「ねー雅さんちょっと来て」
その日やるべきことを全て済ませ、さあ寝ようかと言う頃に、急に鳴に呼びだされ、何かあったのかと雅功は鳴に言われるがままに後をおった。
鳴が向かった先は鳴の自室で、鳴はその扉を開ける前に、笑顔を浮かべる。
「見て見て!」
ジャーン、などと鳴の口から発せられた効果音と主にドアが開けられると、雅功の目に飛び込んできたのは布団だった。
「……帰る」
「ああああ! 待って待って!」
「どうせ碌なこっちゃねぇと思ってた」
じゅうたんの上に敷かれていた布団はしっかりと二人分で、鳴が雅功を連れてそこに向かったということから考えれば、どうするつもりなのかなど、火を見るより明らかだ。
「だからちょっと待ってって! オレは雅さんと一緒に寝るならシングルベッドがいい派だし!!」
「……あ?」
「狭い方がくっつけるじゃん」
にひ、と笑った鳴に、雅功は深く深くため息をつく。
「で、じゃあコレはどういうことだ」
顎で2人分の布団をしゃくると、鳴はばたばたと靴を脱いで部屋に上がった。
「来て来て! ほら、これ触って!!」
鳴がばふばふと布団を叩く。雅功もそれに倣って布団に手のひらを置くと、その布団はひんやりとしていた。
「なんだこりゃ?」
「冷感ジェルのマットとかいうやつ! 最近テレビショッピングとかでよくやってるじゃん」
「……テレビショッピングはしらねぇが、ニュースなんかでは時々見かけるな、そういえば」
部屋の室温は明らかに30度を超えているというのに、このマットはひんやりとしていて心地よい。そういった類の寝具であると言うわけだ。
「どうしたんだこんなもん」
「さっき近くのホームセンターに行って買ってきた! だって部屋超暑いんだもん」
「そうか。まあ、それはいいとして……、二人分なのはどういうことだ?」
「オレが買いに行ったときにはもう、シングル用売り切れちゃってて、ダブルしか残ってなかったんだよ。ダブルももう残り3つとかでさー、後で「買って置けばよかった!」ってなるのやだから、ダブル買っちゃった」
「なるほど……」
それならば確かに理屈は通る。そして、鳴は自分にコレを見せようと呼んだ訳だ、と思った瞬間、鳴が更に言葉を続ける。
「で、折角ダブルなんだし、雅さん一緒に寝よ!」
「あー……」
そういうことか。
いつもは一緒に寝れば、それはもう鳴が鬱陶しく雅功に巻きついて絡み付いて、全く安眠できない。
冬でさえ暑苦しいと思うほどなのだが、今日はこのジェルマットがあり、更にダブルで寝れるためゆったりしている。
不快な思いを全くせずに、鳴と寝れると言うのも悪くない話であるし、ジェルマットの魅力も捨てがたい。
少し悩んだ後、雅功は素直に頷いた。
「お言葉に甘えるとするか」
「やったあ!」
鳴が勢いよく布団に転がる。
「じゃあ早く早く、寝よ!」
「ちょっと待ってろ、そのつもりで来てねぇから、一旦部屋に戻らないと」
「寝るだけだもん、平気っしょ〜? は〜や〜くぅ〜、オレ布団しいてる時から雅さんと寝るの楽しみで仕方なかったんだから!」
ばたばたと脚をばたつかせた鳴に、ふと先ほどの「問題点」に思い当たった。
「ちょっと待て。お前、折角ダブルなのに俺に絡み付いて寝る気じゃねぇだろうな」
「ええ〜〜〜〜?」
明らかに嬉しそうな声を出した鳴は、間違いなくそのつもりらしい。
「暑いからこんなもん買ってきたんだろ!? 何でくっつこうとすんだよ!」
「涼しく雅さんにくっつけるのが一番いーに決まってんじゃん」
「俺は嫌だぞ! コレそこまで強い効果ねぇだろうが! それにそんなことしたら俺だけじゃなくてお前だって暑くてよく寝れねぇだろ!?」
「そんなこと言わないでさあ。 ほらカモン!」
鳴がバッと両手両足を構えた。
「鳴君トラバサミ! 雅熊さんが掛かるの待ってるよ!!」
「やめろ!! んなこと言われてそこに寝れるかっ!!」
「ええ〜〜〜? どうしてもダメ?」
怒鳴ると鳴がしょぼんとする。上目遣いで見上げられて、雅功はまたため息をついた。
「巻きつかねぇなら、寝る」
「分かった、じゃあ、巻きつかないから」
鳴が自分の横をばふばふと叩いて雅功を呼ぶ。
何とか鳴の妥協も引き出せたし、それならば気が変わらないうちにさっさと寝たほうがいいかもしれないと、雅功も部屋に上がって横になった。
「えへへ。ねぇねぇ、巻きつかないから、手繋いでいい?」
「……まあ、そのくらいなら構わねぇ」
手を差し出すと、鳴が嬉しそうにその手をぎゅっと掴んでくる。
「ひんやりしてるし、雅さんいるし、今日はよく眠れそう」
にこにこしながらの鳴の言葉に、雅功は苦笑した。
「そうか。なら、寝ろ」
「うん。おやすみ」
繋いだ手とは反対の手で、鳴の頭を撫でてやると、鳴はすぐに目を閉じて寝息を立て始めた。
2010.07.25 脱稿