「ふぅ……」
他校へ出向かっての練習試合後、汗で湿ったアンダーを脱ぎ捨てて、雅功はため息をついた。
この学校でシャワーが借りれれば良かったのだが、残念ながら今日はスケジュールの都合で、すぐに移動しなければならない。
だが、キャッチャーという職種はプロテクターのせいで相当に汗をかく上、蒸れる。
雅功は仕方なく、濡れタオルで上半身だけでも拭き取ることにした。
首筋、腕、肩、と順にタオルで拭いていると、鳴が雅功の目の前にぴょこっと顔を出してきた。
「まーさーさんっ!」
鳴の嬉しそうな声というのは、いやな予感しかしない。
「……何だ」
「オレ、拭いてあげるよ! 背中とか自分じゃ拭けないっしょ?」
「いらねぇ」
「遠慮なんかいらないし! オレと雅さんの仲じゃ〜ん」
そういっている間にも、鳴にタオルを奪い取られた。
「おいっ」
「雅さんの背中〜♪ ホントがっしりしてるよね〜」
無防備に背中を触らせたら何をするか分かったもんじゃない、と一瞬思ったが、意外にも鳴はしっかり丁寧に背中を拭いてくれている。
少しの間肩越しにその様子を窺ったあと、雅功は小さなため息とともに前を向いた。
「でっかい背中だよなあ」
憧憬がこもった声が、背後から聞こえてくる。
少し笑って好きにさせていると、鳴が手を止めて正面に回りこんできた。
「よし、背中終わり! 今度は前ね!」
「おぅ、サンキ……ってちょっと待て! 前は自分で拭くからいらねぇよ!」
「だめー、俺が拭くの! じっとしてよ、子供じゃあるまいし!」
「だっ……どっちが子供だっ!!」
あまりの言いように言い返しても、鳴は拭く手を止める様子はない。諦めてその様子を眺めていると鳴が大胸筋のあたりでふと手を止める。
「わ! 何これ凄い!」
「あ?」
「雅さん胸の谷間に汗かいてる!!」
目を丸くして見上げてくる鳴に、雅功は眉間にしわを寄せた。
「別に、驚くようなことじゃねぇだろ」
「驚くことだよ! オレ胸の汗は全部アンダーに吸い込まれるよ?! 谷間に汗たまるってのは、おっぱいがでかいってことだよ!」
鳴の言葉にぎょっとして雅功がその頭を引っぱたくと、鳴は痛っ、とうめいた。
「バカ! でかい声でおっ……とか言うな!大胸筋って言え!」
「おっぱいはおっぱいじゃん。ねーちゃんも夏はおっぱいの間に汗たまるって言ってたけど、雅さんもたまるんだー、すっげぇなー」
褒められた気もしないでもないのだが、褒められていない気もする。
「皆に教えてこよっと!」
「コラーーーッ!! 鳴!!」
どんな球でも身体の前に落とすために大胸筋は鍛えているが、おっぱいといわれると恥ずかしくなってきた。
だが鳴は首根っこを押さえる間もなく走り去り、雅功はがっくりと肩を落としたのだった。







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2010.07.29 脱稿