はじまる
* 3 *
家から近い、名門……とまではいかなくても、歴史ある進学校。
そんな条件を満たしていたから入っただけ。あと、家から近いのもちょっとだけうれしい。
両親は、仕事や用事があるとかで入学式には来ないらしい。
――来なくていい。
少しばかり心配性な母親と一緒に歩き連ねるのは、正直ゴメンだった。それに。
『恥ずかしい』
そんな言葉を吐いた人と、一緒に居たくなかった。
「――……っ」
言葉を吐かれた瞬間を思い出し、思わずギュッと目を瞑った。
嫌だ、嫌だ、キエロ……
心臓の近くがキリキリ痛み、少し耳鳴りもする。我慢ができなくなり、恐る恐る目を開けた。
――青い空と、雲、木々の萌黄、そして校舎の白。
広がった景色が、鮮やかに目に焼きついて、しばらく呆然と見とれていた。
諦めていたものが、一気に甦る感触がする。鉛筆を握り直そうとした手の動きに、一瞬ギクりとした。
もう無いのに、もうあの道具たちは無くなってしまったのに。
ふと、息を止めていたので、一度ゆっくり吐いてみた。そしてもう一度、今度はその景色を焼き付けるために、忘れないようにするために、じっと見つめた。
それは瞬き5回目。突然、目の前に不思議そうな表情をした奴が飛び込んできた。
あんまりに突然すぎて、反応に遅れた。
「おはようござーます」
あぁ、これが満面の笑みってやつか……じゃなくて。
「なに」
思った以上に、低い声が出た。案の定、目の前に居る男(おなじ色の襟だから、たぶん同学年)の目が少し困惑している。正直、自己紹介をされたところで、特に仲良くする義理はない。クラス発表の時の名簿にもなかった名前だし――それにしても、しつこい。
「赤の他人を愛称で呼べるか。出直せ」
追い払うしぐさをすると、今度は意味のわからない単語を並べ始めた。
多分こいつとは、一生気が合わないに違いない。
「いい、もう、行く」
足早にそいつの脇をすり抜けると、追いすがるような声が背中に当たった。
そういえば、ついて来るなとは言ったが、よく考えれば同じ制服の人間にそれはねーよな……とか思っていたら、また会おうねといわれた。
――大音量で。
恥ずかしさから、いまからこの学校をやめてやろうかと思った。さすがに、そんな度胸は持ち合わせていなかったけど。
とりあえず当面の願いは、あのアホと3年間、違うクラスになることだ。いや、なって欲しい。
サイド*主人公
* 4 *
好きにしてくれ。重くため息をついた口から、そんな言葉が思わずこぼれた。それに目を光らせるもの1名、うれしそうに満面の笑みを浮かべるもの1名。
「やった、ジュリエの家初訪問!」
「とりあえず、カバンをお持ちしますよ。ジュリエット」
電車はいいのか、時間は大丈夫なのか。それより、本人の意向を無視して、勝手にツアーを組むな――もう一度、今度はわざと大げさにため息をついてやった。ありったけの嫌味をこめて。
前に居た二人が、少し不安そうに振り返る。くそ、何だよその目は。それに、相変わらず背が高い。
「なんだよ。勝手に決めておいて、いまさらキャンセルする気か?」
言った後で気づいた、しまった。赤くなる顔を隠すために、早足で二人の横をすり抜けようとして、捕まった。
「待ちなさいて、アナタが先に行ってどうするの」
俺の指を、二見の手がさりげなく絡んで、余計に赤くなる。このやろ、ワザとだな。そして槌谷、お前は手を振るな。腕の長さが違うんだよ。小学生でもしないぞ、手をつないで下校なんて。
――でも、少しだけ。本当に少しだけ、この状態を嬉しいだなんて……思ってないからな。絶対に。
おわり。
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クロックで最初に出した本が、捏造出会いってどうなんですかね。
そんなこんなで結構気に入ってる話なんで、こっちにも載せました。
微妙に読みづらいと感じたところは修正しました。
結論:いっつんは難しい。