はじまる
* 1 *
桜が終わり、葉が出始める頃、朔付属の入学式がある。
学校までの平坦な道を通っていると、 チラチラこちらを観察するような視線を感じた。それに答えるようにして微笑めば、頬を赤く染めた女の子たちが、足早に通り過ぎていく。
自分の容姿に自覚はある。少し誠実に見られないことを除けば、フルに使わない手はない、と思う。
ふと、やわらかい風が頬をなでた。気づいたら、少し下がっていた目線を上に向けた。
茂る緑と、学舎のまばゆい白のコントラストがあまりにも鮮やかで、少し目に刺さった。
――そして、その光景を、少しうっとりと見つめる物好きがいた。
名前なんて知らない、初めて見る顔。
白すぎず、黒すぎない。でも、光をなめらかに滑らせている肌は、きっと触り心地はいいはず。
それに、短くそろえられた髪がえらく清楚で、どこぞの深窓から来たのかと思えるほど。
そしてなんといっても……目。
まるで、そこにはいない誰かに思いをはせているように――なんて目で、ただの風景を見つめているんだろう。
残念なのは、同じ男子用の制服を着ているということ、か。でも、いつまで見ている気だろうと、ちょっとだけ興味がわいた。
幸運なことに、受付時間はまだ余裕がある。遅れそうになったら、カレにも声をかけて一緒に行くのもいい。なんて考えていた。
だから、それは一瞬。
カレが目を曇らせ、何かを我慢しているようにコブシを作り、緩々とそれを解いた。
一度息を吐き、もう一度。あの目で、今度は真っ直ぐに。
そのとき湧いた感情は、名前がなかった。
見てほしいと。あの目で、うっとりと。そしてまっすぐ――射抜かれたい。
自分の息すら、カレの邪魔をしていそうで、迷わず止めていた。
――背中に衝撃があるまでは。
サイド*二見
* 2 *
新しい制服を、初日だからって張り切った親に、ぴっしりかっちり着せられたせいか、首のあたりがムズムズする。外していい? いいよね、ダメなんて誰が言うんだ!
でも、初日でワルと思われたくないなぁ。
うんうん唸っているうちに学校到着。しまった、どうやって来たか覚えてない!
とか思ってたら、見知った顔がいた。あれはよし、迷わず特攻をかける。
「やぁやぁ二見大佐、苦しゅうない」
「これはこれは槌谷隊長ではないですか、朝からの特攻、おつかれさまです」
背中にタックルをかけたからか、少しよろめいた二見は、困った顔で笑っていた。
でも、目が少し泳いでる。
「これ二見君。目がクロール、ちなみに俺は背泳ぎ」
「どれだけせわしいの、俺の目玉は。それにアナタが背泳ぎなのは知ってますって」
む、まだ泳いでいるよ二見。というか、後ろを振り返りたいのか二見。
「じゃぁ、いっしょにバックでとびうおマシーンだ」
「うわっ、わかった、わかったから首だけ捻らないで。痛いから」
痛がる二見を見ながら、一緒に二見の目を追ってみた。
――何か、そこだけ空気が違うような気がした。
立ち止まって、ボーっとしてるだけなんだけど。
目が。
すごい とけてる。
トロトロして、おいしそう。
いいなぁ、あの目。
俺も映してくれないかな。
そうしているうちに、俺はその人の目の前まで近づいていた。
「おはようござーます」
うわ。今の目、落ちそうだった! すごい、ビー玉みたい!
そのままマジマジと見てると、まゆ毛の間にシワができた。
「なに?」
うお、超不機嫌声。でもいっつん負けない!
「名前おせーて。俺、槌谷斎。いっつんて呼んで」
「やなこった」
ひとつの返事で両方拒否られた! まだ負けない。いっつん!
「呼んでよ」
「いやだ」
「呼んで?」
「いやだ」
「よーんーでー」
「赤の他人を愛称で呼べるか。出直せ」
あ、手で追い払われた。ヒドイ、ヒドイわ!
「俺は赤い他人じゃない、ゆるくオレンジなあなたの友と書いて生涯の戦友だ!」
「はぁ?」
「そして夢は、戦友とチョウチョなんて目じゃないブーメランでバックトゥーザ・フューチャー!」
決まった。と思って、目の前の顔を覗くと、ポカンと見つめるさっきの目。
見つめちゃイヤン。
んで、何かこめかみ押さえて頭振ってる。横に。
「いい、もう、行く」
はぁ、とため息をついて、その人は早足で目の前を通り過ぎていく。
待って待って、と声をかけても、『ついて来るな』と言われる。
あ、でもおんなじ制服だから、おんなじ学年だし、もしかしたらおんなじクラスかも!
「また逢おーね!」
叫びながら手を振ると、一瞬こっちを振り返って、さっきより速い速度で学校に行ってしまった。
おんなじクラスだといいな。一緒にいたいな。
「な、二見!」
「エスパーじゃないから、何の事かわからないって」
「俺らはさびた鎖でつながってるから、大丈夫!」
もろいなぁ……と、二見が笑う。あれ、さびた鎖じゃなかったっけ?
「それより槌谷、そろそろ行かんとさすがにまずいんでない?」
「うおっ、それはまずい。いざ、討ち入りじゃー!」
討ち入っちゃダメでしょうが。という二見の声を遠くに聞きながら、走って校舎に向かった
サイド*槌谷
サイド*主人公