「はい」
食後の自由時間、ふと本でも読むかと思い雅功が文庫本を手に取った瞬間、向かい側にいた鳴が雅功の目の前に左手を差し出した。
「ん?」
思わず雅功がその手を掴むと、今度は鳴は右手でマニキュアを差し出す。
「塗って」
「おい!」
ぱっと手を放して引っ込めると、鳴がニヤニヤしながらテーブルに肘をつき、顎をその手のひらに載せた。
「いーじゃん、暇なんでしょ?」
その仕草は可愛らしく見える分だけ、余計に腹が立つ。
「暇じゃねぇよ。お前今俺が本持ったの見てただろうが」
「だからー、本読もうってするってことは、暇なんでしょ? ミットの手入れとかなら邪魔しないけど」
確かにそれはその通りなのだ。その通りなのだが、何かがおかしい。
「お前な……」
ため息交じりにマニキュアを見ると、鳴は更にぐいぐいとマニキュアを突き出してきた。
「ま、当たり前だけど雅さん本を読むよりミットの手入れ優先するでしょ? じゃあオレの爪の手入れも本を読むより優先じゃん」
「俺が優先することじゃなくてそれはお前が優先することだろうが!」
確かに空き時間だから本を読もうとしたのは認めるが、だからと言って鳴がやるべきことまでやらされるのはどうかと思う。
だが、鳴は聞き分けない。
「塗って」
「断る」
はっきりと強い口調で言い切ると、鳴は口を尖らせた。
「……わかった。じゃあもういい」
ぷいっとそっぽを向いた鳴に、そうそう我侭ばっかり聞いてられるかと内心で呟きながら再び本に手を伸ばす。と、視界の端でカルロスが浴場から出てきたのが見えた。……全裸で。
共用部には裸で出てくるな、と注意しようとした雅功より先に、鳴が声をかける。
「カルロ! マニキュア塗ってっ!」
「ちょっ、待てっ!」
裸のままのカルロスにそのままマニキュアを塗らせそうな勢いの鳴に、雅功は慌てて止めに入った。
「何。邪魔しないで」
目を据わらせて雅功を振り返る鳴は、あからさまにむつけている。
雅功は両手を挙げて、降参した。
「分かった、塗ってやるから」
途端に、ぱっと花が開くかのように鳴の表情が明るくなる。
と、テーブルを回り込んで雅功に駆け寄り、当然のように膝の上に座った。
「へへー。最初に拒否したバツとして膝抱っこで塗ってよね!」
「はぁ……」
もうため息しか出てこない。仕方なくマニキュアの蓋を開け、鳴の手を掴む。
やすりは丁寧にかけてあることを指先で触れて確認し、雅功は丁寧に刷毛を動かした。
なんだかんだ言って、こうやって甘やかしてしまうのも惚れた弱みだとでも言うのだろうか。
ふと、鳴が雅功の横顔をじっと見ているのが気になり、そちらに顔を向けると、いきなり唇を重ねられた。
「!? な、何するんだ急に!!」
「へっへー。ちゅーしたいなって思ったからしただけ〜」
2010.07.22 脱稿