「えー」
「え、何で? 呼ぶくらいいいじゃん」
自販機でジュースを買った帰り、春市と沢村が相変わらずきゃっきゃとじゃれているのを見かけ、倉持はふと立ち止まった。
一緒にいた前園もそれに気がつき、二人に歩み寄る。
「何やっとんのや?」
「あ、ゾノ先輩」
「倉持先輩も」
春市と沢村が揃って軽く頭を下げた。
「栄純君が勝手に俺にあだ名つけちゃったよね、って話してたんです」
「友達なんだからいいだろ〜?」
「いいけどさ、いきなり呼ばれたからびっくりしたよ。しかも試合中だったんだよ?」
「あだ名なんてそんなもんだろ」
この二人は本当に仲がいい。
どう見てもぎゃあぎゃあ騒がしい沢村に、いつも春市が振り回されているようにしか見えないのだが、それはそれで上手くいっているようだった。
じゃれている様子があまりにも微笑ましく、倉持は前園と顔を見合わせて苦笑する。
「栄純君は、何かあだ名とか無いの?」
「俺? 地元では『栄ちゃん』って呼ばれてたけど」
「栄ちゃん、かぁ。なんかいかにも幼馴染ってかんじだね」
「うわ!! なんかいい!! 今のいい!! 懐かしい感じがする!!」
突然沢村に腕をつかまれ、一瞬うろたえた春市が苦笑した。
「栄ちゃん、て?」
「うん、なんかいい。春っちもっかい!!」
「あのねえ。ま、いいけど、栄ちゃん」
ふと、倉持は前園の様子が少し違うことに気がついて少し首を傾げる。
……前園は、やたらと優しい目で春市を見るのだ。
これはもしかしてアレか?と思い、倉持はニヤリと笑った。
「そういや『ゾノ』もあだ名だよな」
「ん? おお、そうやな。他にはマエケン呼ぶ奴もおるけど」
「今の、沢村の栄ちゃん呼びみたいに、名前で呼ばれたいとか無いわけ? 小湊とかに」
「は!? な、な、何いっとんのやお前」
前園が少しうろたえる。沢村がふと首を傾げた。
「そう言う風に呼ぶって……例えば春っちだと『春ちゃん』みたいなかんじっすか?」
「ちょ、ちょっと栄純君、それ流石に恥ずかしいよ!!」
「え? 何でいいじゃん、可愛くて」
「可愛くて良くないんだよ!! 女の子見たいじゃん!!」
真っ赤になって抗議する春市に倉持は苦笑した。
コイツでも可愛いのは恥ずかしいのか。
手に持っていたジュースのプルタブを開け、口をつける。
「別にいいと思うけどな〜。 ね?『洋ちゃん』」
予想外のところから飛んできた沢村のカウンターパンチに、倉持は思い切りジュースを吹き出した。
「ゲホッ、ちょっ、お前!! 何言ってんだ!!」
「え、だって倉持先輩は洋一だから洋ちゃんッスよね?」
「そういう問題じゃねぇ!! この馬鹿!!」
突然だったから、全く心の準備をしていないところに食らってしまった感じがする。
ゾノをからかうために仕掛けたトラップに、自分で引っかかってどうするんだ、と内心でぼやきながら倉持は頭を掻いた。
「倉持先輩、顔赤いですよ」
「黙ってろ小湊。俺にも春ちゃんて呼ばれたいのかお前」
「それは、嫌です」
そしてふと春市は前園を見上げる。
「ゾノ先輩なら『健ちゃん』ですよね」
にこっと無邪気に笑いながらの言葉に、前園がビシッと硬直した音が聞こえた気がした。
「な……な……な……」
春市に真っ直ぐ見上げられている前園が、口をパクパクさせながら一歩後ろに後ずさる。
「あれ? 健太さんだから、健ちゃんで間違ってないですよね?」
他意も無い様子で春市が確認した途端、前園は急激に踵を返した。
「おおおお俺先に戻っとるわ!!」
そのまま物凄い勢いで走り去る。
「ええ!? ゾ、ゾノ先輩!?」
その背中を呆然と見送った後、春市と沢村が顔を見合わせる。
「栄純君、俺何か変なこと言った?」
「さあ……?」
きょとんとしている二人の1年生に、倉持は大きな溜息をついた。
「お前ら二人とも天然か……!!」
前園は首まで真っ赤に染まっていた。
悪意があってからかわれるならまだしも、天然が相手では怒りのぶつけようも無い。
最初にふろうとしたのは自分だが、倉持は少し前園に同情した。
ちゃん付けで呼ばれるのは恥ずかしいと思うんです。
気になってる相手にそんな風にいきなり呼ばれたら固まること請け合いです。
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2007/07/17 脱稿