「はい、雅さん」
鳴が雅功の前に赤と白のアイスクリームをさしだす。
「今日も作ったのか」
アイスクリームと鳴を見比べると、鳴は嬉しそうに頷いた。
鳴は実家にいた頃、姉と一緒にお菓子作りをよくしていたらしく、時折思い立ったようにお菓子を作り出す。
「この赤いの、苺か?」
「うん。稲実カラーにしてみましたー。食べて食べて」
鳴に勧められて、アイスクリームをスプーンですくい、口に含んだ。
柔らかな塊はふわっと口の中で溶けて、鼻に甘い香りが抜けていく。
「旨い」
「よかったー! 今日暑いしさ!」
鳴もスプーンを手に取り、自分の分のアイスクリームを食べ始める。
「うーん、やっぱ手作りに限るよねっ!」
「アイスなんか、そんなに普通に作るもんなのか? 女がいる家だと」
焼き菓子を作ったのどうのという話は、クラスの女子が話しているのを聞くこともある。
「さあ? 普通かどうかはわかんない。うち、いとこにアレルギー持ってるのが一人いてさ。そいつが遊びに来るときはおやつは手作りで、夏はアイス作ってた。市販のアイスは殆ど食べれないとかで、喜んでたよ」
「ああ、そういうことか」
スプーンをぱくりと咥えた鳴をみていると、しみじみとこういうものがよく似合う奴だと思った。
「雅さんちは、手作りお菓子はなかったの?」
「うちはなかったな。男ばっかりだし、秋になると毎日サツマイモふかして食ったりとか、駄菓子屋に言ったりとか、とにかく質より量だ」
「あはは、らっしーねー」
女ばかりの姉妹の下である鳴から見ると、雅功の男三兄弟の家庭環境は想像もつかないものらしい。そういった話をしてやると、いつも面白そうに聞いている。
「腹が満たされりゃマシな方だぞ。すぐ下の弟が、これじゃたりんとか言って、近所の畑に入り込んでキュウリをかじってたところを捕まった時は、俺まで親と一緒に謝りにいった」
「ちょっ、何それ、どこの欠食児童!?」
鳴が楽しそうにけらけら笑うのを見て、雅功も苦笑した。
「親も恥ずかしかったらしくてな、アレ以来おやつの量は増えたから正直弟には感謝したぞ」
「雅さんも足りなかったんだ?」
「流石に畑に忍び込まなかったけどな。だからこういうしゃれたモンは学校でくらいだったな。アイスといえばガリガリくんだし」
笑っていた鳴が、ふと、笑みを消して上目遣いで雅功をじっと見つめている。
「……なんだ?」
「学校で、て何? 給食じゃでないっしょ?」
「ああ、女子が作ったとか言うのをもらったり……」
そこまで言うと、今度は鳴の目が据わってくる。
「も・て・る・ね・え」
「おい、小学生の頃の話だ! それもゴミ捨て当番のときに、重そうだったから代わりに持ってやったらお礼に持ってきたとか、そんなんだぞ!」
「それ明らかに普通にもててるじゃん!! あーやだやだ!」
鳴がふくれっつらで顔を逸らした。
「だから、んな気にするようなことは何もねぇっつってるだろうが!」
「でもどーせ今もそんな調子で女の子に優しくしてんでしょ? それに野球部の4番でもてないわけないもんね! いいねお菓子もらい放題で!」
「渡されそうになることはあるが受け取ってねぇよ!」
「何で? もらえばいいじゃん、いつもこうやって嬉しそうに俺の作ったの食べてんだから、甘いもの結構好きなんでしょ?」
あからさまにむつけた鳴に、雅功は思わずテーブルを叩いた。
「俺が好きなのは甘いもんじゃなくてテメェだっ!!」
思わず怒鳴ってから、……雅功はこのときほど時間を巻き戻せたらいいのにと思ったことはなかった。
鳴がゆっくりと振り返る。
「……え?」
雅功は頭を抱えてテーブルに突っ伏した。
「……今の、忘れろ」
「忘れるわけないじゃん! ねえ今の何!!」
鳴が雅功の腕を掴んでがくがくと揺さぶってくる。
「雅さん!」
「ああもう煩ぇな! 甘いもんはそれなりに好きだが俺が喜んで食ってるのはてめえが作ったもんだからだよ! これ以上言わせるな!!」
突っ伏したまま怒鳴るように白状すると、鳴も雅功の顔を覗き込むようにテーブルに身を伏せた。
「へへ、へへへ〜」
「……煩ぇ、黙れ」
「何で? いーじゃん。オレだって、本当はこんなにしょっちゅうお菓子作るのが趣味なわけじゃなくて、雅さんが喜んで食べてくれるのが見たくて作ってたんだから。おあいこじゃん?」
2010.08.03 脱稿