前園が寮の自室に戻ると、春市は立ち上がり、少し戸惑ったように視線をさまよわせた。
「……小湊」
前園ははっきりとした意思をもって、声をかける。しかし、春市はそのまま口を引き結び、うつむいてしまった。
「おい!」
少し強い語気で呼ぶと、はっとしたように春市が顔を上げる。
「ちゃんと返事せぇ!!」
強く言いつのると、春市は驚いたように姿勢を正した。
「あ、は、はいっ!」
慌てた様子で返事をする春市に、前園はそのまま勢いで想いを告げる。
「お、俺と付き合えっ!!」
「はいっ!! え!?」
前園の言葉に打てば響くように返事をしておいて、春市は目を丸くして口に手を当てている。
「えってなんやえ、て」
「えっ、あのっ、今勢いで思いっきり返事しちゃって……」
「なんや、それじゃそのつもりは無いつーことか」
少しがっかりして視線を逸らすと、春市は慌てたように手を振った。
「ちっ、違います!! 今のは勢いでしたけど、でも、あの、俺、ちゃんと!」
必死な様子で前園を見上げてくる春市に、流石に今のを告白とするのもなんだと、前園も気合を入れなおす。
「せやったら、もっかい言うから、今度は、ちゃんと考えて返事するんやぞ」
しっかりと目を見据えて言うと、春市も真剣な表情でうなずいた。
「は、はい」
が、しかし。
「あー、その。ええと、小湊」
「はい」
なんと言ったものかと、前園は首の後ろをぼりぼりと掻いた。
「その、なんや、アレや……」
「はい……」
春市が少し困ったように首をかしげる。
「あーーー! その、つまり、何や、アレなんや!」
どうにも言葉が出てこなくて吼えると、春市が上目遣いで前園を見た。
「ゾノ先輩、それじゃ何も言ってないのと同じです……」
「しゃ、しゃーないやろ!! こういうのは勢いなくてそうそう言えるか!」
さっきだって部屋に入る前に気合を入れて、言う言葉も決めてから部屋に入って、即言葉にして、ようやく告げることができたのだ。
こんな改めてマジマジと見られて待たれたら、出るものも出てこない。
「す、すみません! じゃあ、その、俺、待ってますから」
まるで前園の心の声が聞こえたかのように、春市が目を反らす。
その表情が、先刻窺い見た寂しそうな顔と同じに見えて、前園は自分の腹の上で拳を握りしめた。
「……や、いや。もうお前のこと待たせへんって決めたんや」
「えっ?」
こんな顔は、させたくない。照れくさいとか、緊張するとか、そんな前園の都合よりも、その方がよほど大事なことなのだ。
大きく息を吸って、ぐっと腹に力を込める。
「小湊」
一言一言、噛みしめるように。
「俺と、付き合ってくれ」
はっきりとそう告げると、春市の表情がぱあっと綻んだ。
「……はい……!」
ようやく、想いを通じ合わすことができて、なんだか嬉しいような照れくさいような、たまらない気分になる。
顔が熱くて、前園は少し視線をさまよわせた。
きっと自分は今、頭に花でも咲いとるような表情をしてるんじゃないだろうか、と思いながら春市を見ると、春市も頬をピンク色に染めて、もじもじしていた。
「あの、でも、どうしたんですか急に?」
照れくさいのをごまかすように、ことさら明るく春市が問うてくる。そんな様子がこれまで以上に可愛く見えて、本当に自分はどうしようもない男だと前園は少し苦笑いした。
「いやな……そもそもな、お前に待てっていっとったんも、単に俺がお前に相応しい男に成れておらんっちゅー……言って見れば、俺の勝手な男の矜持でいっとったことなんや」
「相応しくないって……全然そんなこと、ないと思いますけど。俺はゾノ先輩、かっこいいと思いますし」
春市は口先だけではなく、真剣にそう言ってくれている。それがはっきり分かるだけに、本当に自分はくだらないことを考えていたのだなと思った。
「お前がそう言ってくれても、俺がそう思われへんくて、自分でみっともなく拘っとったっちゅーことや。けどそんなくだらんことでお前を待たせて辛い思いさせるなんて、ますます男らしくないって思ったんや」
「そうだったんですか……」
自分を嘲るような前園に、春市が暫し考え込む。それからふと、思いついたように苦笑して前園を見た。
「でも、男の矜持って。あの、俺も男ですよ? その、確かにちょっと小柄かも知れませんけど」
春市から見れば、まるで女の子にでも対しているように扱われていると思ったのだろう。だが、そうではない。
「そんなんちゃんと分かっとる!! 胸もあらへんし、つくもんついとるのもちゃんと見た!!」
「なっ」
女扱いじゃなくて、惚れた相手扱いだ、と言おうとしたところで、春市が絶句して真っ赤になった。
「何言って、どこ見てるんですかーーーっ!?」
詰られて、うっかり風呂で春市の身体をマジマジと見たことがあるということを口を滑らせたことに気がついた。
「し、仕方ないやろ!! 惚れた相手と一緒の風呂なんか入ったらそっち見てまうのはオトコのサガや!」
慌てて赤くなりながら言い訳をしても、春市も真っ赤な顔で首を横に振る。
「俺はそんなことしませんよ!! ゾノ先輩のエッチ!!」
珍しく怒っているような春市に、前園は戸惑って、頭を掻いた。
「そ、その……お前、エッチな奴は嫌いか?」
聞いては見るものの、嫌いと言われたら困る。前園とて、人並み程度にはそういうことに興味はあるのだ。
何と答えるだろう、と春市の様子を窺うと、春市は口を少し尖らせた。
「き、嫌いとかじゃ、ないですけど、その……今度からお風呂でゾノ先輩と一緒のときは気をつけることにします」
「な、なんや! ったく……」
少し残念な気もして、前園は顔をそむける。と、春市がクスッと笑ったのが聞こえた。
「……でも、そういう、ごまかしたり嘘言ったりできないとこは、大好きです」
驚いて向き直ると、春市はニコニコと笑っている。
「……かなわんな」
年下にいいようにあしらわれてしまった気がするが、春市が相手ならば、それもいいかと思った。
「まあ、その、これから……も、よろしく、な」
前園は笑って手を差し出す。
「はいっ」
春市がしっかりとその手を握り返し、そして二人で微笑みあった。
2010.09.05 脱稿