じぃ、と鳴が雅功を見つめている。
特に話しかけてくるでもなく、首をひねりながら、飽きることもなく眺めている。
特に何か話しかけてきたり、邪魔をしてきたりするでもないので放って置いたが、あまりにも見ている時間が長い。
鳴が大きくため息をついたところで、いい加減鬱陶しくなり、雅功は読んでいた本から視線を上げずに、話しかけた。
「鳴」
「ん、何?」
「何、はこっちの台詞だ。何ださっきからじろじろ見て」
「んー……」
鳴が首をかしげる。ちらりとそちらに視線をやると、鳴は苦笑しているようだった。
「ねね、雅さん、下半身裸で俺のTシャツ1枚だけ着る格好してみない?」
「しねぇ! つーか、着れないだろうが!」
鳴と雅功では明らかに体格が違う。鳴は時々雅功のシャツを勝手に拝借して着ていることもあるが、逆は無理があるだろう。
「だよねぇ。今日さー、クラスの女子が彼氏のシャツがどーたらこーたらって話しててさ」
「どーたらこーたらじゃわかんねぇよ」
「んーと、だからー。女の子がさ。彼氏のシャツ一枚だけ羽織って、他を着てない格好を、彼氏が喜ぶんだって。そういうのはどんな男でも喜ぶよーとか何とか」
肩を竦めた鳴を見つつ、鳴がそう言った格好をしていたときを雅功は思い起こした。
「……そんなもんか?」
「雅さん反応薄いねー。ま、雅さんらしいけどさ」
クスクス笑っている鳴に、雅功も苦笑する。
「当てはまらなくても、大した問題ねぇだろ」
雅功の恋人は鳴で、鳴は雅功から比べれば小柄ではあるが、れっきとした男だ。女性のそういった話に当てはまらないことに、なんら問題があるとも思えない。
「うん。まあ、その雅さんが見る側の話は置いておいてさ。別にオレそんな格好してなくても可愛いから問題ないし」
「テメェでいうな。で、何だ」
「逆にさー、オレだってれっきとした男なわけじゃん? で、雅さんがそういうかっこしたら萌えるかなあと思って」
で、最初の話に戻るわけか、と思い当たり、雅功は眉を顰めた。
「……明らかに一般的な事例から外れすぎだろ。普通は男の方が女よりガタイがいいってのが大前提だろうし」
「だよね。雅さん着れないんじゃ話になんないもんね。仮に着れたところで色々もろ見えだなって想像してみたら思った」
「想像すんな、そんなもん」
自分で想像してもおぞましい。
「可愛いとは思うんだけど萌えないかなって」
「可愛くもねぇ!」
「えー、可愛いとは思うよ? でもやっぱ何か違うかな」
笑っている鳴は、雅功がその想像さえ嫌がることも分かっていて笑っているようだ。
それを察し、雅功は大きくため息をつく。
「ったく、しょーもねーこと考えてんな」
「ん、しょうもないよね。でもホントにさー、何でそんな一般的な好みからこんなにはずれてんのに、オレ雅さんのこと大好きで大好きでしかたないんだろーって思ってさあ」
しみじみといいながら、再び鳴が雅功をじっと見つめてくる。
「で、その結論は出たのか?」
「んー、オレより図体でっかくて熊みたいだしさー、口うるさいしさー、我侭聞いてくんないしさー、脛毛もさもさだしさー、眉毛太いしさー、顔でかいしさー、けど、そんながっしりとしたオレの女房が、結局大好きなんだからしょうがないかなって」
にっと笑って見せた鳴は、今の悪口は怒れないでしょ?とも言いたげだ。
「ったく、馬鹿な奴だ」
わざとらしく大きくため息をつくと、鳴はむっとしたように口を尖らせる。
「なんでっ」
「当たり前だろ。そこらにごろごろいる普通の女じゃダメだからテメェと付き合ってんだろうが。連中とは違うお前が好きなんだから、連中と同じようなことする意味なんかねぇだろ」
鳴が目を丸くして、一瞬動きを止める。それから、不貞腐れたように顔を背けた。
「雅さん、それ反則」
「何がだ」
「そんなあっさり言われたら、いつも雅さんをどうやって萌えさせようか考えてる俺がばかみたいじゃん!」
「だから、馬鹿だって言ってんだろ」
「もー!!」
2010.08.01 脱稿