「フンっ!」
重りのついたマスコットバットを、前園は力いっぱい振った。
「くのっ!」
間髪いれず、すぐに構えなおしてもう一度バッドを振る。
「どっせい!」
むちゃくちゃに、がむしゃらにバットを振り回していると、少し心配そうな声に呼び止められた。
「あの、ゾノ先輩」
「なんや!」
そう言っている間にもバッドをもう一度振る。
「喋りながらバット振ると、舌噛みますよ?」
「平気や!」
そんな会話の間にも更にぶんぶんとバットを振り回した。
「ぞ、ゾノ先輩あのっ!!」
「だからなんや!!」
額から流れ落ちる汗も拭わずに、前園は無心にバットを振り続ける。
「あの! 余計なお世話かもしれませんけど、ちょっとオーバーワークじゃないですか!?」
春市の引き止めるような言葉を無視し、前園は更にバットを振った。
「それに、振り方もがむしゃらって言うよりめちゃくちゃです! 身体壊しますよ!」
「こんくらいで俺は壊れたりせん!」
「沢山練習しなきゃって気持ちは分かりますけど……」
いや、わかっとらん、と心の中で呟いて、前園はもう一度バットを振る。
新チームに移行してからというもの、前園の打率はいっこうに上がらなかった。
それに対して、春市は誰が聞いても感心するような成績を出している。
正直、気になっていなかったわけではない。
むしろ……色々な意味で、気になっていた。
自分はこの小湊春市という男に、惹かれている。春市は小柄で可愛らしいが、れっきとした男である。更に自分よりも遥かに能力のある野球選手である。
それら全て承知の上で、惹かれてしまっていた。
そんなことを自覚したのが数日前。
そして、その自覚を持ったその直後に、春市の兄、亮介に声をかけられたのだ。
まるで、前園が春市に惹かれることを、知っていたかのようなタイミングで。
『今のままじゃ、認めないよ?』
いつもの笑顔で、けれどそのときの亮介のオーラには背筋が寒くなるほどの恐怖を覚えた。
だが、引くわけには行かず、恐怖を押し殺して前園は亮介に向き直った。
『なら、どうすれば認めてもらえますか』
亮介は怖いと思うのもあるが、尊敬の対象でもある。小さな身体でどんなにでかい相手とでも対等以上に渡り合い、旧チームのレギュラーとして戦っているその姿を、尊敬していないわけがなかった。
だからこそ、亮介にあからさまに否定されたまま、春市に想いを告げるわけには行かないと思ったのだ。
自分の感情が『そういう感情』であることに気がついたときに、春市も自分を似たような目に見ていることも薄々感づいた、だからこそ、そこはけじめだと思った。
前園の問いかけに、亮介は少し首をかしげ、そして笑って、言ったのだ。
『春市よりいい成績出せるようになったら、認めててもいいよ』
「ゾノ先輩!」
完全に回想にふけりながらバットを振っていた前園を、春市の声が現実に呼び戻した。
「な、なんや」
一瞬動きを止めた前園に、春市が近寄ってきて腕を掴み、決意の表情で前園を見上げる。
「最近なんか、おかしいですよ! 何か困ったことがあるんだったら、俺にも手伝わせてください!」
強い口調で言う春市は、本気で前園を心配してくれているのはよく分かった。
「すまん。……気持ちだけ受け取っとく」
「ゾノ先輩!」
更に必死に呼ぶ春市に、前園は横に首を振る。
「こればっかりは……こればっかりはアカンのや! お前に打率下げてくれなんていえへん!!」
「えっ?」
「ほら、どけ小湊。俺は、俺はもっと上手くならんとあかんのや!!」
春市を後ろに下がらせ、前園は再びバットを振り始める。
亮介に指摘されるまでもない。惚れた相手より成績が悪いなどというのは、男の矜持に関わる問題なのだ。
「負けへんからな!」
力いっぱいバットを振ると、汗がはじけてキラキラと飛んでいった。
2010.08.24 脱稿