニくらい、いいじゃん!」
殴られたところをおさえて、鳴が涙目で反論してくる。
「コンビニで、1時間も何をやってたっつーんだ!」
雅功が鳴を見失ってから、ゆうに1時間以上経過していた。
「え? あー、マンガ立ち読みしてた……」
「そんなもん買って帰ってきてから読め!!」
その1時間の間、雅功はずっと寮の中で鳴を探していたのだ。誰にも行き先を告げずにふらっといなくなり、それほど長時間離れるなど言語道断である。
「……っていうかさあ、雅さんもしかして、怒ってるってより、心配したの?
「当然だ!」
即答すると、鳴は目を丸くして、それから少し視線を彷徨わせた。
「ええっと、その、ゴメンナサイ……」
「!? お、おう」
まさか鳴が素直に謝るとは思っておらず、雅功は目を丸くする。
「……でもさあ、雅さんちょっと心配性すぎ」
にやりと笑った鳴に、雅功は鼻を鳴らして腕を組んだ。
「心配して何が悪い! 俺はいつだってテメーを心配してんだ!」
「え、えー? そんなこと言うと、俺ずーっと雅さんにくっつくよ? 心配しないように離れないよ? その方がいい?」
「テメーがふらふらいなくなって探し回るより、その方がよっぽどいい」
「って昨日言ったの雅さんじゃん」
「いや、確かに言ったけどな」
確かに昨日そういう会話をしたのだが、現在雅功は胡坐で歴史小説を読んでおり、鳴は背中から雅功にがっしりと抱きついている状態である。
「俺は目の届く範囲にいろ、っと言ったんだが」
「オレはくっつくって言った」
鳴がぐりぐりと背中に顔をこすり付けてくる感触に、雅功はため息をついた。
「暑くねぇのか?」
「ぜーんぜん」
「……そうか」
約束してしまったものは仕方がない。雅功は鳴をそのままにして、歴史小説のページをめくり始めた。
数分後、背中に頬を寄せていた鳴が体勢をかえ、雅功の肩に顎を乗せてくる。
「ねぇ雅さん」
「何だ」
「気になんないの?」
「それは、さっき俺がお前に聞いたんだが」
「そーじゃなくてさー、俺がこんな風にしてても、そうやって何にも気にならないで、本読めちゃうのかなーって思って」
鳴の問いかけは特に不満なわけではなく、単純に疑問を投げかけてきている声色だ。雅功もそれを察し、ごく当たり前に返事をする。
「特に気にはなんねーな。お前がくっついてくるのはいつものことだし、昨日みたいに探し回るよりならいい」
「昨日みたいにって……だからさー、雅さん心配性すぎじゃない? マジで」
「心配くらい好きにさせろよ」
すると一瞬、鳴が動きを止めた。それから、急に雅功の前に回りこみ、頭を雅功の膝と本の間にねじ込んで寝転がる。
「おい! 邪魔だ!」
「いーじゃん、オレの頭の上に本置いていいからさ。雅さんはオレを好きに心配する、オレは雅さんに好きにくっつく。それでいいっしょ」
「ったく……」
鳴は強制的膝枕状態から、特にそれ以上邪魔をするつもりはないらしい。
それならばまあいいかと、雅功は再び本に視線を落とす。
そんな静かな夜は、ゆっくりと更けていった。
2010.07.24 脱稿