周りをうろうろしている鳴を放置してミットの手入れをしていると、おもむろに鳴が背中から雅功に抱きついた。
今は雅功は席に着席しているため、まるで覆いかぶさっているような状態である。
「おい」
「膝乗りたい」
「俺はミットの手入れ中なんだよ」
「いーじゃん、邪魔にならないように横向きに座るからさ」
そういっている間にも、鳴は無理矢理雅功の上体を押しのけて膝に乗ってくる。
「おい!」
「にひ」
「にひ、じゃねぇ。邪魔すんな」
「だって、もうすぐ終わるでしょ? 手入れ」
どうやらそれを見越して乗ってきたらしい。
「ったく……もう少しだけ待ってらんねーのか」
「邪魔にならない程度にしてるじゃん」
鳴が雅功の肩にすりすりとこめかみの辺りを擦り付ける。
確かに鳴の言うとおり、手入れを続けられないほど邪魔ではなかったので、雅功は小さくため息をついた後、ミットの手入れを続行した。
しっかりと細部まで磨いている手元を、鳴がじっと見ている。
「いつも思うけど、ホント丁寧だよねぇ」
「大事な相棒だからな」
「オレと扱い同じ?」
くすくす笑う鳴に雅功も苦笑して、ミットを袋に片付けた。
「意味違ぇだろ。ミットは膝に乗ってきたりしねぇし」
「えー、オレも雅さんにいっぱい手入れして欲しいなー」
雅功がミットを除けるのを待ちかねたように、鳴は雅功に向き直って、腕を首に巻き付けてくる。
「っとにこういうことに関しちゃ甘ったれだな」
鳴はマウンドでは我が儘を言うことはあっても、絶対に甘えることはしない。
苦笑しながらその後ろ頭を撫でると、鳴はうっとりと瞳を閉じた。
「オレ、雅さんの手の感触好き」
「あ? 別に普通の手だろ」
むしろ、どちらかというとごつごつしていて、無骨な手だと思う。
「んーん! 俺はこの手の感触が好き! 触られてないときでも、その手の感じをすぐに思い出せるくらい好きだよ」
鳴がぱっと目を開き、大きなアーモンド形の瞳で、真っ直ぐに雅功をみつめた。
「見てなくても、雅さんのことはいつだって目に浮かべられるし! 声だってちゃんと思い出せるし! 匂いも分かるんだから!」
「……俺、臭いか?」
「クサイとかじゃないって。ちょっと汗のにおいもするけどさ! 汗と土の匂いは、雅さんも俺もいつだってしてるじゃん!」
笑いながら、鳴が雅功の肩に顔を埋める。
くんくんと嗅がれるのが少しくすぐったく、雅功は少し身じろぎした。
「ったく匂いとか、他の奴にそんなこと言ったら変態だと思われるぞ」
「雅さんが分かっててくれればいい。俺は雅さんマニアなんだから」
しょうもないことを言う鳴に、雅功も笑うしかない。
「触覚、視覚、聴覚、嗅覚、全部分かる、か」
苦笑交じりに確認した言葉に、鳴がぴたりと動きを止める。
「……あれ? 五感っていうよね、何か一つ足りなくない?」
「ん? ああ、味覚だな」
何の気なしに教えた答えに、何故か鳴が口を尖らせた。
「それは、まずい」
「ああ? 何がだ」
「オレ、ちゃんと雅さんの味覚えてない!」
その瞬間、二人の間に沈黙が流れる。
先に動いたのは鳴だった。
「食べさせて」
「ちょっ!! ま、て!! こら!! 味があるわけねぇだろ!!」
慌てて鳴を押しのけようとしても、鳴はずいずいと顔を近づけてくる。
「味見! 味見でいいから!」
「何馬鹿なこといっ、」
その瞬間、鳴の唇が雅功の唇を塞いだ。
口の中を荒らしまわるようにまさぐる舌に、ため息をつくことも出来ず、雅功は仕方なく目を閉じた。
しばらくしてようやく唇が離れていき、目を開けると、眼前で鳴が思い切り顔を顰めている。
「……雅さん」
「何だ」
「何で梅干の味なの……」
非常に不満げな鳴に、雅功はゴミ箱の中のゴミを、顎でさししめした。
「お前が来るまで、カリカリ梅食ってたからな」
「高校生のおやつとしてそのチョイス変でしょーーー!? オレ雅さんの味を梅干とか覚えるのやだよ!」
「お前梅干馬鹿にするなよ! 夏の塩分補給には重宝するんだぞ!」
「オレも梅干嫌いなわけじゃないけどチューの味には良くないよ! せめて甘いものにして!!」
「ふざけんなテメェが来る前にいつでもチョコでも食えっつーのか!」








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2010.08.28 脱稿