「俺、ゾノ先輩のことが好きなんだ」
地面に生えた雑草をぶちぶちと引き抜きながら、春市はそういった。
わざわざ人気の無い寮の裏手まで亮介を呼び出して、何を言うのかと思えばそれである。
亮介は、やや不機嫌な調子で返事をした。
「ふぅん。で? 告白でもしたの?」
「してないよ」
「じゃなんでわざわざ俺に言おうと思ったわけ?」
「え? あ、ええと……」
まるでそのことに今思い当たったかのように春市が考え込む。
「賛成されると思った? 男同士じゃん、それに相手がゾノって」
本当は以前から、春市と前園が思いあっていることは知っていた。前園には、釘刺し済みでさえある。
「んー……反対されるとかは、何も考えてなかったかな。それにゾノ先輩かっこいいよ」
「どこが」
否定の意味を込めて言った言葉に、春市は一瞬口をつぐんで首をかしげ、それから暗闇の校舎の方に視線を向けた。
「今日、上の学年の女の子に、付き合ってくれって言われてさ」
「何だ、女の子にもちゃんともててんじゃん。そっちと付き合えば?」
「その場で断ったよ。好きな人がいるんだから」
そして、春市は一つため息をつく。
「でもさ、じゃあ好みのタイプを教えてくれって言われて。その好みのタイプになって見せるから、って」
「んー……健気、かな?」
「兄貴はそういうタイプ好み? 俺は嫌だよ、粘着質じゃん」
「厳しいね」
亮介がクスクスと笑うと、春市も苦笑する。
「それで、俺はゾノ先輩を待つしかないのに、この人は自由に告白して、そんで好みのタイプになってみせるなんて勝手にそんなこと言い出せるんだと思ったら腹が立ってきちゃって。だから、俺、「好みのタイプはいつだって真っ直ぐで、自分を偽ったりしないで、困難に当たったら真正面から乗り越える人です」って言っちゃったんだ」
「ふぅん……」
あえては口に上らせないが、珍しいな、と亮介は思った。春市は野球に関していい加減な相手にはきついことを言う事もあるが、基本的に普段は親しい人間にしかそういう厳しい反応はしない。
「ああ、傷つけたかなって思ったけど、それ以上に、ただ何となく言ったことなのに、ああ、それってゾノ先輩のことだな、って思ってさ」
それは、亮介にも分かる。良くも悪くも、前園という男は、バカ正直だ。
「そんなゾノ先輩が好きだから……ゾノ先輩が今何に困ってるのかわかんないけど、ゾノ先輩がそれを乗り越えるまで、俺は待つしかないんだ」
「さっきから、お前待つとか言ってるけどさ。何、ゾノに告白されたの?」
「されてないよ。でも、何となく分かってる。そんで、ゾノ先輩が、待てって言うんだ」
「告白したわけでもないくせに待て、と」
「でも、それで俺も告白できなくて」
春市が俯いた姿勢のまま振り向いて、隣に座っている亮介を見る。ゆれた前髪の隙間から見えた瞳も、揺れていた。
「それで、俺にそれを話して、どうしたいの? 俺にゾノを説得しろとか?」
前園の楔になっているのは間違いなく亮介の言葉だ。春市は、それを知っているのかと思いきや、慌てたように首を振った。
「あっ、ううん、そういうことじゃなくて! なんていうのかな……ちょっと愚痴、言いたかっただけ?」
「愚痴かよ」
「だって秘密だよって言っても、こんなこと栄純くんにでも話したら、全部ぺらぺら喋りそうなんだもん……」
「ああ、あのバカは確かにね」
「隠し事できないのが、いいとこなんだけどさ!」
笑いながら伸びをして立ち上がった春市は、いつもの表情に戻っていた。
きっと、前園が待てというなら、一生だって待つ、と覚悟を新たにしたのだろう。
春市は……ついでに前園も、頑固者なところは同じだ。
ふと、寮の建物の角から、丸い頭の陰が伸びていることに気がつき、亮介は苦笑する。
「ゾノ!」
「えっ!?」
「うわ!! ははははいっ!!!」
呼びかけると陰が飛び上がり、ばつが悪そうに前園が現れた。
「ゾ、ゾノせんぱ……」
それを確認した春市の声は、今にも泣き出しそうだ。
「盗み聞き? いい根性してんじゃん」
「い、いえあのっ! こ、こみな、いいいいや、弟さん探してて!」
亮介に揶揄された前園の方も、今にも逃げ出したそうな様子である。
「春市。お前先に寮に戻れ。俺はちょっとゾノに話があるから」
「で、で、でもっ」
「いいから戻れ。ゾノみたいにそこで立ち聞きすんなよ?」
重ねて諭すと、春市は気持ちを残しながらも歩きだした。
前園からは視線を逸らしたまま、少し会釈してすれ違っていく。
春市が完全に見えなくなるまで離れたのを確認し、亮介は指先で前園に近くに寄れと指示をした。
数秒前までおどおどしていた前園が、意を決したように確かな足取りで亮介の前に歩みでる。
その姿を見て、春市の言う事もあながち間違ってはいないかな、と亮介は思った。
と、突然前園が亮介の前に土下座した。
「弟さんを、俺にくださいっ!!」
……多分このとき、亮介は生まれてこの方一度もないほど、大きく目を見開いたと思う。
「俺は、俺はまだアイツにふさわしい相手になれてないのは分かっとります! でも、アイツにあんな悲しそうな顔、させとうはないんです!」
ばっと顔を上げた前園の表情から、その必死さはよく伝わった。
「今はまだまだでも、これからも、今よりもっともっと頑張りますから!」
「ったく、人が言おうと思ったことを全部先に言うなよ」
「へ」
前園が間抜け面で亮介をまじまじと見つめる。
わざわざ苦しむような道を歩かせたくない、だから反対したのだ。
それで春市が苦しむのでは、本末転倒だ。
亮介はため息をつきながら、視線を逸らした。



そのうち続くかも。




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2010.08.26 脱稿