「金沢!!!」
 移動授業の途中、廊下を歩いていたら後ろから名前を呼ばれた。
 振り返ると、すごい形相の美術部員たちがいた。
「――――何?」
「お前、どんな手使った!」
「何で橋本の絵じゃなくて、お前の絵がコンクールに出品されてんだよ!!」
「何とか言え!!!」
 胸倉を掴まれ揺さぶられても、まったく話がつかめない。
「何の…こと……」
「しらばっくれんのか!」

「お前がズルして、自分の絵出品させたんだろ!!」


カサブタ


 部員たちの剣幕に、俺は心臓が潰されそうになる。言い訳を言おうと、何度も口を開いたけど飲み込んだ。
 多分無理だ、何言っても怒りに火を注ぐだけ。だから、俺は唇を噛んだ。
 今は我慢しよう。今だけは。
 そしてチャイムが鳴って、俺は解放された。

「すまない金沢」
「いえ、大丈夫です」
 あのあと、美術部顧問から受賞したことと、謝罪が告げられた。
 先生が言うには、何度数えてもコンクールの絵が足りず、そういえば。と俺が絵を描いているのを思い出し、準備室を探したら俺の絵が出てきてそれを出品した――ということらしい。
 出品して数日後、橋本の絵が出てきたため、慌ててコンクールの主催者に連絡したが、受付が終了しているため無理だと言われたらしい。
 橋本が出品し損ねたこと、そして俺の絵が一番良い賞を取ったことが引き金になって部員たちが俺を責めたのだ。

「気にすんな、どうせ妬んでるだけだし」
「一番上手いもんね、金沢君」
 何人か慰めてくれる部員もいたが、俺はその日から美術室に通うことを止めた。
 ――拒絶の視線を向けられても居座るなんて、そんな度胸も根性も持ち合わせていないから。


   *   *   *   


 試合が終わった後、もう一度あの絵が見たくて、校舎の中を走った。
 時々すれ違う奴がビックリしていたみたいだけど、気にしていられなかった。
「あった……」
 今度はゆっくり見れる。そうおもったら、膝から崩れ落ちた。
 ふと、ネームプレートに目が行った。
「金沢……ながせ……」
 ふと、あの時呼ばれた名前が甦ってきた。

『金沢!!!』

「あの人が……」
 もう一度顔を思い出しながら、絵を見上げた。
 あの小さな体と細い腕で、あの取り澄ましたような顔で、このキレイな絵を描き上げたのか……
 少しかみ締めた唇と、眉間によったしわを思い出す。
「何で、文句言わなかったんだろう……」
 あの時詰め寄っていた連中も、この絵を見たはずだ。このきれいな絵を。
 アイツラの目はわかる、嫉妬の目。たまに俺にも向けられる、謂れの無い目。
 今からでも、問い詰めてやりたい。この絵を見て、何て思った? キレイ? それとも、言葉にないくらい――感動した?
「高階君!」
 呼ばれて振り向くと、バスケ部のマネージャーが息を切らせて走ってきた。
「もう、探したんだから! 皆もうバスに乗ってるよ」
「ありがとう」
 そういうと、マネージャーはふと振り返って絵を見つめた。俺と同じで、息を止めている。
「マネージャー?」
「あ、ゴメン……すごく、きれいな絵」
 その言葉に、俺は『金沢ながせ』にそっと心で呟いた。

『あんたの絵、ココにいる俺たちが認めてるよ』
 その後、俺はマネージャーに引っ張られてバスに押し込められた。




 

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