「なあ。今日雅の奴どうしたんだ?」
いぶかしそうに窺いながらの吉沢の言葉に、平井も首を傾げる。
「さあ……でも、やたらと鳴の方気にしてみてるよね」
正直、雅功が鳴にばかりかまけているのはいつものことだが、今日は特に酷い。
ランニングの最中もちらちらちらちら気にしているし、全体での守備練習中でも殆ど鳴ばかり見ている。
「痴話げんかでもしたかあ? 主将がこんなんじゃ下に示しがつかねぇっつーの」
「痴話げんかなんか毎日してるじゃん、あの二人は。それより、鳴もおかしいね」
「あ?」
どういう意味だ、と平井を見れば、平井は雅功のほうを指差してくるくると回して見せた。
「いつもだったら、雅が鳴の方を見てるのに気がついたら、大喜びで走ってくでしょ」
「あー、確かに」
いつもなら喧しいほど雅功にまとわりついている鳴が、今日は寄っていこうとしない。
「痴話じゃないケンカでもしたとか?」
「のわりには機嫌悪くはねぇよな。鳴はケンカすると丸分かりだろ?」
「そうだよねえ」
それに、ケンカの場合であれば、雅功は基本的に練習中に態度に出すことはない。
で、さらにそれが鳴のカンにさわり、大騒ぎされる、というのは既に何度か繰り返されたパターンである。
「ま、もう少ししたらポジション別のトレーニングに入るから、あの二人がブルペンに入ったら何か分かるんじゃない?」
そういい終わるか否かのうちに、投手・捕手組がブルペンに入っていく。
投げ始める前になにやら会話をしていた雅功と鳴だったが、そのうちいつものように投球練習を始めたのが見えた。
が、10球も投げないうちに雅功が鳴を抱えてブルペンから出てくる。
「なんだなんだ?」
「吉沢! 平井!」
雅功に呼ばれ、一瞬顔を見合わせた後、二人は雅功のところに駆け寄る。
「どうしたの、ソレ」
鳴はあからさまに不貞腐れ顔だ。
「コイツ、熱あるの隠して練習に出てやがった。寮に置いてくるから、その間練習頼む」
「平気だって言ってるのに!」
言われてよく聞いてみると、鳴の声が普段と少し違う。
「だから煩くなかったのか」
「吉さんそれどーいう意味っ」
「鳴が黙ってると静かだなってことだよ」
「翼君まで酷い!!」
キイキイ騒いでいる分には元気そうだが、確かに少しだるそうな様子もある。
「じゃ、頼んだぞ」
「了解」
「雅さん降ろしてよ!! 自分で歩けるってば!!」
「ダメだ」
まるで荷物のように軽々と運ばれていく鳴を見ながら、平井が肩を竦める。
「いや、まあ、流石って言うべきかなんというか」
「子供の体調を管理してる母親レベルだな」







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2010.08.02 脱稿