マガジン18号のネタ


ふらり、とよろめいた春市の腕を、前園が掴んだ。
「ほら見ろ、お前へろへろやないか!! 今日は見るだけにしとけ!」
「いやです。疲れてるときに身体を動かさなきゃ、いつまでたっても体力なんてつかないから」
頑固に言い張る春市に、前園が軽く舌打ちをし、諦めたような溜息を吐く。
「怪我は、しない程度にとどめるんやぞ? 無理やと思ったら無理矢理止めるからな!?」
「分かってます」
歩き去りながらの会話に、闇の中でそれを聞いていた亮介は、肩越しに二人を振り返る。
春市の食堂での様子がおかしかったから、少し気になって来てみたら、面白いものが見れた。
元々春市は、人付き合いは下手ではないが、そう簡単に人に心を開くタイプではない。
普段はそれなりに付き合っても、いざ悩みを抱えたりすれば、それを誰に相談するでもなく、一人でベッドにうずくまり、気が晴れるまでそうしている癖がある。
沢村とはかなり仲がいいようだが、だからと言ってもやはり、相談相手には出来なかったのだろう。今日の様子を見ていればそのくらいは分かる。
・・・・・・春市の様子が気になったとは言っても、声を掛けるつもりは毛頭なかった。
何に悩んでいたのかは分かっている。その状態に追い込んだ一因が、自分であることも亮介には分かっている。
だが、結局のところ、全ては本人の力不足だ。そしてそれをどうにかできるのは、本人以外にはありえない。
あの場で適当に慰めてやることも、出来なかったわけじゃない。・・・・・・だが、それをやれば、春市の野球選手としての成長は止まる。力不足を自分で感じなければ、成長することは出来ないのだから。
春市の才能が怖くないわけじゃない。いつか追い抜かれるかもしれないと、不安に思わないわけじゃない。
でも、だからといって春市の選手としての未来が潰れればいいだなんて思わない。
どれほど追ってこようとも、絶対に追いつかせない。追い抜かせる気は無い。そのための努力をするだけだ。
努力を惜しむものは、この野球部には必要ない。
「ふん。ゾノ・・・・・・ね」
どうも、前園も春市の様子がおかしいことに気づいていたような気がする。そして、その理由にも。
じゃなければ、あんなにも練習するだけだ、何て力強く言い切る場面じゃない。
多分、『フォームを見てくれ』なんて言ったのも、気分転換でもさせるつもりだったんだろう。気安い同学年にでも頼めばいいのに、先輩の矜持なんて言わずに春市を呼んだ理由は、それだ。
オーバーワークになるから、見るだけにさせるつもりだったのに、やる気まで出させてしまったわけだ。
しかし『ライバルだからやらなくていい』何て誤魔化したつもりだったのだろうに、『どうせ試合出ないから』といわれて思わず励ましてしまっている辺り、まだまだ甘い。
「とは言っても、あの人見知りを懐かせただけでも、評価には値する、か? でもま、もうちょっと野球が上手くなってくれないと、任せる気にはならないけどね」
クスクスと笑いを漏らし、亮介は独りごちた。
「ま、精々頑張ってよね。二人とも、さ」


 
あのシーンを。こそっと、妄想してみました。

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2007/04/05 脱稿