恋したくなるお題
01. 恋愛感染メール
02. キスとキスの合間に
03. 優しく積もる淡い恋
04. 眩しすぎるのは太陽じゃなくて
05. 受け止めるよ 何度でも
06. 鼓動は思うより正直で
07. 今も昔も遠い未来もすぐ側に
08. そういうトコも好きなんだけど
09. その沈黙の意味は「Yes」?
10. 今日は離れてやらない




01.恋愛感染メール(前園×春市、?←亮介)

ちかちかとメール着信を知らせて点滅する携帯に気が付き、亮介はそれを手にとった。
それを開いてメールを確認し、小さくため息をつく。
「またか」
メールの送信元は弟の春市。
このところ実にくだらない内容でメールを送ってくる。亮介がろくに返信しなくても、だ。
まあ、春市の方も、返信が欲しいのではなく、ただ言いたいだけなのだろうから別にかまわないのだろう。
「まったく、色ボケちゃって、あのバカ」
春市から送られてくるメールの内容は、大抵が同室の前園の話だった。
ゾノ先輩がああしたこうした、こんなことを言ってくれた、まったく鬱陶しいったらない。
そもそも、春市が前園を好きだと言い出したときは、亮介は最初は反対したのだ。
同性であるということもまあある。が、実はそれには意外なほどに抵抗はなかった。むしろそれ以上に1軍にも入れてない奴に春市をやることはできない、という気持ちのほうが強く、それは春市本人にも告げた。
だが基本的に大人しく、子供のころは亮介の背中にばかり隠れていたはずの弟は、一軍二軍なんて関係ない、その心根を好きになったのだと反抗してきた。
本人は自分が片思いなだけだから、前園が振り返ってくれるとは限らないし、思っているだけでもいいだろうなどと、そのときはぶつぶつ言っていて、その場は終了したが、正直考えてみれば亮介のかわいい春市が、惚れている相手を落とせないはずがない。予想通り結局二人は付き合い始め、なし崩しに認めたような形になってしまっていた。
だから付き合い始めた当初は、この手のメールに相当不機嫌な返事を返していた気がする。だが意外としつこい春市は、それでも飽くことなく亮介に対し、そんなメールを送りつづけてきた。
そのメールの内容が。あまりにもいつもくだらなくて。コンビニに行ったときに指先でだけちょっと手をつないだんだ、嬉しかった、とか、そんなことばかり送られてきて。
くだらないのに、ごく短いメールでも幸せそうなことがはっきりと伝わってきて、いつしか亮介も反対することを止めていた。
もしかすると、春市が幸せにさえなれば、亮介は文句は言わないと、春市にはわかっていたのかもしれない。幸せであると伝え続ければ、亮介は許容する、と。
「あーあ、あいつもついに兄離れか」
自分の方が弟離れしていないかもしれないという考えには気づかなかった振りをして、亮介は苦笑する。
幸せな恋愛をしている春市を見ているうちに、少しだけ恋愛もいいもんだな、と亮介も思うようになった。今までは、野球が忙しくてそんなことやっている暇はないと思い込んでいたから、考えたこともなかったけれど。
「でも、恋愛なんか一人でするもんじゃないし」
一人ごちて苦笑しながら、亮介はベッドの上に寝転がった。
今までまったく考えていなかったから、自分が恋愛をする相手なんて想像もつかない。相手がいなければ恋愛は出来ない。当然だ。
自分が、春市のように、手をつないだだけで幸せだとか、同じジュースを回し飲みしたとか、そんなくだらないことで幸せになれる相手。そんなものは。
そこまで考えて、亮介はフリーズした。
「・・・なんだソレ」
想定外の人間の顔が、何故か亮介の頭をよぎった。
何故、今、アイツの顔が出てくる?
その相手は、ありえないだろう。大体野球をする仲間なだけで、そんな目で相手を見たことなど一度も無い!
亮介は頭を抱えてうずくまった。顔が熱くて、どうしようもない気分になる。
「春市のせいだ! アイツが浮かれたメールばっかり送ってくるから、俺にも変な浮かれ気分が感染しただけだ!!」
自分に言い聞かせるようにうめき、亮介は自己暗示をかけ、今の記憶を抹消することにした。


02. キスとキスの合間に (クリス×沢村)

沢村はどんな印象の人間だ、と問われれば、大抵の者が「明るい」とか「まっすぐだ」とか、「単純」とか、健康的な単語を上げるのだろう。
沢村を自らの腕の中に閉じ込めたクリスは、ふとそう思いをはせて、苦笑した。
沢村は嬉しそうにクリスの背に腕を回し、すりすりと肩にすりついている。クリスの膝の上に抱き上げられ、恋人と抱き合うような体勢になっているというのに、その仕草はまるで動物が飼い主に行う愛情表現とまったくかわらなくも見える。本当に、幼いのだ。
「沢村」
そっとその頬を手のひらで包むと、沢村が顔を上げた。
そこにゆっくりと顔を近づけ、唇を触れ合わせる。
何度か軽くついばむように触れ合わせ、それから深く重ね合わせた。
「ん・・・・・・」
舌先で沢村の舌をくすぐれば、クリスの背に回されていた手に力がこもる。
歯列をゆっくりとなぞり、歯茎もなめ、舌を絡み合わせれば、沢村があふれそうになった唾液を飲み込む音が聞こえた。
ゆっくりと唇を離せば、あがった吐息が濡れた唇から零れ落ち、その瞳は蕩けるように潤んでいる。
頬を上気させたその表情は、普段の沢村の健康的な印象からは程遠い。
ふと口の端で笑むと、沢村の手がクリスの頬に伸び、そっと掴まれて引き寄せられた。
お互いに瞳を閉じることも無く視線を絡み合わせたままに唇を触れ合わせる。舌を再び絡みあってからゆっくりと目を閉じた。
こんな沢村の姿は、キスとキスの間にしか見ることができない。
それを見れるのは、クリスだけの特権なのだ。



03. 優しく積もる淡い恋 (純&降谷)

「ったく、世話の焼ける1年坊主が!」
背後から歩み寄ってきた人が、降谷の後ろ頭を下からなで上げながらそう、言った。
台詞からすれば普通は脳天に手を置かれそうなものだと思ったが、その人は自分よりそれなりに背が低い、そのせいだろうと降谷は考える。
何も言わずにそちらを見て、少し首をかしげると、ガラの悪いその人は少し苦笑しているようだった。
「まーたフォアボール連発しやがって」
「!」
交代させられてしまった原因を指摘され、少し、情けない気分になる。
先発で出場した試合、降谷はフォアボール絡みで失点し、交代させられてしまっていた。
……中学のころは、降谷に期待をかける人間なんていなかった。一緒に野球をやる相手すらいなかった。
聞こえてくるのは「何を考えているか分からない」「一緒に野球やりたくない」「俺たちとお前は違う」……そんな言葉ばかりで。
だから今、一緒にこうして野球をし、自分に期待をかけてくれている人たちに応えたいと思っているのに。
なのに、どうしてもストライクが入らず、結局期待に応えるどころか、迷惑をかけてしまった。
ようやく見つけた居場所なのに、コレで全て失ってしまうのだろうか。そう思うと悲しくなって、降谷は少し視線を地面に落とした。
「……お前って無表情だけど分かりやすいよな〜……」
呆れたような声が聞こえて、顔を上げれば、相手は苦笑していた。
「表情ねぇのに、泣きそうなツラ、っつーのか? ったくよ」
「……そんなこと、言われたことありません」
無表情で、何を言われようと平気な顔をしているのが腹が立つとか、そんなことなら言われたことがあるけれど。
「背中見てりゃ分かるっつの。オレぁテメーの真後ろ守ってるんだからな。……テメーが頑張ったっつーのはよ」
驚いてその顔をじっと見つめれば、こぶしが伸びてきて、ごつ、と降谷の額をつつく。
「だからテメーももっと俺らを信用しろ、って何回言われたテメーは? オレのとこ打たせろって言っただろうが」
笑っているその人の表情に、言葉に、降谷の中にじんわりと小さな感情が生まれた。
その気持ちは、この人に声をかけられるたび、会話を交わすたびに、いつも生まれては降谷の中に降り積もっていく。
まるで桜の花びらのような儚く小さな感情は、いつか大きな塊になったときに、どんな感情に育つのだろうか。
「分かりました。次は、そうします。ヒゲ先輩」
「んなっ……、誰がヒゲだオラァ! つーかそりゃ沢村の台詞だろうが!!」
「仲よさそうだから、羨ましいなって……」
「そりゃ仲いいのとはまた違うだろ!?」




04. 眩しすぎるのは太陽じゃなくて (倉持×沢村)

「おらっ!」
「ごふっ!?」
水道に口をつけて水を飲んでいる沢村の後ろ頭を叩くと、沢村がむせた。
「んなっ、何すんスか!!」
「背中が隙だらけだったからな! ヒャハ!」
涙目で抗議してくる沢村に、倉持がヒャハハと笑うと、沢村が口を尖らせる。
「こーのーやーろー!」
と、沢村が急に水が出っ放しだった蛇口を押さえた。
水しぶきが飛び散る。
「ぶあっ」
「仕返しだああ!!」
「てめぇこの野郎!」
沢村に水を掛けられ、倉持も隣の蛇口に飛びついた。
「ぎゃあ! 冷てぇ!!」
「先輩に逆らうんじゃねぇよ!!」
馬鹿騒ぎしながら二人で蛇口から水を噴射して、気がつけばお互いにずぶぬれになっていた。
「つ〜め〜て〜え〜!」
「ヒャハハ! ピッチャーなんだからあんま肩冷やすなよ?」
「アンタが水かけてきたんだろーがっ!!」
ぎゃあぎゃあと騒ぎながら互いにじゃれあう。
「あーっ、でも暑いから冷たくて気持ちいいかも!」
そう言いながら笑った沢村が、濡れた髪の毛をかきあげた。その姿に、倉持はふと目を細める。
妙に沢村がまぶしく見えたのは、別に濡れて素肌に張り付いたTシャツとか、水が滴り落ちる濡れ髪とか、そんなものが原因ではなくて。
単純に水滴が太陽の光を反射して眩しかったんだ、と倉持は心の中でつぶやいた。





05. 受け止めるよ 何度でも (倉持×沢村)

しくしくと泣いている沢村に、倉持は腰に手を当ててため息をついた。
「今度は何だ!! 言え!!」
沢村は、よく泣く。それはもう、しょうもないことでもすぐに泣く。
そしてそのたびに……面倒くさいと思いつつも、倉持はそんな沢村に声を掛けるのだ。
面倒くさい。本当に面倒くさい。
だから、慰めているうちに―いや、優しい言葉などかけていないのだから、慰めたうちに入らないはずだと思うのだが―うっかり沢村と付き合うことになってしまったのは、まさしく事故でしかない。
そう、事故なのだ。
「特に今日は部活でも変なことなかったしな……クラスででもなんかやらかしたのか?」
「ふぇっ……っく……」
「理由を言えっつーの」
こうして今また声を掛けているのだって、好きで声を掛けているわけじゃない。ただ、沢村が泣いていると鬱陶しいから、声を掛けているだけだ。
別に放っておけないとか言うわけでは、断じて、ない。
「きょっ……生物、でっ……」
「ああ?」
「さいぼーぶんれつ、っての、やって……」
「おう」
とりあえず、その話から何で泣くのに至ったのか全く想像できないが、とにかく黙って先を促してやる。
「なんか……、人間の細胞は、毎日入れ替わってるから、7年たったら、細胞は全部別の人になる、って」
「あー、あの生物教師、去年も同じこと言ってたような気がすんな。そんで?」
「だからっ……、もし、7年したら、別の人になるんなら」
いや、細胞は入れ替わるといっても別の人間ではないんじゃないだろうか。細胞的に入れ替わりがあるというだけで。
まあ、沢村はアホだから話の内容をちゃんと理解できていなかったのかもしれないが。
「倉持先輩が、別の人みたいになってっ」
「は?」
予想外の方向に話が飛んで、倉持は目が点になった。
「俺のことどうでも良くなったらイヤだって、そう思ってっ……」
沢村が俯いて、膝の上でぎゅっと握りこぶしを作る。
本人はどうやら真剣に悩んでいるらしいが、倉持の現状の気分は……嬉しいのだか呆れるのだか何ともいえない複雑怪奇な感情が去来していた。
「とりあえず……お前真剣にアホだろ?」
「な!? ひでえ、俺真剣に悩んでっ」
食って掛かってきた沢村にも、倉持としてはもう笑うしかない。
「7年後なんて、俺も想像つかねぇけどよ」
「だったらっ」
「でもどーせお前のことだから、7年後までの間に、こうやってびーびーびーびー泣くんだろうが。いろんなことで何回も」
沢村の額を弾くと、沢村は唇を尖らせて額を押さえた。
「んで、そのたびに俺がこうやって話を聞いてやるわけだ。そしたらその度に、その7年はリセットかかんだろうが。終わりなんかこねぇよ」
頭をわしわしと撫でてやると、沢村は一瞬きょとんとして、倉持をじっと見つめた。
「何回泣いても、聞いてくれるッスか?」
「しょうがねぇからな。受け止めてやるよ、何度でも」
途端に、沢村が倉持に飛びついてくる。倉持は苦笑しながらそれを受け止め、背中を撫でた。
7年も先のことなんて想像も出来ないけれど。
きっと、コイツのことがどうでもよくなる日なんて来はしない。倉持は心の中でそう呟いた。






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