「よぉ、今日も放課後行くんだろ?」
「――あぁ、悪いな」
「いいって、部員もほとんど幽霊だし」
 そういって、部長は俺に美術室の鍵を手渡した。
「ほれ。あの絵、もうじき完成だろ?」
「ありがと」
 絵のことを出されて、少し照れくさい。でも、部長の顔は自分のことみたいに嬉しそうに笑っている。
 そのことが嬉しかった。
 はやる気持ちを抑えて、俺は美術室に向かった。


カサブタ


「――――出来た……」
 何度も色を重ねて、何度も構図を変えて、何度も下書きを書いて。やっと完成した。
 何だか、分けも無く泣きそうになって、慌てて目を擦った。少し目元に絵の具が付いた感触がある。
「お、すげぇ! やっと出来たのか!?」
「うわぁ、 どうやったらこの色出るの!?」
「ほんと、キレイ……」
 周りにいた部員たちが、俺の絵を覗き込んできた。口々に漏れる賞賛の声に、テレながらも、少し嬉しかった。
 ――もう少し、絵を描いていてもいいんだと思えて。
「静かにしろよ!」
 不意に、後ろから鋭い声が飛んでくる。
 声のほうを振り向くと、必死の形相で絵を描いている美術部員たちと目が合った。
「――コンクールにも出さない絵が出来たんだったら、すぐに出てってくれる?」
 ピリピリした空気に眉をひそめながらも、気にするなと言って周りにいた部員は散っていった。
 大きなコンクールが近いのは知っていたし、真剣に美術をやりたい部員たちが、俺のことを煙たがっていることも知ってる。
俺は絵にサインを入れて布をかけ、いつもの定位置―美術準備室の隅―に絵を置いた。
「失礼しました」
 出て行くときにちらりと部室を見回して、俺は美術室を後にした。


   *   *   *  


 今日は快晴。いつもより体の調子もいい。
「高階、期待してるぞ」
「はい!」
 監督の言葉に、俺は思い切り頷いた。
 まだ試合までに時間がある。いつもと違う、見慣れない校舎に、俺は何人かの部員と探検に出ることにした。

「金沢!!!」
 湧き上がる怒りを隠しきれていない声に、思わず俺の体が竦んでしまう。つい最近、あんな声で怒られたばかりだったから。
「うわ、なんかやばい雰囲気じゃね?」
「リンチか?」
「でも、運動部っぽくねぇな」
 仲間の声に、やっと我に返る。そこには、小柄な生徒―多分この中学の奴―が何人かの男女に囲まれて詰め寄られていた。所々『ずるしたんだろ』『どうやって取り入った』『あんなのまぐれだ』なんて言葉が飛び交っている。
 しばらく見ていると、その小柄な奴は何もいわないで唇をかみ締めていた。
「反論くらいすればいいのに……」
 そう言って俺は踵を返そうとした……その先に、思わず目を奪われた。
 ――――なにこれ……
 どこの景色を描けば、こんな絵になるんだろう。
 俺は、仲間に呼ばれるまで、食い入るように絵を見つめていた。





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