「翼くーん、吉さーん」
食堂で昼食をとっていると、遠くでそれを見つけたらしい鳴がたったっと吉沢と平井に駆け寄ってきた。
「なんだ、鳴。雅ならここにはいねーぞ」
「うん知ってる。あっちで雅さんの顔見てから来たんだもん」
にっこりと笑って首を傾げる鳴の表情はとても可愛らしい。……吉沢や平井から見れば、顔だけだが。
「珍しいね? 鳴が雅とくっ付いて昼飯食べないなんて」
鳴は昼食時いつも雅功と一緒にいる。以前は吉沢たちも一緒であったのだが、あまりにもバカップルがいちゃついて鬱陶しかったため、今は別々だ。
「ううん、すぐ雅さんとこ戻るつもりだけど、聞きたいことあって」
ちょっと困った顔で鳴が吉沢と平井の顔を交互に見る。
「何だよ」
鳴が雅功よりも吉沢や平井に聞きに来ることなど、滅多にない。無いのだが、あまりいい予感がしないのは何故なのだろうか。
「何で雅さん不機嫌なの?」
ごく当たり前のように問いかけてくる鳴に、吉沢は眉を寄せた。
「しらねぇよ……ってか」
「雅、何か不機嫌なの? 今さっき顔見たけど、普通だったよ」
吉沢の後を受けて平井が首を傾げる。が、鳴は横に首を振った。
「不機嫌だよ。ココのしわいつもより1本多くなってるもん」
ココ、と言いながら自身の眉間を指す鳴に、吉沢まで眉間の皺が増える。
「わかんねーよそんなん……」
「えー、分かりやすいじゃんかなり」
何で分からないの、とでも言いたそうな鳴に、そんなの分かるのはバカップルのテメェだけだと口に出しそうになり、吉沢はすんでのところで口をつぐんだ。
鳴の機嫌を損ねると、煩くなるのは実は鳴だけではないのだ。
「まあそれはそれとして、不機嫌な理由はわかんないなあ。鳴のせいじゃないの?」
吉沢の言いたいことはよく分かっている、と言った様子の平井が、代わりにありえそうなことを指摘する。
「今日はオレ、雅さん怒らせるようなことやってないよー」
「やってないって思ってるのはお前だけとかじゃねぇ?」
「ないない! だってオレ雅さんが怒るなーってのはいつも分かってやってるもん! きょうは何もやってない!」
えっへん、と腰に手を当てて胸をそらした鳴の背後に、ぬぅっと巨大な影が現れる。
「……そのほうがタチ悪ぃだろうが」
「あ、雅さん」
鳴が見上げるように振り替えると、雅功が腕を組んだ。
「何やってんだ、こんなとこで」
いつもまとわりつかれて鬱陶しいなどといいながらも、鳴が来なければ雅功はこうして迎えに来る。結局はバカップルなんだよなあと思いながら、吉沢は二人の会話の成り行きを見守った。
「雅さんが機嫌悪いから、理由知らない?って聞いてた」
「悪くねぇ」
「ほら悪いじゃん! かなり悪いよ、何で!?」
抑揚なくつげた雅功に食って掛かる鳴を見て、吉沢はため息をつく。
「今の会話のどこが「ほら」につながるのかわかんねぇ……」
「機嫌悪くなかったら、雅さんは「何言ってんだ、大体そういうことは直接聞けばいいだろ」とか言うじゃん! いきなり否定するのは機嫌が悪いんだよ!」
「言われてみればそれもそうかなとは思うけど……」

平井も呆れ顔だ。 「だから悪くねぇよ!! 悪くなる理由ねぇ!」
強い口調で否定した雅功に、鳴があからさまに不機嫌になる。
「機嫌が悪い理由隠したいってわけだ。ふーん」
「だから、別に……」
「もういいよ! オレ今日はカルロたちとご飯食べるから!」
ぷいっと踵を返した雅功に、今度は不機嫌なことを隠そうともしない雅功の声が呼び止めた。
「……鳴」
「何?」
だが、肩越しに振り返った鳴はふくれっつらである。
「お前、さっきの体育の時間何やってた?」
「え? 何でさっき体育だったって知ってるの? さっきは、カルロたちのクラスと一緒に体育で〜……」
そこまで言って、鳴が何かにはたと思い当たった様子を見せる。
「……見てた? もしかして」
鳴がおそるおそる雅功を窺うように、上目遣いで見上げた。
「カルロスがシュート決めた後、何してた」
「あ、あは、あはは、ワールドカップのマネ?」
「ワールドカップじゃシュート決まったらキスする習慣でもあんのか?」
地底の底を這うような雅功の声色に、鳴が本気で慌て始める。
「やっ、まっ、ちょっ、アレはノリっていうか、冗談でやっただけだからね!?」
「俺が見てたのを知らないでやってた、つーことはいつでもああいうことしているわけだなお前」
怒っている雅功をみつつ、成る程そういうことで隠そうとしたのか、と吉沢は思い当たった。下手に「カルロスにキスしただろう」などといきなり怒っても、鳴の場合「妬いたの?」などと言い出して怒りをうやむやにされることがあるからだ。つまり。
「てか、まっ、ていうか雅さんもしかしてマジ切れしてる?!」
「……」
むっつりと黙っている雅功は、うやむやにさせる気はないほど怒っていたわけだ、と、その無言の肯定に吉沢はため息をついた。
と、その音で気がついたように鳴がこちらを振り返る。
「わーん! 吉さん翼君もなんか言ってよ!」
「断る」
取り付く島もないほどはっきり断ると、平井もそれにならった。
「鳴が悪いね。がっつりしかられなよ」
「わーん二人とも冷たいっ!」
鳴が地団太を踏んでいるまに、雅功がきびすを返して立ち去っていく。
「あっ、ちょっと雅さんってばー!! 待ってよ〜〜〜!!」
慌てたように雅功を追っていく鳴を眺めて、その背が二つとも見えなくなったところで、吉沢はげんなりして呟いた。
「ったく、毎回毎回巻き込まれるのはたまったもんじゃねぇな……」
「台風が通り過ぎてったみたいだよね……でも雅が収まってないよね、午後からの練習もあんな調子かなぁ」
「うげ……」








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2010.08.22 脱稿